初めての朝帰り
翌朝、朝食をご馳走になった後、俺は三毒会の皆さんにお礼を言って帰路についた。
「また、来て」
(たまにならきてもいいかもな。楽しかったし。まぁ情報量多すぎて消化し切れてない感あるけど)
《それな。寮でゆっくり消化してこうぜ》
珠洲ちゃんが玄関まで見送りに来てくれた。
「うん、また来るよ」
俺が答えると、珠洲ちゃんは小さく微笑んだ。
(珠洲ちゃんの笑顔、やっぱり可愛いな)
《お前、敵の拠点でのんびりし過ぎだろ》
(だって楽しかったし……)
俺は軽やかな足取りで管理局へと向かった。昨夜は久しぶりにぐっすり眠れたし、気分も上々だった。
だが管理局の建物が見えてきたとき、俺は異変に気づいた。
(なんか騒がしくない?)
《確かに、普段より慌ただしいな》
管理局の入り口に近づくと、職員たちが慌ただしく動き回っているのが見えた。
(何かあったのかな……)
俺が建物に入ると、受付の職員が俺を見て安堵の表情を浮かべた。
「鏡さん! お帰りなさい!」
「ただいま……って、何かあったんですか?」
「大変だったんですよ! 鏡さんは、連絡もなしに帰ってこなかったし、同時期に魔物は発生するしで皆大変だったんです!」
職員の説明に、俺は青ざめた。
(そうだった! 連絡するの忘れてた!)
《お前、アホか》
(うわあああ、どうしよう!)
「それで夕方になっても帰ってこないから、皆さん本格的に心配されて……でも夜に魔物が同時多発で4箇所も発生して、鏡さんを探すどころじゃなくなって」
受付職員の説明を聞きながら、俺の顔面は蒼白になっていった。
(やばい、やばい、やばすぎる!)
《お前、一大事になってたんだな》
(どうしよう、皆をどう誤魔化せば……)
《誤魔化す前提なのが、最高にお前らしいよな》
そのとき、エレベーターの扉が開いて、見覚えのある顔ぶれが現れた。根倉局長、高城誇、赤城烈志。
誇と目が合い、キツく睨め付けられる。
「無事だったのか!」
烈志が駆け寄って、声をかけてきた。
「すみません! 連絡もせずに……」
俺は慌てて謝罪する。だが皆の表情は怒りよりも安堵の色が強い。
(なんか怒られる心配無さそう?)
《なら、ラッキーだけどなあ》
「どこにいたんだ? 昨日の夜の時点でお前が帰ってない事に気がついて、すぐ連絡しようとしたんだが繋がらなかったぞ?」
誇の質問に、俺は一瞬言葉に詰まった。
(三毒会の拠点ににいたなんて言えるわけない……)
《行ってみたらどうだ? きっと面白いぞ、オレが》
「えっと、ちょっと一人で考え事をしたくて……気がついたら遠くまで歩いてて、携帯の充電も切れて」
(苦しいか……?)
《苦しい言い訳だな。コンビニで充電器買えよってなるだろ。ネカフェ泊まる金あるんだから》
「それで一晩中?」
「はい……ネットカフェで泊まってました」
(オレが親ならめっちゃ怒るけど……)
《こいつらは、親じゃないからなぁ》
俺の説明に、局長が眠そうな目で俺を見た。
「まぁ、無事なら良いよ。でも……」
局長の声のトーンが変わった。
「君には三毒会がどれほど危険な組織か、何度も説明をしてきたつもりだったんだけどねぇ」
(え?)
《めっちゃ怒るやん》
「はい……」
(パパみが強い。ばぶぅ)
《父ちゃんに怒られた経験無いもんなあお前。父ちゃん知らんしな》
「それなのに一人で外出し、連絡も取れなくなる。もし三毒会に攫われていたらどうするつもりだったの?」
局長の言葉に、俺は冷や汗をかいた。
(まさか本当に三毒会にいたなんて……言えない)
《バレたら何言われることか。今日1日潰れるぞ》
「申し訳ありませんでした」
(謝ることしか)
《できない》
「申し訳ありませんでした、とかそう言うの要らないのよ。分かってる? 僕らがどれだけ心配したかをさ。君に何かあったらお母さんの墓前で何で言えばいいのさ」
(局長、俺のこと真剣に心配してくれてるんだな)
《組織の管理者だからな》
(そういう冷めたこと言うんじゃ無いよ)
「はい、すみません……」
俺は深々と頭を下げた。
「それで、三毒会に何かされなかった? 接触されたりとかなかった?」
局長の質問に、俺の心臓がドクンと跳ねた。
(うわあああ、どうしよう。怪しまれてるよー)
《素直に言えるわけねーよな》
「いえ、特に何も……普通に街をぶらついてただけです」
(心配してる人に嘘つくのって辛いよねぇ。お母さんの時もそうだったし)
《なぁー。あの人もあれで結構心配してくれてたっぽいしな》
(またあのハンバーグ食べたいなぁ)
《食堂で我慢しとけ》
「そっか。なら良いよ」
局長は安堵したような表情を見せた。
(許された……?)
