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悲劇こそ相応しい

 乙葉の腕の中で、私はゆっくりと意識を取り戻していた。

 体中が痛い。

 肋骨は折れたまま。左腕も動かしづらい。右肩も脱臼しかけている。内臓も、多分どこか損傷している。


 でも――生きている。


 乙葉の温もりが、それを教えてくれる。


「昴……起きた?」


 乙葉の声が、優しく響く。


 その声を聞くだけで、少しだけ痛みが和らぐ気がする。


「うん……ちょっとだけ、回復した……かも」


 嘘だ。全然回復してない。


 体は鉛のように重く、少し動かすだけで激痛が走る。


 でも、乙葉を心配させたくない。


「本当に? 無理してない?」


 乙葉が、心配そうに私の顔を覗き込む。その瞳は、涙で潤んでいる。


《流石に昴さんもこの状態じゃ何言ってもバレますわぁ》


(ほんとそれ、もう痛くないとこどこ? 状態)

 

「大丈夫だって。ほら、こうやって喋れてるし」


「でも、さっきまであんなに血を吐いて……」


「もう止まったよ。乙葉の看病のおかげ」


 私は、無理やり笑顔を作る。乙葉は、少しだけ表情を緩めた。


「昴……本当に、かっこよかったよ」


「そう?」


「うん。あんなに強い原罪魔群(オリジンシン)を、一人で倒しちゃうなんて」


 乙葉が、私の手を握る。その手は、温かくて、柔らかい。


「私、ずっと見てた。ううん見てることしかできなかった。依里ちゃんだって昴は仕方なく……だったんでしょ?」


《正直潰し合わせようかと思ってました》


(うるさいよ)

 

「うん……あれが正解かはわからないけど。魔物になり切る前に殺してあげるのが依里ちゃんのためだと思ったから」


(完璧。これ完璧の返答)


「昴は優しいね。私は呆然と見てるだけしかできなかったから。ありがとう」


 乙葉が微笑む。その笑顔が、私の胸を温かくする。


「ありがとね、乙葉」


「ううん。私こそ、守ってくれてありがとう」


 乙葉が、私の頭を優しく撫でる。その手が、とても心地よい。


(あー。心ぴょんぴょんするんじゃー)


《体は、死に体だけどな》

 

「ねえ、昴」


「ん?」


「この後、どうする?」


 乙葉の問いかけに、私は少し考える。


「とりあえず、三毒会の竜司さんたちと合流しないと」


「そっか……また、戦うんだね」


「うん。まだ、オリジンシンはいるから」


「昴は……怖くない?」


 乙葉が、不安そうに聞いてくる。


「怖いよ」


 私は、正直に答える。


「めちゃくちゃ怖い。さっきだって、本当に死ぬかと思った」


「だよね……」


「でも」


 私は、乙葉の目を見る。


「乙葉がいるから、頑張れる」


「昴……」


「乙葉を守りたいって思うから、戦える」


 私の言葉に、乙葉の目から涙が溢れる。


「ありがとう……昴……」


「泣かないでよ。せっかくかっこつけたのに」


「だって……嬉しくて……」


 乙葉が、私に抱きつく。痛みが走るけど、我慢する。この温もりを、手放したくない。


「昴、大好き」


「私も、乙葉が大好きだよ」


 二人で、しばらくそうしていた。


 世界が終わろうとしているのに、この瞬間だけは――穏やかだった。


(とりあえず、立たないとな)


《動けるのか?》


(関節以外を(リフレクト)でピッタリ覆って、関節はなんかいい感じの素材を作って覆えば)


 私は、乙葉の腕からゆっくりと体を起こそうとする。激痛が走る。


 歯を食いしばって耐える。


(ほらこの通り)


《見えない着ぐるみきてるみたいだな》

 

