カウントダウン
根倉眠は、管理局の作戦室で、モニターに映る東京の地図を眺めていた。
赤い点が、地図上に無数に浮かんでいる。魔物の発生地点だ。
昨日だけで100件を超えた。今日は、すでに午前中だけで70件。
「いやーやってくれるねぇ」
根倉は、誰に言うでもなく呟いた。
モニターの横には、あのタキシード姿で道化の仮面をつけた男――ピエロマスクの映像が静止画で映されている。
「向こうさんの方が早かったか。しかも伝え方も劇的だ」
根倉はため息をついた。
政府は、魔物の存在を公表する方向で調整していた。だが、その前にピエロマスクが全国放送をジャックして、魔物の存在を暴露した。
しかも、あの演出。舞台のような照明、赤いカーテン、魔物化の瞬間を生中継。
「今更こちらが嘘ですなんて言えないからねぇ」
根倉は頭を掻いた。
政府の方でも公開する方へ調整してたってのに、まぁタイミングが悪い。
いや、悪いというより――計算されていた。
根倉は、ピエロマスクの静止画を見つめた。
「原罪魔群、ピエロマスク。君は一体、何が目的なんだい?」
答えは返ってこない。
ただ、モニターに映る赤い点が、また一つ増えた。
「ますます魔物の発生増えてるし……」
根倉は地図を拡大した。
渋谷、新宿、池袋、上野、品川。都心部のあちこちで魔物が発生している。
「避難呼びかけたところで、避難先で魔物になられちゃぁねぇ」
根倉は苦笑いした。
政府は、魔物発生地域からの避難を呼びかけている。だが、避難所に人が集まれば、そこでまた魔物が発生する。
恐怖、不安、疑心暗鬼。
それらが人を魔物に変える。
「まぁ政府からの公式な発表はするとして……」
根倉は椅子に深く腰掛けた。
「もう魔物被害をゼロにするのは無理だね」
根倉は、そう認めざるを得なかった。
これまでは、魔物の存在を隠蔽し、被害をゼロに抑えることが目標だった。
だが、もうそれは不可能だ。
魔物の発生件数が多すぎる。半魔の数が足りない。
「三毒会の連中にもお願いしてるけど……」
根倉は別のモニターを見た。
そこには、三毒会のメンバーが魔物と戦っている映像が映されている。
松元竜司が、ナイフで魔物を斬り裂いている。
珠洲が、魔物を弱体化させている。
紅蓮寺灯が、炎で魔物を焼き尽くしている。
「明らかに手が足りて無い」
根倉はため息をついた。
八罪管理局と三毒会、合わせても全国で40名程度の戦力しかない。
対して、魔物は増え続けている。
「地方はまだマシだけど……」
根倉は地図を日本全体に切り替えた。
地方都市にも、魔物発生の報告が上がっている。だが、数は都心部に比べれば少ない。
「都心部はもうダメかもねぇ」
根倉は東京の地図に戻した。
赤い点が、増え続けている。
その時、作戦室のドアが開いた。
技術班の職員が入ってくる。
「局長、報告です」
「うん、お願い」
根倉は振り向いた。
職員は、タブレットを根倉に渡した。
「そうそう、あのピエロマスクの放送の解析できた?」
根倉が尋ねると、職員は首を横に振った。
「それが……お手上げです」
「お手上げ? そっかぁ」
根倉は苦笑いした。
「そーだよね。コンセント抜いても映るって、完全に魔物の能力やなんかだよね」
職員が頷いた。
「はい。電波をジャックしたというより、全国の電子機器に直接干渉したと思われます。通常の技術では不可能です」
「やっぱりねぇ」
根倉はタブレットを返した。
「原罪魔群の誰かの能力か。最強の魔物集団からしたら、電波も電子機器も好き勝手できるってわけだ」
「恐らく」
「厄介だねぇ」
根倉は立ち上がった。
「ありがとう。引き続き、解析お願いね」
「了解しました」
職員が部屋を出ていく。
根倉は再びモニターを見つめた。
地図上の赤い点が、また増えている。
「さて、と」
根倉は通信機を取り出した。
誇と烈志、いろはに繋がる。
『局長、どうしました?』
誇の声が聞こえた。
「突然ごめんね。待たしちゃってたとこ悪いけど、君達は討伐向かってくれる?」
『了解。今から出動します』
「無理しなくていいからね」
根倉は、いつもの飄々とした口調で言った。
「どのみち全部防ぐなんでここに来て無理なのわかってるから、君らが倒れるのがいちばんの痛手だからね」
