バッドエンドなんて来ない
どれくらい歩いただろう。足が、勝手に動いている。痛みは、もう感じない。いや、感じているけど、もうどうでもいい。
涙は、もう枯れた。でも、胸の痛みは消えない。
乙葉の最後の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
「正義の味方は……絶対負けないって……昴……言ってたもんね……」
私、そんなこと言ったっけ。言ったんだろうな。適当に、格好つけて。
まさか、それが乙葉の最後の希望になるなんて。
(ひっくり返す……)
その言葉が、頭の中でずっと回っている。全部ひっくり返すような何か。そんなもの、あるのか。
いや――。
あるかもしれない。一つだけ、思いついていることがある。
でも、それは――。
「昴!」
声が、聞こえた。顔を上げると、三人の人影が見える。竜司さん、紅葉さん、そして珠洲。
三毒会の三人だ。
「昴、無事だったか!」
竜司さんが駆け寄ってくる。
その顔は、安堵と心配が混ざっている。
「はい……なんとか」
私は、答える。声が、かすれている。
「乙葉ちゃんは?」
紅葉さんが、周囲を見回す。私は――答えられなかった。
ただ、首を横に振る。
「……そう」
紅葉さんが、悲しそうに目を伏せる。
竜司さんも、珠洲も、何も言わない。ただ、沈黙が流れる。
「管理局は……もうダメです」
私は、ようやく口を開く。
「局長も、いろはさんも、烈志さんも、誇さんも、依里ちゃんも……みんな、死にました」
「……そうか」
竜司さんが、重い声で答える。
「それでも原罪魔群の一角を崩したんだ。誇りを持て」
「でも、そのための犠牲が大きすぎて……」
「そうだな……」
竜司さんが、苦々しく呟く。
「少なくとも仇はとれただろう?」
(暴食にみんなやられたと思ってるんだろうな)
《あのピエロがいなきゃ、乙葉は……》
「三人は……これから、どうされますか?」
私の問いに、竜司さんと紅葉さんは顔を見合わせる。
「俺と紅葉は、二人でどこかに隠れるよ」
竜司さんが、紅葉さんの手を握る。
「二人だけで結婚式でもあげようかねって話してたんだよ」
「それは……おめでとうございます。って2人?」
私は、無理やり笑顔を作る。多分、笑えていないけど。
「ああ、珠洲は……」
竜司さんが、珠洲を見る。
珠洲は、無表情のまま、私を見ている。
「珠洲。昴と、いる」
珠洲が、短く言う。その声は、いつもと変わらない。
「もしかして私に……惚れた?」
私は、冗談めかして思わず聞いてしまう。
珠洲が、小さく頷く。
「そう。大好き」
(え、マジで?)
《見りゃわかんだろ?》
(いや、嬉しいけど、今そんな気分じゃ……)
《でも、ラッキーじゃねえか。珠洲は強いし。使えるぞ》
「本当に?」
私は、もう一度確認する。
珠洲が、また頷く。
「じゃあさ、珠洲ちゃん。私、やりたいことあるんだ」
「ん」
「手伝ってくれる?」
「ん?」
首を傾げながら、珠洲が即答する。その目は、真剣だ。
(やっぱり可愛い)
《お前、乙葉のこと忘れたのか》
(忘れるわけないでしょ。ただ、珠洲が可愛いってだけ)
「なに。変なことじゃないよ」
私は、珠洲に微笑みかける。
「ちょっとした特訓と調べ物。その間、守ってほしいなって」
「ん」
珠洲が、頷く。
竜司さんと紅葉さんが、顔を見合わせる。
「昴、お前……何をするつもりだ?」
「秘密です」
私は、竜司さんに笑って見せる。
「でも、もしかしたら――全部、ひっくり返せるかもしれません」
「ひっくり返す……?」
「ええ。この状況を、全部」
竜司さんが、私をじっと見る。
その目は、疑問と期待が混ざっている。
「……分かった。なら、珠洲を任せる」
「ありがとうございます」
「だが、無理はするなよ」
「はい」
竜司さんと紅葉さんが、去っていく。
残されたのは、私と珠洲だけ。
(さて、ポン吉)
《なんだよ》
(ずっと考えてたんだ。全部ひっくり返す方法)
《ああ》
(一つだけ、思いついた)
《……聞こうか》
私は、深呼吸する。
これから言うことは、多分――狂っている。でも、他に方法がない。
(時間逆行。タイムスリップだ)
《……は?》
(できるかどうかは分からない。でも、狩野さんが言ってたでしょ?)
