キラキラしてる男の子
乙葉は受付のソファで昴を待ちながら、リュックから取り出したドーナツを齧っていた。甘くて美味しい。でも、少し心配だった。
初めて会った時から、昴はなんだか不思議な人だった。とても礼儀正しくて、カッコよくて、でも何となく近寄りがたい雰囲気がある。話しかけると、なぜか急に声が小さくなってしまうし。
もしかして、自分のことを嫌っているのかもしれない。
乙葉は少し落ち込んだ。確かに自分は、あまり頭も良くないし、体型もぽっちゃりしているし、昴みたいなカッコいい人から見たら、魅力的じゃないのかもしれない。
でも、局長さんから「寮の案内をお願いします」と言われた以上、頑張らないと。
エレベーターの音が聞こえて、乙葉は慌ててドーナツを片付けた。
扉が開くと、昴が現れた。相変わらず整った顔立ちで、背筋もまっすぐ。制服も乱れひとつない。まるで雑誌のモデルみたい。
「昴くん、お疲れさま!」
乙葉は明るく手を振った。昴は少し驚いたような表情を見せた後、いつものクールな表情に戻る。
「お疲れさまでした」
やっぱり、どこかよそよそしい。乙葉の心に小さな棘が刺さった。
「えーっと、それじゃあ寮のご案内をしますね」
乙葉は努めて明るく言った。落ち込んでいても仕方ない。昴が嫌がっているなら、せめて迷惑をかけないよう、手早く案内を済ませよう。
二人は建物の奥へと向かった。廊下を歩きながら、乙葉は説明を始める。
「八罪管理局の寮は、本部ビルの上層階にあるんです。15階から20階までが住居フロアになってて——」
「そうなんですか」
昴の返事は短い。やはり、あまり興味がないのだろう。
乙葉は心の中でため息をついた。でも、仕事は仕事。しっかりやらなければ。
エレベーターで16階に上がる。扉が開くと、長い廊下が現れた。両側に部屋のドアが並んでいる。
「こちらが住居フロアです。昴くんのお部屋は1604号室ですね」
乙葉はタブレットで確認しながら言った。昴のお部屋。一人で住むのは寂しくないのかな。
「基本的に一人一部屋です。プライバシーと安全のために、他の人の部屋には入れないシステムになってます」
廊下を歩きながら説明する。昴は黙って聞いている。時々「はい」と返事をするだけ。
1604号室の前で立ち止まる。ドアには小さな液晶パネルがついている。
「これがルームキーの代わりです。手のひらを当てると、生体認証で開錠されます」
昴が手をパネルに置く。ピッ、という音と共に、ドアが開いた。
「すごいですね」
昴が初めて、感心したような声を出した。乙葉は少し嬉しくなる。
部屋の中に入ると、シンプルだけど清潔感のある空間が広がっていた。ベッド、デスク、クローゼット、小さなキッチンエリア。窓からは夜景が見える。
「一人暮らし用のマンションみたいな感じですね」
昴が部屋を見回しながら言う。その横顔を見て、乙葉はドキッとした。やっぱりカッコいい。なんで自分の前だと、いつもそっけないんだろう。
「あ、あの……もしかして、私何か失礼なことしちゃいました?」
思わず聞いてしまった。昴が振り返る。
「え?」
「その……昴くんって、私と話す時だけ、なんだかよそよそしくて」
昴の表情が慌てたように変わった。
「そ、そんなことないです」
声も少し上ずっている。普段のクールな昴とは違う。
乙葉は首をかしげた。怒ってはいないみたい。じゃあ、なんで?
