表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/66

加速

 私は昨日と同じように魔物討伐に出動していた。


 場所は新宿。今日で三日連続だ。


「はあ……またか」


 路地裏に出現したミラージュ――虚飾の魔物を前に、私は小さくため息をついた。


(まーた虚飾か。なんか自分の出来損ないと戦ってるみたいでイライラするわ)


《お前の場合、マジでそうだからな》


 ポン吉が肩の上でくすくす笑う。


 (なまじ、私優秀すぎるからさ。相手のダメさが際立っちゃうのよ)


 私は虚飾の力を発動させて、ミラージュの仮面を破壊した。幻影が崩れて、魔物が霧散する。


「はい、終わり」


 乙葉が隣で変身を解いた。


「昴、これで今日何体目?」


「えっと……5体目?」


「そっか。まだお昼前なのに結構倒してるね」


 乙葉の声には、どこか疲れが滲んでいた。


(乙葉ちゃん、元気ないな)


《そりゃそうだろ。3日間で30体近く倒してんだぞ》


 私は乙葉の肩に手を置いた。


「大丈夫? 疲れてない?」


「ううん、私は大丈夫。ただ……」


 乙葉は言葉を濁した。


「ただ?」


「なんでもない。次行こう」


 乙葉は無理やり笑顔を作って、歩き出した。


(……嘘だな)


《お前の嘘見てると、他人の嘘が稚拙に見えるな》


 私は乙葉の後を追った。


 夕方、私たちは管理局のビルに戻った。

 今日は合計で8体の魔物を討伐した。すべて深度1だったが、相変わらず数が多すぎる。


「お疲れ様、昴、乙葉」


 根倉局長がロビーで待っていた。


「お疲れ様です」


「今日もご苦労様。報告書は後で良いから、まずは休んで」


「ありがとうございます」


 私たちはエレベーターで上の階へ向かった。


 乙葉の部屋の前で別れようとした時、乙葉が小さく呟いた。


「ねえ、昴」


「ん?」


「知ってはいたけどさ、魔物って……元は人間なんだよね」


 乙葉の言葉に、私は少しだけ胸が痛んだ。


(あー、そういうことか)


《気にしてたんだな》


「そうだね。元は人間だよ」


「じゃあ、私たちは……今日8人を殺してるってこと?」


 乙葉の目には、涙が浮かんでいた。


(うわ、マジで悩んでたんだ)


《お前も少しは考えろよ》


 私は乙葉の頭を優しく撫でた。


「乙葉は優しいね」


「え?」


「でもね、魔物は倒さなきゃ他の人が死ぬんだよ。私たちが倒さなかったら、何十人、何百人って人が犠牲になる」


 私は乙葉の目を真っ直ぐ見た。


「それに、魔物になった人を救うには……殺してあげるしかないんだ。魔物になった人が元に戻る方法はない。だったら、せめて苦しまないように、早く楽にしてあげるのが優しさだと思う」


《お前、よくそんな綺麗事言えるな》


(だって乙葉ちゃん泣きそうじゃん? 慰めるの彼女の仕事でしょ?)


《はいはい》


(まあ、本音を言えば魔物=人間なんてどうでもいいけどね。そんなこと考えてたら、討伐なんてできないし、そもそも魔物になったやつの自業自得っしょ)

 

 乙葉は少し考えてから、小さく頷いた。


「そうだよね。私たちがやらなきゃ、もっと大勢の人が……」


「そう。だから、乙葉は何も悪くないよ。人殺しだなんて思い詰めなくていい」

 

「……ありがとう、昴」


 乙葉は涙を拭って、笑顔を見せた。


「じゃあ、また明日ね」


「うん、また明日」


 乙葉は部屋に入っていった。


 私は自分の部屋に戻りながら、ポン吉に話しかけた。


(ねぇポン吉)


《なんだ?》


(私ってさ)


《ああ》

 

(めっっっっっちゃいい彼女だよね!?)


《え? いやそっち? え? 今完全に、私最低だよね、からの慰める流れだと思ってたわ》


(はあ? 何言ってんの。私が最低なわけなくね? 乙葉ちゃんも立ち直ったし、素敵彼女ムーブも完璧だったじゃん)


《いや、そうなんだけど、そうなんだけど。自分で言ったらダメじゃん》


(ほら、ポン吉だってそう思ってんじゃん)


《そうなんだけど、釈然としねぇ……》


 部屋に戻って、私はベッドに倒れ込んだ。


(はあ……疲れた)


《おう、おつかれ》


(ていうかさ、ポン吉)


《ん?》


(こんなに魔物が発生してて、一般に隠しきれてんの?)


《……確かに。ちょっと見てみようぜ》


 私はスマホを取り出して、SNSをチェックした。


 そして、すぐに異変に気づいた。


(……やばい)


《どうした?》


(見て、これ)


 私がポン吉に見せたのは、あるSNSのトレンドだった。


 そこには「#謎の生物」「#東京で目撃」「#これ何?」といったハッシュタグが並んでいた。


(やばいやばいやばい)


 私は慌ててポストを確認した。


『渋谷で変なの見た。人間なのに顔が仮面で体がガラスみたいになってる』


 添付されている画像には、ミラージュの姿が映っていた。


『新宿でも見た! めっちゃデカい豚みたいなやつ』


 これはオークだ。


『池袋で炎の巨人見た! マジでヤバい!』


 イフリートだ。


(うわあ……全部バレてる)


《これは……まずいな》


 私はさらにスクロールした。


 動画も投稿されている。魔物が暴れている様子や、私たちが討伐している姿まで映っていた。


(ていうか、私たちも映ってるじゃん!)


