徒花
探知機が示す反応は確実に乙葉ちゃんのものだった。山間部の廃工場――きっとそこに乙葉ちゃんがいる。
私は迷わず窓を開けた。ここは管理局の寮、十数階の高層ビル。普通なら飛び降りることなど考えられない高さだが、今の私には虚飾の能力がある。
「行くよ、ポン吉」
《おう、任せとけ》
私は窓から身を躍らせた。落下する体を支えるため、空中に足場を現実化していく。ビルの壁面、隣のビルの屋上、電線――ありとあらゆるものを利用してパルクールの様に移動していく。
(ポン吉ありがとう、お陰で移動だけに集中できるよ)
《おう。足場がなくても焦らず踏み抜け、オレが作ってやる》
虚飾の能力で一時的に物質を現実化し、それを足場にして次々と飛び移っていく。そうして足りない身体能力を補い、まるで忍者のような機敏さで、街中を駆け抜けた。
だが、それでも目的地まではかなりの距離がある。もっと効率的な移動手段が必要だった。
私は人気アニメの技を思い出した。丸太を投げて、それに乗って移動する技術。虚飾の能力なら、それも可能なはずだ。
(私は槍を射出することに集中するから、乗る方法任せた!)
《んじゃオレもお前射出するわ》
イメージを集中させ、長い槍を勢いよく投げ放つ。槍は真っすぐ目的地へ。私はタイミングを合わせて跳躍――いや、半ば吹き飛ばされるようにして、飛翔中の槍の後部に飛び乗った。
「うおおおおおお!」
飛んでいく槍の先端部に飛び乗った。
(流石に強すぎ、今一瞬だけ槍を追い越したよ!?)
《だなぁ、自分の投げた槍に刺されなくて良かったぜ》
(相棒が自爆しそうだった感想がそれ?)
風を切って空を駆ける。眼下に街の灯りが流れていく。この移動速度なら、すぐに乙葉ちゃんの元へ到達できる。
(ねえポン吉、乙葉ちゃんの状況次第では、私冷静になれないかもしれないよ)
《大丈夫さ。お前はポンコツだが、間違えちゃいけないとこでは間違えない。それにオレがいるだろ?》
(……うん。頼りにしてるよ、相棒)
やがて、目的地の廃工場が見えてきた。古い建物で、既に使われなくなって久しいようだった。
私は槍から飛び降り、工場の屋根に着地する。内部から声が聞こえてきた。
「――だから君は餌なんだ」
男性の声。狩野の声だった。
(狩野? と誰だ?)
「――昴くんを危険な目に遭わせたくない」
《乙葉だな。なんか苦しそうだ》
か細い女性の声。乙葉ちゃんの声だった。だが、その声は苦痛に歪んでいる。
(どんな状況だ? 乙葉ちゃんは無事なのか?)
私は工場の中に潜入した。声のする方向へ静かに移動していく。
廃工場内はそれ程入り組んでおらず、廊下や事務所がある他には、広い空間があるのみだった。
《焦るなよ、焦って間に合わなくなるのが1番まずい》
(多分ここだよな……っ!)
