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にいさん

 依里は生きていた中で、今が一番幸せだった。


 こんな世界の終わりみたいな状況なのに。いや、だからこそなのかもしれない。


 管理局の寮。薄暗い部屋の中で、依里は兄の胸に顔を埋めていた。誇の腕が、優しく彼女の背中を撫でる。

 

「依里……」

 

「兄さん……」

 

 震える声で名前を呼び合う。もう何度目かも分からない。局長が死んで、いろはさんが死んで、烈志さんが死んで。世界が崩壊し始めている今、二人はようやく結ばれた。


 いや、禁忌を犯した。兄妹で肌を重ねた。


 だが、依里は後悔していなかった。むしろ、もっと早くこうなっていれば良かったとさえ思う。


 ああこの日々が、この状況が、永遠と続けばいいのに。依里にとって、そう思う毎日だった

 

「このまま、ずっとこうしていたい」

 

 依里が呟くと、誇は苦笑した。

 

「そうだな……本当なら、俺もそうしたい」

 

「本当なら?」

 

「でも、俺たちにはまだやるべきことがある」


 誇の声に、いつもの誇り高さが戻ってくる。依里は下腹部がきゅっと熱くなるのをのを感じた。

 ああ、その表情。その仕草を堪らなく愛おしく感じてしまう。

 

 しかし、現実は無情だ。私達は厳しい戦いに身を投じなければいけない。

 

「……原罪魔群(オリジンシン)、ですか?」

 

「ああ。情報が入った。この近辺に二体、反応がある」


 誇が身を起こす。依里も仕方なく体を離した。冷たい空気が、さっきまで温かかった肌を撫でる。

 

「色欲と、暴食だ」

 

「色欲……」

 

 依里は唇を噛んだ。原罪魔群(オリジンシン)。理性を取り戻した最強の魔物たち。今まで誰も倒せなかった伝説の存在。

 

「危険ですよ、兄さん。局長たちだって……」

 

「だからこそだ」

 

 誇が立ち上がり、服に袖を通す。その背中は、いつもの兄の背中だった。誇り高く、まっすぐで、強くて。

 依里が恋をした、あの背中。

 

「俺が倒す。俺が、この世界を守る」

 

「兄さん……」

 

「お前も来てくれるか、依里?」

 

 振り返った誇の顔は、少しだけ不安げだった。それが、依里の心を動かした。

 

 ああ、兄さん。依の心は歓喜に震える。

 あなたは、私がいないと不安なんですね。

 

「……はい。もちろんです、兄さん」

 

 依里は微笑んで、服を手に取った。



 戦力は、昴、乙葉、依里、そして誇の四人。

 三毒会の2人は、別の場所で魔物対応に追われている。残された戦力は、これだけ。

 

「色欲の原罪魔群(オリジンシン)か……」

 

 昴が呟く。その声は、いつもの余裕があるようで、どこか疲れているように聞こえた。

 

「大丈夫だよ、昴」

 

 乙葉が明るく言う。でも、その笑顔は少し引きつっている。

 

「誇さんと昴さんがいれば、きっと勝てます」

 

「ああ、当然だ」

 

 誇が胸を張る。

 

「オリジンシンだろうと関係ない。俺の力なら、必ず倒せる」

 

 依里は、その言葉に複雑な思いを抱いた。兄さん、あなたは本当に強い。


 でも、オリジンシンは一筋縄ではいかないのでは?

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 昴が立ち上がる。その背中を見ながら、依里は心の中で祈った。

 

 どうか、兄さんだけでも無事でありますように。そしてこのまま、ずっと兄さんと一緒にいられますように。


 色欲のオリジンシンは、廃墟となったビルの屋上にいた。サキュバスの姿をした、妖艶な女性の姿。だが、その目には知性の光があり、ただの魔物とは明らかに違う存在感を放っていた。

 

「あら、お客様かしら?」

 

 サキュバスが笑う。その声は、甘く、蠱惑的で。

依里は思わず息を呑んだ。誘惑の波動が、空気を通して伝わってくる。

 

「依里!」

 

 誇の声が、依里を現実に引き戻した。

 

「大丈夫、です……」

 

 依里は首を振る。兄さんがいる。それだけで、依里は正気を保てた。

 

「フン、売女風情が」

 

 誇が前に出る。その体から、傲慢の力が溢れ出す。

竜人の姿。鱗に覆われた体。巨大な翼。

 

 全員一斉に変身――欲望解放(デザイアリリース)をする。

 

