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惚れるかよ

 根倉眠は、その日初めて八罪管理局の建物に足を踏み入れた。


 二十歳の青年は、緊張で肩が強張っている。昨日、藤崎一局長代理から組織の説明を受けた。今日から正式に、ここで働くことになる。


 半魔として。


 自分が化け物だと知った時の衝撃は、まだ心に残っている。でも、同じような存在がいると知って、少しだけ安心した。


 一人じゃない。


 そう思えた。


「根倉さん、こちらです」


 案内してくれた職員が、会議室の前で立ち止まる。


「メンターの方が待っています」


「メンター……」


「はい。新人の教育担当です。任務や訓練、事務処理まで、すべて指導してくれます」


 職員が、ドアをノックする。


「どうぞ」


 中から、女性の声が聞こえた。


 職員がドアを開ける。


「失礼します。新人の根倉眠です」


「ありがとうございます」


 また、女性の声。


 眠は、部屋の中に入る。


 そして――。


 目が合った瞬間、眠の思考が停止した。


 窓際に立っている女性。会うのは二度目だ。だが初対面の時は色々と余裕がなかった。


 改めて見るその女性は、すらっとした体型に長い黒髪。そして、整いすぎている顔。


 眠は、思わず息を呑んだ。


 ……美人。


 その一言しか、頭に浮かばなかった。


「この間ぶりですね。鏡昴と申します」


 女性が、微笑む。


 その笑顔に、眠の心臓が跳ねた。


「よろしくお願いします、根倉さん」


「あ、はい……よろしくお願いします」


 眠は、慌てて頭を下げる。


 顔が熱い。


 自分でもわかるくらい、顔が赤くなっていた。


「緊張してる?」


「え、あ、はい……少し」


「大丈夫。ゆっくりやっていこう」


 昴が、優しく笑う。


 眠は、また心臓が跳ねるのを感じた。


(なんだ、この人……)


 美人なだけじゃない。雰囲気が、柔らかい。


 でも、どこか凛としている。


「じゃあ、まずは自己紹介からしようか。座って」


「はい」


 眠はと昴は、向かいあって椅子に座る。


「改めて、鏡昴です。この組織で事務局員として働いています」


「事務局員……ですか?」


「そう。表向きはね」


 昴が、ウインクする。


「裏では、色々やってるけど」


「色々……」


「魔物討伐とか、政府との交渉とか」


「……すごいですね」


「そうかな? まあ、長くやってるからね」


 昴が、笑う。


「で、根倉さん。君は、怠惰の半魔だよね」


「はい……」


「能力は?」


「えっと、再生能力と、脱力付与能力です」


「なるほど。再生能力は便利だね」


「でも、戦闘には向いてないと思います」


「そんなことないよ。使い方次第」


 昴が、真剣な顔をする。


「再生能力があれば、前線に立てる。それに、脱力付与能力は、敵を無力化できる」


「……そうですか?」


「そう。君は、もっと自信を持っていい」


 昴が、また笑う。


 眠は、その笑顔に見とれてしまっていた。


 それから数週間、眠は昴の指導を受けることになった。


 任務にも、一緒についていく。


 最初の任務は、小規模な魔物討伐だった。


「根倉さん、後ろに下がって」


 昴が、眠の前に立つ。


 目の前には、オーク型の魔物。


 巨体で、凶暴そうだ。


「でも……」


「大丈夫。まずは、私のやり方を見て」


 昴が、手を前に突き出す。


 すると、槍が出現した。


欲望解放(デザイアリリース)