視界が開けた瞬間私の目に飛び込んだのは、床に倒れた乙葉ちゃんとその隣で、今まさに腕を振り下ろそうとしてる狩野だった。
「やめろ!」
私は咄嗟に能力でバリアを展開した。透明な壁が乙葉ちゃんを包み込み、拳を遮った。
狩野が振り返る。その表情は、もはや知っている狩野のものではなかった。目に宿っているのは、狂気或いは妄執か。
「よく来てくれた、昴。ああ、待っていたよ」
薄笑いを浮かべて、狩野は言い放つ。
その言葉を無視して私は、バリアを操作して乙葉ちゃんを引き寄せた。乙葉ちゃんの状態をみて、私の怒りは限界を超えた。
四肢の骨が全て折れている。顔は腫れ上がり、鼻血で真っ赤に染まっている。呼吸も浅く、意識も朦朧と――。
《ギリギリ間に合った……って言っていいのかわからんが。でもまだ生きてる乙葉を救うためにも落ち着けよ》
(分かってる。大丈夫、最高に落ち着いてるよ)
《昴……》
「乙葉ちゃん」
私の声が震える。これほどまでに痛めつけられて、それでも生きている。生きていてくれたことに安どすると同時に胸が締め付けられるような思いになる。これほどまでの傷、どれほど苦しかっただろうか。
「乙葉ちゃんを傷つけたのはお前か」
低く、冷たい声で狩野を睨む。
「ああ、俺だ」
狩野が平然と答える。
「心苦しいが、必要なことだったんでね」
その無感情な答えに、私の怒りは爆発した。
「お前は私が叩き潰す。欲望解放」
私の体に変化が起きた。全身が光に包まれ、服装が変化していく。
頭上にいたポン吉が、私の顔にゆっくりと降りてきた。
ポン吉の体が光の粒子となって分解されていき、私の顔に張り付くように変化していく。狸の顔をした美しい仮面へと変貌した。
雌狸の仮面――上品で神秘的な装飾が施され、顔の上部を覆って口元だけを露出させている。深い青色をベースに、ポン吉のスカーフと同じ赤色のラインが入っている。
同時に、私の服装も変化した。タキシード風のドレス――男性用のタキシードをベースにしながらも、明らかに女性の体のラインに合わせて仕立てられている。
上半身は燕尾服のような形状だが、ウエストは細く絞られ、胸元には優雅なフリルが施されており、赤いたぬき柄刺繍がされている。下半身はスーツのズボンではなく、タイトでスリットの入ったロングスカート。動きやすさと優雅さを両立したデザインだった。
足元もヒールに変わっていた。
私の髪も変化し、腰まで届く長いストレートヘアになった。仮面の隙間から覗く瞳は、怒りで燃えるような光を帯びている。
《良いのか? 昴》
(手加減して倒せなかったらここまで来た意味がない)
「これが君の変身した姿か」
狩野が興味深そうに見つめる。
「そうか、君は女性だったんだねえ。それにしても綺麗だ、殺すのが少し楽しみになったよ。欲望解放」
狩野も負けじと変身を始めた。
狩野の体が膨張し、筋肉が異常に発達していく。身の丈は3メートルほどになり、腕は私の胴よりもある。足なんて私3人分くらいだ。
《今までのお遊びの模擬戦とは違う、本気の殺し合いだぞ》
(分かってる)
「さらに、深化」
狩野の変身がより進行した。より硬質化した筋肉を纏っていく。まさに筋肉のゴーレムといったところだ。
「俺の力はねぇ。殺した魔物や半魔の能力を全て使えるんだよ。それに……女だったら何も悩まず襲って言うこと聞かせればよかったよ」
狩野の声が低く響く。
(でかい、硬い。それだけで強いってのに、強奪系チート持ちかよ)
《乙葉の治療もしなきゃなんないし、速攻で倒したいところだが、無理そうだな》
私は乙葉ちゃんを庇うように立った。
「この……クズが。乙葉ちゃんには指一本触れさせない」
私の声には、確固たる決意が込められていた。
だが狩野は軽く返す。
「ああ、構わないとも。君がここに来た時点で彼女の役目は終わっている。深化も昇化もしていない暴食なんて殺す意味もない」
