姑と愛人に「離縁して出ていけ」と言われたので、家を出ることにいたします
「あなた、いい加減この家を出てお行きなさい?」
「そうよそうよ!お義母様のおっしゃる通りだわ!」
夫の母であるロシャデンヌ前伯爵夫人に、前伯爵夫人公認の不倫相手……確かルナとか言ったかしら? その二人にいつものように罵声を浴びせられ、わたくしは小さくため息を落としました。
「えぇ、わかりましたわ。貴族の妻として子を成せなかった責任をとって離縁いたします」
わたくしはそう微笑んで、ルナさんに声をかけた。
「後妻は……ルナさんかしら? どうぞ伯爵様と素敵なお子様をお生みになってね」
顔を輝かせるルナさん。一方、少し顔色を悪くなさったお義母様。平民の愛人が伯爵家の後妻になれるなんて、ありえない奇跡ですもの。ふふ、おめでとうございます。
「わたくしの担っていた家の取りまとめは……お義母様にお返しすればいいのでしょうか? 引き継ぎの書類はこちらに」
わたくしが書類を手渡すと、お義母様は貴族の夫人として完璧な淑女の笑みを浮かべて、わたくしに問いかけてきました。
「あら、手際の良いこと。でもあなた、この家を出て行って、実家は無事だとお思いで?」
「ご心配いただき、ありがとうございます。結婚期間中のご支援で実家は建て直しましたし、わたくしも行く宛を見つけております」
わたくしが笑顔で言うと、一瞬淑女の仮面を外しかけたお義母様は、声を上げて笑いました。
「子も産めぬ貴族の女など、無価値だわ! その上、夫を平民の女に奪われるなど……自身の女としての価値がないことを証明したようなもの! せいぜい、次の嫁ぎ先では追い出されないようになさい!」
笑い声を聞きながらわたくしは頭を下げ続け、屋敷を後にしました。
その後、ロシャデンヌ伯爵家は、平民の女を妾としてそばに置いたが、なかなか後継に恵まれず苦戦していると、新しいご主人様から聞きました。
わたくしの境遇に同情したとあるお方が、侍女として勤め先を紹介していくらかの支度金をくださったのです。
「ロシャデンヌ前伯爵夫人も、あなたを追い出したところで子ができぬことくらいわかっていたはずなのに、伯爵に子種がないことを周知するような真似なさるなんておかしいわね」
わたくしを雇い入れてくださったスーリガン公爵夫人が、わたくしの淹れるお茶を飲みながらそう笑った。
「……もしかしたら、あの方は自分が悪評を被ろうとも、新たな被害者を出さないおつもりなのかもしれません」
わたくしの答えに一瞬目を丸くしたスーリガン公爵夫人は、口元を扇で隠し、何か小さな声で呟きましたが、その声はわたくしの耳には届きませんでした。きっと独り言なのでしょう。
「……ロシャデンヌの片想いかと思っていたら、意外とメイリーンも……面白いことになりそうね」
⭐︎⭐︎⭐︎
「シュー!」
母上の私を呼ぶ声で目が覚めた。行きたくない気持ちを落ち着け、一息つくと一気に起き上がり、メイドに声をかけた。
「すぐに行くと母上にお伝えしてくれ」
「はい」
メイドとは名ばかりではないか、と思うくらい着崩した露出の多い服は見慣れた。私ことシュナウダ・ロシャデンヌが原因の不妊であることくらい、何人もあてがった不倫相手で明らかだろう。
母上のことは苦手だ。ただ、あの怒鳴り声や喚く言葉を向けられると、どうしても従わないとと思ってしまう。
「メイリーン……」
近くに誰もいないことを確認して、元妻メイリーンの名を小さく呼ぶ。
不倫相手とは名ばかりの、母に盛られた媚薬のせいでその立場を得た平民の娘が、メイリーンを愚弄していた。
これに私が反論すると、母はメイリーンをさらに虐げる。今までの経験でわかっていたからこそ、母にバレないようにメイリーンと離縁するのために、手を回した。
そんな母は今や先の平民の娘を虐げている。ただ、それだけじゃ物足りなそうに空を見る母の視線が恐ろしい。
言うことを聞かせやすいように、と落ちぶれた子爵の娘であったメイリーンを実家の支援と引き換えに、私の嫁に取った母。メイリーンとの間に子が生まれないとわかると、次々と立場の弱い貴族令嬢を送り込み、私との間に子をなさせようとした。私としては、メイリーンとの間に子ができぬなら、親戚筋から養子を取ればいいと思っていたが、母のプライドがそれを許さなかったらしい。