《そのようだ。難所は乗り越えたようだぜ》
「昨夜は本当に大変だったんだぞ」
烈志が説明してくれる。セクハラさえしなければ有能なのかもしれない。
《本人セクハラしてる意識ないぞ》
(だから始末が悪いんだろ)
「4箇所で同時に魔物が発生してな。しかもお前がいないから戦力不足で、朝までかかっちまった」
(俺がいない間に……目立つチャンスが……)
《そこかよ。お前ってやつは……》
(乙葉ちゃんとペアとかになれてたら、きゃー昴くんかっこいい、しゅきってなってたかもだろ?)
「皆さん、本当にお疲れ様でした。俺がいれば少しは……」
(かー、辛ーわ。力になれなくて辛ーわ)
《思ってもないこと言うんじゃ無ぇよ》
「気にするな」
誇が俺の肩を叩く。
「お前だって休息が必要だ。たまたまタイミングが悪かっただけだ」
(やばぁ、みんなこんなに優しいのに、俺……自分のことばっかり……でもそれが俺だからしょうがないよね。)
《罪悪感を感じるのは人として正常だぞ、と言おうと思ったら、開き直られたの巻》
「そうそう、お前がいないって気づいたのも夜7時頃だったからな」
烈志が続ける。
「いつも満腹と一緒に夕飯食ってるのに、お前がいねーから『あれ?』って」
(乙葉ちゃんとの夕飯……クソ。乙葉ちゃんのあの食いっぷりと、謎の吸引力の神秘を解き明かすはずが……)
《いやお前、珠洲可愛い可愛い言うてたや無いかーい》
「それで慌てて連絡取ろうとしたら、携帯繋がらねーし」
(ゲーム中になってうるさかったから電源切ったんだっけか)
《皆さんこいつ確信犯です!》
「みんなでどうしようかって話してたら、狩野から魔物の報告が入ってな」
誇が腕を組んで説明する。
「そっちを優先するしかないってことで、急いで分担して向かったんだ」
「分担?」
「ああ。俺と依里で一箇所、局長が一箇所、烈志が一箇所、それから狩野と満腹で一箇所」
(これは、乙葉ちゃんとペアになれた可能性大有りだったのでは……)
《ですねえ。でも珠洲との楽しい時間が無くなってたよ》
「艶見は討伐終了後問題や目撃者対応として順次対応してもらっていてな、最後に狩野と満腹の現場に向かったところだ」
(そうなのよ奥さん。どちらかを得るためにはどちらかを捨てなければいけないのよ)
《それが……世界の真理!》
局長が付け加える。
「そう言えば、狩野さんと乙葉ちゃんはまだ帰ってないんですか?」
「ああ。だが県外の現場だからな。距離もあるし、討伐完了の連絡は入ってるから、そのうち戻ってくるだろう」
烈志がのんびりと答える。
(県外かぁ、それなら仕方ないよね。いろんなところで同時に起きて大変だったんだなぁ)
《棒読み感がすごいですよ昴さん》
「それにしても昴、本当に心配したんだからな」
烈志が苦笑いを浮かべる。
「まさか三毒会に攫われたんじゃないかって、一時は本気で思ったぞ」
(うわぁ、当たらずとも遠からずすぎる。と言うかほぼ正解!)
《まぁ攫われたっていうか、自分から行ったんだけどな。外泊はほぼ強制だったけど》
「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
俺は再び頭を下げた。表面上は反省しているが、内心では三毒会での楽しい時間を思い出していた。
「とにかく、無事で良かった。今度からは気をつけろよ」
「はい」
フロアでみんなと別れた後、俺は一人でエレベーターに乗り自室へ向かった。
《おつかれ》
(はぁ、なんとかなった……)
《バレてたら即座に拘束だろうからな。セーフセーフ》
(でも局長からしたら激おこだよね。三毒会って敵対組織なのに、のんきに遊びに行ってたなんて知ったらさ)
《まぁ、結果的には何事もなかったからいいんじゃね?》
(ほんとそれ。なんかあっても面倒だし、バレても面倒だしさぁ)
自分の部屋に戻ると、俺は机に向かって昨日の出来事を整理した。珠洲ちゃんとのゲーム、紅葉さんの手料理、烈火さんの豪快な笑い声、灯さんの素っ気ない態度。どれも敵組織の人間とは思えないほど、普通で温かい交流だった。
(でも管理局の人たちも良い人だしなぁ)
《どっちも良い人たちなのに、敵対してるってのも変な話だよな》
(そういうものなのかな、大人の事情って)
時計を見ると、もうすぐ11時になるところだった。普段ならこの時間には乙葉ちゃんが様子を見に来てくれるのだが、今日はまだ帰ってきていない。
(県外の魔物討伐かぁ、大変だったんだろうな)
《お疲れ様だわ》
俺は窓の外を眺めながら、のんびりとした気分に浸っていた。昨夜はしっかり眠れたおかげで、体調も良好だ。三毒会での一件は少し罪悪感もあるが、それより珠洲ちゃんとの交流が楽しかった記憶の方が勝っている。
(乙葉ちゃん、いつ帰ってくるかなぁ。お昼に間に合えば話聞きながら一緒に食べたりしたいなぁ)
《珠洲さん浮気者はこちらですよー》
俺はそう呟きながら、彼女が土産話をしてくれるのを楽しみに待つことにした。きっと面白い話を聞かせてくれるに違いない。
あ、朝帰りだとぉ




