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ある魔物、あるいは半魔の記憶

 俺の名前は狩野貪。今になって思えば、最初から強欲なんて言葉が似合う人生だったのかもしれない。けど当時は、ただ必死だった。ただ一人の妹――優香の命を繋ぐため、ただそれだけを考えて生きていた。


 優香は、小さな頃から体が弱かった。医者は「不治の病だ」と冷たく言い放った。特効薬も治療法もなく、延命と痛み止めしかできないと。俺たちに残された選択肢は、莫大な治療費と研究費を工面することだけだった。親はいなかった。俺にとって優香は、妹であり家族であり……生きる理由そのものだった。


 金が要る。とにかく金が要る。

 そうして俺は、金の匂いのする裏社会の誘いに乗った。地下格闘場――金と暴力で成り立つ世界だった。最初は素手の喧嘩試合程度だった。だが勝ち続けるうちに相手はどんどん凶悪になっていった。ナイフ、鉄パイプ、鎖……殺し合い一歩手前の試合も少なくなかった。


 けど、俺は負けられなかった。優香を病室でひとりにするわけにはいかない。勝って、稼いで、薬を買ってやる。研究団体に寄付して、少しでも治療法を早く見つけてもらう。それだけを支えに、俺は血まみれになりながら立ち続けた。


 ある時から、自分の体に異変を感じ始めた。疲労が一瞬で抜けたり、骨折しても数日で治ったり、拳が石の壁を砕いたり。最初は気づかなかった。だがある試合で、俺の拳が相手の頭蓋を容易く砕き、観客がどよめいた時に悟った。――俺は普通じゃない。

 それでも、恐怖よりも喜びの方が勝った。これで優香を救える金が稼げる。もっと強く、もっと勝てる。力は、俺にとって希望そのものだった。


 後で知ったが、それが半魔になった瞬間だったらしい。感情が限界を越えて生まれる異常――俺の場合は「妹を救いたい」「もっと強さが欲しい」という果てしない強欲が形になった。けど、そんな理屈は当時の俺にはどうでもよかった。ただ、力が湧いてくる。勝てる。金が入る。それだけを信じてリングに上がり続けた。


 観客は俺を筋肉ダルマなんて呼んだ。筋肉の塊みたいな体格と、どれだけ殴られても倒れないしぶとさ。俺自身も、自分が人間から外れつつあることに気づいていた。だけど後戻りする気はなかった。優香の笑顔が欲しかった。ただそれだけだ。


 俺の強さは地下格闘場で目立ちすぎていたんだろうな。ある日、試合を終えて血まみれの控室で息を整えていると、ヨレたのスーツ姿の眠たげな男が現れた。調べられていたのだろうか、俺の事情を細かく知っているようだった。


「君のその力、有効に使わないか?」


 八罪管理局――そう名乗った組織に、俺はスカウトされた。正直、裏稼業で生きるしかないと思っていた俺にとって、正式な「職場」があるなんて驚きだった。しかも提示された給料は、格闘場のファイトマネーより遥かに高かった。いや、それ以上に「正規の仕事」として妹を支えられる、その安心感が大きかった。


 俺は迷わず頷いた。

 それからの生活は、少しだけ穏やかになった。魔物を討伐する仕事は危険だったが、金は安定して入るし、何より人殺しではない仕事だ。見た目の上では、と但し書きはつくが。


 俺の能力は割と特異だった。魔物を殺せば、その能力を奪い自分の力にできる。そして、なぜか「発生の前兆」みたいなものを感じ取れる副次効果まであった。管理局にとっては喉から手が出るほど欲しい人材だったろう。俺は何も隠さなかった――いや、正確には「魔物の能力を奪える」という、能力の大部分は話た。1つだけ、同じ半魔の力まで奪えることは、秘密にした。