「……今まですまなかった、メイリーン。ご実家はすでに大丈夫だろう。この産業はうまく行っている。メイリーンは母の手の出せないお方の元で侍女として雇って貰えば、ご実家のことはバレないだろう。母が興味があるのは君だけだから」
そう言って、私が手渡そうとした支度金を見て、メイリーンは首を振った。
「シュナウダ様。そんな大金、お義母様にバレたら……」
「大丈夫だ。バレぬように上手くやった。そのせいもあって時間がかかってしまってすまない。せっかく妻になってくれたのに、君のことも幸せにできず、苦しめてばかりですまなかった」
頭を下げる私に、困ったように笑ったメイリーンは言った。
「……シュナウダ様。あなたは……わたくしを逃したら……ご自分に子種がないことが社交界にバレ、笑いものにされるかもしれませんわ」
メイリーンの心配に私は笑みを浮かべて返した。
「私に子種がないことは事実だ。私が社交界で笑われることよりも、君が社交界で罵倒されることの方が嫌だ。ただ、母に逆らうことができず……長年辛い思いをさせてすまない。メイリーン、せめてもの詫びの気持ちなんだ。君の苦労には割に合わない金額だが」
私の言葉に、メイリーンは手を伸ばし、袋を受け取ってくれた。
「えぇ、確かに受け取りましたわ。シュナウダ様のお詫びの気持ちを。わたくしは実家も救っていただき、新しい雇い先まで見つけていただき幸せですわ。シュナウダ様。あなたもご自身の幸せを第一にお過ごしくださいね」
そう言って私を気遣ってくれたメイリーン。私の幸せなんかよりも君の幸せを祈っているよ。すまなかったメイリーン。どうしても、母には逆らえなかったんだ。
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「シュナウダ・ロシャデンヌ! 前伯爵夫人をここに」
「はっ」
数年後、どこからか告発された前伯爵夫人の罪の数々……未婚の貴族令嬢たちを脅迫し、傷物にした。領民を何人も攫った————領民の嘆願が国王に届くほどの人数————。そして、貴族令嬢たちやその人々への残虐な行為の数々。
「前伯爵夫人を牢へ。追って沙汰を下す。そして、シュナウダ・ロシャデンヌ。お前は伯爵でありながら、母の罪を止めなかった。よって、領地を一部返上し、男爵に落とす」
「……寛大なご処置に感謝申し上げます」
シュナウダの礼に、国王が小さな声で言った。
「……貴殿の無実を証明するために尽力した者がいると、スーリガン公爵夫人から聞いている」
シュナウダが目を丸くするのを見て、国王は満足げに鼻を鳴らし、書状を手に取った。
「前伯爵夫人は牢での様子を見て、どの修道院に行くか判断されることになる。……異存はないな?」
「はっ。陛下のご裁定に全てをお任せいたします」
シュナウダの礼を見て、満足げに国王は退出して行った。
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「シュナウダ様」
シュナウダが王宮から出ようと馬車に向かう道中、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……メイリーン」
シュナウダの言葉に、スーリガン公爵夫人が声を立てて笑った。
「ロシャデンヌ。わたくしもいるのだが?」
スーリガン公爵夫人の言葉に、シュナウダは慌てたように姿勢を正した。
「王国の双璧、スーリガン公爵夫人にご挨拶申し上げます」
「うむ。ロシャデンヌ。メイリーンを一刻貸してやろう。わたくしは今から陛下と前伯爵夫人の件で話があるからな」
「……ありがとう、ございます」
頭を下げるシュナウダとメイリーンの姿に笑みを深めたスーリガン公爵夫人は、王宮に向かって歩いて行った。
「メイリーン……君が私を救うために奔走してくれたと、陛下から伺った。すまない。君をあんなに苦しめたのに……」
頭を下げるシュナウダに、メイリーンは笑って口付けた。
「わたくしがしたいようにしただけですわ」
そう笑うメイリーンに、呆気に取られるシュナウダ。この二人が再婚するのも近い未来のことだろう。