『……了解しました』
誇の声に、少しだけ戸惑いが混じっていた。
根倉は構わず続けた。
「深度2もちらほら見えるし、そのうち3も出てくるでしょ」
『深度3……ですか』
「うん。深度1は若手に任せて、そっち優先で頼むよ」
『分かりました』
通信が切れた。
根倉は通信機を置いて、窓の外を見た。
東京の街が、いつもと変わらず広がっている。
だが、その下では、確実に何かが崩れ始めていた。
「昴たちは、まだ修行中か」
根倉は呟いた。
昨日、若手三人に能力の名前をつけさせた。
それは、ただの遊びではない。
能力を明確化することで、戦闘力を上げる。そして――。
「これから、もっと厳しい戦いになる。少しでも強くなってもらわないとね」
根倉は、昴たちのことを思った。
昴は、虚飾の半魔。能力は強力で、本人も高潔であろうとしている。だがそれがかえって不安要素に思える。
乙葉は、暴食の半魔。優しすぎて、人を傷つけることに躊躇する。
依里は、憂鬱の半魔。兄への依存が強く、自己肯定感が低い。
三人とも、まだ若い。まだ未熟だ。
「でも、成長してる」
根倉は微笑んだ。
昴は、狩野との戦いで深度3を倒した。
乙葉は、昇化の能力に目覚めた。
依里は、少しずつ兄以外の存在を認め始めている。と思いたい。
「君たちなら、きっと大丈夫」
根倉は、そう信じていた。
その時、モニターのアラームが鳴った。
新たな魔物の発生。
場所は――新宿。
根倉は地図を拡大した。
赤い点が、一つではなく、五つ。
「……同時発生か」
根倉は眉をひそめた。
しかも、反応が大きい。
「これは……深度2が複数?」
根倉は通信機を取り出した。
誇に繋がる。
『局長?』
「誇、新宿に深度2が五体同時発生した。そっちに向かってくれるかな」
『了解しました。すぐに向かいます』
「烈志といろはも一緒にね。深度2が五体だから、一人じゃ厳しいかも」
『分かりました』
通信が切れた。
根倉は、モニターを見つめた。
新宿の映像が映る。
街中で、魔物が暴れている。
オーク――暴食の魔物。
イフリート――憤怒の魔物。
ゴーレム――強欲の魔物。
スライム――怠惰の魔物。
ミラージュ――虚飾の魔物。
五体の深度2が、同時に暴れている。
「これは……偶然じゃないね」
根倉は呟いた。
同じ場所で、同じタイミングで、五体の深度2が発生する。
あまりにも不自然だ。
「誰かが、意図的に魔物を発生させている……?」
根倉の脳裏に、ピエロの顔が浮かんだ。
「原罪魔群……君たちの仕業か」
根倉は、モニターに映るピエロマスクの静止画を見た。小さく笑っているように見えた。
「……やっぱり、厄介だね。流石伝説だ」
根倉はため息をついた。
その時、また別のアラームが鳴った。
渋谷で、魔物の発生。
池袋で、魔物の発生。
上野で、魔物の発生。
次々とアラームが鳴り響く。
「……来たね」
根倉は、モニターを見つめた。
東京中で、魔物が一斉に発生している。
まるで、何かの合図があったかのように。
「これが、原罪魔群の本気か」
根倉は立ち上がった。
「全員に通達。総力戦だ」
根倉は通信機を取り出した。
「若手三人も、修行は中止。すぐに出動準備を」
根倉の声に、いつもの飄々とした感じはなかった。
ただ、静かな決意だけがあった。
「これから、本当の戦いが始まる」
根倉は、窓の外を見た。
東京の空が、どこか暗く見えた。
まるで、何かが覆いかぶさっているかのように。
根倉は深く息を吐いた。
「昴、乙葉、依里。君たちの力が、必要だ」
根倉は通信機を握りしめた。
モニターには、増え続ける赤い点。
地図が、真っ赤に染まっていく。
「……やれやれ」
根倉は苦笑いした。
「怠惰の俺が、一番働くことになるとはねぇ」
根倉は変身して能力を発動させた。
自身をより効率よく動けるように、コネ回す。
「さて、と。久しぶりに本気出すかねぇ」
根倉は、作戦室を出た。
廊下を走りながら、根倉は心の中で呟いた。
この戦いの先に、何が待っているのか。
昴たちは、無事に生き延びることができるのか。
そして、オリジンシンの真の目的は何なのか。
なんか終わりそう




