加速
私は昨日と同じように魔物討伐に出動していた。
場所は新宿。今日で三日連続だ。
「はあ……またか」
路地裏に出現したミラージュ――虚飾の魔物を前に、私は小さくため息をついた。
(まーた虚飾か。なんか自分の出来損ないと戦ってるみたいでイライラするわ)
《お前の場合、マジでそうだからな》
ポン吉が肩の上でくすくす笑う。
(なまじ、私優秀すぎるからさ。相手のダメさが際立っちゃうのよ)
私は虚飾の力を発動させて、ミラージュの仮面を破壊した。幻影が崩れて、魔物が霧散する。
「はい、終わり」
乙葉が隣で変身を解いた。
「昴、これで今日何体目?」
「えっと……5体目?」
「そっか。まだお昼前なのに結構倒してるね」
乙葉の声には、どこか疲れが滲んでいた。
(乙葉ちゃん、元気ないな)
《そりゃそうだろ。3日間で30体近く倒してんだぞ》
私は乙葉の肩に手を置いた。
「大丈夫? 疲れてない?」
「ううん、私は大丈夫。ただ……」
乙葉は言葉を濁した。
「ただ?」
「なんでもない。次行こう」
乙葉は無理やり笑顔を作って、歩き出した。
(……嘘だな)
《お前の嘘見てると、他人の嘘が稚拙に見えるな》
私は乙葉の後を追った。
夕方、私たちは管理局のビルに戻った。
今日は合計で8体の魔物を討伐した。すべて深度1だったが、相変わらず数が多すぎる。
「お疲れ様、昴、乙葉」
根倉局長がロビーで待っていた。
「お疲れ様です」
「今日もご苦労様。報告書は後で良いから、まずは休んで」
「ありがとうございます」
私たちはエレベーターで上の階へ向かった。
乙葉の部屋の前で別れようとした時、乙葉が小さく呟いた。
「ねえ、昴」
「ん?」
「知ってはいたけどさ、魔物って……元は人間なんだよね」
乙葉の言葉に、私は少しだけ胸が痛んだ。
(あー、そういうことか)
《気にしてたんだな》
「そうだね。元は人間だよ」
「じゃあ、私たちは……今日8人を殺してるってこと?」
乙葉の目には、涙が浮かんでいた。
(うわ、マジで悩んでたんだ)
《お前も少しは考えろよ》
私は乙葉の頭を優しく撫でた。
「乙葉は優しいね」
「え?」
「でもね、魔物は倒さなきゃ他の人が死ぬんだよ。私たちが倒さなかったら、何十人、何百人って人が犠牲になる」
私は乙葉の目を真っ直ぐ見た。
「それに、魔物になった人を救うには……殺してあげるしかないんだ。魔物になった人が元に戻る方法はない。だったら、せめて苦しまないように、早く楽にしてあげるのが優しさだと思う」
《お前、よくそんな綺麗事言えるな》
(だって乙葉ちゃん泣きそうじゃん? 慰めるの彼女の仕事でしょ?)
《はいはい》
(まあ、本音を言えば魔物=人間なんてどうでもいいけどね。そんなこと考えてたら、討伐なんてできないし、そもそも魔物になったやつの自業自得っしょ)
乙葉は少し考えてから、小さく頷いた。
「そうだよね。私たちがやらなきゃ、もっと大勢の人が……」
「そう。だから、乙葉は何も悪くないよ。人殺しだなんて思い詰めなくていい」
「……ありがとう、昴」
乙葉は涙を拭って、笑顔を見せた。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
乙葉は部屋に入っていった。
私は自分の部屋に戻りながら、ポン吉に話しかけた。
(ねぇポン吉)
《なんだ?》
(私ってさ)
《ああ》
(めっっっっっちゃいい彼女だよね!?)
《え? いやそっち? え? 今完全に、私最低だよね、からの慰める流れだと思ってたわ》
(はあ? 何言ってんの。私が最低なわけなくね? 乙葉ちゃんも立ち直ったし、素敵彼女ムーブも完璧だったじゃん)
《いや、そうなんだけど、そうなんだけど。自分で言ったらダメじゃん》
(ほら、ポン吉だってそう思ってんじゃん)
《そうなんだけど、釈然としねぇ……》
部屋に戻って、私はベッドに倒れ込んだ。
(はあ……疲れた)
《おう、おつかれ》
(ていうかさ、ポン吉)
《ん?》
(こんなに魔物が発生してて、一般に隠しきれてんの?)
《……確かに。ちょっと見てみようぜ》
私はスマホを取り出して、SNSをチェックした。
そして、すぐに異変に気づいた。
(……やばい)
《どうした?》
(見て、これ)
私がポン吉に見せたのは、あるSNSのトレンドだった。
そこには「#謎の生物」「#東京で目撃」「#これ何?」といったハッシュタグが並んでいた。
(やばいやばいやばい)
私は慌ててポストを確認した。
『渋谷で変なの見た。人間なのに顔が仮面で体がガラスみたいになってる』
添付されている画像には、ミラージュの姿が映っていた。
『新宿でも見た! めっちゃデカい豚みたいなやつ』
これはオークだ。
『池袋で炎の巨人見た! マジでヤバい!』
イフリートだ。
(うわあ……全部バレてる)
《これは……まずいな》
私はさらにスクロールした。
動画も投稿されている。魔物が暴れている様子や、私たちが討伐している姿まで映っていた。
(ていうか、私たちも映ってるじゃん!)