「開幕から本気とは、光栄ですわ」

 

 サキュバスが笑う。


 その瞬間、誇が動いた。


「まだまだ上があるぞ。深化」

 

 圧倒的な速さ。圧倒的な火力。

 

 炎が、爪が、あらゆる角度から攻撃がサキュバスに叩き込まれる。

 

「昴!」

 

「了解!」

 

昴も動く。虚空から無数の武器が出現し、サキュバスを包囲する。

 

「乙葉、支援を!」

 

「はい!」

 

 乙葉の能力が、誇と昴の力を増幅させる。昇化した能力で、食べた分だけみんなを強化する。

 

 依里も動いた。憂鬱の力で、サキュバスの動きを鈍らせる。氷が、サキュバスの足元を凍らせる。

 

「やるじゃない……でも!」

 

 サキュバスが反撃する。誘惑の波動が、四人を襲う。

 

 だが、誇はそれを力で押し切った。翼を払い波動を霧散させる。

 

 誇の拳が、サキュバスの顔面を捉える。鈍い音と共にサキュバスの体が、吹き飛ばされる。

 

「今だ、昴!」

 

「行きますよっと!」

 

 昴がハンマーでサキュバスをかち上げた。

 

 上空に待機していた誇がそれに合わせ急降下する。そして、誇の腕がサキュバスを貫いた。

 

 一瞬の静寂。

 

 そして、サキュバスの体が光となって消えていく。

 

「やった……やったぞ!」

 

 誇が叫ぶ。その顔は、歓喜に満ちていた。

 

「オリジンシンを、倒した! 俺が、倒したんだ!」


 依里は、その姿を見て胸が痛んだ。兄さん。あなたは、本当に強い。

でもその心は――。


「見たか! オリジンシンだろうと、大したことない!」

 

 誇が高らかに笑う。

 

 依里は、その背中を見ながら、言葉を飲み込んだ。


 兄さん、もう十分じゃないですか。伝説を1体倒したんですから、満足してください。

 私の体で、満足してください。

 

 でも、その言葉は口に出せなかった。

 

 なぜなら、誇の目は、もう次の獲物を見据えていたから。

 

「もう一体、暴食のオリジンシンがいるんだろう?」

 

「誇さん、でも……」

 

 昴が止めようとする。でも、誇は聞かない。

 

 「大丈夫だ。今の俺たちなら、必ず勝てる」

 

「でも、色欲は相性が良かっただけかもしれません。暴食は……」

 

「関係ない」

 

 誇が言い切る。

 

「俺は、最強だ。どんな相手だろうと、正面から打ち負かす。それが、俺の誇りだ」

 

 依里は、その言葉に何も言えなかった。

 ああ、兄さん。あなたは、本当に誇り高い。愚かしいほどに。


 暴食の原罪魔群(オリジンシン)は、街の中心部にいた。

 

 オークの姿をした、巨大な魔物。だが、その体躯は通常の何倍もあり、全身から凄まじい威圧感を放っていた。筋肉の一つ一つが脈動し、口からは絶えず涎が滴り落ちている。

 

「待ち侘びたぞ、半魔どもよ」

 

 オークが笑う。その声は、低く、重く、地面を震わせる。

 

「ちょうど、腹が減っていたところだ。今日の昼飯は探さなくて良くなったな」

 

「フン、やれるものならやってみろ!」

 

 誇が叫び、一斉に欲望解放(デザイアリリース)する。竜人の姿へと変貌し、その体から傲慢の力が溢れ出す。


 依里も変身する。憂鬱の半魔としての力を解放し、下半身が鱗に覆われ、髪が濡れたように垂れ下がる。


 依里は、氷針(スロウニードル)を飛ばした。

「行くぞ!」

 

 誇が突撃する。その拳が、オークの腹部に叩き込まれる。鈍い音だけが響く。オークはびくともしていない。

 

「効いてないぞ」

 

 オークが笑う。その巨大な拳が、誇を殴り飛ばした。

 

「兄さん!」

 

 依里が叫ぶ。慌てて氷の壁を生成し、誇の落下を受け止める。

 

「くそっ……!」

 

 誇が立ち上がる。その顔には、驚愕の色があった。

 

「こいつ、色欲とは違うぞ……!」

 

「誇さん、無理しないように!」

 

 昴が虚空から槍を生成し、オークに投げつける。だが、オークはそれを片手で掴み、握り潰した。

 

「脆いな」

 

「ちっ……!」

 

