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狩野貪

狩野貪は昴の攻撃を受けながらも、内心では高揚していた。ついに手に入れられる。長年探し求めていた能力が、目の前にあるのだ。


 虚飾の力――現実を改変し、想像を具現化する能力。これさえあれば、優香を蘇らせることができる。


 優香。狩野の最愛の妹。不治の病に侵され、狩野の腕の中で息を引き取った少女。


「優香……もう少し待っていてくれ」


 狩野が心の中で呟く。


 「必ずお前を取り戻してやる」


 昴の武器の雨が狩野の体に突き刺さる。だが、その痛みすら狩野には心地よかった。痛みがあるということは、まだ生きているということ。優香を救うチャンスがまだあるということだった。


 「虚飾の能力があれば、死者を蘇らせることも可能なはずだ」


 狩野が独白する。


 「現実を改変できるなら、優香が死んだという現実も変えられる。そうだろう?」


 狩野の論理は破綻していた。だが、妹への愛情が彼の理性を狂わせていた。どんな手段を使ってでも、優香を取り戻したい。その一心だった。


 重力波で昴を牽制しながら、狩野は次の攻撃に移った。自身の持つ攻撃手段の中で最も信頼のおけるものだ。


 「接近戦ならどうだ?」


 狩野が地面を蹴って突進する。3メートルの巨体でありながら、その動きは驚くほど機敏だった。


 地下闘技場で培った格闘技術。金のために、優香のために、数え切れないほどの相手と戦ってきた経験。それが狩野の真骨頂だった。


 昴がバリアを展開するが、狩野はそれを見越していた。左手で氷の刃を放ち、昴の注意を逸らす。そして右手で、バリアの隙間を狙って拳を振り下ろした。


 狩野の拳は昴の胴よりも太く、狙うというより昴の小さな体を丸ごと叩き潰すような一撃だった。


 「うっ、ああ!」


 昴が苦悶の声を上げる。狩野の巨大な拳が彼女の体の側面全体を捉えていた。


 「どうした? もう終わりか?」


 狩野が嘲笑いながら、追撃に移る。今度は膝蹴りだった。昴の小さな胴体全体を蹴り上げる勢いの一撃。


 昴は咄嗟に金属の盾を現実化したが、狩野の膝は昴の体よりも太く、盾ごと昴の胴体を蹴り飛ばした。衝撃で昴の体が宙高く舞い上がる。


 「そこだ」


 狩野が空中の昴に向かって、連続でパンチを繰り出す。一発、二発、三発。巨大な拳が昴の小さな体をお手玉の様に殴り上げる。


 昴が床に落下した時には、口から血を吐き呼吸が荒くなっていた。狩野の圧倒的な力に翻弄されていた。


 「噂の新人ちゃんも、所詮は人の子か」


 狩野が昴を見下ろす。


 「まぁ、その能力は本物だ。必ず手に入れてやる」


 狩野の心の中で、優香の声が響いていた。


 『お兄ちゃん、待ってるね』


 「ああ、こいつを殺して甦らせるよ」


 狩野が、幻聴に応える。


 『お兄ちゃん早く会いたいな。あんな奴やっつけて』


 「分かってる。すぐにあいつの能力を奪ってやるから待っててくれよ」


 あの優しい優香が、こんなことを口にするだろうか? 狩野の脳裏にチラリとよぎった思考は、強欲により塗り潰されていく。

 

 明らかに狩野の強欲が暴走し始めていた。妹への愛情が、異常な執着に変わっていく。


 昴が立ち上がろうとしたその瞬間、狩野は憤怒の能力を使った。口から炎を吐き出し、昴の周囲を火の海にする。


 「逃がさないよ」


 昴が炎を氷で消そうとするが、狩野は続けて電撃を放つ。青白い稲妻が氷を貫通し、昴の体に走った。


 「があっ!」


 昴が電撃で痙攣する。その隙に、狩野は再び接近した。


 今度は色欲の能力だった。奪った能力の中でも、特に便利なもの。愛憎の紐(グレイプニル)だ。制限はあるものの巻きつけた相手に1つ言うことを聞かせられる。


 「くっ……」


 足に巻きつけられた昴の動きが明らかに鈍くなる。魅了の効果で、思考も曖昧になっていた。


 「ほうら」


 狩野の巨大な拳が昴の顔面に向かって振り下ろされる。昴は仮面を庇う様にバリアを展開する。仮面に比重を置いたために後頭部を強く打ち付けられる。


 続けて膝による蹴り上げ。昴の小さな胴体全体を下から蹴り飛ばす。昴の体が『く』の字に折れ曲がって宙に舞う。


 「がは……」


 昴が血を吐く。


 「優香のためだ。我慢してくれ」


 狩野が昴の髪を巨大な手で掴み、壁や床にやたらめったら打ち付ける。そして壁に向かって投げ飛ばす。昴の小さな体が人形のように宙を舞い、コンクリートの壁に激突した。壁が砕け、粉塵が舞い上がった。


