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ある日のバッティングセンター

 日曜の午後、赤城烈志はジャージ姿で街のバッティングセンターにいた。


 久々の休日。普段は管理局での訓練や魔物討伐で体を動かしているが、たまには違う形で汗を流すのも悪くない。何より、頭を空っぽにしてバットを振るのは気持ちがいい。


「よっしゃああああ!」


 烈志の全身全霊のスイングが炸裂した。カキィィィンと金属音が響き渡る。白球が弾丸のように飛んでいき、ネットに突き刺さった。


「ナイスバッティング!」


 隣の打席にいた中学生くらいの少年が目を輝かせて叫んだ。烈志はニカッと笑って親指を立てた。


「おう、ありがとな!」


 少年は興奮した様子で友達に話しかけている。


「見た? 今のスイング! プロみたいだった!」


 烈志は満足げに頷き、次の球を待った。マシンから放たれる球を次々と打ち返す。額に汗が滲み、握るバットが手に馴染んでくる。シャツが汗で肌に張り付き、呼吸が荒くなってくる。


 指先には既にマメができていた。だが、それも悪くない。痛みすら心地よい。戦闘訓練とは違う、純粋に体を動かす快感がそこにあった。


「この感じ、久しぶりだな」


 烈志は高校時代を思い出した。野球部ではなかったが、体育の授業でバッティングをするのは好きだった。当時から「お前、野球やれよ」とよく言われたものだ。


 だが烈志は野球には興味がなかった。チームプレーも嫌いじゃないが、自分の拳一つで戦う方が性に合っていた。だからこそ格闘技の道を選び、そして今、半魔として戦っている。


 それでも、たまにこうしてバットを振るのは楽しい。


 しばらく打ち続けていると、隣の打席から妙にいい音が響いてきた。


 カキィィィィン!


 烈志がさっき打った球よりも、さらに鋭い音だった。思わず手を止めて振り向く。


 隣の打席には、見覚えのある人物がいた。薄手のトレーナー姿、髪を後ろで高く結び、真剣な眼差しでバットを構えている。その姿勢は完璧で、無駄がない。


「……紅蓮寺、灯?」


 三毒会の憤怒の半魔である紅蓮寺灯だった。


 灯も烈志に気づいた。一瞬だけ目を見開いたが、すぐに無表情に戻った。


「赤城か」


「お前、なんでここに」


 烈志は警戒した。三毒会と管理局は敵対関係だ。こんな場所で出くわすとは思わなかった。


「人を殴るよりバット振る方が安全だろ?」


「意味わかんねぇ」


 烈志は呆れたように言った。灯は肩をすくめた。


「偶然、偶然。私だってストレス発散したい時はある。文句ある?」


「ねぇよ」


 二人は無言で向き合った。周囲の空気が少しだけ張り詰める。バッティングセンターの喧騒が遠くなり、二人の間だけが静寂に包まれたような錯覚に陥る。


 だが、どちらも戦う気はなかった。今日は休日だ。わざわざトラブルを起こす必要はない。それに、ここは一般人もいる場所だ。


 烈志は再び自分の打席に戻り、バットを構えた。灯も同じように打席に戻った。


 二人は無言でバットを振り続けた。


 カキィン、カキィン、カキィン。


 二つの打席から、交互に金属音が響く。まるでリズムを刻むように、規則正しく。


 周囲の客たちが徐々に二人の打席に注目し始めた。


「なぁ、あの二人すごくない?」


「マジで。打球の速度が尋常じゃない」


「プロかな?」


 店員も驚いた顔で二人を見ていた。



 しばらくして、烈志は灯のフォームが気になり始めた。


 悪くはない。むしろ、かなり良い。無駄のない動き、完璧なタイミング、体幹のブレなさ。だが、細かい部分で改善の余地がある気がした。


 烈志は格闘技一筋で生きてきたが、体の使い方には自信がある。パンチもキックも、そしてバットのスイングも、根本は同じだ。腰の回転、体重移動、インパクトの瞬間。


「なぁ」


 烈志は声をかけた。灯が振り向く。その表情は無表情だが、目には警戒心が宿っている。


「何?」


「肘、少し上げた方がスイング早くなるぞ。あとな、腰の回転をもうちょい使え。お前、上半身だけで打ってる」


 灯は眉をひそめた。


「上から目線で、経験者取りですか?」


「いや、部活とかやってねぇけどな。ただの助言だ」


 烈志はにやりと笑った。灯は少しムッとした表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「……ありがとう。でも、私は私のやり方でやるから」


「おう、好きにしろ」


 烈志はそう言って、再びバットを振った。


 だが、灯は烈志の言葉を無視しなかった。次のスイングで、微妙に肘の位置を調整し、腰の回転を意識した。


 カキィィィン!


