めっちゃ痛い
目が覚めたとき、俺の頭の中は乙葉ちゃんでいっぱいだった。
昨夜のやりとりを思い出すだけで、にやけてしまう。連絡先交換、ケーキ屋さんデート、可愛いスタンプ。
(やべぇ、完全に俺のこと好きになってるじゃん)
《おめでとう。お前の中だけでな》
(はあ!? だって昨日のあの反応見た? 俺と話してる時、顔真っ赤だったじゃん)
《それお前が原因じゃなくて、食堂の説明に興奮してただけだと思うぞ》
(細かいことはどうでもいいんだよ! 大事なのは、俺が! 乙葉ちゃんと! デートできるってことだ)
ベッドの上で伸びをする。なんて素晴らしい朝だろう。朝日も俺を祝福しているようだ。
スマホを見ると、6時。朝礼は8時からだから、まだ時間がある。でも、乙葉ちゃんと一緒に朝食を取る約束をしたから、早めに食堂に行こう。
シャワーを浴びて、制服に着替える。鏡で髪型をチェック。完璧だ。
(今日の俺もイケメン度高くない?)
《はいはいイケメンでごぜえやす》
(本当のことだろ? ダラダラおっさんも俺の事美少年って感じで見てたぜ?)
《ダラダラおっさんって誰のことか一瞬分からんかったわ》
部屋を出て、エレベーターで食堂へ向かう。14階のドアが開くと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
食堂はかなり広くて、カフェテリア方式になっている。朝食はビュッフェ形式で好きなものを取って、席に座る仕組みらしい。
「昴くん!」
声をかけられて振り返ると、乙葉ちゃんが手を振っていた。もう食事を取って、席に座っている。
(きゃわわ)
《語彙力消失してんぞ》
「おはようございます」
俺は爽やかに微笑む。
「おはよう! よく眠れた?」
乙葉ちゃんの笑顔が眩しい。やっぱり可愛い。
(この子が俺を好きになってくれるなんて)
《お前の中ではもう確定事項なんだな。可哀想に》
「はい、ぐっすりでした。乙葉さんは?」
「私も! あ、昴くんまだ食事取ってないよね。説明しながら一緒に取りに行こうか」
「お願いします」
乙葉ちゃんの案内で、カウンターに向かう。ずらりと並んだ料理を見て、驚いた。
(乙葉ちゃんじゃないけどこれ凄いなぁ。ポン吉は食べたいのある?)
《お前の食べたいのでいいよ》
「すごい品数ですね」
「でしょ? 和食、洋食、中華、何でもあるの。今日のオススメはオムライス! 私はこれにしたんだ」
乙葉ちゃんが指差したのは、ふわふわのオムライス。
(めっちゃぽい。公式が解釈一致過ぎて嬉しい!)
《もう何でもいいんだろお前》
「じゃあ、それにします」
俺もオムライスを取る。乙葉ちゃんと同じものを食べると、何となく親密度が上がりそうだ。
(同じメニューを食べる。実質間接キスだよなこれ!?)
《幸せそうで何よりだよ》
席に戻って、二人で食事を始める。
(机に、おっぱいが、乗ってる)
《落ち着け、これから食事するんだぞ、目を上に向けるんだ》
「昴くん、今日から本格的な訓練が始まるね」
ここは緊張してます感出して、庇護欲をつつくか。
「そうですね。少し緊張してます」
確か乙葉ちゃんちょっと年上だったはずだし、選択は間違ってないはず。
「ところでさ昴くん16歳でしょ? 私18歳。年近いんだからタメ口でいいよ!……それとも私とタメ口は嫌?」
(お姉さんムーブからの、おねだりキター。昴はこの時胸を矢で貫かれたかのような衝撃を感じた)
《しょうもないモノローグを聞かされるこっちのみになって貰えませんかね? 確かにあの上目遣いは破壊力パなかったが》
「わかりました……わかった。乙葉ちゃん年上なのにタメ口で良いの?」
(はい! 精一杯のイケボ出しました)
《お前のその外面だけは、だけは凄いと思うよ》
「うん。……もっと昴くんと仲良くなりたいし。命を預ける仲間だから」
(どっちだ? どっちだこれ。照れ隠しで付け足したのか、何にも思ってないのどっちだ!?)