「昴、無理しないで……」


「大丈夫、大丈――」


パチパチパチ。


 拍手の音が、辺りに鳴り響いた。


「え……?」


 私と乙葉は、同時に声の方を見る。


「いやぁ、素晴らしい」


 声が、闇の中から聞こえる。


 私は、反射的に乙葉を庇うように体を動かす。

激痛が走るが、構わない。


「実に素晴らしい愛の物語ですねぇ」


 闇から、一人の男が現れた。


 白いタキシード。シルクハット。その装いに不釣り合いな――ピエロの仮面。


 口元だけが見える、不気味な仮面。


 その仮面の下で、男は笑っている。


「誰……?」


 乙葉が、怯えた声で呟く。


「ああ、これは失礼」


 男が、優雅に一礼する。まるで舞台俳優のように。


「自己紹介がまだでしたねぇ。私は原罪魔群(オリジンシン)のNo.2。虚飾――ヴァニティ、あるいはピエロ、ピエロマスクと呼ばれているものです」


(……原罪魔群(オリジンシン)……)


《しかもNo.2だと?》


(やば……)


 私の体が、警戒で強張る。


 さっき、暴食のオリジンシンと戦ったばかりだ。あれだけで、もう限界なのに。


 No.2――暴食よりも、もっと強い相手に戦える状態じゃない。


(一難去ってまた一難)


《泣きっ面に蜂》

 

「昴さんにおかれましては」


 ピエロマスクが、私を見る。


 その目は、仮面の奥で光っている。


(笑うしかない状況だな。演説されてるのに戦闘中みたいな感じで)


《今のうちに逃げられりゃ良いけど、そんな感じでもねぇな》

 

「暴食に食べられて終わると思っていたのですが」


 彼の声は、軽い。まるで、演劇の台詞を読み上げるように。


「まさか1人で倒してしまうなんて。流石としか言いようがないです」


(何が言いたいの、こいつ)


《意味不明すぎて、反応出来ねえ》


「昴……」


 乙葉が、私の服を掴む。その手が、震えている。


「大丈夫」


 私は、乙葉に囁く。


 嘘だ。全然大丈夫じゃない。


「ですが――」


 ピエロマスクの声が、トーンを変える。軽さが消え、冷たさが滲む。


「物語の終幕は、悲劇こそ相応しい」


(悲劇?)


《物語って今の状況か?》

 

「直々に手を下すのは少し予定外でしたが」


(だとしたら……)


 ピエロマスクが、手を翳す。虚空に、何かが現れる。


「まぁ、些事でしょう」


《(やばい!)》

 

 それは――無数のナイフ。


 数千、数万。虚空を埋め尽くすほどの、ナイフの群れ。


「では、幕引きといきましょうか」


 ピエロマスクが手を振り下ろすと、無数のナイフが、雨のように降り注ぐ。


(――っ!)


 私は、咄嗟に(リフレクト)を展開しようとする。


 でも――ガス欠だ。

 何より変身もしていない状態の(リフレクト)なんてたかが知れてる。


(くそっ……!)


「昴!」


 乙葉の声が響く。その瞬間、乙葉の体が光に包まれた。


 欲望解放(デザイアリリース)――。


 乙葉の体が変貌する。暴食の半魔としての姿。

 体が一回り大きくなり、力が溢れ出す。


「乙葉!?」


「ごめんね、昴」


 乙葉が、私に覆い被さる。その背中に、無数のナイフが突き刺さる。


「やめて! 乙葉、やめて!」


 私は叫ぶ。でも、体が動かない。

 乙葉を引き離すことすら、できない。


「大丈夫……今度は……私が守るから……ね」


 乙葉の声が、震えている。

 痛みに耐えながら、それでも私を守ろうとしている。


「やめて! お願い、やめて!」


 涙が溢れる。


「乙葉!」


 ナイフが、乙葉の体に次々と突き刺さる。血が、私の顔に飛び散る。


「昴……だいじょう……ぶ……?」


 乙葉の声が、弱くなっていく。


「やめて……やめてよ……!」


 私の叫びは、虚しく響く。


 いつしかナイフの雨が、止んでいた。


 乙葉の体が、私の上から動くことはない。


「乙葉……? ねえ、乙葉……?」


「昴……」


 乙葉が、か細い声で呟く。


「ごめんね……昴……」


 乙葉の目から、涙が流れ、私の顔に落ちてくる


「いろはさん達と……待ってるね……」


「やだ、やだよ!」


「最後を……任せちゃって……ごめんね……」


「乙葉……!」


「でも……正義の味方は……絶対負けないって……昴……言ってたもんね……」


 乙葉の手が、私の頬に触れる。冷たい。


 どんどん、冷たくなっていく。

 