《狩野が?》
(私の力があれば、過去に戻ることも可能かもしれないって。そう言ってた)
《……ああ、そんなこと言ってたな》
(その一言に、かけてみたくなった)
《具体的には?》
(深化と昇化を、両方使う)
《深化と昇化を同時に? そんなんできんのかよ。半魔はどっちかしか使えないんだろ?》
ポン吉の声に、驚きが滲む。
(私たちコンビは、基本的に同一存在で別れることは絶対にない。にもかかわらず別々の意思を持ってるから)
《あー、そういう》
(私とポン吉ならね、できるよ。多分)
《多分って……》
(私たちは、二人で一つだからね。いや、一人で二つ? まぁどっちでもいいや)
《で、どうするんだ?》
(私が深化、ポン吉が昇化それぞれ使いこなせれば、時間だって騙せる)
《時間を騙す……それってもはや――》
(だって私たちは――)
(戦隊ヒーローだからね)
《ライダーヒーローだからな》
(……おい)
《ん?》
(決め台詞だぞ、合わせろよ。時間旅行なら戦隊モノだろ?)
《いやいや、それを言うなら、ライダーだろ》
(どっちでもいいわ)
《まぁいいや。で、具体的にどうタイムスリップするんだ? ってか、タイムリープの方が楽じゃね?》
(タイムリープじゃダメだよ)
《なんで?》
(私が生まれる前に戻らなきゃ。管理局ができる頃にさ。なんやかんやとか色々丸っと解決するには)
《……は?》
(だから、タイムスリップ)
《お前、何年前に戻るつもりだ》
(分かんない。でも、管理局設立の頃)
《無茶苦茶だな》
(私とポン吉を時間軸から切り離して、私達をその時間に転移させる)
《……危なくねえか?》
(危ないに決まってるじゃん。成功してもしなくても、一度きりしかチャンスはないと思う)
《失敗したら?》
(時間軸から切り離されたまま、干渉できなくなったり、おかしな時間に飛ばされたり)
《……最悪だな》
(成功しても、私たちは多分、年老いたりすることはなくなる。多分、傷も治らなくなる)
《不老不治か。怪我もできないぞそれ》
(そう。でも、それでもいい)
《……》
(タイムスリップなんて大それたこと言ってるけど、やることは簡単)
《簡単……?》
(昇化で時間を騙して、私たちを切り離す。深化で座標の移動。これだけだよ)
《これだけって……お前、簡単って言葉辞書で引いたことあるか?》
(簡単って簡単って意味でしょ? できるよ。多分)
《また多分か、お前って奴は》
(だって、やったことないもん)
《……はぁ。可愛さに免じて付き合ってやるよ》
ポン吉が、ため息をつく。でも、否定はしない。
(ありがと。そしたら訓練と並行して、管理局や魔物の過去も全部洗い出しておかなくちゃ)
《戻る意味がなくなるからな》
(そう。だから、珠洲に守ってもらいながら、調べ物もする)
《……お前、本気なんだな》
(うん)
私は、珠洲を見る。
珠洲は、無表情のまま、私を見返している。
多分、私を好きな珠洲は――過去を変えたら、存在しなくなる。
私を好きな乙葉も、存在しない。
いろはさんも、烈志さんも、誇さんも、依里ちゃんも。みんな、違う人生を歩む。
今の私の事を誰も覚えていない。
(それでも、いいんだ)
《……昴》
(ハッピーエンドなら、それでいい)
私は、空を見上げる。
雲が、少しだけ晴れている。
星が、一つだけ見える。
(乙葉が笑ってる世界なら、私のことなんて忘れててもいい)
《……そっか》
(うん)
私は、珠洲に向き直る。
「珠洲ちゃん、行こうか」
「ん」
珠洲が、頷く。
「まずは管理局に戻って、それから特訓」
「ん」
「それと、調べ物も手伝ってね」
「ん」
珠洲は、相変わらず無表情だ。でも、その目は――私を信じている。
(ありがとう、珠洲)
《お前、本当に珠洲のこと好きになってんじゃねえの?》
(違うよ。ただ、可愛いなって思っただけ)
《どう違うんだよ》
(乙葉が一番好き。それは変わらない)
《……そうか》
(うん)
私は、歩き出す。珠洲が、横に並ぶ。
(ポン吉)
《なんだよ》
(やるよ。絶対に、成功させる)
《……ああ》
(全部、ひっくり返す)
《ああ》
(そして――ハッピーエンドにする)
《……無理すんなよ》
(無理しないと、できないことだもん)
《……ったく》
ポン吉の声に、少しだけ笑いが混ざる。
私も、少しだけ笑う。
(でも、やるしかないんだ)
《ああ、そうだな》
(乙葉のためにも)
《ああ》
(みんなのためにも)
《ああ》
(それに――)
《ん?》
(私、まだ乙葉のおっぱい揉んでないし)
《……お前、マジでそれか》
(だって本当だもん)
《はぁ……》
ポン吉が、呆れたように息を吐く。
でも、その声は――優しい。
(だから、絶対に成功させる)
《……ああ、任せとけ》
(うん)
私は、前を向く。乙葉のいない世界で。
おっぱいは全てを解決する




