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四章 その悪夢、甘美に傷を抉り その二

「…………これはまた」

「なんちゅーか」

「かなり予想外の光景だね」

 午前の授業を終えての、昼休み。

 レナの言葉に従って第一校舎の屋上を訪れたフウガ、ゴウタ、ライの三人は、待ち受けていた物に目を丸くしていた。

「――非常に気になる感想ね、それは」

 床にシートを敷いて、そこに座っていたレナが明らかな不満顔で片眉を吊り上げる。

「お、落ちついて、レナちゃん」

 同じく隣に腰を下ろすミヨが慌てて親友を宥める。

 彼女達の前。

 シートの中央には、四角い箱があった。

 いわゆる弁当箱である。

 しかも、三段重ねの容量十分の代物だ。

 弁当箱と言うからには、当然、中にはお馴染みの御握りや卵焼きから始まる色とりどりの料理が詰められており、さらにその脇には、お茶が入っているのであろう水筒までもが置いてある。

 まさに、屋上での食事のための準備は万端と言った様子だ。

「タマヨリ……お前が俺達を呼んだのは、これのためか?」

 どう考えてもあの量は、少女二人で食べられる量ではない。

 ならば、フウガ達と一緒に食べるために作ってきたであろうが――しかし、その動機がいまいち掴めなかった。

「そうよ。わざわざ朝から食堂の炊事場を借りて作ってあげたんだから。黙ってありがたく食べなさいっ」

 レナは腕を組むと一方的に言って、そっぽを向く。

 ただ、そこまで手間を掛けてまで弁当を作った理由は口にしようとはしなかった。

「いや、それは素直に礼は言うけど、なんでまた……」

 フウガは困った顔で頭を掻く。

 それがわからないと、どうも決まりが悪くて、このまま弁当に手をつける気になれなかった。

 すると、見かねたミヨがそれを説明してくれる。

「えっと……まだ私達はスサノ君がオロチに取り憑かれた事に対するお詫びをきちんとしていません。だから、それと怪我からの復帰祝いを兼ねて、お弁当を作ろうって言う話になったんです」

「ミ、ミヨ! わざわざ言わなくても良いのにっ!」

「だって、そうしないとフウガ君達も困っちゃうよ」

「……それはそうかもしれないけど。ああもうっ。とにかくそういう事よ! わかったら、とっとと食べる!」

 改めて、こういう事をするのが照れ臭くて堪らないのか、フウガ達には一切目を合わせず、レナは怒鳴る。

「むう……」

 もちろんフウガは、あの件については、もう全く気にはしていない。

 だが、二人の方はそうはいかなかったらしい。あの慌てた様子からして、たぶんこれを言い出したのはレナの方だろう。

(意外に義理堅い奴だなぁ……)

 フウガは思わず良い意味での苦笑を浮かべ、

「――まあ、理由はわかったよ。二人共、ありがとう……せっかく作ってくれたからには食べないわけにはいかないよな」

 ようやく納得すると、シートの上に座った。

「そんなら、まあ」

「僕達も」

 他の二人もそれに倣い、五人が弁当箱を囲んだ。

 と、不意にゴウタが難しい顔で弁当を眺めた。

「これ、一緒に呼んだからには俺らも食べて良いんやろうけど……作ったのは全部、タマヨリなんか?」

「あ、いえ。半分は私です」

 手を挙げて、ミヨが答える。

「そうなんや。つまり……五分五分か」

 ゴウタの呟きに、そっぽを向いていたレナの顔がぐるりと戻ってくる。

「――そこ。ちょっと待ちなさい。今の台詞はどういう意味かしら?」

「いや、だってナスノはともかく、タマヨリはどう見ても料理は上手そうには見えへんし……食べれるモンになってるんよな? 塩はしょっぱくて、砂糖は甘いんやで? ちゃんとわかっとるか?」