 変身が解け乙葉の体が、元の姿に戻る。


「だから……昴は……勝つよ……最後は絶対……ね」


「乙葉……乙葉……!」


乙葉の手が力を失って、私の上に覆い被さるようにして崩れ落ちる。


「乙葉……? ねえ、乙葉……?」


 返事は、ない。


 乙葉の体は、もう動かない。


「嘘……嘘だよね……?」


 私は、乙葉の体を揺さぶる。


「起きてよ……乙葉……」


 でも乙葉が、起きることは……ない。


「ねえ、起きてよ……お願い……」


 涙が、止まらない。とめどなく溢れてくる。


「乙葉……乙葉……!」


 私の声が、夜空に響く。


「いやぁ、実に素晴らしい。献身的な愛ですか」


 ピエロマスクの声が、聞こえる。


「これぞ、悲劇の一幕」


 私は、ピエロマスクを見る。いってやりたいことは山ほどあるのに、言葉が出ない。


「そしてここから終幕に向かっていくのですね」


 ピエロマスクが、笑う。仮面の下で。


「さぁ、貴女の結末を見せてください」


 私は――何も言えなかった。


 ただ、乙葉の体を抱きしめて。


 涙を流すことしか、できなかった。


「ではでは、、私はこれで失礼しますね」


 ピエロマスクが、優雅に一礼する。


「物語の最後を、楽しみにしていますよ」


 そして――煙のように、消えた。


 残されたのは、私と。


 そして――冷たくなった、乙葉の体。


「乙葉……」


 私は、ただ呟き続ける。


 涙が、止まらない。胸が、張り裂けそうだ。


 こんなの――こんなの――。

 


 どれくらい、そうしていただろう。


 私は、ゆっくりと乙葉の体を地面に横たえる。


 その顔を、優しく撫でる。

 

(乙葉をこのままには出来ないよ……ね)

 

 涙が、ぽたぽたと落ちる。


《そうだな、カラスや魔物なんかに啄まれるなんて可哀想だ》

 

「ごめんね……乙葉」


 声が、震える。

 私は、虚空から炎を出し乙葉を包み込む。


「守るって……言ったのに……」


 涙が、また溢れる。


 パチパチと音を立てながら、乙葉の体が崩れていく。


(これで、ちゃんと皆んなと合流できるよね)


《そうだな》

 

「ごめんね……」


 全てを焼き尽くし、灰だけが残る地面を見つめて、私は、立ち上がる。


 体が、痛い。


 でも、もう関係ない。


 何も、感じない。


 ただ、歩くだけ。


(……ふぅ、とりあえず竜司さんと珠洲と合流しないとね)


《……ああ》


(それで……それで……)


 私は、空を見上げる。


 雲が、厚く空を覆っている。


 星は、見えない。


(乙葉に、正義は必ず勝つって言われちゃったからなぁ)


《そうだな》


ポン吉の声も、いつもより静かだ。


(あんなの、フィクションの中だけのまやかしだって、分かってなかったのかなぁ? ほんと乙葉って可愛い)


《ああ》


 私は、歩き始める。よろよろと。


 でも、止まらない。


 涙が、頬を伝って落ちる。


(でもさ、ポン吉)


《なんだよ》


(私が主人公の物語があったらさ……絶対ハッピーエンドだよね)


《ああ、そうだな。バッドエンドなんて想像できないぜ》


 ポン吉は、いつも通りに答える。


(じゃあさ、ハッピーエンドにするには、どうしたらいいんだろう)


《それこそ……全部ひっくり返すような何かがなきゃ、この状況からはなぁ》


(ひっくり返す……ねぇ)


 涙が、止まらない。


 頬を伝って、地面に落ちる。


 胸が、痛い。息が、苦しい。


 足が、震えている。


 それでも、私は歩き続ける。乙葉のいない世界を。


 私は――歩き続ける。涙を流しながら。


「乙葉……」


 その名前が、唇から零れる。


「ごめんね……ごめんね……」


 涙が、止まらない。


 止まらない。


 ただただ、寂しかった。



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