兄さん兄さん兄さん
高城誇は東部の現場へ向かう車中で、助手席に座る妹の依里に声をかけた。
「依里、大丈夫か?」
「兄さんと一緒なら怖く無いです」
依里の声は小さく不安げだったが、兄への信頼が込められていた。16歳の彼女にとって、深度2の魔物との戦いは重荷だった。
「深度2の暴食だからな。だが俺たちなら必ず勝てる」
誇は絶対的な自信を声に込めて答えた。管理局最強の半魔である自分に、負けなどあり得ない。
誇は車を停めると、周辺の状況を確認した。管理局の職員たちが既に住民の避難誘導を完了している。被害範囲は半径200メートルほどで、建物の一部が破壊されていた。
「うわ……」
依里が現場を見て声を漏らす。
巨大なオークが暴れ回っていた。体高は3メートルを超え、筋肉質な体躯はトラックほどの大きさがある。豚に似た鼻から荒い息を吐き、小さな目には凶暴性が宿っていた。
オークは手当たり次第に周辺のものを口に放り込んでいる。自動販売機、街灯、ガードレール。金属を噛み砕く音が不気味に響いた。
「食べたものの性質を取り込む能力か……面白い」
誇がオークの体表を観察する。金属の光沢を帯びた箇所があり、街灯を食べたことで電気を帯びている部分も見えた。
「どれほどの力か、俺が試してやろう」
誇の口元に不敵な笑みが浮かぶ。強大な敵ほど、倒した時の優越感は大きい。
「依里、行くぞ」
「はい、兄さん」
依里が頷く。兄の絶対的な強さを信じていた。
「欲望解放」
誇の体に変化が起きる。傲慢の半魔としての力が解放される。
誇の背中から巨大な翼が現れる。竜人としての特徴が表面化し、手の爪が鋭く伸び、瞳が縦に細くなる。そして全身が硬質な鱗に覆われた。黒い鱗は金属のような光沢を放ち、防御力を飛躍的に高めている。
「欲望解放」
依里も力を解放した。憂鬱の半魔としての変化が始まる。
依里の髪が濡れたように艶を帯び、瞳が深い青に変わった。周辺の空気が冷たくなり、僅かに霧が立ち込める。彼女の周囲に、薄っすらと水の膜が形成された。
「深化」
誇が更なる力を引き出す。傲慢の感情をさらに深く強くさせていく。体が青白い光に包まれ筋力、速度、全てが飛躍的に向上する。
「あの程度、俺の敵じゃないな」
誇が高らかに宣言する。深化した力は、彼の自信を更に押し上げていた。
誇が地面を蹴ると石畳に亀裂が走り、一瞬でオークとの距離が詰まる。
「俺の力、お前に受け切れるか?」
誇の拳がオークの腹部に叩き込まれる。深化した力による一撃は、巨大な体を後方に押し飛ばす。
だが金属を取り込んだオークの皮膚は、通常より硬い。ダメージは軽微だった。
「ほう、少しはやれるみたいだな」
誇が興味深そうに呟く。強敵ほど燃える性格だった。
「ブモォォォ!」
殴られた事に怒ったのか、オークが反撃してくる。巨大な腕を振り、誇に向かって拳を振るう。
誇は、咄嗟に鱗で覆われた腕でガードした。オークの拳と鱗がぶつかり合い、火花が散る。あまりの衝撃に誇の鱗が数枚剥がれ落ちる。
「俺の鱗を剥がすとは……だが俺には、まだまだ及ばないがな!」
誇の闘志が更に高まる。予想以上の攻撃力に、逆に興奮していた。
「兄さん、今です!」
依里が手をかざす。憂鬱の能力が発動され、オークの周囲の温度が急激に下がった。
オークの動きが鈍くなる。体温が奪われ、筋肉の動きが制限されたのだ。さらに希望を奪う憂鬱の力が、オークの闘志を削いでいく。
「さすがは俺の妹だ! いいぞ」
誇が隙を突いて翼で空中に舞い上がる。そのまま上空からオークの頭部に向かって急降下した。
「俺の爪の味を知れ!」
爪でオークの頭を掴み、そのまの勢いで地面に叩きつけた。コンクリートが砕け散り、オークの頭部が地面にめり込む。
だがオークはすぐに立ち上がり、街灯から取り込んだ電気を体中に走らせる。ばちばちとしたスパーク状の電撃が腕に溜まっていく。
「電撃か……面白い技を使う」
誇が余裕の表情を見せる。
「電気は危ないですよ」
オークが電撃を放とうとした瞬間。
依里が水を操作して、オークの足元に水の壁を作り出した。電気を通しやすい水の壁により、電撃を水に閉じ込め遮断する。
さらに依里がオークに向けて氷の針を連続で飛ばした。細かな氷が次々とオークの体に突き刺さる。
「ブモォォォ!」
オークが不快感に声を上げる。氷による冷却で体温が下がり、動きが更に鈍くなった。
「依里、その調子だ! 俺と合わせろ」
誇が再び接近戦を挑む。今度は鱗を盾のように使い、オークの電撃攻撃を防ぐ。
オークは電撃をこめた拳を誇りに叩き込んだ。電流が走り、いくつか鱗が焼け焦げて剥がれ落ちる。だが致命傷には遠く及ばない。
「この程度の攻撃で俺を倒せると思うな!」
誇が拳の連打を叩き込む。深化した力による一発一発が、オークの硬化した皮膚に深い亀裂を走らせる。
連続する打撃音が周辺に響く。誇の拳は正確にオークの急所を捉えていた。
だがオークも黙って殴られているわけではない。
