表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/68

危うい新人

 赤城烈志が目を覚ましたとき、時計は7時50分を指していた。


 「やべぇ、寝坊した!」


 慌てて飛び起きる。朝礼は8時からだ。いつもなら6時には起きて、軽く体を動かしてから朝食を取るのに。


 昨夜遅くまで、誇と新人の鏡昴の戦闘記録を見ていたせいだった。


 シャワーも浴びずに制服に着替えながら、烈志は昨夜の映像を思い返していた。


 異常だった。


 誇は組織内でも上位の実力者だ。傲慢の半魔として、絶対的な自信と それを裏付ける実力を持っている。いくら本気では無いといえ誇を、新人が一方的に圧倒したのだ。


 しかも、欲望解放すらせずに。


 バリアの展開タイミング、槍の精度、そして何より——あの冷静さ。まるで誇の動きが全て見えているかのような余裕。


 烈志は首を振った。確かに強い。だが、それ以上に危険な匂いがする。


 部屋を出てエレベーターに乗りながら、烈志は決意を固めた。この新人には、直々に指導をつける必要がある。


 朝礼に滑り込んだ烈志を、根倉局長が苦笑いで迎えた。


 「おはよう、烈志。珍しく遅刻だね」


 「すいません。昨夜遅くまで新人の戦闘記録を見てまして」


 烈志は周りを見回した。そこに鏡昴の姿を見つける。


 整った顔立ち、背筋の伸びた立ち姿。一見すると模範的な青年だ。しかし、烈志の目には別のものが見えていた。


 表面の下に隠された、計り知れない何か。


 朝礼が始まり、昴の紹介が行われる。本人の挨拶は礼儀正しく、謙虚で、好感の持てる内容だった。


 だが、烈志は違和感を覚えていた。


 昨日の戦闘記録で見た昴と、目の前の昴。あまりにも印象が違いすぎる。


 朝礼後、烈志は根倉局長に近づいた。


「局長、新人の指導は俺がやらせてもらいます。良いですね?」


 「烈志が? そりゃ願ったり叶ったりだけど。自分から言い出すなんて珍しいね」


「あいつ、早死にしそうなんですよ」


 根倉が眉をひそめる。


 「どういうこと?」


 「昨夜の戦闘記録を見ました。確かに強い。でも、あれは危険です」


 烈志は声を低めた。


 「あの余裕、あの冷静さ。16歳の新人が見せるものじゃない。きっと何かが欠けてる。そう思うんです」


「欠けてる?」


 「はい、恐怖心です。彼にはそれが無い」


 烈志は断言した。


 「誇の高速移動を、振り返りもせずに防いだ。普通なら、少しは動揺するはずです。でも、あいつは最初から最後まで、まるで散歩でもしてるみたいだった」


 根倉が深刻な表情になる。


「そう言われれば、そうとしか思えないねぇ」


 「ええ。恐怖心のない戦士は、いずれ致命的なミスを犯します。だから俺が直々に指導します。必要なら、深化も使って」


 根倉が驚く。


「深化まで? 新人相手に?」


 「それくらいしないと、あいつは危機感を覚えない」


 烈志は真剣だった。


 「分かった。任せるよ」



 基礎体力測定の結果は、予想通り平凡だった。むしろ、平均以下と言ってもいい。


 しかし、昴は動揺を見せない。まるで、自分には体力など必要ないと考えているかのようだった。

 その姿勢に、烈志の警戒心が増す。


「次は、能力の制御訓練だ」


 訓練場の中央に向かいながら、烈志は昴を観察していた。歩き方、姿勢、表情——すべてに無駄がない。


 「昨日はバリアと槍を使ったらしいが、他にも何かできるか?」


「えーっと……よくわからないです」


 烈志は、その言葉に違和感しか感じなかった。あれほどの制御能力で、まだよくわからないというのだから。

 

 「なら、実戦で確かめるのが一番だな」


 烈志は、ニヤリとしながら別のことを考えていた。本当に自分でも能力の底がわからないのか……それとも嘘をついているのか。見極めさせてもらおう。


 「実戦って……」


 「俺と手合わせだ。手加減はしねえぞ」 


 昴に欲望解放(デザイアリリース)を促したが、首を振られた。


 「まだ変身の仕方がよくわからなくて」


 その瞬間、烈志の中で何かが弾けた。


 「欲望解放(デザイアリリース)もしない舐めた態度で、俺の扱きに耐えられると思ってるのか!?」


 それは怒りというより、危機感だった。この新人は、自分の力を過信している。そして、それは死に直結する。


 「欲望解放(デザイアリリース)