昴が舌打ちする。

 

「乙葉!」

 

「はい!」

 

乙葉が能力を発動し、リュックの中から食べ物を取り出す。

 

 誇の体に力が、みなぎってくる。


 「もう一度だ!」

 

 誇が再び突撃する。今度は攻撃を、連続で叩き込む。

 

 オークの体に、傷がつく。初めて、ダメージが通った。

 

「やった!」

 

 依里が喜びの声を上げる。しかし、オークは笑っていた。

 

「いいぞ、いいぞ。その調子だ」

 

 オークの口が、大きく開く。そして――吸い込んだ。

 

 誇が、昴が、乙葉が、依里が、全員、その吸引力に引き寄せられる。

 

「な、何だこれは!」

 

 誇が叫ぶ。必死に抵抗するが、吸引力は止まらない。

 

「依里、氷で足を!」

 

「は、はい!」

 

 依里が地面を凍らせる。四人は、氷に足を固定して吸引に耐える。

 

 オークが吸引を止めた。

 

「ほう、やるな」

 

「当たり前だ!」

 

 誇が再び攻撃する。

 

 依里も、水針を飛ばす。昴も、武器の雨を降らせる。

 

 乙葉も、力を増幅させる。

 

 四人の連携攻撃が、オークを襲う。


 オークの体が、徐々に小さくなっていく。

 

「効いてる……!」

 

 依里が希望を感じた。このまま、このまま縮めば、倒せる。


 兄さんと、また二人きりになれる。


「もう少しだ!」

 

 誇が叫ぶ。その体は傷だらけだが、目は諦めていない。

 

 オークの体が、更に小さくなる。もう、誇と同じくらいのサイズだ。

 

「やった……やったぞ!」

 

 誇が歓喜の声を上げる。

 

「もう一押しだ!」

 

 誇が最後の力を振り絞って、拳を振り上げる。

その拳が、オークの顔面を捉えようとした――その瞬間。

 

オークの口が、笑った。

 

「引っかかったな」

 

 え?

 

 依里の思考が、一瞬止まる。

 

 オークの体が――膨らみ始めた。

 

 さっきまで縮んでいたのに、今度は逆だ。どんどん、どんどん大きくなる。

 

「な、何だ!?」

 

 誇が驚愕する。

 

「教えてやろう。俺はな、わざと縮んでいたんだ」

 

 オークが笑う。

 

「お前たちを油断させるためにな」

 

「くそっ……!」

 

 昴が叫ぶ。

 

「誇さん、逃げて!」

 

 でも、遅い。

 

 オークの巨大な腕が、誇を掴んだ。

 

「離せ!」

 

 誇が暴れる。炎で、爪で、持ちうる力でオークの腕を攻撃する。

 

 でも、オークは誇を離さない。

 

「兄さん!」

 

 依里が叫ぶ。水針を、氷塊を、全てをオークに叩き込む。

 

 昴も、乙葉も、全力で攻撃する。

 

 だが、オークは笑っているだけだった。

 

「美味そうだな、お前」

 

 オークが誇を見る。

 

「特に、その傲慢な心が」

 

「ふざけるな!」

 

 誇が叫ぶ。その体から、更に力が溢れ出す。竜の咆哮が、響く。

 

 誇の最後の力。全てを賭けた、一撃。

 

その息吹(ブレス) が、オークの顔面に叩き込まれた。

 

 オークの頭が、後ろに傾く。


 やった――依里がそう思った瞬間。


 オークの頭が、元の位置に戻った。

 

「効かないな」

 

 オークが笑う。

 

 そして――その口が、大きく開いた。

 

「いただきます」

 

「や、やめろ! やめろおおおお!」

 

 誇が叫ぶ。

 

 依里も叫んだ。

 

「やめて! 兄さんを離して! お願い、お願いだから!」

 

 でも、オークは止まらない。その口に、誇の体を放り込む。そして咀嚼。オークの喉がごくりと動く。

 

 誇が、消えた。

 

「兄さん!!!」

 

 依里の叫びが、夜空に響く。

でも、もう遅い。

 

 誇の姿は、もうどこにもない。


「美味かった」

 

 オークが笑う。


 依里の世界が、崩壊した。

嘘よ、いや、嫌ぁ。

 兄……さん?

 兄さん?

 兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さんにいさん兄さん兄さんニイサンいさん兄さんニイサン兄さんにいさんニイサン兄さんにいさん兄さん――ニい……さン。

悲しいなぁ

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