強欲の果て
魔物化した狩野の異形の姿を見ながら、私は密かに安堵していた。戦闘開始の時点から、私は自分の力の半分を使って乙葉ちゃんにバリアを張り、治療を続けていたのだ。
(ポン吉間に合った?)
《ああ、骨折は全部治せた》
狩野の圧倒的な攻撃を受けながらも、私は乙葉ちゃんの四肢の骨を一本一本丁寧に修復していた。虚飾の能力で骨を元の形にイメージし治療する。時間はかかったが、ようやく完了した。
だが、目の前の化け物を一人で倒すのは不可能だった。情けないと思いながらも、私は振り返って乙葉ちゃんに声をかけた。
「ごめんね、乙葉ちゃん。私と一緒に戦ってもらえる?」
乙葉ちゃんがゆっくりと立ち上がった。顔には痛みの跡が残っているが、瞳には強い意志が宿っていた。
「うん」
乙葉ちゃんが頷く。
「でも、この戦いが終わったら私に秘密にしてたこと全部話してよね?」
私は苦笑いした。
(まぁ、この姿を見たら混乱もするよな)
《男だと思った相手が、どう見ても女なんだからな》
「分かったよ。でもまずはあの化け物を倒そう」
それには、乙葉ちゃんにもっと強くなってもらわなきゃいけない。
「乙葉ちゃんの能力って、私の能力で創り出した食べ物でも効果ある?」
「多分昴くんのだったら大丈夫」
乙葉ちゃんが微笑む。
「だって好きな人が作ってくれたものだから」
その言葉に、私の心臓が跳ねた。告白だった。極限状態だから、乙葉ちゃん自身も気づいていないようだが。
(え?)
《おいおい、こんな時に告白かよ》
(うるさい、力が湧いてくるんだから良いんだよ!)
「それじゃあ私のスペシャルディナーにご招待だ」
私が食事を指差す。能力で豪華な食事を用意する。ステーキ、パスタ、スープ、デザート――まさにスペシャルディナーと呼べる内容だった。
「料金は体で払ってもらおうかな?」
(あれ、言い回しエッチな感じになっちゃった)
《素でその言葉が出てくるあたり、昴してんな》
「昴くん、期待しててね」
乙葉ちゃんが微笑んで応える。その反応に私の方が狼狽えてしまう。
「え?」
「え? 頑張って戦うからね!」
(ピュアな感じ、最高)
《さっきまで怒り狂ってたやつが、乙葉が元気になった途端これだよ》
「欲望解放」
乙葉ちゃんの体が変化し始めた。顔がデフォルメされた豚の様に、体はより筋肉質に変わる。そして彼女は創り出された食事に飛びついた。
食べるスピードが異常に早い。まるで掃除機のように、次々と料理を口に運んでいく。
「美味しいよ! 昴くん」
乙葉ちゃんの体がどんどん大きくなっていく。いつもの小柄な体型から、2メートルを超える大きさまで巨大化した。
《イチャコラするのも良いが、やつをちゃんと見てろよ? くるぞ》
(分かってる。ありがとうポン吉)
狩野が動きだす。変化した肉体が馴染んできた様だ。
「優香を……寄越せ……」
5メートルを超える巨体から、複数の攻撃が同時に放たれる。胸部の口からは熱線、背中の目からは重力場、腕の小さな手からは雷撃。
「避けろ!」
私は右に、乙葉ちゃんは左に分かれて回避した。だが狩野の攻撃は追尾してくる。
炎が私を追いかけてくる。私は氷の壁を現実化したが、熱線は氷を瞬時に蒸発させた。
「くそ、威力が段違いだ」
《魔物化してさらに厄介になってるな》
(私達の絆パゥワーには勝てない!)
