特訓とか見てても面白くないよね
管理局の訓練場は、がらんとしていた。
いつもなら誰かしらが訓練しているはずなのに、今は誰もいない。当たり前か。みんな死んじゃったんだから。
管理局ビル全体も、静まり返っている。職員たちも、もういない。みんな家族のもとへ帰ったんだろう。世界の終わりに仕事なんかしてらんないよね。
家族と一緒にいるべきだ。
家族、か。
(家族ねぇ)
《どうした?》
(いや、私たちはこれから家族を取り戻すために頑張るわけかって思ってさ)
《がばしょがばしょ》
(茶化すなし)
私は、訓練場の中央に立つ。珠洲は入口付近で壁にもたれかかっている。相変わらず無表情だ。
「珠洲ちゃん、ごめんね。管理局の周りを守ってくれる?」
「ん」
「周りを眠らせてもいいし、魔物倒してもいいし、結界的なのやってもいいし。その辺は任せるよ」
「ん。任せて」
珠洲が小さくガッツポーズを見せて訓練場を出ていく。いい子だ。可愛い。
(さて)
《で、訓練って具体的に何やるんだよ》
(訓練っていうほどのことでもないんだけどね)
《は? お前、タイムスリップするんだろ? 訓練しなくていいのかよ》
(実際のところ、もう既にやってることを精度を上げればいいだけだから)
《……どういうことだ?》
(ポン吉はさ、狩野さんと戦った時、乙葉を治療したじゃん?)
《ああ、したな》
(あれって実際、治したっていうよりは戻したって言う方が正しいよね?)
《戻した?》
(そう。傷ついた体を、傷つく前の状態に戻した。つまり――)
《……あ》
(気づいた?)
《時間を巻き戻したってことか》
(正解! ポン吉はもう、昇化を使えてるんだよ。ただ無意識だっただけ)
《マジかよ》
(私もそう。槍を投げて動かしたりして戦ってたでしょ? あれ、空間を操ってたんだよね)
《ああ、確かに》
(離れたところに槍を出現させたり、私自身が瞬間移動したり。基礎はできてるから、あとは精度を上げるだけ)
《なるほどな。でも、本当にそんな簡単にいくのか?》
(やってみないと分かんないけどね。まぁ形から入ってみるかね)
《だな》
欲望解放からの深化
ポン吉が雌狸の仮面へと代わり、私の顔に張りつく。
服装も青を基調としたタキシードドレスへと変化していく。
深化したせいか、装いがより豪奢になっている。片方の肩には羽飾りがつき、ドレスには金糸の刺繍がされている。
見た目はまあいいや、おいといて。訓練を始めよう。
私は手を前に突き出して、虚飾の力で槍を作り出す。いつもの槍だ。
(じゃあ、やろうか)
《深化ってのは、空間を騙す力だったよな》
(そう。距離とか位置とか、空間座標を誤魔化すの)
私は槍を床に置いて、数歩下がる。
(この槍を、手元に呼び寄せる)
《おう》
私は目を閉じて、槍のイメージを頭の中に浮かべる。そして――。
槍のある空間を動かす。距離を誤魔化す。あそこに槍は無い。槍は私の手元に――。
目を開けると。
(……あれ?)
槍は床に転がったままだった。
《できてねえじゃねえか》
(おかしいな。イメージはできてたんだけど)
《イメージだけじゃダメなんだろ》
(うーん)
もう一度やってみる。今度はもっと強くイメージする。槍が手元にある。ここにある。絶対にある――。
ぱきん、という音がして。
槍が真っ二つに折れた。
《おい》
(え、なんで!?)
《お前、力み過ぎたんだろ》
(力んでないよ!)
《力んでるよ。お前の額、汗だらけだぞ》
(う、うるさいな)
《もっと自然にやれよ。お前、普段戦ってる時はもっと適当だろ》
(適当って……)
《適当だろ? なんとなくで槍投げて、なんとなくで当たってたじゃねえか》
(……確かに)
《だから、なんとなくやれ》
(なんとなく……)
私はもう一度、新しい槍を作り出す。床に置く。
そして――なんとなく、手を伸ばす。
(槍来い)
ぽん、という音がして。
槍が手の中にあった。
《おお!》
(できた!)