「あはははは殺すわよ」

 にっこりと花のような笑顔で、殺意勧告。

 ぎりぎりと握った拳は、今なら岩でも簡単に粉砕しそうな気がした。

「―――――――ごめんなさい」

 ゴウタはだらだらと冷や汗を流しながら、すかさず謝罪する。

 本人として軽い冗談だったのだろうが、起こしてはならない鬼を起こしたらしい。

 ミヨは笑顔を引きつらせながら、咄嗟にフォローを入れる。

「え、ええと……こう見えてレナちゃんは料理上手ですから平気ですよ」

「こう見えて?」

「あ、いや、違うのっ。意外に――じゃなくて、思いのほかっ」

「全部、同じ意味でしょうが!」

「ご、ごめんなさい――っ」

「…………」

 フウガはなんとも言えない複雑な顔で、そんな二人の少女を眺める。

 どうやらミヨは、レナとは違った意味で本心を隠すのが苦手な人間らしい。

「うん、この肉団子美味しい」

「……って、この状況で何故お前は、もう食ってんの!?」

 隣のライは、揉めるレナとミヨと、精神的ダメージで項垂れるゴウタを尻目に、すでに弁当に食べ始めていた。

「だって、他人事だし」

「お前な……。そんなんだと、いつか後ろから刺されるぞ」

「大丈夫。タマヨリやナスノと違って、本心を隠しつつ、人間関係を円滑に保つ自信はあるから」

「……どんだけ腹黒だ、お前は」

 呆れ果てて、フウガは溜息を吐く。

 と、そこに、

『ちなみに、お前は常に苦労を背負うタイプの人間だな、フウガ』

 こういう余計なときだけ、オロチが口を挟んでくる。

「全力でほっとけっ!!!」

 つまりは、お人好しという事だ。

 正直、そんな事はとっくにフウガも自覚済みである。

 そうでなければ、自分だって三人を放置して、とっととライと一緒に弁当を食べていただろう。

「……とりあえずタマヨリ、もう機嫌直してくれ。少なくとも俺は、お前が料理下手なんて思ってなかったぞ。それとゴウタもだ。元気出せ。あれは単なるお前の失言だろ」

「む……な、何よ。わかってるなら良いけど……」

「優しいなぁ、フウちゃん……」

 これにレナも憤りを収め、復活したゴウタはわざとらしく泣き真似などしてみせる。これにミヨがほっと胸を撫で下ろしていた。

「大袈裟なんだよ。ほら、早く食べよう」

 フウガがそう促すと、ようやくその場は穏やかな昼食な時間へと移行する。

 そして、ミヨはともかく、本当に料理が上手かった事がわかったレナに、フウガ達が驚いていると、誰かが屋上へと上がって来た。

「……おや、フウガじゃないか」

 その人物は、フウガ達を見つけると意外そうな声を上げる。

「って、ツ、ツクヨミ先輩!?」

 途端にフウガは、御握りを手にしたまま瞠目する。

 そう。

 屋上に姿を見せたのは、朝に会ったばかりのウズメだったのだ。

「ど、どうしたんですか、こんな所に……?」

 ここは一年から三年までの教室がある第一校舎だ。

 もしもウズメが屋上に用があったとしても、普通は四、五年生の教室のある第二校舎の方に行くはずである。

 だからこそ、フウガ以外の四人も一緒に驚いた顔をしていた。

 フウガに問われて、ウズメは、手に持っていた四角い何かの包みを顔の横に掲げる。

「ああ、いや……食堂だと人目があれでな……。それで昼食だけでも普段は弁当にして、裏をかいて、こっちの屋上で食べるようにしてるんだ」

「……なるほど」

 裏をかいて――というのは、たぶん親衛隊の事だ。

 彼らは、事ある事にウズメについて回っている。確かにあれでは食堂では食事は取り辛いだろうし、実際、フウガは、昼休みに彼女を食堂で見かけた事は、ほとんどなかった。

 だから、こっちの校舎の屋上の方が、五年生であるウズメにとっては親衛隊に見つかりにくく、ゆっくり食事が出来る場所なのだろう。そのために、わざわざ弁当を毎回、用意しているようだった。

(まあ、あの人達も悪気はないんだろうけどな……)

