2.ライゾン様の屋敷に暮らすキリーナ
私はライゾン様の屋敷で、執事のスティーブとメイドのシャーロットと暮らしている。ちょっと郊外だからそこそこ広く、社交の場からは会社のほうが近いのかライゾン様は帰らないこともある。
「キリーナ様、ご夕食の時間です」
シャーロットは幾度言っても私をキリーナ様と呼ぶ。私なんぞ、数年前まで裏路地で死にかかっていたというのに。
「今日も一人? たまには二人も一緒にどう?」
テーブルに着きながら私は言った。
「いけません。キリーナ様は使用人ではないのですから。さぁ、こちらに」
スティーブはライゾン様よりもおじさんで、ライゾン様がいない日は三人でテーブルを囲んだらいいと思うのだけれど、二人とも私のうしろに立って椅子を引いたり食事を運んだりしてくれる。目上だから『さん』と敬称をつけて呼ぶだけでもスティーブに叱られる。
私がライゾン様の妹か本当の娘ならよかったのだ。私なんてどこの馬の骨なのか自分でもわからない身の上。だから二人に丁重に扱われるほど違和感が生じる。それにも慣れつつあるけれど、二人は私がライゾン様に拾われたことを知っているのにどうして下に見ないのだろう。不思議。
カシャっとフォークを動かす音がちょっと大きいだけでスティーブの息が止まるのがわかる。ゆっくりやれば大丈夫。シャーロットさんの頑張れが背後から伝わる。
もしかして私は本当にライゾン様の家族になってしまっているのかしら。実のところ、私は彼の養女になっているのかさえわからない。知りたくないの。
私は彼を慕っている。それは認めよう。でも愛なのかはわからない。私が子どもだからそれは仕方のないこと。
「ごちそうさま」
ごはんを食べてしまえばすることがない。もう少し大人になった令嬢たちはパーティ三昧なのだろうが、実際の私の年齢の女の子たちって何をしているのかしら。自室でおとなしくしてるけど、たまには外に出てみたい。
でも外が危ないことは充分に知っている。あの日も人攫いから逃げていたところをライゾン様に助けてもらった。ごはんをもらえると聞いて教会にたくさんの子どもたちが集まっていた。しかし、身なりを整えた子たちが一人、また一人と協会からいなくなる。そのうちに私も選ばれ、久しぶりにお風呂に入れてもらえてきれいな服を着た。
連れて来られた邸宅で私は人形として扱われた。
「人形は動くな」
とその家の主人は私が呼吸をするのも嫌がり、
「人形の頬は腫れない」
と暴力をふるった。そんなところにいられるはずもなく、逃げたものの行く当てがなかった。着ているものも浮浪者に奪われ、似たような境遇の子たちと集まって息を潜めて生きていたが、病気で死んでしまう子もいたし、優しい人に引き取られた子もたぶんいた。
私だけが残った。愛想がなかったからだと思う。当時ねぐらにしていた小屋を追い出され、
「男だと思ってたら女の子なんだな。ちょうどお前のような子を探してた」
と街の外れでごろつき捕まった。足は速くないほう。でも小さいから、大人たちは私を捕まえられなかった。私だけが抜けられる壁の場所を記憶していたから。
裸足で走り続けて知らない道まで来たとき、
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
と声をかけられた。優しい声だった。
「お嬢ちゃんじゃないわ」
突っぱねるように私は言った。と同時にお腹が鳴った。もうずっと鳴ることはなかったのに、お店があるのか嗅覚が反応した。
「はははっ。この辺の子? お母さんかお父さんのところまで連れて行ってあげるよ」
とその人は私と同じ目線にしゃがみこんで言ってくれた。
「いないの」
私は答えた。
「本当に?」
「死んだと思うわ」
二人とも細くなって、骨みたいになってゆくのを見るのが辛くて私は逃げ出したのだ。
「じゃあ君は一人で生きているの?」
「そうよ。悪い?」
盾をついたわけじゃない。そういう口調だった。かっぱらいをしたこともあるし、物乞いも日常。
「悪くはないけど。もう夜は冷えるしおじさんのところに来る? 部屋もあるしごはんもあるよ」
今までだってそう言って悪い人にそそのかされたことがあった。
「行かない。いい人の保障がないから」
もう騙されるのはうんざり。痛いのも寒いのも嫌なの。自分で回避しなければ搾取されるだけ。
「ってことは俺が悪い人の保証もないということだね」
ライゾン様のにって笑った顔、あのときから弱いのよね。
家に連れて来られて、ノミだらけの体をシャーロットが洗ってくれた。お腹いっぱいに食べることが初めてに近くて、すぐにお腹が痛くなってしまった。ふかふかのベッドで眠って、あれからあっという間に三年が経った。この家に来てから文字を習ったり、マナーを叩き込まれた。それが後々の自分のためだって、もう充分すぎるほど私は理解をしている。