 それでも俺は、真面目に働いていた。優香の薬代、研究団体への寄付、生活費。全部、きれいに回せていた。あの頃の俺は、まだ人間だったと思う。


 だが――運命は残酷だ。

 優香は、ある夜、俺の腕の中で静かに息を引き取った。どれだけ金を積んでも、どれだけ強さを手に入れても、救えなかった。俺は、世界を呪った。自分の無力を呪った。


 その時だった。病室に、奇妙な人物が現れた。締め切って鍵をかけた、優香と2人だけのはずの病室。そこに突如、いやずとっとそこにいたのかもしれない、そう錯覚するくらい自然に現れる。

 白いタキシードに白いシルクハット。なのに顔は、滑稽なピエロの仮面で覆われている。異様な存在感――俺には一目でわかった。コイツは、人間じゃない。魔物だ。


 だが、俺は戦う気力なんて残っていなかった。妹を失った絶望の中で、目の前の化け物がどうでもよくなっていた。

 すると、そいつは俺を眺めて小さく頷いた。


「……やはり半魔の方には、この仮面が見えてしまいますか。まぁ、仕方ないことですね」


 低く落ち着いた声。敵意はなく、むしろ友達に会いに来たような雰囲気を纏っていた。


「やあ、そこの君。私と取引をしないかい? 君が管理局の情報を少し教えてくれるなら、妹さんを甦らせる手がかりとなる魔物や半魔を紹介してあげよう」


 甦らせる?

 そんな荒唐無稽な話無理がある、そんなことも一瞬だけ考えた。だが、自分自体が不可思議な存在だ。甦らせる方法もあるのかもしれない。それに――何かに縋り付かなければ俺はもう立っていられなかった。

 そして俺は……理性を捨てた。

 人としての境界を越えてでも、優香を取り戻せるなら――そう思った。


 シルクハットの男と取引をしてから、俺の生き方は変わった。

 いや、正確には「堕ちていった」と言うべきか。


 妹が死ぬまでは、俺は管理局の一員として真面目に働いていた。魔物を殺し、金をもらい、その金を妹に使う。それでよかった。だが、優香を失ってからは、すべての歯車が狂った。


 シルクハットの男は定期的に現れた。そいつは管理局に関する情報を欲しがった。任務の方針、拠点の配置、所属する半魔の能力。俺が知る限りを少しだけ流せば、その代わりに「妹を蘇らせるのに役立つ存在」の情報を寄越してきた。


 俺は迷わなかった。仲間を裏切ることに罪悪感はあったが、それ以上に希望が欲しかった。


 そして、俺は試した。

 同僚の半魔の一人が任務で負傷したとき、俺はそいつを「魔物にやられた」と偽り、止めを刺した。奪った力が、自分の中に流れ込んでくるのを感じた。


 それからは、俺は隠れて魔物を狩るようになった。管理局に報告しないまま、街の外れで発生した個体を仕留め、能力を奪う。俺は強くなる。強くなればなるほど、妹に近づける――そんな妄想を抱いていた。


 シルクハットの男は、時折ご褒美のように囁いた。

 

 「君の妹を甦らせるのに必要な駒は、確かに存在する。焦らず待ちなさい」


 そして――その日が来た。


 「近いうちに新人が配属されます。その能力なら、妹さんを甦らせることも、過去をやり直すことも可能でしょう」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は震えた。

 甦らせる。過去をやり直す。そんなことが本当に可能なのか? だが、俺は既に自分を止められなかった。たとえ嘘でも、縋りつかずにはいられなかった。


 新人――鏡昴。

 初めて見た時、俺は確信した。

 この力だ。この虚飾の能力さえあれば、俺は優香を取り戻せる。


 俺は計画を立て始めた。

 彼女をどうやって利用するか。どうすれば能力を奪えるか。どうすれば「妹が死んだという現実」を書き換えられるか。


 気づけば、俺は管理局の狩野貪ではなくなっていた。

 優香を取り戻すための強欲だけで動く存在になっていた。

 

 昴が配属されてからというもの、俺は毎日のように観察していた。

 あの子は周囲からは異例の新人と思われていた。俺の目にも同じように映った。いや、それ以上だ。あれはただの新人じゃない。虚飾の力――想像を現実化する、あの能力。俺には、どうしてもそれが万能の答えに見えてしまった。


