昴は最強
満腹乙葉は、管理局のビルの自室で鏡の前に立っていた。狩野との戦いから一週間が経ち、体の傷はほぼ完治していた。だが、心の傷はまだ完全には癒えていない。それでも今日は特別な日だった。
昴と、恋人になってから初めてのデート。
乙葉は何度も服を着替えていた。ワンピース、スカート、カーディガン。どれも可愛いけれど、何かが違う気がする。
「どうしよう、昴に可愛いって思ってもらえるかな」
鏡に映る自分を見つめながら、乙葉は頬を染めた。昴は今日、本当の姿でデートに来てくれる。女性としての姿で。
周囲には「罰ゲームで女装させる」というカバーストーリーを流していた。だが真実は違う。乙葉が昴の本来の姿でデートがしたいと願ったからだ。
結局、淡いピンク色のワンピースに白いカーディガンを羽織ることにした。髪には小さなリボンをつけて、少しだけお化粧もした。
「よし、準備完了」
乙葉は携帯で時間を確認した。待ち合わせまであと十分。場所は管理局ビルの一階ロビーだ。
部屋を出ようとした時、携帯が鳴った。昴からのメッセージだった。
『もう準備できてる? 私、すっごく緊張してる』
乙葉は思わず微笑んだ。久しぶりに本来の格好をするから緊張しているんだ。それが自分の為であるというのが嬉しかった。
『昴の姿を見れるのが楽しみ!』
返信を送ってから、乙葉は深呼吸をして部屋を出た。
エレベーターで一階に降りる間、心臓が早鐘のように打っていた。ドアが開くと、ロビーには既に何人かの局員がいた。
その中に、見慣れない女性の姿があった。
ショートカットの黒髪、すらりとした体型、清楚な雰囲気の白いブラウスにネイビーのスカート。だが、その顔立ちはよく見た人物で——。
「昴?」
乙葉が驚いて声を上げると、その女性がこちらを向いた。間違いない、昴だった。
「待った?」
「ううん、今来たとこ」
漫画のようなやり取りをして、昴が照れくさそうに笑う。その笑顔は、いつもの昴とは少し違って見えた。柔らかく、優しく、そして美しかった。
「す、すごい……本当に女の子みたい……って女の子か」
乙葉が呟くと、昴は苦笑いした。
「そんな、まじまじと見られると恥ずかしいよ」
その時、ロビーにいた他の局員たちも昴に気づいた。
「うわ、マジで女装してる」
「罰ゲームって聞いてたけど、ガチだったんだ」
赤城烈志が驚いた顔で近づいてきた。
「昴、お前……女だったのか!? ……って女装だったよな、あまりの完成度に女かと思っちまった」
烈志の言葉に、周囲の局員たちも同意するように頷いた。
「っていうか、普通に美人じゃん。俺……アリだわ」
「罰ゲームのレベル超えてない? 付いててもいいから付き合いたいレベル」
乙葉に対しての態度とは打って変わって、さも当然かのように振る舞う。私がやるのだから当然可愛いとでもいうかのように。
「ありがとうございます。やるからには全力でやらないとですからね」
その時、ちょうどエレベーターから高城誇が降りてきた。誇は昴の姿を見て、一瞬だけ目を見開いた。
「……昴か。誰かわからなかった」
「誇さん、おはようございます」
昴が挨拶すると、誇は少しだけ表情を緩めた。
「よく似合ってるな。だが、気をつけろ」
「え?」
「その姿で街を歩くなら、男とは違った視線にさらされる。女だけだからと声をかけてくる輩もいるかもしれない。気をつけろ」
誇の言葉に、昴は真面目に頷いた。
「はい、ありがとうございます」
烈志が二人の間に割って入った。
「まあまあ、デートなんだから。楽しんでこいよ。もう付き合ってんだろ?」
「な、なんで知ってるんですか!?」
乙葉が慌てて言うと、烈志はにやりと笑った。
「カマかけてみたんだが、正解だったか」
烈志はくっくっくと笑うと去っていった。
乙葉と昴は周囲の視線から逃れるように、ビルの外に出た。
「ふう、やっぱりみんなからかってくるね」
昴が大きく息を吐く。
「だって、本当に素敵だもん。私の彼女が綺麗すぎるって世界に自慢したいくらい」
乙葉が素直に言うと、昴は照れくさそうに髪を触った。
「ありがとう。中学生の時以来かな、女の子として外に出るの。……どう? ちゃんと彼女にしたくなる女に見えてる?」
昴の素直な言葉に、乙葉の心が温かくなった。
「うん、自慢したくなるくらい。さあ、行こう」
「そうだね」
二人は並んで歩き始めた。街は休日で賑わっており、カップルや家族連れが多かった。
「どこに行きたい?」
乙葉が尋ねると、昴は少し考えてから答えた。
「乙葉が行きたいところでいいよ」
「じゃあ、ショッピングモール行こうよ。服とか見たい」
「いいね」
二人はショッピングモールに向かった。道中、昴は時々周囲を気にしているようだった。
「大丈夫?」
「うん。ただ、この視線懐かしいなぁって思って」
確かに、昴の美しい姿には多くの視線が向けられていた。男性だけでなく、女性からも注目されている。
「昴、本当に綺麗だもん」
乙葉が言うと、昴は恥ずかしそうに笑った。
「乙葉だって可愛いよ。そのワンピース、すごく似合ってる」
お互いを褒め合いながら、二人はショッピングモールに到着した。