 昴の姿が変わる。


 顔に仮面が張りつき、服装がタキシードドレスに変わる。


「これが、虚飾の力」


 昴が、槍を投げオークに突き刺さる。


 オークが、痛みに激昂する。


 でも、昴は冷静だ。


「根倉さん、今! 脱力させて!」


「は、はい!」


 眠は、能力を発動する。


 オークが、ぐらりとよろめく。


「よし、いいよ!」


 昴が、また槍を投げる。


 今度はオークの頭に突き刺さり、オークが倒れる


「終わり」


 昴が、変身を解く。


「ね、簡単でしょ?」


「……すごいです」


 眠は、感嘆する。


 昴の動きは、無駄がなく的確だ。


「君も、もっと練習すればできるようになるよ」


「本当ですか?」


「本当。君には、才能がある。私は知ってるよ」


 昴が、笑う。


 眠は、また心臓が跳ねた。


 事務処理の訓練も、昴が担当した。


「書類の整理は、こうやってね」


 昴が、丁寧に説明する。


「ここに、日付を書いて、ここに分類を書く」


「はい」


「そして、ファイルに綴じる。簡単でしょ?」


「はい……でも、量が多いですね」


「慣れれば大丈夫。最初は大変だけど」


 昴が、励ます。


 眠は、昴の横顔を見る。


 真剣な表情だ。でも、優しい。

 眠はそう思った。


 ある日、眠が休憩室でコーヒーを飲んでいると、事務職員が話しかけてきた。


「根倉、昴さんに惚れたな?」


「え……!?」


 眠は、慌てる。


「顔に書いてあるよ」


 先輩が、笑う。


「でも、仕方ないよ。新人男性の通る道だから」


「通る道……?」


「そう。みんな、最初は昴さんに惚れるんだ」


「みんな……?」


「そう。職員全員、一度は惚れてる」


 先輩が、肩をすくめる。


「でも、無駄なんだよね」


「無駄……?」


「昴さん、絶対靡かないから」


「……そうなんですか」


「未来に決めた人がいるんだって」


「未来に……?」


「よくわかんないけど、そういうことらしい」


 先輩が、コーヒーを飲む。


「だから、早めに諦めた方がいいぞ」


「……」


 眠は、黙り込む。未来に決めた人……。


 それが、どういう意味なのか、眠にはわからなかった。


 でも――。


 諦められるかな……。眠は、自分の心に問いかけた。


 答えは、出なかった。


    


 数日後、また任務があった。


 今度は、少し強い魔物だ。


「根倉さん、今日は君が前に出て」


「え……?」


「大丈夫。私がサポートするから」


 昴が、笑う。


「君なら、できる」


「……はい」


 眠は、覚悟を決める。


 魔物が、襲いかかってくる。


「怠惰の力……!」


 眠は、能力を発動する。


 魔物が、ぐらりとよろめく。


「よし、その調子!」


 昴が、後ろから声をかける。


「もっと強く!」


「はい!」


 眠は、さらに能力を強める。


 魔物が、完全に動きを止める。


「今だ!」


 昴が、槍を投げる。


 槍が、魔物に突き刺さる。


 魔物が、消滅する。


「やったね!」


 昴が、眠の肩を叩く。


「すごいよ、根倉さん!」


「……ありがとうございます」


 眠は、顔を赤くする。


 昴の笑顔が、眩しい。


 眠は、自分の心を認めた。


 でも――。


 諦めなきゃいけないのかな、自分が未来のその人なら良いのに。


 そう思うと、胸が痛んだ。


    


 その夜、眠は一人で考え込んでいた。


 休憩室で、コーヒーを飲みながら。


「根倉さん、まだ起きてたの?」


 突然、声がした。


 振り向くと、昴がいた。


「昴さん……」


「コーヒー飲んでるの? 眠れなくなるよ」


「あ、はい……でも、大丈夫です」


「そう?」


 昴が、隣に座る。


「何か悩んでる?」


「え……」


「顔に書いてあるよ」


 昴が、笑う。


「言いたくなければ、無理に言わなくてもいいけど」


「……」


 眠は、迷った。


 でも、言わずにはいられなかった。


「昴さん……」


「ん?」


「僕……昴さんのこと……」


 眠は、言葉に詰まる。


 昴が、じっと眠を見る。


「好きなんです」


 眠は、言い切った。


 昴が、少し驚いた顔をする。


 でも、すぐに優しい笑顔に戻る。


「ありがとう」


「……」


「でも、ごめんね」


 昴が、頭を下げる。


「私には、決めた人がいるの」


「……未来に、ですか?」


「そう。未来に」


 昴が、遠くを見る。


「だから、君の気持ちには応えられない」


「……そうですか」


 眠は、諦めるしかなかった。


「でも、ありがとう。嬉しかったよ」


 昴が、また笑う。


「これからも、よろしくね。メンターとして」


「……はい」


 眠は、頷いた。


 胸は痛かったけど、それでよかった。


 少なくとも、気持ちは伝えられた。


 それだけで、十分だった。


「じゃあ、もう寝なよ。明日も任務あるから」


「はい」


 昴が、立ち上がる。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


 昴が、部屋を出ていく。


 眠は、一人残された。


 コーヒーを、また一口飲む。


 苦い。


 でも、それがいい。


 惚れるかよ……って思ってたのにな。眠は、苦笑した。


 でも、後悔はしていなかった。

 昴は、素晴らしい人だ。


 それは、変わらない。


 たとえ、恋が叶わなくても。


 眠は、決意した。昴に認めてもらえるように。

 もっと強くなろう。


 そう思った。


 そして――眠は、コーヒーを飲み干した。


 苦いけど、心地よい。


 そんな夜だった。

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