《顔はぼやけてるから大丈夫だろ》
(いや、大丈夫じゃないでしょ!)
私は慌てて根倉局長に電話をかけた。
「もしもし、局長ですか? 大変なことになってます!」
『ああ、昴くん。SNSのことだよね。もう把握してるよ』
「把握って……どうするんですか!?」
『今、対策を考えてる。とりあえず、明日の朝に緊急会議をするから、来てくれるかな?』
「分かりました」
電話を切ると、私はベッドに倒れ込んだ。
(どうしよう……)
《落ち着けって。局長が対策考えてるんだろ?》
(でも、SNSって規制できないじゃん。テレビやラジオなら政府が圧力かければなんとかなるけど、個人が発信する情報は止められない)
《……確かに》
私はスマホを見つめた。
タイムラインには、次々と魔物の目撃情報が流れてくる。
(これ、マジでやばいかも)
《お前が言うと、本当にやばく聞こえるからやめろ》
(いや、本当にやばいって! このままじゃ、魔物の存在が世界中にバレるよ!)
《それはそれで、何か変わるのか?》
(変わるよ! だって、人間が魔物になるって知ったら……)
私は言葉に詰まった。
(もし、一般の人が「人間は魔物になる」って知ったら……恐怖や疑心暗鬼で、もっと魔物が増えるかもしれない。そしたら……)
《そしたら?》
(私の仕事が増える)
《……最悪のシナリオだな》
(だよね)
私はため息をついて、スマホを置いた。
(明日の会議で、なんとかなるといいけど)
《正直話し合ったところでどうにかなるもんじゃないよな》
(それすぎる)
《……珍しく弱気だな》
(私がテレビに出て、大丈夫って言えばワンチャンあるか……?)
私は天井を見つめた。
《真面目に考えてるとこ悪いけど、お前がテレビ出て意味あんのかよ》
(超絶イケメン、天才半魔が守るので大丈夫って言えば安心でしょ?)
翌朝、私は会議室にいた。
本部の全員が揃っている。みんな、深刻な表情をしていた。
「さて、皆も知っての通り、魔物の存在がSNSで拡散されてる」
根倉局長が資料を配った。
「これは昨夜の時点でのポスト数とリポスト数。合計で10万件を超えてる」
「10万!?」
烈志が驚いて声を上げた。
「しかも、これは日本国内だけの数字。海外にも広まり始めてる」
「どうするんですか?」
誇が尋ねた。
「政府と相談した結果……テレビやラジオでの報道は規制する。でも、SNSは無理だ」
根倉局長は深刻な表情で続けた。
「個人が発信する情報を、すべて削除することはできない。削除しても、また誰かが投稿する。イタチごっこになるだけだ」
「じゃあ、どうするんですか?」
乙葉が不安そうに尋ねた。
根倉局長は少し考えてから、答えた。
「隠すのではなく……公表する段階に来てるのかもしれないね」
会議室に重い沈黙が落ちた。
「公表って……魔物の存在を、正式に発表するってことですか?」
私が尋ねると、根倉局長は頷いた。
「そう。このまま隠し続けても、いずれバレる。それなら、正式に発表して、パニックを最小限に抑える方が良いかもしれない」
「でも、それって……」
誇が言葉を濁した。
「人々が恐怖で魔物化するリスクがある。分かってる。でも、このまま隠し続けるリスクの方が大きい」
根倉局長は立ち上がった。
「今日の午後、政府と最終調整をする。もし公表することになったら、私たちの活動も大きく変わる。覚悟しておいて」
「……了解しました」
私たちは重い空気のまま、会議室を出た。
廊下を歩きながら、私はポン吉に話しかけた。
(ねえ、ポン吉)
《ん?》
(魔物の存在が公表されたら、どうなると思う?)
《さあな。でも、確実にパニックは起きるだろうな。だけど政府が騙してた、隠してたってのが発覚するよりはマシだろうさ》
(そう……だよね。どっちにしても仕事増えるんだからこっちの方がマシか……)
《お前のその、自己中加減素晴らしいな》
私はため息をついた。
(褒めてくれてありがと。この先ほんと思いやられるよ)
《いや、褒めてねぇよ? 嫌味だよ?》
(またまたー)
《いや、もう、おま……はぁ。ほんと可愛いなお前》
ポン吉の言葉に、私は少しだけ元気が出た。
(にひひ)
《呆れ返ってるだけだよ。ほら昼飯食いに行くぞ。腹減った》
(ポン吉、食べないじゃん)
《雰囲気を味わうんだよ》
その時、乙葉が声をかけてきた。
「昴、お昼一緒に食べない?」
「あ、うん。行く行く」
私は乙葉と一緒に食堂に向かった。
(とりあえず、今は目の前のことを一つずつやるしかないか)
《その通り。面倒くさくてもやれば終わるさ》
(だね)
《心配すんな。お前には俺がいるんだから》
ポン吉の言葉に、私は心の中で笑った。
(そうだね。ポン吉がいればなんとかなるか)
《当たり前だろ》
私は乙葉と並んで歩きながら、少しだけ前向きになれた。
でも、心の奥底では、嫌な予感がしていた。
これから、何かが大きく変わる。そんな予感が。