《ほら、できるじゃねえか》
(やっぱり色々考えるのは天才的じゃ無いね)
《天才的ってなんだよ。ズボラなだけだろ》
(ひどくない?)
《事実だろ》
(まあ、そうだけど)
私は何度か繰り返す。槍を床に置いて、手元に呼び寄せる。だんだん慣れてくる。
(よし、次は遠隔射出)
《遠くに槍を出して、そのまま飛ばすってやつだな》
(そう)
私は前方を見据えて、手を突き出す。
(あそこに槍を出す。そして、そのまま飛ばす)
意識を集中させて――。
(せいっ!)
前方に槍が出現して――。
真下に落ちた。
《おい》
(え、なんで!?)
《射出するの忘れてたんだろ》
(忘れてないよ! ちゃんと飛ばそうとしたもん!)
《じゃあなんで落ちたんだよ》
(知らないよ!)
《もう一回やれ》
(分かってるよ!)
私はもう一度やる。今度は射出するイメージを強く持って――って、考えたらダメなんだった。
飛んでけー
(せいっ!)
槍が出現して、飛んでいく。
槍が、まっすぐ飛んでいく。
壁に突き刺さる。
《おお、できたじゃねえか》
(やった!)
《最初からそうやれよ》
(だって、なんかイメージちゃんとした方が良さげじゃん?)
《今までしっかりとイメージしてやった事ねぇだろ》
(うー)
それから、私は何度も繰り返す。槍を出して、飛ばす。出して、飛ばす。
だんだん早くなってくる。
(よしよし)
《次は複数同時に出すとか?》
(それは別に良いかな。次は瞬間移動)
《お前が移動すんのか》
(そう。これができないと、タイムスリップの時に困るから)
《確かにな》
私は訓練場の反対側を見る。
(あそこに移動する)
《できんのか?》
(やってみる)
私は目を閉じる。自分の体のイメージを頭の中に浮かべる。
そして、その体を――あそこに移す。
空間の座標を偽装する。私はここではなく、あそこにいる。あそこにいる。いるったらいる。
ぐにゃり、と世界が歪む。
気持ち悪い。
そして――。
(うぷっ)
気づくと、私は訓練場の反対側に立っていた。
が、吐き気がすごい。
《おい、大丈夫か?》
(う、うん……ちょっと気持ち悪い……)
《無理すんなよ》
(大丈夫、大丈夫……)
私は深呼吸する。気持ち悪さが少しずつ収まってくる。
(これ、慣れが必要だね)
《そりゃそうだろ。空間移動なんて、普通じゃねえんだから》
(でも、できたよ)
《ああ、できたな》
(何度かやれば、慣れるはず)
私は何度も瞬間移動を繰り返す。
訓練場のあちこちに移動する。
最初は吐き気がひどかったけど、だんだん慣れてくる。
(よし、これで私の方は大丈夫そうかな)
《じゃあ次はオレの番だな》
昇化――仮面がより妖艶な雰囲気へと変わっていく。
(昇化。時間を騙す力だね)
《乙葉を治療した時のやつだよな》
(そう。あれをもっと精密にやる)
《どうやって?》
(まず、簡単なやつから。この槍を消してみて)
《消す?》
(時間を巻き戻せば、存在しなかった状態になるでしょ?)
《なるほどな》
私は槍を床に置く。
ポン吉が集中する。私は、ポン吉の意識が槍に向かうのを感じる。
槍が、ぼんやりと光る。
そして――。
何も起きなかった。
《……あれ?》
(あれれ、ポン吉さん? 消えてないよ?)
《は? お前だってすぐ出来なかった癖に》
(2回目で出来ましたけどー?)
《おら》
また光る。
でも、消えない。
《クソが》
(うーん、ポン吉ダサダサじゃん?)