《調子出てきた様で何よりだよ》
一方、乙葉ちゃんには脱力波が向かっていた。だが彼女は食べ続けながら突進し、脱力効果を力ずくで振り切った。
「いいね」
巨大化した乙葉ちゃんが狩野の足に体当たりを仕掛ける。狩野の巨体がよろめいた。
「今だ!」
私は狩野の頭部に向けて槍を複数だし、一斉に発射した。だが狩野は腕を上げて槍を受け止める。
「甘い……」
狩野の腕から触手が伸び、私に向かって襲いかかる。私は剣をだして触手を切り払うが、切断面からすぐに新しい触手が生えてきた。
「再生能力もあるのかよ」
その時、乙葉ちゃんが狩野の背後に回り込んでいた。彼女は地面に落ちていた鉄骨を掴み、バットのように振り回す。
ガキン!
鉄骨が狩野の後頭部を直撃した。狩野が前のめりに倒れそうになる。
(乙葉ちゃんと喧嘩したらダメだな)
《そもそも乙葉は、怒ったくらいで殴らないと思うぞ》
「ナイス!」
私はこの隙を逃さず、狩野の足元に地雷を創造した。
(はい、どっかーん)
《現代兵器も能力で再現すれば、効くんだよな》
連続爆発で狩野の足が吹き飛ばされる。5メートルの巨体が地面に倒れ込んだ。
だが狩野は諦めなかった。地面に倒れながらも、腹部から新たな口が開き、そこから毒ガスを噴出する。
「うわ、毒だ」
私は風を起こして毒ガスを吹き払った。だが一瞬吸い込んだだけで頭がクラクラしてくる。
《おい昴大丈夫か!?》
(平気! 少し吸い込んだだけだから)
「昴くん、大丈夫?」
乙葉ちゃんが心配そうに声をかける。
「大丈夫。でもあいつ、化け物になっても頭は働いてるな。コレが深度3ってやつか」
狩野は単なる怪物ではなかった。深度3の特徴である理性を保ったまま、戦術的に攻撃を仕掛けてくる。
「なら、こっちも作戦を立てよう」
私は乙葉ちゃんに作戦を説明した。私が正面から注意を引き、乙葉ちゃんが死角から攻撃する。
「分かった」
乙葉ちゃんが頷く。
私は狩野の正面に立った。
「おい、化け物! お前の相手は私だ!」
狩野の複数の目が私を見つめる。
「昴……お前の能力さえあれば……優香を……」
「諦めろ! 死んだ人間は帰ってこない!」
(だからこそ死なせないし、死なない!)
《お前が死ねば俺も死ぬからな。頼むぜ相棒》
私の言葉に、狩野の怒りが爆発した。
「黙れ!」
狩野が全身から攻撃を仕掛ける。熱線、雷撃、氷の刃、毒ガス、脱力波――ありとあらゆる攻撃が同時に放たれる。
私は必死に回避と防御を繰り返した。バリアを展開しながら、同時に反撃の武器を現実化する。
《集中しろ! 攻撃パターンを読め!》
(分かってる。でもパターンなんかないよコレ)
狩野の攻撃には僅かな隙があった。全身から同時攻撃を仕掛ける分、一つ一つの精度が落ちている。
私はその隙を突いて接近戦に持ち込んだ。剣を創造し、狩野の胸部の口を狙って突進する。
だが狩野は私の動きを読んでいた。巨大な手で私を掴もうとする。
その瞬間、乙葉ちゃんが横から飛び込んできた。
「!?」
巨大化した乙葉ちゃんのパンチが狩野の側頭部を直撃する。狩野の頭部が大きく横に振れた。
私はその隙に狩野の胸部に剣を突き刺した。だが狩野の皮膚は岩のように硬く、剣が途中で止まってしまう。
「浅い」
狩野が私を睨む。そして胸部の傷から触手を伸ばし、私を捕らえようとする。
私は咄嗟に爆弾を作りだし、触手に投げつけた。爆発で触手が吹き飛ぶ。
だがその隙に、狩野の別の腕が乙葉ちゃんを掴んでいた。
「乙葉ちゃん!」
「うう……力が……」
乙葉ちゃんの体から力が抜けていく。狩野の掌から脱力波が放射されているのだ。
私は乙葉ちゃんを助けるため、狩野の腕に向かって爆弾を投げた。だが狩野は別の腕でそれを弾き返す。
爆弾が私の方に飛んでくる。私は咄嗟にバリアを展開したが、爆風で吹き飛ばされた。
「くそ」
私が起き上がろうとした時、狩野が勝ち誇ったような声を上げた。
「これで……昴の能力は……俺のものだ……」
狩野が私に向かって突進してくる。5メートルの巨体が地響きを立てて迫ってくる。
その時、乙葉ちゃんが最後の力を振り絞って叫んだ。
「昴くん! 私を信じて!」
(信じる! ってかずっと信じてる!)