《告白すらしてないのに、振られたみたいになってて笑うわ》
それから乙葉ちゃんが、話を戻す。
「今日、昴くんの訓練を担当してくれるのは、多分赤城烈志さんだと思うよ」
「赤城さん?」
「憤怒の半魔の烈志さん。すっごく熱血で面倒見がいいの。でも、ちょっと厳しいかも。私も入ったとき見てもらって……泣かされちゃったし」
乙葉ちゃんが苦笑いする。
(はいころーす。乙葉ちゃん泣かすとか死すべし)
《いや、乙葉が死なないための訓練だろ? 手加減したら意味なくね》
(それでも泣くまでやる意味なくない?)
《あるからやったんだろ》
「でも、昴くんなら心配いらないと思う。昨日の訓練、本当にすごかったから」
乙葉ちゃんが尊敬の眼差しで俺を見る。
(やっぱり、俺に惚れてるわ)
《単純に能力を評価してるだけだぞ》
「そんなことないと思うけど。まだまだわからないことだらけだし」
謙虚さを演じる。こういう時は、謙遜した方がモテる。
「昴くんって、本当に謙虚だよね。私なんて、ちょっと褒められるとすぐ調子に乗っちゃうのに」
(これは、脈ありありのありですわー)
《振られてんだぞ、ただのお世辞だよ》
食事を終えて、時計を見ると7時50分。
「そろそろ朝礼の時間だね」
「うん。じゃあ、行こうか」
乙葉ちゃんと一緒に地下の訓練場へ向かう。エレベーターの中で、俺は内心ウキウキしていた。
(乙葉ちゃんと、密室で、2人きり)
《もうその発想がキモ過ぎる》
(クンカクンカ、良い匂いすぎる)
地下3階に着くと、すでに何人かの人がいた。昨日会った高城誇、根倉局長、いろはさん、それから見知らぬ人たち。
「おはよう、昴くん」
いろはさんが手を振る。
(訓練なのに格好がエロいのどう言うことなの?その足のスリットに視線が釘付けになっちゃうんだけど)
《お前の何しに来たんだ?》
「おはようございます」
「みんな、紹介するよ」
乙葉ちゃんが俺を連れて、他のメンバーのところへ行く。
「こちら、高城依理ちゃん。誇先輩の妹さんで、憂鬱の半魔です。昴くんと同い年だよ!」
(ダウナー系美少女はけーん。あの雑魚の妹か。ああ言うのに限ってブラコンだったりすんだよなぁ)
《お前のその、誇へのディスはなんなんだよ》
小柄で大人しそうな女の子が、恥ずかしそうにお辞儀する。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「こっちは狩野貪さん。強欲の半魔です」
スーツを着た、糸目の男性。なんとなく近寄りがたい雰囲気。
(糸目だー。リアルにいるんだこんな人、目見えてんのかね。そのうち絶対裏切るわこの人)
《糸目キャラは裏切る。これ世界の鉄則》
「よろしく」
短く挨拶される。
「そして、根倉局長はもう知ってるよね」
「おはよう、昴くん。今日から頑張ろうね」
相変わらずだらしない格好の局長が、あくびをしながら手を振る。
(相変わらず失礼な奴だな。上司じゃなきゃボコってる。ってか数すぐねぇ)
《全部で8人って言ってたもんな》
「あ、烈志さんはまだかな?」
乙葉ちゃんが辺りを見回す。
「よう、新人!」
大きな声が響いて、赤い髪の男性が現れた。がっしりした体格で、傷跡がいくつも見える。いかにも戦闘慣れしている感じ。
(噛ませっぽい人きたー。噛ませっぽい見た目で実は強キャラって言う創作も結構多いけど、この人は多分噛ませだろ)
《昴知ってるか? ここは創作の世界じゃないんだ》
(そうだった! この世の全てが、俺の引き立て役だったわ)
「赤城烈志だ。よろしくな」
豪快に笑いながら、俺の肩を叩く。
(気軽に女に触れるなクソ野郎)
《いや、お前男で通してるんだから理不尽すぎだろ》
「鏡昴です。よろしくお願いします」
「おう。で、お前が昨日誇をボコボコにしたって聞いたぞ」
(その通りです! もうでも足も出ないくらいやっちゃいました)
《フォローしょうもないくらい、一方的だったな》
誇が不快そうな表情を見せる。まだ根に持ってるみたい。
(男の悔しがる顔とか見てもおもんないわ)
《誇に対して当たり強いな》
「そんな大げさなものじゃないです」
「謙遜すんなって。強い奴は堂々としてりゃいいんだ」
烈志さんが俺の背中をバンバン叩く。
(女子に触れるな、セクハラ野郎)
《もうお前、女で過ごせよ》
「それじゃあ、今日から昴の指導は俺がやる。覚悟しとけよ」
烈志さんがニヤリと笑う。
根倉局長が前に出る。
「えー、それでは朝礼を始めます。まず、新メンバーの鏡昴くんを紹介します」
俺は前に出て、軽くお辞儀する。
「鏡昴です。虚飾の半魔として、精一杯頑張ります。よろしくお願いします」
(おいモブども、引き立て役期待してるからな!)
