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正義の味方

 オークの口が、目の前で大きく開いている。暗闇。歯の並ぶ、巨大な洞窟のような口腔。そこから溢れる涎と、腐臭。

 

 その吸引力が、私の体を引き寄せ続けている。

 

 タキシードドレスの裾が激しく翻り、髪が顔に張り付く。


 このままじゃ、誇さんと同じように――飲み込まれる。


(うわーやーらーれーるー!)


《ここでもふざけるなんでさすが芸人昴さん》


(んな訳あるか! 虚の武器庫(ホロウアーマリー)


 私は虚空に両手を翳す。その瞬間、虚空から無数の武器が出現する。

 

 剣、槍、斧、鎌、ハンマー、弓矢、銃器、爆弾、チェーンソー、杭、トライデント――ありとあらゆる殺戮兵器が、まるで雨のようにオークの口の中へと降り注ぐ。


 金属が肉を裂く音。骨を砕く音。爆発音。オークの口腔内で、武器たちが暴れ狂う。


「ぐぉぉぉおおお!?」


 オークが苦痛の咆哮を上げる。そして流石のオークもまいったのか、吸引が止まった。

 

 その隙に、私は(リフレクト)を足場に空中で姿勢を立て直す。


「はぁ……はぁ……危なかった……」


 心臓がバクバクしている。汗が、背中を伝って流れる。

 本気でやばかった。あと一秒遅れてたら、私も誇さんと同じ運命だった。


《昴危機一髪だな》


(やりたくないよそんなゲーム。ってかこれでも倒せないとかまじバケモンかよ)


《知らなかった? バケモンだよ》


(うるさい、知ってるわ)


 オークが、怒りに満ちた目で私を睨んでいる。その口から大量の血が流れでており、歯が数本折れ、舌も裂けている。


 武器の雨が、確実にダメージを与えている証拠だ。しかし、まだ足りない。


「小娘がぁぁぁぁ!!」


 オークの咆哮が、空気を震わせる。


 その巨大な拳が、私に向かって振り下ろされる。

速い。


 さっきよりも明らかに速い。怒りが、オークの動きを加速させている。


(やば――)


咄嗟に(リフレクト)を展開する。

三重、四重、五重――可能な限り重ねる。

拳が、盾に激突する。


 派手な音を立てて、一枚目が砕け散る。二枚目も、三枚目も、次々と粉々に。五枚目を砕いたところで、ようやく拳が止まる。


 しかし、衝撃は防ぎきれなかった。


「ぐっ……!」


 衝撃波が私の体を襲い、後方に吹き飛ばされる。そして背中から壁に叩きつけられた。


「がはっ……!」


 口から血が飛び散る。鉄の味が、口の中に広がる。

肋骨が、折れたかもしれない。息を吸うたびに、胸が痛い。


《昴! 来てるぞ立て!》


(はいはい、分かってるって……!)


 両手を地面につき、必死に体を起こそうとするが、腕も足も震えている。

 

 それに視界が、少しぼやけている。


 でも、立たなきゃ。立たなきゃ、死ぬ。


 オークが、もう次の攻撃に移っている。


 その巨大な足が、私を踏み潰そうと振り上げられる。影が、私の体を覆う。


(うわ、マジで死――)


 咄嗟にポン吉が、ハンマーで私を横に吹っ飛ばす。地面に体を打ちつけながら、必死に距離を取る。


 さっきまで私がいた場所に、オークの足が叩きつけられた。


 地面が、轟音と共に大きく陥没する。


 土煙が舞い上がり、破片が飛び散る。


 もし避けられなかったら、確実にぺしゃんこだった。


(やっば……ってかもっと優しく助けてよ)


《悪い! オレら半魔じゃん?!》


(ダジャレかよ!)