 さっきより明らかに鋭い音が響いた。打球の速度が一段階上がっている。


 烈志はそれに気づき、ニヤリと笑った。


「どうだ、良くなっただろ?」


「……黙って」


 灯は顔を背けたが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。


 烈志は満足そうに頷いた。素直じゃないが、ちゃんとアドバイスを受け入れる。そういうところは嫌いじゃない。


 それからしばらくして、烈志はふと思いついた。


「なぁ、灯」


「何?」


「どっちが先にホームラン当てるか勝負しねぇか?」


 烈志は挑戦的な笑みを浮かべた。灯は少し考えてから、頷いた。


「いいね。負けないけど」


「おう、やってやる」


 二人は隣同士の打席に並んだ。周囲の客たちがざわめいた。


「勝負するらしいぞ」


「マジで? 面白そう」


 烈志はマシンの速度を120kmに設定した。灯も同じように速度を上げる。


「じゃあ、行くぜ」


「こっちも準備できてる」


 マシンが起動し、球が飛んでくる。


 烈志は全力でスイングした。カキィンと音が響き、球が高く飛んでいく。放物線を描いて上昇し――だが、ネットの手前で失速した。


「ちっ、惜しい」


 灯も同じように打った。球は烈志のものより少し高く飛んだが、やはりホームランには届かなかった。


「まだまだね」


「お前もな」


 二人は次々と球を打ち続けた。120km、130km、140km。速度が上がるたびに、二人の集中力も高まっていく。


 烈志は冷静な分析など捨て、感覚だけでバットを振った。力とタイミングだけが全てだ。体が覚えている。球の軌道、速度、タイミング。全てを感覚で捉え、ただ振り抜く。


 灯は逆に、打球の回転や角度を冷静に分析し、少しずつフォームを調整していた。一球ごとに修正を加え、完璧なスイングを目指している。


 そして――。


 150kmの速度。灯がバットを構える。マシンから球が飛び出した瞬間、灯の体が動いた。


 カキィィィィン!


 完璧なインパクト。球は一直線に飛び、ネットの最上部に突き刺さった。


「ホームラン!」


 周囲から歓声が上がった。灯は小さくガッツポーズをした。


「やった!」


 烈志は舌打ちした。


「ちっ、やられた」


「残念だったな」


 灯は得意げに笑った。その表情は普段の無表情とは違い、少女らしい純粋な喜びに満ちていた。


 烈志はムキになった。負けるのは嫌いだ。それに、灯のあの笑顔を見て、なぜか悔しさが倍増した。


「じゃあ次はフルスイング対決だ! どっちが一番遠くまで飛ばせるか!」


「勝手にルール増やすな!」


 灯が抗議したが、烈志は構わずマシンの速度をさらに上げた。160km。


「文句言ってねぇで、やれよ」


「……わかった」


 灯も負けじとマシンの速度を上げた。


 二人は笑いながら、全力でバットを振り続けた。


 カキィン、カキィン、カキィン。


 二つの打席から、激しい金属音が連続して響く。もはやリズムなど関係ない。ただ全力で、全身全霊で、バットを振り抜く。


 周囲の客たちは完全に二人の勝負に釘付けになっていた。


「すげぇ……」


「あれ、本当に一般人?」


 中学生の少年が父親に尋ねた。


「お父さん、あの人たちプロだよね?」


「……いや、一般客だって店員さんが言ってたけど」


「嘘でしょ……」


 最終ラウンド。速度180km。


 烈志と灯は同時にコインを入れた。二つのマシンが同時に起動する。


「おいおい、同時かよ」


「そっちが先に入れたんでしょ」


「お前もだろうが」


 二人は顔を見合わせた。そして、同時に笑った。


「バカかお前!」


「そっちこそ!」


 マシンから球が飛び出した。二人は同時にバットを振った。


 全身の筋肉が爆発する。腰の回転、体重移動、腕の振り、全てが完璧に連動する。バットが球を捉えた瞬間、まるで時間が止まったかのような感覚に陥る。


 そして――。


 カキィィィィィィン!