《もう誰目線かわかんねぇよそれ》
「虚飾の半魔は初めてなので、みんなでサポートしてあげてください」
根倉局長がそう言うと、みんながうなずく。
(おじたちしっかりサポしてください)
《それだと違う意味になるな》
「それでは、今日のスケジュールです。午前中は訓練、午後は通常業務。緊急出動の可能性もあるので、常に準備しておいてください」
朝礼が終わると、烈志さんが俺に近づいてくる。
「よし、昴。まずは基礎体力測定からだ」
「はい」
(体力測定……俺は枠にはまらない女)
《お前、運動神経悪いもんな》
(違う! 基準が俺にあってないだけだ!)
烈志さんの指導で、腕立て伏せ、腹筋、懸垂などをやらされる。
「ふむ、普通……いや全然ダメだな。もっと鍛えた方がいいぞ」
(かっこよさに体力なんかいらない!)
《走って、ゼェゼェ言ってたらめっちゃダサいぞ》
(明日から走る!)
「次は、能力の制御訓練だ」
烈志さんが訓練場の中央に向かう。
「昨日はバリアと槍を使ったらしいが、他にも何かできるか?」
「えーっと……よくわからないです」
(使い始めたの昨日だしわかる方がおかしくね?)
《初めてえんぴつ持ったのに、字が書ける小学生とか怖すぎるもんな》
「なら、実戦で確かめるのが一番だな」
烈志さんがニヤリと笑う。
「実戦って……」
「俺と手合わせだ。手加減はしねえぞ」
(昨日やったんだからよくねー。めんどいー)
《美女に美少女が見てるぞ》
(やるぞ、やるぞ、さあやるぞ)
「あの、欲望解放はしないんですか?」
「ああ、そうだな。お前もやれよ」
(やるわけないだろ。あんなダサいセリフ)
《やるわけないって言うけど、できないだけなんじゃないんですかー?》
俺は首を振る。
「まだ変身の仕方がよくわからなくて」
(違いますー。できるけどやらないだけですー)
《はいそれ! できない奴が言う言葉》
「なんだと?」
烈志さんが驚く。
「欲望解放もしない舐めた態度で、俺の扱きに耐えられると思ってるのか!?」
(うるせえセクハラ野郎!)
《情緒どうなってんだよ》
「大丈夫です。やってみます」
激しく怒りを持ちながら、セクハラ野郎に優しく返事をしてやる。
「面白え。じゃあ、始めるぞ」
烈志さんが構える。
「欲望解放」
次の瞬間、烈志さんの体が燃え上がった。
文字通り、全身が炎に包まれている。髪も、肌も、すべてが炎でできているみたい。
(うおおお、びっくりした。熱くねぇのかな?)
《熱いのは対峙する俺らだと思うぞ》
「行くぞ!」
烈志さんが拳を振るう。炎を纏った拳が俺に向かってくる。
拳が触れる瞬間に、バリアが展開される。炎の拳とバリアがぶつかって、爆発が起きる。
俺は涼しい顔をして立っている。
(なんかもうさ。俺が強すぎてさ、つまんなくね? 敗北を知りたいよね)
《詰まんないのは同意。せっかくの非日常な世界に来といてこれってなぁ》
「おっ、やるじゃねえか」
烈志さんが嬉しそうに笑う。
(こっちは激萎えですわ)
《もう展開読めちゃうもんな》
「次はこれだ!」
両手から炎弾が飛んでくる。バリアで防ぐ。
(飽きたし終わろっか)
《こんな弱くて世界救えんの?》
「じゃあ、俺も反撃させてもらいます」
俺は手を伸ばして、槍を生み出す。
でも、今度は槍だけじゃない。氷の槍、炎の槍、雷の槍。色んな属性の槍が虚空に現れる。
(おお、やってみたら出来たな。もうこっち方面で楽しむか)
《自由度高スギィ》
「面白れぇ!」
烈志さんが炎の壁を作って、槍を防ぐ。
俺はさらに集中する。今度は、椅子やテーブルを生み出してみる。椅子に座り足を組んで、テーブルに肘をつく。
今めっちゃ絵になってる。
(もうさ、俺訓練とかいらんくね?)