殴られながらもオークが周辺のコンクリートの塊を掴むと、そのまま口に放り込んだ。取り込む能力により体表がより硬質化していく。
「硬くなったか……だが関係ない!俺の力の前には全て無意味だ!」
誇が更に激しい連打を叩き込む。硬くなったオークの体表を、圧倒的な力で叩き割っていく。
依里が焦る顔を見せる。
「兄さん、無理しないでください!」
「心配いらん! それより次の手を」
依里が両手を前に突き出す。憂鬱の能力を最大限に発揮し、オークの頭上に氷塊を作り出した。
氷塊から激しい冷気が走りオークの動きを更に制限する。極低温がオークの体から熱を奪い続ける。
「いいぞ。そのままじっとしていろ!」
誇がチャンスとばかりに全力攻撃を仕掛ける。翼の先端を刃のように鋭利化し、オークの関節部を狙った。
鋭い翼がオークの膝裏を深く切り裂く。巨大な体がバランスを崩し、前のめりに倒れ込んだ。
「これで……どうだ!」
誇がオークを打ち倒す。だがオークはまだ諦めていない。
オークは倒れながらも、近くに停めてあった数台の車を次々と口に放り込んだ。ガソリンを大量に取り込み、体から大量の可燃性ガスを放出し始める。
「ガス攻撃か……依里!」
「兄さん!」
依里が慌てて霧で周囲を覆おうとする。だがガスの量が多すぎた。霧でガスへの引火を防ごうとしたが失敗する。
オークが立ち上がり、周囲に散布したガスに電気を走らせて引火させる。
「クソ、依里!」
誇は依里を庇い翼で覆うように包み込む。そして大爆発が起きた。
夜なのに一瞬昼間かと思うほどの光量。そして遅れて炎と衝撃波が街の一角を飲み込んだ。
「兄さん!」
依里が兄の名前を叫ぶ。
爆炎と砂埃が晴れると、誇の姿が現れた。全身の鱗が大きく損傷し、所々で火傷を負っている。だがまだ戦える状態だった。
「無事か?」
「はい。でも兄さんが……」
「お前の可愛い顔に傷が付くより100倍もマシだ」
誇はフッと微笑んだ。
「俺の妹に危害を加えようとはな……もう殺すしかなくなってしまったな」
誇の瞳に更なる決意が宿る。傲慢の感情が極限まで高まり、深化の力が更に増強された。
オークも爆発のダメージを受けて動きが鈍くなっている。お互いに満身創痍の状態だった。
「依里!」
誇は叫ぶと同時に、空中へ高く飛び上がる。
「はい、兄さん!」
依里が全力で氷の攻撃を展開する。氷塊を無数に作り出し、オークの動きを極限まで鈍くする。
「これで、終わりだ!」
誇が力を振り絞って空中から急降下する。全身全霊をかけた渾身の一撃を放った。
深化した力を込めた拳が、オークの頭部を完全に貫通した。
「ブ……モ……」
オークの巨体が地面に崩れ落ちる。大きな体が徐々に小さくなっていき、やがて人間ほどのサイズになった。暴食の魔物は、ダメージを与える事により食べたものを消費させ、消費し切る事により倒すことができる。
「最後の一撃を……」
誇が縮小したオークに向けて拳を構える。
「お前も人であっただろうが、こうなってしまっては消すしかない。恨むなら、己の弱さを恨むんだな」
そう呟いて拳を振り下ろした。
オークの体が光の粒子となって消散していき、完全に無力化された。
「終わった……」
誇が膝をついた。深化の反動と激闘の疲労、そして爆発のダメージで、もう立っていられなかった。全身の鱗も大半が剥がれ落ちている。
「兄さん!」
依里が駆け寄ってくる。
「俺達の勝利だ……当然の結果だがな」
誇が苦しそうに微笑む。満身創痍でも、最後まで誇りを捨てなかった。
「兄さん、無茶し過ぎです」
依里が心配そうに兄を見つめる。
「これくらい大したことはない。俺は管理局最強の半魔だからな」
誇の言葉に、依里は複雑な表情を見せた。
依里が誇を支える。兄の重い体を懸命に支えながら、車に向かって歩いた。
「依里も立派に戦ったな。流石俺の妹だ」
「兄さんと一緒だからです……」
依里が照れながら答える。
二人は管理局の車に向かって歩いていく。激闘を終えた現場には、破壊された建物と爆発痕、溶けかけた氷が残されていた。
間もなく艶見いろはが後処理のためにやってくるだろう。記憶処理と現場の隠蔽作業が始まる。
誇は助手席に座り、深く息をついた。剥がれ落ちた鱗がゆっくりと再生し始める。
「深度2相手で、俺1人では難しかった……」
依里が運転席につく。
「私がいなくても、兄さんならきっと……」
「いや、依里が居なかったら倒せなかった。まだまだ鍛え方が足りなかったみたいだ」
車は管理局に向けて走り出した。誇の携帯に、他の現場からの討伐完了報告が次々と入ってくる。根倉局長も烈志も、それぞれの戦いを終えたようだった。
同時多発という異常事態だったが、管理局は見事に対応していた。そして誇にとって、妹と共に強敵を倒せたことが何よりの収穫だった。
「依里、これからも俺と共に居てくれるか?」
「はい、兄さん」
兄妹は互いを見つめ合い、夜の街を静かに走り続けた。深度2との激戦を乗り越え、誇はさらに強くなる決意をした。
禁断の愛いいよね