 だが昴は諦めない。壁に叩きつけられながらも、剣をだして狩野に向ける。


 「まだやるか」


 狩野が剣を素手で掴み、強欲の能力で自分の筋力を極限まで高める。


 剣の刃が狩野の手のひらを切り裂くが、彼は意に介さない。そのまま剣を握り潰し、昴の右手を掴んだ。


 「うっ……」


 狩野の握力で、昴の右手の骨が軋む。


 「能力を使えなくしてやる」


 狩野が昴の右手を握りつぶす。骨の折れる音が響いた。


 「ああああ!」


 昴の悲鳴が廃墟に木霊する。


 「これで右手は使えまい」


 狩野が満足そうに言う。


 だが昴は左手で新たな武器をだした。今度は槍だった。


 「しつこいな」


 狩野が槍の穂先を掴む。だが、この槍は爆発物だった。


 激しい爆発音と共に、狩野の巨体が吹き飛ばされる。


 「やるじゃないか」


 狩野が立ち上がる。体のあちこちが焦げているが、まだ余裕があった。


 「だが、俺にはこんな能力もある」


 狩野が怠惰の能力を使う。触手から伸びた針を昴に刺す。すると昴の体から力が抜けていく。立っているのもやっとの状態になった。


 「どうだ? 力が入らないだろ?」


 狩野が再び接近する。今度は慎重に、確実に昴を無力化するつもりだった。


 アッパーカットで昴の顔を狙う。昴は避けようとするが、脱力感で体が思うように動かない。


 拳が昴の顎を捉える。あまりの衝撃に、昴の体が宙に浮く。


 続けて右フックで昴の側頭部を打つ。昴の意識が飛びそうになる。


 「これで終わりだ」


 狩野が昴の首を両手で掴む。狩野の手は昴の首どころか頭部全体を包み込むほど巨大だった。そのまま持ち上げ、天井に向かって投げ上げる。


 昴の小さな体が天井に激突し、再び床に落下する。もはや立ち上がる力も残っていなかった。


 「さあ、能力を寄越せ」


 狩野が昴に近づく。


 だがその時、狩野の中で決定的な変化が起きていた。これまでも強欲の感情は高まっていたが、今度は質的に異なる変化だった。


 人間としての理性が、完全に崩壊し始めたのだ。


 「優香、優香……」


 狩野が妹の名前を呟く。だがその声は、もはや狩野のものではなかった。


 「必ずお前を蘇らせる……どんな手を使ってでも!」


 その瞬間、狩野の体に劇的な変化が起きた。強欲の感情が閾値を完全に超え、魔物化が始まったのだ。


 狩野の体がさらに異常な膨張を始める。3メートルだった身長が4メートル、5メートルと伸びていく。筋肉が不自然に盛り上がり、皮膚は岩のように硬質化する。


 そして最も異常だったのは、体の至る所に目や口、小さな手が無数に出現し始めたことだった。奪った半魔たちの特徴が、狩野の肉体に強制的に融合していく。


 胸部には憤怒の魔物から奪った炎を噴く口が。


 背中には色欲の半魔から奪った魅惑的な瞳が。


 腕には怠惰魔物から奪った小さな触手が無数に。


 他にもたくさんの奪ってきた半魔や魔物の特徴が体のあちこちに現れていた。


 これまでの筋肉ゴーレムとしての半魔状態とは次元の違う、完全な異形の魔物へと変貌していた。


 「お前の、お前の力さえあれば……俺の人生は実を結ぶんだああああ!」


 狩野が咆哮する。その声は複数の口から同時に発せられ、もはや人間の声ではなかった。人間としての意識は残っているが、理性は完全に人間のそれとは違うものへと変貌していた。


 これが深度3の魔物――理性を保ちながら魔物化した存在の恐ろしさだった。


 「うおおおおお!」


 狩野が咆哮する。その声はもはや人間のものではなかった。



 「これが……魔物化か。案外何も変わらないんだな。ならもっと……早くすれば良かった」


 狩野の意識は残っていたが、強欲の本能が狩野を支配していた。


 「優香、優香のために、全てを手に入れる……」


 深度3の魔物と化した狩野が、昴を見下ろす。その瞳には、もはや人間らしい慈悲は宿っていなかった。


 体のあちこちから触手が伸び、無数の目が昴を凝視する。口という口からは、異なる声で妹の名前が呟かれ続けている。


 「優香……」


 「優香……」


 「優香……」


 まるで呪文のように、同じ言葉が繰り返される。


 昴が恐怖で身を震わせた。これまでに見たことのない、異次元の魔物が目の前にいる。深度3――理性を保ちながら魔物化した存在。


 「さあ、能力を……寄越せ」


 魔物と化した狩野が、昴に手を伸ばす。その手のひらにも、小さな目がいくつも開いていた。


 戦いは新たな段階に入った。人間同士の戦いから、人間と魔物の戦いへ。昴にとって、これまでで最も過酷な戦いが始まろうとしていた。


 だが昴の目には、まだ諦めの色は浮かんでいなかった。乙葉を救うという意志が、彼女を支えている。


 深度3の魔物となった狩野と、虚飾の半魔である昴。両者の最終決戦が、いま始まろうとしていた。


妹って大事なんだよな。いたことないけど

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