 私は、虚空から剣を生成する。いや、ただの剣じゃダメだ。


 もっと大きな武器が必要だ。


 大剣――いや、もっと。

 

 巨大な鉄塊剣。剣と呼ぶにはあまりにも大きすぎる、人間には使えないサイズの剣。分厚く大きく重いそんな剣だ。


「でぇぇぇい!」


 叫びながら、オークの足に斬りかかる。刃が、オークの足首を捉える。肉が裂ける音。筋が切れる音。骨に刃が食い込む感触。


 そして血が、噴水のように飛び散る。


「ぐおおおお!?」


 オークが苦痛の声を上げる。その巨体が、ぐらりと傾く。バランスを崩している。


(いける! と思うけどどうせいけないよね)


《んなこたぁどうでもいいんだよ。追撃しろ》


(へいへい)


私は、(リフレクト)を連続展開する。

空中に階段を作る。

一段、二段、三段――空気を蹴るように、一気に駆け上がる。

オークの頭上まで到達すると。


「これでどうだ!」


 重力に任せて、体重を乗せて、全身で回転するように振り下ろす。

剣が、オークの肩に食い込み……そして切り落とす。


「ぐああああ!!」


 オークが暴れる。残った左腕が、私を掴もうとする。


 避けようとするが――剣が重すぎてすぐに動き出せない。


「あ――」


 オークの巨大な手が、私の体を掴んだ。


「捕まえたぞ、小娘」


 オークが、血まみれの顔で笑う。その手が、ぎゅうぅぅぅと締め付けてくる。


 骨が軋む音がする。肋骨が、更に折れる音。内臓が、圧迫される。


「ぐ……っ……!」


 息ができない。苦しい。このままじゃ、潰される。視界が、徐々に暗くなってくる。


(ぽ……んき……ち)

 

《昴! ったく、クソが!》


(お……ね……)


 虚空に、槍が、剣がオークの腕を囲うように出現。


 それらが一斉に突き刺す。何度も、いくつも。


「ぐっ!」


 オークの手が、一瞬緩む。その隙を逃さない。


 私は体を捻り、滑り込むようにして脱出した。


「はぁ……はぁ……」


(ありがと)


 地面に着地する。足が震えている。立っているのがやっとだ。


 体中が痛い。もうやめたい。肋骨は確実に何本か折れている。


 左腕も、多分骨にヒビが入っている。右肩も脱臼しかけている。


(やばいなぁ、マジで痛くないとこがない)


《弱音吐いてる場合か》


(だって本当に痛いもん。泣いていい?)


 オークが、怒りに満ちた目で私を見ている。


 その体にも、無数の傷がついている。


 足首は深く切られ、片腕は切り落とされ、口の中もズタズタ、残った腕には無数の穴。


 私の攻撃が、確実に効いている。


(でも、まだ倒れないんだよなぁ)


《お前も、倒れてないかイーブンだ》


(私の方はもう限界超えてんよ)


《そうやって言えてるうちは大丈夫だ》


(そうなん? って絶対違う!)


 私は、再び虚空に武器を生成する。


 今度は、槍。いや、複数の槍。虚な模造品(ホロウレプリカ)

 


 十本、二十本、三十本、五十本。虚空から、無数の槍が出現する。


「全部、喰らえ!」


 槍が、オークに向かって飛んでいく。


 まるで、古代の戦場で放たれた投槍の雨のように。

オークが腕で防ごうとするも、数が多すぎる。


 槍が、オークの体に次々と突き刺さる。


 腕に、脚に、胴体に、顔に。


「ぐ……おおおお!」


 オークが吠える。

 槍を、その巨大な手で引き抜いていく。血が噴き出すが、構わず引き抜く。


「この程度……で……!」


(マジかよ……めっちゃ痛そう)


《まだだ、もう一発!》


(分かってるって!)


 私は、更に攻撃を重ねる。

虚空に、今度は巨大な斧を生成する。虚な模造品(ホロウレプリカ)。処刑人が使うような、両刃の戦斧。


 (リフレクト)を足場に跳躍し、オークの頭上へ。


 斧を振り下ろす。


「落ちろ!」



 斧が、オークの頭部に叩き込まれる。頭蓋骨を砕く音。


 オークの体が、大きく揺れる。


「ぐ……ぅ……」


 頭蓋の一部を損傷しながら、オークの右腕が私を殴り飛ばそうと振られる。

 

 避けようとするが――疲労で動きが鈍い。


 拳が、私の脇腹に直撃した。


「がっ……!」


 もう肋骨が折れる音もしない。内臓が破裂しそうな衝撃。


 私の体が、人形のように吹き飛ばされる。


 何回転かして、地面に叩きつけられる。


「ごほっ……げほっ……」


口から大量の血が咳と一緒に出てきた。もう立てない。腕に力が入らない。


《昴! しっかりしろ!》


(もう……無理……辛たん……)


《甘えんなよ 乙葉が見てるぞ!》


(辛たん……!)