 二つの金属音が重なり、一つの轟音となった。


 二つの打球が同時に飛び出した。まるで鏡合わせのように、全く同じ軌道で飛んでいく。上昇し、放物線を描き、そして――。


 天井ネットの同じ地点に突き刺さった。


 一瞬の静寂。


 そして、周囲から爆発的な拍手とどよめきが起こった。


「すげぇ!」


「完全にシンクロしてる!」


「同じ場所に! 同じタイミングで!」


 中学生の少年は興奮のあまり飛び跳ねていた。


「お父さん! 見た!? 今の見た!?」


「……ああ、見た。信じられない」


 店員も呆然とした表情で二人を見ていた。


 烈志は息を切らしながら、灯を見た。灯も同じように息を切らしていた。二人とも汗だくで、髪が額に張り付いている。


「……おい、今の見たか?」


「見た。悔しいけど綺麗に揃ったね」


 二人は汗だくのまま、笑った。


「あれだな、戦場でも意外と息合いそうだ」


「嫌だね。先鋒争いになる」


「だろうな。お前、譲らなさそうだし」


「そっちこそ。熱くなって真っ先に突っ込むタイプでしょ」


「うるせぇ」


 二人は声を上げて笑った。


 周囲の客たちも笑顔で拍手を続けていた。敵同士だということなど、誰も知らない。ただ、二人の素晴らしいバッティングに感動していた。


 バッティングセンターを出た後、二人は自販機の前に立った。


 灯は無言で硬貨を入れ、缶コーヒーを二本買った。一本を烈志に差し出す。


「お、気が利くじゃねぇか」


「勝負に引き分けた相手には敬意くらい払うわ」


 烈志は缶コーヒーを受け取り、プルタブを開けた。灯も同じように開ける。


 二人は無言でコーヒーを飲んだ。涼しい風が吹いていた。夕暮れが近づき、空はオレンジ色に染まり始めている。


「……しかしお前、やっぱ強ぇな」


 烈志は素直に言った。灯は少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。


「褒め言葉として受け取っておく」


「おう。お前となら、本気で殴り合えそうだ」


「それは嬉しく感じないな」


 灯は苦笑いした。烈志も笑い返した。


 二人はしばらく無言でコーヒーを飲み続けた。


「なぁ、灯」


「何?」


「お前、なんで三毒会に入ったんだ?」


 烈志の質問に、灯は少し考えてから答えた。


「……管理局が嫌いだから」


「それだけか?」


「聞きたいの? 聞かせてあげようか? 管理局に拘束されて、ただ魔物を倒すだけの兵器として運用されることに嫌気がさしたって言えば満足か?」


 灯の言葉に、烈志は頷いた。


「そうか……知らなかったとは言え、すまなかった」


「まあ過ぎた話だ。今更どうこう想ってもない。こっちこそ当てつけみたいに言って悪かったな。多分お前が入る前のことだし、知らなくて当然だ」


「そうか。お前が抜けて幸せに慣れているなら何よりだ」


 二人は再び無言になった。だが、その沈黙は不快ではなかった。


 灯が口を開いた。


「赤城」


「ん?」


「あんた、管理局にいる奴にしてはいい奴だな」


「お前も三毒会にしては、話のわかる奴だ」


「「でも、管理局(三毒会)の仲間を傷つけたら容赦しないぞ」」


 2人の言葉が見事にハモリ、どちらともなく吹き出してしまう。

 

「おう。そん時は容赦しねぇぞ」


「こっちのセリフだ」


 そして、バッティングセンターの出口へ歩き始めた。


 その後ろで、店員たちがヒソヒソと話していた。


「なぁ、さっきの二人、カップルか?」


「いや、どっちも打球やばかったな。アスリートかな」


「でも、最後仲良くコーヒー飲んでたぞ」


「……たぶんアスリート同士のカップルってやつだ」


 烈志と灯は同時に振り向いた。


「「はあ!? カップルじゃねぇし」」


 二人の声が完璧にハモった。


 店員たちは慌てて視線を逸らした。


 烈志と灯は顔を見合わせ、再び笑った。


「じゃあな、灯。またな」


「またね、赤城。次は負けないから」


「おう、こっちもだ」


 二人は別々の方向へ歩き出した。


 夕日が二人の背中を照らしていた。


 金属バットがカランと転がる音が、静かな夕暮れの空に響いた。


 ……勝気な女も悪くないなぁと、烈志は思ったのだった。



違うんです、無理矢理カップリングしたいわけじゃないんです。脳内で勝手に2人が遭遇しちゃったんです。

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