 烈志の全身が炎に包まれる。訓練とはいえ、本気だった。


 「行くぞ!」


 炎を纏った拳を振るう。しかし、透明なバリアに阻まれる。


 昴は、微動だにしない。


 それでも、烈志は連続で攻撃を入れた。炎弾、連続拳、足技——しかし、すべてバリアで防がれる。


 そして、昴の反撃が始まった。


 槍が虚空に現れる。それも一本ではない。氷、炎、雷——様々な属性の槍が次々と生み出される。


 烈志は炎の壁で防いだが、内心では驚愕していた。これほどの多彩な能力を、初心者が使いこなせるはずがない。いや、目の前で魅せられているのだが、信じられなかった。


 さらに驚いたのは次の瞬間だった。


 椅子とテーブルが現れ、昴がそこに座り込んだのだ。まるで観客席から戦いを眺めるかのように。


 そして、極めつけは——


 もう一人の烈志が現れた。


 欲望解放した状態の、完璧なコピー。それが本物の烈志に攻撃を仕掛けてくる。


 「なんだこりゃあああ!?」


 烈志は混乱した。自分と戦うという奇妙な状況に、戦術も何もあったものではない。


 しかし、戦ってみるとハリボテも良いとこだった。自動操作なのだろう、動きが単調で、読みやすい。槍との連携は確かに脅威だが、致命的では無い。


 烈志が、本当に驚いたのは別のことだった。


 昴の表情である。


 椅子に座って高みの見物を決め込む昴の顔には、わずかな緊張感もない。むしろ、退屈そうですらある。


 これは危険だ。


 烈志は確信した。この新人は、戦いを舐めている。自分の力を過信しすぎている。


 「参った参った! 今の状態じゃ、手も足も出ないわ」


 烈志は一度戦いを止めた。そして、根倉局長に視線を送る。


「良いよな? 局長」

  

 局長も同じことを考えていたようで、小さく頷いた。


 「まぁ、ちょっと調子乗り過ぎかなぁ。お灸据えちゃって良いよ」


 許可が出た。


 烈志は昴に向き直る。ニヤリと笑って宣言した。


 「深化」


 その瞬間、烈志を包む炎が変質した。赤から青へ。温度は数倍に跳ね上がる。


 これが深化——憤怒の感情をより深く、より強く発現させる技術。


 烈志の本気だった。


 「気張れよ、さっきの俺の数倍強いぞ」


 烈志は突進した。


 昴が慌ててバリアを展開するが、青い炎の前では紙同然。バリアは一瞬で融解した。


 そして——


 昴が素手で、烈志の拳を受け止めた。


 ジュウジュウと肉の焼ける音。焦げる匂いがあたりに立ち込める。


 烈志は愕然とした。

 なぜ素手で受け止めた? バリアの展開はどうした。避けろよ!? 転がってでも逃げろよ!


 だが、昴の表情は変わらない。痛みに顔を歪めることもなく、ただ静かに烈志を見つめている。


 異常だった。


 普通の人間なら、悲鳴を上げるレベルの火傷だ。しかし、昴は眉一つ動かさない。その上で、炭化しかけた右手で、烈志の拳を離さないとばかりに握り込んでくる。

 それとほぼ同時に、昴の左手に槍が現れ始める。その槍を生成しながら、左手で烈志を殴り飛ばす。


 至近距離からの一撃。堪らず、烈志は吹き飛ばされた。


 

 これ以上は危険だと判断して、変身を解いて駆け寄る。昴の右手は確かに、炭化寸前まで焼けていた。だが、駆け寄ってみた時には、ギリギリ元に戻りそうな火傷で済んでいた。


 当の昴は、立って微笑んでいた。


 「お前、すげぇな!」


 烈志は素直に賞賛した。しかし、内心では複雑だった。

 この根性は本物だ。だが、同時に危険すぎる。

 痛みを感じないのか? それとも、感じていても我慢しているのか?


 どちらにしても、普通ではない。もはや根性でどうにかなるレベルを超えている。


 「こんな根性あるやつ、見たことねぇ!」


 烈志は昴の肩に手を回した。医務室まで連れて行く。

 何かがある。この新人には、何か深い問題がある。


 医務室に昴を預けると、烈志は局長の元へ向かっていた。


「局長、すみませんでした。あれはやりすぎでしたね」 


 「いや、何な行動するとは思ってなかったからしょうがないよ。結果的にそこまでの怪我じゃなかったし。で、どうだった?」


「正直言ってよくわかりません。ですが、危なかっかしくてほっとけないやつってことはわかりました」 


 「確かにあの反応は異常だよね」


 根倉が深刻な表情で言う。


 「素手で受け止めるなんて、普通は思いもしない。それに、顔色ひとつ変えないなんて」


 「ええ。おかしいです」


 烈志も同感だった。


 「心に何か深い傷を負ってるのかもしれない」


 根倉が推測する。


 「母親を失ったばかりだからな。感情が麻痺してるのかも」


 「だとしたら、しっかりサポートしないといけませんね」


 烈志は決意を新たにした。


 「ああ。頼むよ、烈志」

 