 ポン吉の言葉に、私は歯を食いしばる。


 乙葉が、見てる。私を信じて、見てる。


 ここで倒れるわけにはいかない。


 両手を地面につく。腕が震える。でも、立つ。立たなきゃ。


「うぅ……」


 よろよろと、立ち上がる。


 オークも、満身創痍だ。


「お互いしぶといね」


(でも、勝つのは私だ)


 私は、虚空に巨大なハンマーを生成する。虚な模造品(ホロウレプリカ)――で作る、存在しない武器。


 トールのハンマー、ミョルニル。


 神話に登場する、雷神の武器。


 でも、そんなもの本当は存在しない、だからどうした。


「これで……終わりだ……!」


 ハンマーを、両手で持ち上げる。


 腕が悲鳴を上げる。


「落ちろぉぉぉ!!」


 全力で、オークの頭上に叩き落とす。


 轟音と共に雷鳴がオークを貫く。そして衝撃波が、周囲に広がる。


 地面が割れ、土煙が舞い上がる。


 オークの巨体が、ぐらりと揺れる。


「ぐ……ぐぅぅ……」


 オークが、膝をつく。

 

 両膝が、地面に沈む。


(やっ……てない!)


《そうそう詰めを誤るなよ》


(もう一回転!)


 私は、最後の力を振り絞る。もう、体は限界だ。でも、あと一撃。あと一撃だけ。


「終わりだよ……!」


(リフレクト)を足場に、最後の跳躍。

オークの頭上から再度ミョルニルを振るう。

 

 腕を振り上げ。


「さよなら」


 全体重を乗せて、振り下ろす。


 轟音と共に走る走る豪雷。


オークの体が、ゆっくりと――地面に転がった。


「……あ」


 ドスンと、地響きを立てて。そして――光となって、消えていく。


 暴食のオリジンシンを撃破した。


(勝った……?)


《勝ったな》


(マジで……?)


《マジで》


「やった……やったぁぁぁ!」


 私は、思わず叫んだ。オリジンシンを、倒した。私が、倒したんだ。一人で。


 でも――。


「あ、れ……?」


 体が、動かない。力が、完全に抜けている。視界が、ぼやける。足が、震えている。


(やば……限界……かも……)


《おい、昴! しっかりしろ!》


(ごめん……ちょっと……休憩……)


 体が、前に倒れる。地面が、近づいてくる。ああ、これは痛そうだ――。


「昴!!」


 乙葉の声が、聞こえた。柔らかい感触。地面じゃない。乙葉が、私を抱き止めてくれたんだ。


「昴……昴! 大丈夫!?」


「はは……乙葉、どうよ? 正義の味方は……かっこよかった?」


 血を吐きながら、私は笑った。


 乙葉の顔が、涙でぐしゃぐしゃになっている。でも、その顔は――とても綺麗だった。


「かっこよかったよ……すごくかっこよかったよ……!」


「そっか……良かった……」


 ああ、疲れた。本当に、疲れた。体中が痛い。もう、動きたくない。


「はぁ……でも疲れすぎたから……ちょっと休ませてよ……」


乙葉の胸に、顔を埋める。柔らかくて、温かい。乙葉の匂いがする。ああ、これは天国だ。


(マジ、また乙葉のおっぱい……)


《最高?》


「いいよ、今だけは休んで」


(そうそれ)

 

 乙葉が、優しく私の頭を撫でる。その手が、とても温かい。


(ポン吉……)


《なんだよ》


(グェぇ死んだンゴ……)


《だいぶ余裕あるなお前》


(MS5)


《マントすっぽり5秒前?》


(この状況でマントすっぽりかぶるって意味不明すぎない!? まじで死ぬ五秒前な!)


《ああ、その発想はなかったわ》


(その発想しかねぇよ)


「昴……ありがとう……」


乙葉の声が、遠くなっていく。意識が、遠のいていく。でも、それは怖くなかった。だって、乙葉の腕の中だから。


(まじ無理……寝る……)


私は、目を閉じた。

暗闇が、私を包み込む。

でも、それは優しい暗闇だった。


死んでないよ!

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