(目的は私? だったらなんでここまで……)
《心は熱く頭は冷静に、だぞ》
狩野が不気味に笑う。
「女が好きな女か、実のならない徒花だな。完璧な新人の中身は変態だってことか。まぁこれから死んでいくんだ、どうでも良いがな」
「――徒花で結構。実がならなくたって、嘘の花だって構わない。なんせ今日散っていくのはあんただからね」
その言葉を引き金に戦闘が始まった。
狩野が最初に放ったのは炎だった。口から灼熱の炎を吐き出す。これは憤怒の能力だろうか。傲慢のブレスか。
私は咄嗟に氷の壁を出す。炎と氷がぶつかり合い、大量の水蒸気が立ち上る。蒸気を目眩しに、能力でそっと乙葉ちゃんを遠くへ運ぶ。
だが狩野の攻撃は止まらない。蒸気の向こう側から今度は電撃を放ってきた。青白い稲妻が私を襲う。
私は金属製の避雷針をだし、電撃を受け流した。だが、その隙に狩野が接近してくる。
「っ速い」
狩野の巨大な拳が私を襲う。私は紙一重で回避したが、その風圧だけで周囲のコンクリートが砕け散った。
「避けたか。ならこれはどうだ?」
狩野の体から氷の刃が無数に射出される。今度は憂鬱の能力か。
私はバリアを展開して防御するが、氷の刃の威力は想像以上だった。バリアに亀裂が入る。
(クソ、クソ、クソ。息つく暇もない。乙葉ちゃんのために早くぶっ倒したいのに突破口が)
《じれるのはわかるが、奴だって人間だ。綻びはあるはずだ》
「虚飾の能力は万能だが、万能であるがゆえに中途半端でもある」
狩野が分析しながら攻撃を続ける。
「俺の奪った能力は、それぞれが専門特化している。使い分ければ、君を上回ることができる」
確かに狩野の言う通りだった。私の能力は万能性に長けているが、個々の威力では専門能力に劣る場合がある。
だが、私にも戦略があった。
「確かにそうかもしれないね」
私が微笑む。
「でも、あんたは1つ見落としている」
私は周囲に無数の武器を生み出した。剣、槍、弓、銃――あらゆる武器が宙に浮かんでいる。
(最古の王は最強だ。代名詞のこの攻撃で!)
「虚飾の真の力は、万能性じゃない」
私が手を上げると、全ての武器が狩野に向けられる。
「――創造性だよ」
《(ぶっ飛べ)》
手を振り下ろすと同時に武器が一斉に発射される。剣が飛び、槍が突進し、弓矢や銃撃が雨のように降り注ぐ。
狩野は必死に防御するが、数が多すぎる。いくつかの攻撃が命中し、その巨体によろめく。
「くそ……」
狩野が怒りを露にする。
「ならば、これはどうだ」
狩野の体から、強烈な重力波が放射される。これも奪った能力の1つだろう。
私の体が重力に引かれ、動きが鈍くなる。周囲の瓦礫も狩野の元へ引き寄せられていく。
「重力操作か……厄介だね」
(でも、創造性だって言っただろう?)
《引っ張られるなら、押し返せば良いだけだ》
私は重力に対抗するため、反重力装置を現実化した。だが、狩野の重力波は予想以上に強力で、完全に相殺できない。
「そこだ!」
狩野が重力波で私の動きを封じたまま、巨大な岩石を投げつけてくる。
私は咄嗟に盾をだしたが、岩石の威力で吹き飛ばされた。背中を壁に強打し、激痛が走る。
(痛い……でも乙葉ちゃんはもっと痛かったはず)
《ああ、この程度で弱音なんか言えねぇよな》
「どうした、昴ちゃん?」
狩野が嘲笑う。
「その程度の力では、俺は倒せないぞ」
私は血を拭いながら立ち上がった。確かに狩野は強い。奪った能力を巧みに組み合わせ、私を圧倒している。
だが、私には負けられない理由がある。
振り返ると、乙葉ちゃんが苦痛に顔を歪めながら私を見つめていた。その瞳には、私への信頼が宿っている。
「私は……私は絶対に諦めない。乙葉ちゃんを傷つけた罪、必ず償わせる」
私は決意を新たにして、狩野と向かい合った。戦いは、まだ始まったばかりだった。
桃白白