《は? スーパーダンディーなオレがダサいとか無いんだけど》
(スーパーダンディーが既にダサいんだが)
《うるさいんだよ》
ポン吉がもう一度集中する。
今度は、より強く。
槍が光る。
そして――消えた。
(やるじゃん)
《上から目線でムカつくな》
(すごいじゃん、ポン吉くん!)
《そういう事じゃねぇよ》
(次は時間を進めるかね)
《進める?》
(そう。例えば、ここにみかんがあります。みかんの時を進めれば……?)
《腐るな》
(そういう事)
《……分かった》
ポン吉が手に持ったみかんに意識を向ける。
みかんが光ったと思ったら、甘ったるい腐敗臭が漂ってくる。
(こっの、腐ったみかんめがー!)
私は、力いっぱいみかんを床に叩きつけた
《腐ったみかん、言いたかっただけだろ》
(バレた? ってかいきなし腐らせるとかやるじゃん)
《ああ。お前のしたいことわかったからな》
(すごい。さすが相棒)
《内容的に褒められても、褒められてる気がしないわ》
(まあまあ。これでタイムスリップの要件は満たしたし、タイムスリップの時は――)
《深化で空間に固定しながら、昇化で時間を加速させる》
(そういうこと)
《……本当にできるのかよ、これ》
(やるしかないんだよ)
《……だな》
それから、私たちは何時間も訓練した。
深化で瞬間移動を繰り返し、槍を遠隔で射出し、空間を操る。
ポン吉は昇化で時間を巻き戻したり、加速したり、遅延したりする。
何度も失敗する。
瞬間移動で壁にぶつかりそうになったり、時間加速で気分が悪くなったり。
でも、少しずつ上達していく。
(よし、だいぶ安定してきた)
《ああ、いい感じだな》
(これなら、タイムスリップもいけるかも)
《……本当か?》
(嘘ついた。わかんないや。やった事無いし。ちょっと経験者の意見聞いてきてよ)
《お前が見つけてきたら聞いてきてやるよ》
私は訓練場の床に座り込む。疲れた。
(先人がいない事をするのってマジめんど)
《それな》
私は天井を見上げる。蛍光灯が静かに光っている。
(乙葉……)
《……》
(待っててね、また……乙葉に自己紹介するからね)
《もう一度恋人になれなくても?》
(なれなくても)
《そっか》
(だから――もう少しだけ、待っててね)
静寂が訓練場を包む。
でも、孤独じゃない。
ポン吉がいる。珠洲もいる。
(絶対に、全部まるっとハッピーエンドにする)
《だな!》
(どんなことをしても)
《ああ》
(全部、ひっくり返す)
《昭和のおやじばりにひっくり返してやろうぜ》
(そうそうちゃぶ台をなって、何でだよ!)
私は少しだけ笑った。涙が少し溢れた。
でも、それは悲しい涙じゃない。決意の涙だ。
(さて、休憩終わり)
《そうけ》
(うん。まだまだ練習しなきゃね)
《ほいほい。いくらでも付き合いますよお嬢様》
(うむ、よきにはからえ)
私は立ち上がる。
そして、再び訓練を始める。
何度も、何度も。何日も何日も。
完璧にするために。
(乙葉……)
心の中で呟く。
(今度こそ、守ってみせるから)
空間移動を連続で行使する。空中地上関係なしに何度でも何処でも移動できるくらいに精度を高めるために。
(まだまだ)
《お前、楽しんでんな》
(楽しくなんかなくなくなくなくなくないよ)
《いやもうそれどっちかわかんねぇよ。普通に顔笑ってるからな》
(ちょっとだけ楽しいかもね)
《だろ?》
(だって、強くなってる実感があるもん)
《まあ、そうだな》
(この力があれば――絶対に、成功させられる)
《絶対?》
(絶対に成功させたいに訂正しといてくれます?)
《しときます》
私は訓練を続ける。
何時間経ったか分からない。
でも、それでいい。
今は、これに集中する。ただそれだけ。
特訓回って正直好み分かれるよね