 ナキ達も含めて親衛隊は、ウズメに心酔するあまり周りが見えていないのだ。それは以前の騒動で嫌と言うほど思い知っている。

「ああ、そっか。だからツクヨミ先輩、朝早く、私達と同じで食堂の炊事場に居たんですね。いつも昼に食堂で姿を見ないと思ったら、そんな手間の掛かる事してたんですか」

 と、これはレナだ。

 祖母であるシズネとの繋がりなのか、この口ぶりからして、彼女はウズメとはすでに既知の間柄らしい。ならば、レナの親友のミヨもそうなのかもしれない。

「まあな。だが、料理はそれなりに好きだし、そんなに手間でもないさ。……しかし、今日はやけに賑やかじゃないか? どうかしたのか?」

「あ、実は……」

 ミヨが、ウズメに手早く今の状況を説明した。

 それを聞いたウズメは得心したように何度か頷いた後、

「そうか。だったら、私も一緒して良いかな? やはり食事は大勢でした方が楽しいからな」

「あ、はい。もちろんですよ」

 断る理由もなくて、フウガは快諾する。

「ありがとう」

 ウズメは嬉しそうに微笑すると、何故かあえて選んだようにフウガの隣に腰を下ろす。しかも、そこは元々ライが居た場所だ。気を利かせた――というより、たぶん面白半分で、わざと移動して場所を空けたのだ。

「…………あ」

 ウズメから漂う、以前と同じ白梅香の香りがふわりとフウガの鼻腔を撫でる。

(……お、落ち着け、俺)

 またしても身体が固くなってるのに気づいて、フウガは必死に自分にそう言い聞かせた。こんな事でいちいち緊張していたら、きりがない。

 そんな少年の懊悩には気づかず、ウズメは、ライとゴウタの方を見た。

「そちらの二人は、こうやって話すのは初めてだな。……知ってるとは思うが、ツクヨミ・ウズメだ。よろしく」

「あ、俺はフドウ・ゴウタっす。フウちゃんとは親友で」

「僕はミカヅチ・ライです。フウガとの関係は、右に同じ」

「ミカヅチ? ああ、ミカヅチ教官の弟の……」

「ええ、そうです」

 フヨウの弟が学園の候補生である事は知っていたのか、ウズメは納得したような表情を見せた。

 そして、朱色の上品な包みが解かれ、中にあった彼女の弁当箱が露になる。

 黒塗りの、さすがはツクヨミ家のご令嬢の使う物だと言った感じの高級感溢れる品物だった。ただ、蓋を空けてみると、意外に中身は庶民的で、レナとミヨの作った物と内容は大差ない。

「そうだ。せっかくだから皆も私の弁当を食べてくれ。代わりに、私もそちらのを少しもらって良いか?」

「あ、そりゃ良いですね! ぜひそうしましょう!」

 これ幸いと言わんばかりに、ゴウタが勝手に了承する。

 それでも他の四人も特に異論なかったので、誰も文句は言わなかった。

「じゃ、さっそく……」

 ウズメ以外の五人が同時に箸を伸ばし、彼女の料理を口に入れる。

 瞬間。


『!!! …………う、美味い?!!』


 これまた五人同時に驚嘆していた。

 もはやそれ以外の表現が出来ないほど、素晴らしい味だった。

 見た目は普通なのに、中身は最上だったのである。

「そ、そうか……? いつも通りに作っただけなんだが……そう言ってもらえると嬉しいな」

 ウズメが少し照れ臭そうにはにかむ。

「……私も料理には自信あったのに……これは……」

「完敗、だね……」

 少なからずショックだったのか、レナとミヨが項垂れる。

「いやいや、レナ達のも十分に美味しいぞ」

 彼女達の弁当を口にしながら、ウズメが言う。

 それは世辞ではなく本音なのだろうし、確かにレナ達の弁当も決して不味くはない。だが、

(……先輩の弁当を前にしたら、さすがに霞む……)