《この局面でそんなアホな思考できるの流石だな》
乙葉ちゃんが狩野の腕から力ずくで脱出し、地面に落ちていた鉄パイプを掴む。そして狩野の足元に向かって投げつけた。
鉄パイプが狩野の足首に刺さる。狩野の突進が止まった。
「今!」
私は最大限の力を込めて、巨大な爆弾を現実化した。建物を吹き飛ばすほどの大型爆弾だ。
「これで終わりだ!」
爆弾を狩野の胸部に向かって投げる。狩野は手で受け止めようとしたが、爆弾の重量で腕が下がった。
ドォォォォン!
廃工場全体が揺れるほどの大爆発。狩野の巨体が爆風に包まれ、悲鳴を上げながら後方に吹き飛ばされた。
煙が晴れると、狩野は満身創痍で立っていた。その上少しづつだが回復している。
「乙葉ちゃん、今トドメ刺さないとまた最初からになる。もう一踏ん張りお願い」
「油断しないでね!」
《乙葉は、お前のことよくわかってるじゃん》
(……だな)
「優香……優香……ごめん。このままじゃ……」
狩野が必死に立ちあがろうとしている。だがそれはさせない。
鋼鉄製のロープを作り出しで狩野を拘束する。そして乙葉ちゃんに合図を。
「乙葉ちゃん!」
高所に上がった乙葉が、合図を受けて狩野目掛けて落下してくる。
落下しながら、昴の作った足場を蹴りさらに加速する。隕石の様な速度で狩野を貫く。
狩野腹部に大きな穴が空く。だがまだ息がある。
私は巨大なハンマーを作ると乙葉ちゃんに投げ渡す。
(当たれば即死、某ゲームのハンマーでとどめだ!)
《珠洲としたゲームの思い出、そこから着想を得た武器を乙葉に使わせるって言う……》
「狩野、お前の欲望私達がまるッと潰してやるよ……乙葉ちゃん!」
私の意図を汲み取った乙葉ちゃんが、ハンマーを力いっぱい振り下ろす。
既に満身創痍だった狩野の胸部には、優香の想いを起点とした元初の強欲が露出していた。乙葉ちゃんによってコアを砕かれた狩野は妹の名前を呟きながら、ゆっくりと消滅していく。
「兄貴として……俺は間違ってたのか……?」
狩野の最後の言葉だった。光の粒子となって、完全に消え去った。
私は膝をついて大きく息を吸った。
「終わった……」
(ちょー辛い。ポン吉慰めて。もふもふさせて。ほんで乙葉ちゃんの膝枕も欲しい)
《欲張りすぎんな。オレだけで我慢しとけ》
乙葉ちゃんは変身を解除し、普段の姿に戻っていた。
「昴くん、ありがとう」
乙葉ちゃんが私の元に駆け寄る。
「私こそ、ありがとう。一人じゃ絶対に勝てなかった」
私たちは抱き合い、勝利を噛み締めた。狩野との、深度3の魔物との戦いは、想像以上に過酷だった。だが、二人で力を合わせることで、なんとか勝利を掴むことができた。
「約束、覚えてるからね」
乙葉ちゃんが私を見つめる。
「秘密の話、全部してもらうから」
私は苦笑いした。
(まぁ全部は話さないけどね。ポン吉の事とか言っても見えないから意味ないし。この性格がバレたら流石に引かれるっしょ)
「ああ、分かってる。でもその前に、管理局に連絡しないとな」
《やっぱりお前クズだわ》
長い戦いが終わった。だが、これは新たな始まりでもあった。私と乙葉ちゃんの新たな関係の。
ここで一区切りです!
まだまだ続きますが、ブクマもほぼないし、感想とかもないので折れかけてます。
評価とか感想とかブクマとか、燃料あると頑張れます。