《調子乗り過ぎてるけど大丈夫か?》
「うおお、家具まで!?」
周りで見ていたメンバーがざわめく。
そして、俺は温めていた切り札を使う。
何と、欲望解放した烈志さんのコピーを作り出したのだ。
全く同じ姿、同じ炎を纏った烈志さんが、もう一人現れる。
「なんだこりゃあああ!?」
本物の烈志さんが驚愕する。
コピーの烈志さんが、本物に向かって炎弾を放つ。
「おい、ちょっと待てよ!」
本物が慌てて避ける。
しばらく、本物とコピーが戦い続ける。本物は明らかに困惑している。
俺は作り出した椅子に座って高みの見物を決め込む。
「参った参った! 今の状態じゃ手も足も出ないわ」
烈志さんが手を上げる。
(今の状態?)
《まるで本気じゃないみたいな言い草だな》
「だから……良いよな局長!」
烈志さんが根倉局長に何かの確認をとってる。
局長も頷く様に答える
「まぁ、ちょっと調子乗り過ぎかなぁ。お灸据えちゃって良いよ」
(お灸? なんかあんのかこれ以上の)
《調子乗りすぎだってよ。お尻ぺんぺんが待ってるぞ》
烈志さんは、こちらをみてニヤリと笑う。
「深化」
烈志さんが呟いた途端、烈志さんを取り巻く炎がより熱く青く変化していく。
(青い炎って、赤い炎よりあついの!? 熱くないの!?)
《熱いぞ。赤よりめっちゃ熱いぞ》
「気張れよ、さっきの俺の数倍強いぞ」
烈志さんが宣言の後、突っ込んでくる。
慌てて手を前に出しバリアを展開するが、拳に触れたバリアがあっけなく融解する。
(ちょ、さっきまで簡単に防いでたじゃん!?)
《深化とやらで強化されたみたいだな》
バリアを出す時に突き出したままの素手で、烈志さんの拳を受け止めてしまう。
じゅうじゅうと肉が焼ける音と匂いが立ち込める。
(あっつい! やっばい! これ死ぬ死ぬ死ぬ)
《おま、バッカだろ素手で受け止めるやついるか!?》
呆然と焼けていく腕を見る。あーこれ元に戻んのかなぁ。戻らなかったら片腕生活かよ。クッソ、セクハラ野郎許すまじ。
(あったまきた。熱いしもう泣きたいし、涙我慢するの辛過ぎ。ゼロ距離でめっちゃ力込めた槍でブッ刺して殺してやる)
《溶けないように、硬くな、どうせ多少溶けるだろうから鋭さより硬さだ。俺も手伝うぞ》
半ば炭化仕掛けている右手で、拳を握り込んで逃げないように抑える。その間に左で槍を生成。セクハラ野郎の腹目掛けて殴るように突き出した。
やっぱり先端は多少溶けてしまったようで貫くには至らななかった。しかしセクハラ野郎は吹っ飛んでいく。
(ざまぁ)
《昴右手真っ黒だし、左手も火傷してるけど大丈夫か?》
(大丈夫じゃない。右手もはや感覚ないし、左手痛い。泣きそう)
烈志に心の中で中指立てながら、痛みに悶える。
(能力でワンチャン治せないかな?)
《それだ!》
「お前、すげぇな!」
烈志さんが炎を消して、俺のところに駆け寄ってくる。
「こんな根性あるやつ、見たことねぇ!」
(炭化した右手何とかめっちゃ酷いやけどにまで戻せたっぽい……)
《良かったな。片腕は免れた》
「腕は大丈夫か!? 訓練で切断とか勘弁してくれよ!?」
俺は火傷で爛れた両手を見せる。
「大丈夫です。この通り治れば問題なく使えるようになると思います」
烈志に気を遣って答える。死ねクソ。
「根性はあるし、能力も高い。よし、お前は俺の一番弟子だ!」
烈志さんが俺の肩に手を回す。嫌悪感がゾワゾウと湧き上がり、全身に鳥肌が立つ。
(肩組むな気色悪い! 男が触れても何も嬉しくないんだよ!)
《肩貸して、医務室まで連れてこうとしてるんだろ?》
(いや、足は無事だから)
表面上は笑顔を保ちながら、内心で烈志さんを呪う。
「明日からも頑張れよ」
「はい」
(二度と近づくなよ、セクハラ野郎)
《指導するにあたってそれは無理ゲー》