 しみじみとフウガは思ってしまう。

 ただの弁当でこれとは、やはりこの少女は只者ではない。

 だが、レナ達の弁当は仮にも自分のために作ってくれたものだ。やはり今回の所は、そちらを中心に食べようとそう思った所で――

「――――良い匂い」

 いきなり背後でそんな呟きが聞こえた。

「ひえっ?!」

 普段は決して出せない声を出して、フウガは跳び上がる。

 それに皆も驚き、ゴウタなどはお茶を噴き出しそうになっていた。

「だ、誰だ!?」

 フウガは慌てて振り向くと、そこには一人の美女が長い銀髪を風で揺らしながら、ぼんやりと立っていた。

「ミ、ミカヅチ教官っ!」

「やあ、姉さん。突然、どうしたの?」

 驚くフウガとは違い、相変わらず冷静な弟が声を掛ける。

 フヨウは、いつも通りの眠そうな顔のまま答えた。

「…………私はシンラン教官と一緒に、スサノ君の護衛だから」

「あ、ああ、そういえばそうでしたね。でも、だからって何で気配もさせずに背後に立つんですか」

「…………匂いに釣られてたら、いつの間にか」

「犬ですか、あんたは……」

 どうやら気配を消したのではなく、単に無意識だっただけらしい。

 彼女は非常に羨ましげな視線で、弁当を凝視していた。

「ま、まあ、せっかくですし一緒に食べますか? 量的にもう一人ぐらい居ても大丈夫でしょうし」

「…………お言葉に甘えて」

 フヨウは遠慮など全くせずそう答えると、懐から――常備しているのだろうか――箸を取り出す。

 そして、

「…………頂きます」

 普段ののんびりした言動からは考えられぬ速度で、ひょいぱくひょいぱくと弁当を口に運んでいく。その速さは驚異的で、瞬く間に弁当の中身は彼女の胃の中に納まっていく。

「は、はやっ!? お、俺達の分が!!」

「ちょ、ちょっと教官! せっかくスサノに作ってきたの――じゃなくて! 一人でそんなにガンガン食べないで下さい!」

 これにレナとゴウタが悲鳴を上げる。

 ミヨは呆然とその光景を見つめ、ライはいつもの事なのか平然と姉の箸の間隙を縫って、自分も食事を進めていた。

「……ああ、せっかく一度は騒ぎが収まったってのに」

 フウガは頭を抱えた。

 またもや昼の屋上は、阿鼻叫喚の大騒ぎである。

『ぬははは。いや、愉快、愉快』

 こういう状況は大好きなのか、オロチが楽しげに笑う。

 フウガは頭痛すら覚えて、眉間を指で押さえていた。

 と。

「――――良いものだな、こういうのも」

「え?」

 ふと呟いたウズメの言葉に、フウガはきょとんとする。

 彼女の目はどこか羨まし気に、騒いでいる皆に向けられていた。

「ああ、いや。こんな風に賑やかに誰かと食事を共にするのは、久々でな。少し……嬉しいんだ」

「…………」

 以前にウズメは言っていた。

 自分は、名門ツクヨミ家の長女として相応しい振る舞いを心掛けて来た、と。

 そのために彼女は、周囲の人間から自然と距離を空けられてきた。

 おそらく彼女にとってそれは当たり前の事で、決して辛いとか苦しいとかそういう気持ちはなかったのだろう。

 だが、それでも。

 寂しいという気持ちが、心のどこかになかったはずがない。

 人は、どんなときでも独りでは生きていられない生き物なのだから。

「……大丈夫ですよ」

「え……?」

 不意に言われて、ウズメが不思議そうに隣のフウガを見る。

 フウガは出来る限りの暖かい笑顔を面に浮かべて、言った。

「もう一緒に飯食った以上は、先輩は俺達の友達で仲間ですから。いつだって、こうやって一緒に居ても良いんです」

「……フウガ」

 ウズメは驚いたように目を見開き――

 次の瞬間、本当に嬉しそうに微笑んでいた。

「ああ、ありがとう……」

 そして、次に少し意地悪な光を瞳に宿す。

「だが、出来れば君とは友達以上で在りたいんだがな」

「えっ? あ、えっと……それは出来れば保留の方向で……」

「ふふっ」

 酷く動揺するフウガに、ウズメは堪え切れなかったように吹き出す。

 もうフウガは曖昧な笑みで誤魔化すしかなかった。


 ――そうだ。


 これは、きっと人ならば誰にでも必要で、当たり前の時間。

 大抵の人間ならば求めるまでもなく隣にあるモノ。

 でも。

 だからこそ、かけがえのない日々。

 そんな時間を、完璧だけど、酷く重いものを背負う事を定められたこの少女に、今だけでも過ごして欲しいとフウガは思っていた。

 ……何故ならば、彼自身も。

 そんな暖かい時に救われた一人だから――

 

 結局。

 やたらと大人数になった昼食は、大騒ぎのままに幕を閉じた。

 弁当をほとんどフヨウに食べられたため、午後はかなり空腹だったものの、今日は少しだけ――それは心地よいものにフウガには思えたのだった。

お読み頂きありがとうございました。

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