《顔はぼやけてるから大丈夫だろ》


(いや、大丈夫じゃないでしょ!)


 私は慌てて根倉局長に電話をかけた。


「もしもし、局長ですか? 大変なことになってます!」


『ああ、昴くん。SNSのことだよね。もう把握してるよ』


「把握って……どうするんですか!?」


『今、対策を考えてる。とりあえず、明日の朝に緊急会議をするから、来てくれるかな?』


「分かりました」


 電話を切ると、私はベッドに倒れ込んだ。


(どうしよう……)


《落ち着けって。局長が対策考えてるんだろ?》


(でも、SNSって規制できないじゃん。テレビやラジオなら政府が圧力かければなんとかなるけど、個人が発信する情報は止められない)


《……確かに》


 私はスマホを見つめた。


 タイムラインには、次々と魔物の目撃情報が流れてくる。


(これ、マジでやばいかも)


《お前が言うと、本当にやばく聞こえるからやめろ》


(いや、本当にやばいって! このままじゃ、魔物の存在が世界中にバレるよ!)


《それはそれで、何か変わるのか?》


(変わるよ! だって、人間が魔物になるって知ったら……)


 私は言葉に詰まった。


(もし、一般の人が「人間は魔物になる」って知ったら……恐怖や疑心暗鬼で、もっと魔物が増えるかもしれない。そしたら……)


《そしたら?》


(私の仕事が増える)

 

《……最悪のシナリオだな》


(だよね)


 私はため息をついて、スマホを置いた。


(明日の会議で、なんとかなるといいけど)


《正直話し合ったところでどうにかなるもんじゃないよな》


(それすぎる)


《……珍しく弱気だな》


(私がテレビに出て、大丈夫って言えばワンチャンあるか……?)


 私は天井を見つめた。


《真面目に考えてるとこ悪いけど、お前がテレビ出て意味あんのかよ》


(超絶イケメン、天才半魔が守るので大丈夫って言えば安心でしょ?)


 翌朝、私は会議室にいた。


 本部の全員が揃っている。みんな、深刻な表情をしていた。


「さて、皆も知っての通り、魔物の存在がSNSで拡散されてる」


 根倉局長が資料を配った。


「これは昨夜の時点でのポスト数とリポスト数。合計で10万件を超えてる」


「10万!?」


 烈志が驚いて声を上げた。


「しかも、これは日本国内だけの数字。海外にも広まり始めてる」


「どうするんですか?」


 誇が尋ねた。


「政府と相談した結果……テレビやラジオでの報道は規制する。でも、SNSは無理だ」


 根倉局長は深刻な表情で続けた。


「個人が発信する情報を、すべて削除することはできない。削除しても、また誰かが投稿する。イタチごっこになるだけだ」


「じゃあ、どうするんですか?」


 乙葉が不安そうに尋ねた。


 根倉局長は少し考えてから、答えた。


「隠すのではなく……公表する段階に来てるのかもしれないね」


 会議室に重い沈黙が落ちた。


「公表って……魔物の存在を、正式に発表するってことですか?」


 私が尋ねると、根倉局長は頷いた。


「そう。このまま隠し続けても、いずれバレる。それなら、正式に発表して、パニックを最小限に抑える方が良いかもしれない」


「でも、それって……」


 誇が言葉を濁した。


「人々が恐怖で魔物化するリスクがある。分かってる。でも、このまま隠し続けるリスクの方が大きい」


 根倉局長は立ち上がった。


「今日の午後、政府と最終調整をする。もし公表することになったら、私たちの活動も大きく変わる。覚悟しておいて」


「……了解しました」


 私たちは重い空気のまま、会議室を出た。


 廊下を歩きながら、私はポン吉に話しかけた。


(ねえ、ポン吉)


《ん?》


(魔物の存在が公表されたら、どうなると思う?)


《さあな。でも、確実にパニックは起きるだろうな。だけど政府が騙してた、隠してたってのが発覚するよりはマシだろうさ》


(そう……だよね。どっちにしても仕事増えるんだからこっちの方がマシか……)


《お前のその、自己中加減素晴らしいな》


 私はため息をついた。


(褒めてくれてありがと。この先ほんと思いやられるよ)


《いや、褒めてねぇよ? 嫌味だよ?》


(またまたー)


《いや、もう、おま……はぁ。ほんと可愛いなお前》


 ポン吉の言葉に、私は少しだけ元気が出た。


(にひひ)


《呆れ返ってるだけだよ。ほら昼飯食いに行くぞ。腹減った》


(ポン吉、食べないじゃん)


《雰囲気を味わうんだよ》


 その時、乙葉が声をかけてきた。


「昴、お昼一緒に食べない?」


「あ、うん。行く行く」


 私は乙葉と一緒に食堂に向かった。


(とりあえず、今は目の前のことを一つずつやるしかないか)


《その通り。面倒くさくてもやれば終わるさ》


(だね)


《心配すんな。お前には俺がいるんだから》


 ポン吉の言葉に、私は心の中で笑った。


(そうだね。ポン吉がいればなんとかなるか)


《当たり前だろ》


 私は乙葉と並んで歩きながら、少しだけ前向きになれた。


 でも、心の奥底では、嫌な予感がしていた。


 これから、何かが大きく変わる。そんな予感が。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