「もしかして……緊張してるんですか?」
昴の顔が少し赤くなった。図星だったみたい。
乙葉は思わず笑ってしまった。
「昴くん、意外と照れ屋さんなんですね」
「そ、そんなんじゃないです!」
昴が慌てて否定する。その様子が可愛くて、乙葉の心がほんわかした。嫌われてるわけじゃなかったんだ。
「大丈夫ですよ。私も最初はすごく緊張しました」
乙葉は優しく微笑んだ。昴の表情が少し和らぐ。
「それじゃあ、続きの説明しますね」
乙葉は気を取り直して、部屋の設備について説明を続けた。
「キッチンは簡単な調理ができるようになってます。でも、基本的には食堂を利用することが多いですね」
冷蔵庫を開けて見せる。中には水とオレンジジュース、それから簡単な軽食が入っている。
「これは最初にサービスで入ってるんです。なくなったら、受付に言えば補充してもらえますよ!」
「それから、お風呂はお部屋の他に、共同浴場があります。17階に大浴場、各階にシャワールームもあります」
クローゼットを開けて、中を見せる。
「制服は何着か用意されてます。サイズが合わなかったら、明日調整してもらえますよ」
昴は制服を手に取って確認している。真面目そうな表情。仕事に対しても、きっと真摯に取り組むんだろうな。
「洗濯物は、頼めば翌日までにクリーニングして貰えますよ。こちらも無料です」
「至れり尽くせりですね」
昴が苦笑いする。その表情に、少し余裕が見えた。やっと緊張がほぐれてきたみたい。
「あ、そうそう」
乙葉は思い出したように言った。
「明日からのお仕事の流れも説明しますね」
歩きながらタブレットを操作し、説明を始める。
「基本的には朝8時に朝礼があります。食堂で朝食を取った後、9時から各種訓練や事務作業ですね」
「訓練というのは?」
「半魔能力の制御訓練、体力トレーニング、座学もあります。昴くんは虚飾の半魔だから、専用のプログラムが組まれると思います」
昴が真剣に聞いている。やる気があるのは良いことだ。
「お昼は12時から13時。午後は14時から17時まで。夜間の緊急出動もあるので、基本的には寮で待機です」
「緊急出動……」
「魔物が出現した時ですね。でも、昴くんはまだ新人だから、最初は訓練がメインだと思います」
乙葉は昴の表情を見た。少し不安そうに見える。
「大丈夫ですよ。最初はみんな緊張します。でも、先輩たちがしっかりサポートしてくれますから」
昴が少し安心したような表情を見せる。
「乙葉さんは、どのくらいここにいるんですか?」
「私は半年前に来ました。最初は本当に何もわからなくて、毎日泣いてました」
乙葉は苦笑いする。その頃を思い出すと、少し恥ずかしい。
「でも、みんな優しくて。特にいろはさんには、すごくお世話になったんです」
「いろはさんが?」
「はい。私、最初は自分の能力が怖くて。暴食って、なんだか汚いイメージがあるじゃないですか」
昴が首を振る。
「そんなことないと思いますが」
「ありがとうございます。でも、やっぱり気にしちゃうんですよね。でも、いろはさんが『食べることは生きること。あなたの能力は、みんなを守る力になる』って言ってくれて」
乙葉の声が少し震える。その時のことを思い出すと、今でも胸が熱くなる。
「それで、頑張ろうって思えたんです」
昴がじっと乙葉を見ている。その視線が真剣で、乙葉は少し照れてしまった。
「昴くんも、きっと大丈夫です。虚飾の能力って、すごく強力だって聞きました」
「そうなんでしょうか」
「今日の訓練、見てましたよ。誇先輩を完全に圧倒してました」
昴が驚いたような表情を見せる。
「見てたんですか?」
「はい。たまたま通りかかって。昴くん、すごく強いんですね」
昴の表情が複雑になる。嬉しいような、困ったような。
「でも、まだよくわからないんです。どうやって能力を使ってるのか」
「それは訓練で覚えていけますよ。私も最初は、食べたものがどうやって力になるのかわからなくて」
乙葉は安心させるように言った。昴の不安な気持ち、よくわかる。
「あ、そういえば」
乙葉は時計を見た。
「もう夜も遅いですし、あと1箇所説明したら終わりにしましょうか。そろそろ食事の時間ですからね! 」
くわっ、と昴の方を向いてニコニコと笑いながら言う。
「そしてここが、最後にしてメインの、食堂です!」
乙葉は、ばばーん、と効果音が鳴りそうなくらい大袈裟な身振りで紹介する。
「ここ14階にある食堂は、朝昼晩、いつでも利用できるんですよ」
乙葉は嬉しそうに言った。食堂の話は大好きだ。
「メニューもすごく豊富で、和食、洋食、中華、何でもあるんです。しかも、全部無料!」
昴がふふっと笑う。
「乙葉さんは、本当に食べることが大好きなんですね。今日イチの張り切りでしたよ」
その言葉に、今度は乙葉が顔を赤くしてしまう。声も心なしか小さくなってしまう。でもしっかり説明しなくてはと、思い出す。
「八罪管理局の福利厚生の一つなんです。私たちは危険な仕事をしてるから、せめて食事くらいは心配しないでいいようにって……」
乙葉の説明を聞きながら、昴はまだクククと笑っていた。その笑い顔がとっても自然で、なんだか仲良くなれたみたいで嬉しくてなかなか指摘できなかった。
「もし、何かわからないことがあったら、遠慮しないで聞いてくださいね。私でよければ、いつでも。それで、あの……」
乙葉が言いかけて、少し迷った。でも、勇気を出して言うことにする。
「親睦がてら、一緒に夕ご飯……どうですか?」
昴が微笑む。今日見た中で、一番自然な笑顔だった。