中に入ると、様々な店が並んでいた。服飾店、雑貨店、カフェ、レストラン。
「まずは服を見に行こうか」
乙葉が提案すると、昴は少し戸惑った様子を見せた。
「私、部屋で1人で楽しむことしかしてなかったから……嬉しい」
「良かった、一緒に選ぼう」
二人は服飾店に入った。色とりどりの服が並んでおり、乙葉は目を輝かせた。
「このワンピース可愛い」
「本当だ。乙葉に似合いそう」
乙葉が服を手に取ると、店員が近づいてきた。
「試着されますか?」
「はい、お願いします」
乙葉は試着室に入り、ワンピースを着てみた。鏡に映る自分を見て、満足そうに微笑む。
試着室から出ると、昴が待っていた。
「どう?」
「すごく可愛い。絶対買った方がいいよ」
昴の言葉に、乙葉は嬉しくなった。
「昴も何か試着してみたら?」
「え、私?」
「うん。今日は女の子なんだから着てみたらいいよ!」
昴は少し迷ってから、頷いた。
「じゃあ、これ試してみようかな」
昴が手に取ったのは、シンプルな黒のワンピースだった。
昴が試着室に入り、しばらくして出てきた時、乙葉は息を呑んだ。
「昴……」
黒のワンピースが昴の体型に完璧にフィットしており、その美しさが際立っていた。
「どう? 見惚れちゃった?」
「うん……すごく綺麗」
乙葉が正直に言うと、昴は照れくさそうに笑った。
「ありがとう。……じゃあ、ちゃんと捕まえておいてね?」
昴は通り過ぎたカップルにちらりと目をやり、口元だけで笑った。
男女のカップル両方が、昴に見惚れといたからだ。
「そうだね。ちゃあんとこの手で握っておかないとね」
乙葉は、変身すれば魔物を握り潰すことのできる、その手を昴の前で、ヒラヒラさせた。
二人はじゃれあいをしながら、それぞれ服を購入すると店を出た。
「次はどこ行く?」
「カフェでお茶しない?」
「いいね」
二人はカフェに入り、窓際の席に座った。乙葉はケーキセット、昴はコーヒーを注文した。
「昴」
「ん?」
「今日は誘ってくれてありがとう」
乙葉が言うと、昴は微笑んだ。
「私こそ、来てくれてありがとう」
しばらく沈黙が続いた後、乙葉が口を開いた。
「昴は、今の生活どう? 女の子なのに男装して、大変じゃない?」
昴は少し考えてから答えた。
「確かに大変なこともあるけど、もう慣れたかな。それに……乙葉が受け入れてくれたから、全部もう大丈夫」
「私は昴のことが好きだから。そりゃあ女の子って知った時はびっくりしたけど、女の子でもちゃんと好きだよ」
乙葉の言葉に、昴の表情が柔らかくなった。
「嬉しい。本当に」
注文した品が運ばれてきた。乙葉はケーキを嬉しそうに食べ始めた。
「美味しい! 昴も食べる?」
「じゃあ、ちょっとだけ」
乙葉がフォークでケーキを取り、昴に差し出した。昴は少し恥ずかしそうにそれを食べた。
「本当に美味しいね」
「でしょ?」
二人は楽しく会話をしながら、ゆったりとした時間を過ごした。
カフェを出た後、二人は公園を散策した。天気が良く、多くの人が公園でくつろいでいた。
「ねえ昴」
「ん?」
「これからも、ずっとこうやって一緒に過ごせると良いね」
乙葉の質問に、昴は優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。私たち、恋人なんだから。それに魔物が来ても私達なら大丈夫。なんてったって」
「「深度3も倒しちゃったからね」」
2人同時に言ったその言葉に、乙葉は思わず笑って昴の方を見る。
昴も同じように笑って乙葉を見ていた。
乙葉は自然と昴の手を取る。
「ふふふ、ハモったね」
昴も乙葉の手を握り返した。
「だね」
二人は手を繋ぎながら、公園をゆっくりと歩いた。周囲からは、幸せそうなカップルに見えていたことだろう。
夕方になり、二人は管理局のビルに戻ることにした。
「今日は楽しかったね」
乙葉が言うと、昴は満面の笑みを浮かべた。
「うん、本当に楽しかった。また一緒に出かけようね」
「うん!」
ビルのロビーに着くと、再び烈志と遭遇した。
「おかえり。どうだった、デート?」
烈志がにやにやしながら尋ねる。
「今度は私が男になってやっても良いかもですねー」
乙葉が惚気た声で言うと、烈志もたじろぐ。
「そ、そうか。ところで昴、その格好もいいけど、やっぱり普段の格好の方が落ち着くぜ。ちょっとガチすぎて視線の置き場に困る」
烈志の言葉に、昴は胸を反ってニヤリとする。
「ありがとうございます。好きなだけご覧になってどうぞ? お触りは厳禁ですよ?」
「男なんか、触るかい!」
そう言い捨てて烈志は去っていった。
二人はエレベーターで上の階へ向かった。乙葉の部屋の前で、昴が立ち止まった。
「今日は本当にありがとう」
「こちらこそ。楽しかったよ」
乙葉が微笑むと、昴も微笑み返した。
「また明日ね」
「うん、また明日」
二人は別れ、それぞれの部屋に戻った。
部屋に入った乙葉は、ベッドに倒れ込んだ。
「楽しかった……昴ってホントにドラマの世界から出てきた人みたい」
今日一日のことを思い返しながら、乙葉は幸せな気持ちに浸っていた。昴との関係は、これからもっと深まっていくだろう。そう確信できる、素晴らしい一日だった。