医務室から帰ってきた昴を烈志は、会議室へ案内する。

 昴は怪我で訓練を行えない為、烈志は半魔の基礎知識を教えることにした。


 「まず、半魔の能力について説明する」


 ホワイトボードに図を描きながら、烈志は話し始めた。


 「半魔になると、基本的な身体能力や回復力が上がる。お前の身体能力はまぁ……アレだが。戦闘状態としては、欲望解放(デザイアリリース)が有る。そしてその先の深化、昇化だ」


 昴が真剣に聞いている。しかし、メモを取ろうとして、手が使えないことに気がつく。

 烈志は、完璧じゃなくて天然なところもあるんだなと、父性をくすぐられてしまう。


 「欲望解放(デザイアリリース)をすると、枢要罪に応じた姿に変化して、回復力と身体能力、そして固有の能力をより強化される」


 昴が、欲望解放(デザイアリリース)を支えていれば怪我をさせることもなかったのに。指導するものとしては失格物の思考が、烈志の頭をよぎってしまう。

 

 「深化と昇化……それは、欲望解放(デザイアリリース)と何が違うんですか?」


 「そうだなぁ。深化は、枢要罪の感情をより深く、より強く発現させること。俺がさっき使ったのがそれだ」


 烈志は自分の手に小さな青い炎を灯して見せる。


 「憤怒をより深く感じることで、炎の温度が上がる。破壊力も格段に増す」


 「すごいですね」


 昴が感心したように言う。その表情に、嘘はないように見えた。


 「一方、昇化は枢要罪の感情を昇華することだ」


 「昇華……」


 「例えば、根倉局長は怠惰の半魔だ。よりだらける為には、効率よく仕事をすればダラダラする時間が増える。みたいな感じだ」


 昴が驚いたような表情を見せる。


 「局長って怠惰の半魔だったんですか?」


 「そうだ。あの人は本来、何もしたくない人間なんだ。でも、あの人がいないと大勢が死ぬからなぁ」


 烈志は他の例も説明した。


 「高城誇は深化。より傲慢になることで、絶対的な自信と戦闘力を得る」


 「じゃあ、俺との模擬戦も手加減してたってことですか?」



「まぁそうだな。でも、通常解放でやれる範囲のことはしていたから、誇って良いぞ。誇だけにな。悔しいか?」


「はい、少し」


 昴は、少しだけ顔を歪ませて答える。

 人間らしい感情は、しっかりある。それゆえに、戦闘時の異常さが際立つ。しっかり見極めないといけない、烈志はそう思った。


 「じゃあ強くならなきゃな」


 烈志は、昴の頭を優しくポンポンと撫でながら言った。


 「続けるぞ? そして重要なことなんだが——深化と昇化は、どちらか一つしか使えない」


 昴が顔を上げる。


 「選ぶことはできないのですか?」


 「選ぶんじゃない。その人の性格、経験、価値観によって決まるんだ。すでに決まっていると言ってもいい」


 烈志は昴を見つめた。


 「お前も自分自身と向き合って、ゆっくり答えを見つけていけば良いさ」


 烈志は時計を見て言う。


 「今日の座学はここまでだ。明日からは、もう少し実践的な訓練をしよう」


 昴が立ち上がる。包帯を巻いた手が痛々しい。


 「昴」


 「はい」


 「今日はやりすぎて悪かった。だが、それでお前の根性は分かった」


 烈志は真剣な顔で続けた。


 「ただし、無謀と勇敢は違う。次からは、もう少し頭を使え」


 「分かりました」


 昴が素直に答える。


 しかし、烈志には確信があった。


 この新人は、また同じことをする。


 痛みを感じないのか、それとも感じていても表に出さないのか——どちらにしても、危険すぎる。


 母親を失ったばかりの16歳の少年。心に深い傷を負っているに違いない。


 だからこそ、しっかりとサポートしなければならない。


 烈志は決意を新たにした。この新人を、一人前の半魔に育て上げる。そして、その心の傷も癒やしてやる。


 それが、指導者としての責任だった。


 昴が教室を出て行くのを見送りながら、烈志は考えていた。


 虚飾の半魔——前例のない存在。


 どんな未来が待っているのか、予想もつかない。


 だが、少なくとも今は、この少年を支えることが自分の役目だ。


 明日もまた、厳しい訓練が待っている。


 烈志は拳を握った。炎が小さく燃え上がる。


 この新人を、必ず一人前にしてみせる。


 そう心に誓いながら、烈志もまた教室を後にした。



アニキィ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