プロローグ
登場人物は、全て苗字・名前の順で表記されています。
読者の方がわかりやすいよう度量衡(長さや重さの単位)は、現実と同じものとなっています。
より読みやすい文章を目指して、随時、管理人が修正を入れています。そのため時間を空けて読み直しますと、以前と内容が微妙に違う場合がありますが、どうぞ御了承下さい。
「やめようよぉ、レナちゃん……」
「ここまで来て、何言ってるのよ、ミヨ」
二人の少女は、互いの対照的な性格を感じさせる言い合いをしながら、暗闇の中を歩いていた。
光源となるのは、レナと呼ばれた少女の持つランタンだけだ。
地下である。
天井は高く、闇に目が慣れても奥の方は視認できない。
相当に広い空間だった。
鼻につく空気は、地下特有の湿っぽさを含み、ひんやりと肌を刺す。
滅多に人が踏み入れる場所ではない。
そのため床に厚く積もった埃を歩く度に舞い上がらせながら、二人は慎重な足取りで進んでいった。
左右には、巨大な棚がいくつも立ち、そこには所狭しと宝物が並んでいる。
切れ味鋭そうな生身の剣、怪しげな文字が彫られた壺、魅惑的な輝きを放つ宝石、エトセトラ、エトセトラ――全てが、ただの骨董品などではなく、曰く付きの品物ばかりだ。
見ているだけで呪われそうとでも思ったのか、ミヨがごくりと唾を呑む。
「ねえ、レナちゃん、やっぱり……」
「もう、まだ言ってるの? おばあちゃんの目を盗んで、〈極・重要宝物庫〉の鍵を手に入れるのって、すっっっごい苦労したんだから。今更、後になんか引けないわ」
レナは、つり眼に僅かな苛立ちを見せて反論した。
自身の栗色のおさげを掴んで、ミヨは眼鏡をかけた眼を伏せる。
「だけど、あの魔帝オロチを封じた〈八尺瓊勾玉〉を見たいだなんて……もしも、バレたら……」
「大丈夫よ。ただ見るだけだし、バレたりしないって。それに、この学園にそんなものが保管してあるなんて聞いたら、私、じっとなんてしてられないのよね」
「……レナちゃん……うう」
自分の言葉に全く耳を貸してくれない親友に、ミヨは困り果てる。
レナはとにかく積極的で、思いつくと考えるよりも先に行動に移してしまう。
それは彼女の長所だったが、同時に一番の短所でもあった。
歩く事、数分。
結局、二人は、そこに辿り着いた。
〈極・重要宝物庫〉の最奥。
レナがランタンを掲げ、目的の物がある場所を照らす。
すると、それが二人の目に飛び込んできた。
〈八尺瓊勾玉〉。
朱色の大きな台座の上に、拳大ほどのそれは嵌め込まれていた。
綺麗な若草色をした勾玉の中心には特殊な文字が刻まれ、形容しがたい不思議な輝きを放っている。
レナが息を呑んだ。
「これが〈八尺瓊勾玉〉……魔帝オロチを封じた神器……」
「す、すごい……」
神器の放つ、理屈ではない圧倒的な迫力に、二人は完全に言葉を失う。
ミヨは急に怖くなったのか、レナの腕を掴んだ。
「ねえ、レナちゃん。もういいでしょ。帰ろうよ」
「まあ、ちょっと待ちなさい。もう少し近くで……」
伝説の神器を前にして、逆にレナの方は好奇心を刺激されてしまったらしい。
興奮した様子で、台座に近づいていく。
そして、
「あっ!」
声が上がった。
暗いせいで、彼女は気づいていなかったのだ。
台座のある場所が、一段高くなっている事に。
ものの見事に躓いたレナは、〈八尺瓊勾玉〉に向けて一直線に倒れこみ、
――がしゃーん!