「此方こそよろしくお願いします。注文のシステムとかもお聞きしたいと思ってたんです」
乙葉は、その答えを聞いて少し恥ずかしくなった。確かにシステムを説明がてら一緒に食べるように言えばよかった。これじゃ、食事に誘ってるみたいだ。いや誘ってはいるんだけど。こんな見た目なのにガツガツしすぎ? ぽちゃってるのは嫌いかな。
思考が迷走していき、頭の中がぐるぐるしながらも、昴に食堂の説明をしていく。
そして気づけば食べ終えて解散しようかと言う段階になっていた。
乙葉は、何を話したのか全く覚えておらず、何を食べたのかすら覚えていない自分に、心底驚いていた。
乙葉は、もう半ばヤケクソのように昴に聞いてみた。
「あの、もしよかったら……連絡先、交換しませんか?」
昴が少し驚いたような表情を見せる。
「SNSとか、使ってますか? 仕事のことだけじゃなくて、その……普通におしゃべりとかも」
乙葉は頬が熱くなるのを感じた。なんて大胆なことを言ってるんだろう。でも、昴ともっと話してみたかった。
「はい、もちろん」
昴が快く応じてくれて、乙葉は安堵した。お互いにスマホを取り出して、QRコードで連絡先を交換する。
「昴くん……って、SNSの名前もそのままなんですね」
画面を見ながら、乙葉は微笑んだ。アイコンは風景写真。シンプルで、昴らしい。
「乙葉さんは……」
昴が乙葉の画面を見て、少し驚く。アイコンはパンケーキの写真で、名前は「おとは」だった。
「恥ずかしいでしょう? でも、パンケーキが好きで」
「可愛いと思います」
昴の素直な言葉に、乙葉の心がぽかぽかした。
「ありがとうございます。あ、そうそう! 今度、美味しいケーキ屋さんに一緒に行きませんか? 駅の近くにすごく美味しいところがあるんです」
言ってから、乙葉は少し後悔した。もしかして、昴は甘いものが苦手かもしれない。
「いいですね。ぜひ」
でも、昴は嬉しそうに答えてくれた。
「本当ですか? やったあ!」
乙葉は思わず手を叩いた。それから、少し恥ずかしくなって俯く。
「あの……昴くんって、どんな人がタイプなんですか?」
突然の質問に、昴が困ったような表情を見せる。
「え、えーっと……」
「あ、ごめんなさい! いきなり変なこと聞いちゃって」
乙葉は慌てて手を振った。でも、内心では興味津々だった。昴みたいにカッコいい人は、きっと素敵な人と付き合ってるんだろうな。
「優しい人が好きです」
昴が小さな声で答える。
「優しい人……」
乙葉は繰り返した。それから、自分のことを考える。自分は優しいだろうか。優しくありたいとは思ってるけど、実際はどうなんだろう。
「昴くんと付き合える人って、きっとすごく素敵な人なんでしょうね」
何気なく言った言葉だったが、昴の表情が微妙に変わった。
「そんなことないですよ」
「でも、昴くんって本当にカッコいいですし、優しいし、強いし……」
乙葉は本心から言った。昴は、自分が今まで出会った人の中で、最も素敵な人かもしれない。
「きっと、世の中にはもっとカッコよくて、頭が良くて、スタイルの良い人がいるんでしょうね」
乙葉は少し寂しそうに微笑んだ。自分なんて、昴から見たら恋愛対象として見てもらえるはずがない。
昴が何か言いかけたが、結局何も言わなかった。
「でも、そんな素敵な人と友達になれて、私は嬉しいです」
乙葉は明るく言った。友達。そう、それで十分。それ以上を望むのは、高望みすぎる。
部屋を出て、廊下を歩く。エレベーターに向かいながら、乙葉は複雑な気持ちだった。
昴は、思ってたより話しやすい人だった。最初はクールで近寄りがたい印象だったけど、実は照れ屋で、真面目で、優しい人なんだ。
それに、すごく強い。今日の訓練を見て、改めて驚いた。新人とは思えない戦闘能力。きっと、組織の大きな戦力になるだろう。
でも、それ以上に印象的だったのは、昴の謙虚さだった。あれだけの力を持ちながら、驕ることがない。むしろ、自分の能力を理解できていないことを素直に認める。
そして、何より……本当にカッコいい。
乙葉は胸に手を当てた。さっきから、心臓がドキドキしている。これって、もしかして……
いや、だめ。
乙葉は首を振った。昴みたいな完璧な人が、自分なんかを好きになるはずがない。そもそも、昴は男性が好きなのかも知らないし。
でも、友達としてなら、仲良くなれるかもしれない。それだけでも十分幸せ。
エレベーターに乗りながら、乙葉は昴のことを考えていた。明日の朝食が楽しみ。今度のケーキ屋さんも楽しみ。
きっと、昴と過ごす時間は、いつも楽しいものになるだろう。
そんなことを考えていると、スマホが鳴った。LINEの通知。
「今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
昴からのメッセージだった。丁寧で、礼儀正しくて、昴らしい。
乙葉は嬉しくなって、すぐに返信した。
「こちらこそ! 明日の朝食楽しみです」
絵文字も添えて送る。子供っぽいかな、と思ったけど、もう送ってしまった。
すぐに既読がついた。でも、返信は来ない。
乙葉は少し不安になった。絵文字、嫌だったかな。でも、スタンプが送られてきた。猫が笑っているスタンプ。
可愛い。昴が送ってくるスタンプが可愛いなんて、ギャップがある。
乙葉は嬉しくなって、パンダのスタンプを送り返した。
自分の部屋に戻って、ベッドに座る。スマホの画面を見つめながら、乙葉は思った。
アレ、私デートに誘っちゃってない!?
乙葉は、その日いつもよりたくさん夜食を食べてしまった。
食べる女の子っていいよね