 最初のうちは、昴を騙して協力させる方法を考えていた。事情を話し、「妹を蘇らせるために力を貸してほしい」と頼む。……だが、同時に理解していた。もし断られたら? もし「そんなことはできない」と言われたら? その時、俺は二度と希望を持てなくなる。


 だから俺は決めた。やはり奪う必要がある、と。


 シルクハットの男の言葉が頭の中で反響していた。

 

「その力なら可能ですよ。あとは、あなたが手に入れる覚悟を持てるかどうかです」


 覚悟。とうに決まっている。俺はもう、管理局を仲間だなんて思っていない。優香を救えるなら、すべてを敵に回しても構わない。


 俺は準備を整えた。

 奪った能力の中で使えそうなものを洗い出し、戦闘のシミュレーションを繰り返す。虚飾の能力がどれほど万能でも、昴はまだ未熟だ。経験の差と、俺の奪った力の数で押し切れるはずだった。


 ……だが、一つ問題があった。

 餌が必要だった。昴をおびき寄せるために、昴が必ず助けに来る存在。


 考えるまでもなかった。満腹乙葉。

 彼女はいつも昴と一緒にいた。食卓を囲み、隣に並び、昴を信じて疑わない。俺ですら羨ましくなるほどの信頼関係。

 ならば――利用するしかない。


 心が痛まなかったと言えば嘘になる。俺は乙葉を仲間だと思っていた時期もあった。だが、妹の笑顔を思い出すたび、その痛みは掻き消えた。優香を取り戻すためなら、誰を犠牲にしても構わない。


 任務帰りの車内で、俺は乙葉に睡眠ガスを浴びせ、廃工場へと運んだ。

 「すまない、乙葉」そう呟きながら。

 彼女は目を覚まし、怯え、そして泣いた。俺は淡々と腕や足を折り、逃げられぬようにした。心を殺して作業のように。そうでもしなければ、自分が壊れてしまいそうだった。


 やがて、廃墟の片隅で俺は待った。昴が来るのを。

 乙葉の痛みに満ちた声が、彼女を呼び寄せると信じて。


 ――そして、扉が開いた。

 現れた昴の姿を見て、俺は確信した。これで願いが叶う、と。

 虚飾の力を手に入れ、優香を蘇らせる。


 その先に何があるのかなんて、もう考えもしなかった。

 ただ妹を、優香の声がもう一度聞きたかった。あの温もりがあの笑顔が見たかった。

 ただそれだけだった。








 鏡昴……やはり彼は別格ですね。私の演目の主役に相応しい。

 ですが、少し修正が必要ですね。私の見立てでは、彼……いや彼女でしたか、狩野を彼女1人で倒していただく予定だったのですが。

 まぁ、お二人の愛の絆による連携により、倒される悪役を見るのも楽しめましたから、結果オーライでしょう。この2人が、苦痛に歪む顔も見たい気がしますが、まだ少し早いですねぇ。

 大幅な修正は必要なさそうですね。さあクライマックスは近い、楽しみですねぇ。


 一部始終を見ていた怪しげなシルクハット姿のシルエットは、闇に溶けていった。

 





 

「ふぁーあ、スッキリしたぁ」


 (魔物……と戦ったあとの夜ってなんでこんなに良く寝れるんだろうな)


 《狩野だけどな。まぁ普通に疲れ切ったからだろ》


 (まぁそうだよね。なんせ今回はガチで死にかけたし)


 《ああ、昴お前が生きていてくれてよかったよ》


 (私もポン吉のがいてくれてよかったよ?)


 《はいはい。それで? 良いのかよ、俺から私に戻して》


 (うん。皆んなには大人っぽいから私に変えたって言えばいいかなって。乙葉ちゃんの前で出来るだけ嘘つきたくないから)


 《出来るだけ……ねぇ》


 (うるさいよ)

  

 

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