滅茶苦茶、嫌な音が宝物庫内に響いた。
「あ…………」
「え…………」
二人は一様に、愕然とした声を洩らす。
レナの全体重を乗せた肘打ちを喰らった〈八尺瓊勾玉〉は、砕け散っていた。
完全に。粉々に。取り返しのつかない形で。
「「きゃ……!」」
二人の少女は、一歩、二歩と後退り、一瞬で血の気を顔から引かせると、
「「きゃあアアアアアああああああああああああああ!? うそおおおおおおおおおおおぉぉっ!」」
喉から全身全霊を込めた悲鳴を迸らせた。
さらに。
〈八尺瓊勾玉〉のあった場所に一つの光球が生まれる。
それは、ものすごい速度で二人の少女の間を抜けて、宝物庫を飛び出していった。
◇ ◇ ◇
鐘が鳴っていた。
王立第一ヒノカワカミ学園の予鈴だ。
(あー、どうするか。今日もサボろうかな……)
不謹慎な思考に耽りながら、スサノ・フウガは、屋上で寝転がっていた。
若芽のような淡い緑の髪に、碧眼という変わった色の組み合わせを持つ少年だ。
それだけを取れば、美しいと言えるだろう。
しかし、彼を初めて見た人間は、絶対に好印象を抱く事はない。
なぜなら悪いのだ。
致命的なまでに――目付きが。
それは、同級生から、「今までに二、三人は余裕で殺してそうな悪人面」という不名誉な称号を与えられるほどだ。
本人も気にはしているが、こんな顔で生まれてしまった以上、今更、どうしようもないと半ば諦めている。
「ふわ……」
欠伸を噛み殺す。
どこまでも広がる空は、綺麗な蒼。
晴天だ。
陽気も、眠りに誘うかのように心地良い。
一時限目は、すぐに始まるだろう。
だが、そんな状況など関係なく、彼の意識はまどろんでくる。
今日は一時限目はサボり決定。
二度寝だ。
フウガが誘惑に負け、そんな駄目な選択をしようとした――その瞬間だった。
「…………?」
空に、不自然なものを見つけたのだ。
光だ。
凄い速さで、不規則な動きを見せている。
一瞬、流れ星かと思った。
しかし、今は、もう朝だ。そんなものが見えるはずもない。
光が、徐々に、だが確実に大きくなってくる。
「あれ……? これ?」
何だか……近づいてきている気がする。
いや、近づいているのだ。
間違いなく、こちらへ、一直線に。
「え? いや、ちょい待ち……」
いい加減、危険を感じたフウガは、慌てて身を起こす。
すぐにでも屋上から離れようとする。
遅かった。
光はあっという間に、目前に迫ってくる。
「おい!? 待てって! どわあああああああ!?」
逃げ切れず、光がフウガの身体へと飛び込んだ。
「くうっ……!?」
軽い衝撃はあったが、痛みはない。
ただ自分の内に、何かが入り込んでくるような――そんな感覚がした気がする。
咄嗟に閉じた目を開く。
すでに、あの光は跡形もない。
「……な、何だったんだ?」
わけが分からず、戸惑いのままフウガは、自身の両手を見下ろす。
『ふむ、ようやく落ち着ける場所を見つけたな』
(!?)
フウガは目を剥いて、自分の口を押さえる。
今のは、自身の意思とは別に、彼の唇が勝手に動いて言ったのだ。
耳に届いた声も彼のものではない。
「ど、どうなってるんだ!?」
『そう驚くな、少年。我が名は、魔帝オロチ』
また勝手に口が動いた。
だが、その事以上に、台詞の中に出てきた名にフウガは驚愕する。
「は!? オロチだって!」
『如何にも。これからしばらく、お前の身体の中に住まわせてもらうぞ。ぬはははは!』
己の唇が紡いだ台詞に、
「な、なんだってええええええええええっ!?」
この十七年という人生の中で、まず初めて出すような絶叫を、フウガは上げた。
これが。
彼の受難の日々の始まりであった。
お読み頂きありがとうございました。