私達の時間
「珠洲ちゃん、ごめんね」
「ん?」
「感動の別れをしたとこ悪いんだけど、私も地上行くんだよね」
珠洲が、きょとんとした顔でこちらを見る。
(もし、過去で地下室無かったら埋まっちゃうからね)
《そりゃそうだ》
最後だから勇気出したのに! とでも言いたげな顔でこちらを見る珠洲は、とっても可愛かった。
そして、少しでも一緒にいられることが嬉しいような雰囲気が伝わってくる。
私たちは地下の訓練所から建物の外へと出る。
空は、どんよりと曇っている。世界の終わりにふさわしい空だ。
「じゃあ、珠洲ちゃん――」
本当の別れをしようとしたところで、声が響く。
「あれあれあれあれ、おかしいですねぇ」
(……!)
《あいつは!》
ピエロマスクが、目の前に立っていた。
白い仮面に、赤い口。不気味な笑顔。
「その後の結末はどうしました?」
「はん? 結末だって? あんた、全てが思い通りにいくと思ってる幼児か何かか?」
「愛するものとの別れの直後、別の者と情愛を結んでいたのですか?」
「それは、半分正解。珠洲は好きだし、乙葉ももっと好きだ」
《何言ってんだ、こいつ》
(それ、どっちに対して?)
「主人公として期待していたのに、あなたには呆れ果てます」
「私が主人公なのは、自然の摂理だろう? 今更何言ってんだこのピエロ」
「まあこれも人間の弱さということでしょうか」
(会話になりゃしないね)
《どっちも思考がぶっとびすぎてんだ……》
ピエロマスクが、首を傾げる。
「この状況は、悲劇的ではありますが」
(今の状況悲劇要素あった?)
《ねぇな、希望しか》
(だよね。今戦えば確実に勝てるけど勝つ意味ないし)
「でも、私のシナリオを台無しにしてくれた報いは受けていただきます」
(幼児の如く)
《それじゃあ可愛らしすぎるぞ》
(さて、ふざけるのはこの辺で終わらせて)
「昴!」
珠洲が、初めて大声で私を呼ぶ。
その顔は、覚悟を決めた戦士の顔をしていた。
私は、珠洲に向けて一度だけ頷く。
(いくよ、ポン吉)
《ああ》
私と珠洲、同時に叫ぶ。
「「欲望解放!」」
私の顔に、雌狸の仮面が張りつく。服装が青を基調としたタキシードドレスへと変化していく。
珠洲の体が、淡い光に包まれる。その姿が、バンシーのような異形へと変わっていく。
(タイムスリップの準備に取り掛かるか)
《おう》
私は、深呼吸する。
そして――。
「昴、大好き。またね」
珠洲が、静かに呟く。
そして、ピエロマスクへ向かっていく。
「あなたはどうでも良いのですよ。所詮、物語のエッセンスに過ぎないのですから」
ピエロマスクが、珠洲を一瞥する。
「どきなさい」
水が、周囲に溢れ出す。
ピエロマスクが、それを避ける。
(珠洲……)
《早くやれ!》
(わかってる!)
私は、能力を発動する。
まず、深化。
青のドレスがより豪奢に、燦爛になる。
(よし)
《次は》
(お願い、ポン吉)
《任せろ》
ポン吉が、昇化を発動する。
雌狸の仮面がより妖艶な雰囲気を纏う。
そして私達の時間が、加速し始める。
(うっ……)
気持ち悪い。
世界が、次第にゆっくりとした動きになっていく。
いや、私が速くなっているんだ。
《もっと加速するぞ!》
(うん!)
ポン吉が、さらに加速を続ける。
周囲が、珠洲が、ピエロマスクさえも止まっている。
世界が停止した様に見える。
《さらに!》
(もっと!)
加速限界を超え、そして――。
(……!)
周囲が、ゆっくりと逆巻きに動き出した。
珠洲が、元の位置に戻っていく。
ピエロマスクが、後ろに下がっていく。
確かに時間が、巻き戻っている。
《おい、昴!》
ポン吉の慌てた声が仮面から聞こえてくる。
それもそのはず。時間の楔から解放され、過去へと戻っていく私達は、最早この時間軸の存在ではない。
その為少しずつ、私達は空間に溶け始めていた。
(わかってる!)
(私を、空間に、固定、する!)
私は、深化の力で自分自身を固定する。存在を、この場に繋ぎ止める。
《おいおい、これやべえぞ! 加速がとまらねぇ》
どんどん早巻きに戻っていく世界に、ポン吉も焦る。
(大丈夫! 多分大丈夫。想定済みだよ! ってことにしといて)
周りの景色が、早巻きに戻ってビルが、建設中になっていく。
空が、明るくなっていく。
時間が、どんどん巻き戻っていく。
《しといてって、おま、昴! これもうオレの制御から外れてんだぞ! これどうやって止めるんだよ!》
(大丈夫、ポン吉。それは本当に想定済みだよ)
《想定済み? これは? んじゃさっきのは何なんだ》
(さっきのは……へへ)
とりあえず笑って誤魔化しとく。
(周りが巻き戻ってるように見えるけど、実際に時間を移動してるのは私たち)
《へへって、まぁ可愛いからいいけどよぉ。だから何言いたいんだよ?》
(だから――)
私は、深呼吸する。
(私の加速し続ける体を、空間能力で無理やり止める)
《それって……オレとお前の力、衝突させるのか!?》
(そうだよ。言ってなかった?)
《聞いてねぇ! そんなんしたら無事じゃ済まないだろ?》
(最悪、能力失うことも視野に入れてるから大丈夫)
《それは大丈夫とは言わねぇ!》
(そうだけど、過去に戻らないと何もできないから)
《……ったく》
(そろそろだよ。局長が言ってたっけ。技に名前つけろって)
《言ってたなぁ。タイムスリップ、虚飾。何んにすっか》
(これしかないでしょ! いくよ)
《ちょ、待……ったく》
私は、深化の力を最大限に発動する。
空間を固定する。
私の体を、この場所に縛り付ける。
そして――。
《(私達の時間)》
ポン吉の昇化の力と、私の深化の力が、衝突する。
時間の加速と、空間の固定。
二つの力が、激しくぶつかり合う。
(うわあああああ!)
《うおおおおお!》
激痛が、全身を襲う。
体が、引き裂かれそうだ。
でも――。
(負けない!)
《負けるか!》
私たちは、耐える。
そして――。
ぱきん、という音が響いた。そして変身が解ける。
(……!)
《……!》
世界が、止まった。
いや、私達の時間が、止まった。
周りの景色が、ゆっくりと動き始める。
でも、もう巻き戻ってはいない。
(……成功?)
《やったか? みたいに言うな。ダメフラグだぞそれ》
私は、周囲を見回す。
見慣れない景色だ。
空は、青い。
人々が、普通に歩いている。
(そんなこと言ったって、どう見たってここは)
《過去……だよな?》
(だね。何年前だろ)
《わかんねえ》
私は、近くに転がっていた新聞を拾い上げ日付を見る。
「1993年、4月1日」
(……1993年)
《管理局が設立された年だな》
(そう)
私は、新聞を握りしめる。
(成功したんだ)
《ああ》
(成功したんだ!)
《やったな!》
私は、笑いながらぽんきちを抱きしめる。
涙が、溢れた。
(やった……)
(やったよ、ポン吉)
《よくやったな……オレ達》
私は、空を見上げる。
青い空。
雲一つない、青い空。
(乙葉……今はまだ生まれてすらないけど、待っててね)
心の中で、呟く。
(また会いにいくから。今度は私が管理局から迎えにいくから)
《ぶっちゃけ、ヤンデレの域入ってるけどな》
(絶対、完全無欠のハッピーエンドにしてみせる)
《恋人を失ったヤンデレが世界を巻き戻し全てを救う件》
(私の主人公の物語のタイトル? ヤンデレ以外そのまんまじゃん)
そして新聞をゴミ箱へ捨てようとした瞬間。新聞で指先を少し切ってしまう。
「痛っ」
(紙で切ると痛いんだよなぁ)
《地味に痛いやつな》
傷口をふと見ると血が出ていない。スッと切れているのに、血もにじまず傷口も広がっていない。
(ポン吉これって……)
《代償ってやつか》
私達は時間の流れから外れて、過去にやってきた。
きっと時間から見放されているんだろう。だから傷口もできた瞬間から悪化も良くもなりはしない。
老いたりもしないんだろう。
(私の身体は 時間から切り離された状態に固定されてるんだと思う。だから老いず、治らず――それが代償なんだ)
《つまり、お前の体は1秒も進まない状態になったってことか。けれども傷は負う、だから不治か。でかい代償だな》
(いいじゃん。不老だよ!? 乙葉と会う時おばあちゃんになってるの覚悟してたのに、ぴちぴち昴きゅんだよ?)
《乙葉の死んだ後は? 乙葉は老いていくのにお前はそのままだぞ》
(それは後で考える!)
《そうけ》
とりあえず管理局の創設者さんと、希さんに会わなくっちゃ。
それと能力がどうなったかも確認しないと。これからやることしかないや。
(頑張ろうねポン吉!)
正直技名めっちゃ気に入ってる




