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罪も魔物もあるんだよ

 ふぅ、いい感じに御涙頂戴演出できたな。ここからイケメンムーブに持ってって、俺が気持ちよくなれれば最高だな。


 「……あの」


 乙葉——さっきオークになっていた女の子が、こちらをみて声を掛ける。ふわふわの茶髪に丸い顔、優しそうな目をしている。ふっくらした体型で――何と言うか抱き心地が良さそう。

 少し戸惑ったように俺を見つめて、それから慌てたように頭を下げた。


 「改めて自己紹介しますね。私、満服乙葉です」


 それから、もう一度深々とお辞儀する。


 (めっちゃ可愛い……)


 《母ちゃんが目の前で死んだやつとは思えない発言だな》


 (しょうがないだろ? 可愛いものは可愛い)


 俺も自然にお辞儀を返す。


 「鏡昴です。先ほどは……本当に、ありがとうございました」


 クールに、でも心からの感謝を込めて。悲しみを堪えながらも礼儀正しい青年、を演じる。


 廊下にいた女性——いろはさんが近づいてくる。


 「私は艶見いろはです。乙葉ちゃんと同じ……組織の人間です」


 セミロングの髪を軽く揺らして、にこりと微笑む。大人の余裕を感じさせる美人だ。でも、なんか俺のことをじっと観察してる感じがする。


 「昴くん、でしたっけ? 少し、お話があります」


 (なんの話だろ。まさか損害賠償とか?)


 《いや、そんなんじゃないだろ。もっと大事な話っぽい》


 「はい。俺で良ければ何でも」


 少し儚げに微笑む。母を失った青年の、それでも前を向こうとしている感じを完璧に演じる。


 いろはさんが乙葉の方を振り返る。


 「それじゃ乙葉ちゃん、ちょっと近隣への対応をお願いできる? 私は昴くんに説明をしようと思うから」


 「はーい。了解です!」


 乙葉は元気よく返事をすると、ビシッと音がしそうな敬礼をして去っていく。リュックから何やらお菓子を取り出して、こっそり食べているのが俺側からはよく見える。

 いろはさんの「全く、あの子は」という呟きが聞こえた。

 

 (なんだろう、あの可愛い生き物)


 《お前ってほんと惚れやすいってか、チョロいってか》


 彼女の動き一つで母さんのことで沈んだ心が、浮上していく。

 乙葉ちゃんを見送ったいろはさんが、俺に向き直る。


 「さて、昴くん。リビングをお借りできますか? 少し長いお話になりそうなので」


 「はい、どうぞ」


 俺は案内しようとして——足が止まった。


 リビングには、母さんがいつも座っていたソファがある。テレビの前の、少しへこんだクッション。昨日の夜まで、そこに母さんがいた。スマホを見ながら、俺の話を聞き流していた。


 (……母さん)


 《昴》


 (大丈夫。俺は悲劇でも決して折れない主人公だからな)


 深呼吸して、リビングに向かう。いろはさんは俺の横顔をちらりと見たけど、何も言わなかった。

 さっきまで水浸しになっていた床も、いつも通りに戻っていた。


 リビングに入る。六畳ほどの部屋。テレビとソファ、小さなテーブル。窓からは夕日が差し込んでいる。もう夕方か。時間の感覚がなくなってた。

 リビングから覗くキッチンの荒れようが、先程までの出来事が現実だったと突き付けてくる。


 「座ってください」


 いろはさんが先に椅子に座る。俺は向かいのソファに座る。母さんがいつも座っていた場所を避けて、端っこに座った。


 (なんか、緊張する。ってかパンツ見えそう)


 《おまっ、今それ言う? んお、俺見えちゃった》


 (おい、どんなのか教えろよ!)


 《圧がすご……笑うんですが》


 いろはさんがスマホを取り出して、何かを操作する。


 「録音はしていませんが、報告書は作成しますので、ご了承ください」


 (報告。クソ狸にパンツ見られました)


 《おい》

 

 「はい」


 「まず、昴くん。今日起きたこと、どう思いますか?」


 (どう思うって言われても……現実離れしすぎててな。それより今はパンツが気になって仕方ない)


 《正直に答えるのがいいんじゃないか? 嘘ついてもしょうがないし。パンツは黒のレース生地だ》


 「正直、何が何だかわからなくて……。母さんが、あんな姿になって」


 (黒のレース……えっろぉ)

 

 思わず声が震えるが、悲しみを堪えている感じに演出する。


 「そうですね。突然のことで、混乱されるのは当然です」


 いろはさんが優しく微笑む。でも目は真剣だ。


 「昴くん、魔物という言葉、聞いたことはありますか?」


 「魔物……ですか? ゲームとかに出てくる?」


 「ええ、そうですね。でも、現実にも存在するんです。今日、昴くんが見たのがそれです」


 (現実に魔物……まあ、実際見たしな)


 《でも信じがたい話だよな。自分の母ちゃんがああなってなけりゃ信じられなかったと思うよな》


 「魔物というのは、人間が変質してしまった結果なんです」


 いろはさんが続ける。


 「人間の感情が暴走し、一定の閾値を超えると、人は魔物に変容してしまいます。それには八つの枢要罪と呼ばれる感情が関係しています」


 「八つの枢要罪……?」


 (七つの大罪じゃダメだったんですか……?)


 《分類が足りなかったんだろ、知らんけど》


 俺は首をかしげる。聞いたことがない言葉じゃないけど、詳しくは知らない。


 「傲慢(プライド)憂鬱(メランコリー)憤怒(ラース)怠惰(スロウス)強欲(グリード)暴食(グラトニー)色欲(ラスト)虚飾(ヴァニティ)。この八つの感情です」


 (虚飾……)


 《偽りで飾るって、まさにお前のことだな》


 「昴くんのお母さんは、憂鬱の感情で魔物化しました。より内向的で、自分を責める傾向の強い感情です」


 いろはさんが少し言いづらそうに続ける。


 「お母さんは、何か深い悩みを抱えていませんでしたか?」

 

 俺は考える。母さんの最近の様子。いつもスマホばかり見て、俺との会話も上の空。でも今朝は機嫌が良かった。


(深い悩み……憂鬱って俺、感じたことないんだよねー)


 《お前のメンタルに脱帽》

 

 

 「正直、わからないです。普段あまり話さなくて。でも、母さんと話さなくなる決定的なキッカケは、あってもしかしたら……」


 《ちゃんと理由とか説明すれば良かったな。何も言わないから、このままでいいと思ってたけどさ》


 (俺、もっとちゃんと話しとけば良かった。もう話もできないのに、今さら遅いのにな)


 《なぁ》


 健気に前を向こうとしてる表情とは裏腹に、胸がじくじくと痛む。そんな感情を演出しながら、ポン吉と軽口を交わす。


 「そうですか。魔物化の原因は複雑で、必ずしも特定できるものではありません」

 

 いろはさんが慰めるように言う。


 「今大切なのは、昴くんがどうするかです」


 (お姉さん優しい。俺きゅんきゅんしちゃう)


 《はーい、きゅんきゅん頂きましたー》

  

 「俺が……どうする、ですか?」


 「はい。実は、昴くんには特別な才能があります」


 いろはさんが俺をじっと見る。


 (俺が特別なのは今に始まったことじゃないよな? な?)


 《その自信は一体どこからくるんだか》

 

 「昴くん、さっきバリアのようなものを作っていましたね?」


 「あ、はい……あれは一体何だったんでしょうか」


 「今の昴くんは、半魔と呼ばれる存在です」


 (半魔? 何それ、鈍器の一種か?)


 《いや、それはハンマー。じゃなくて、半魔って一体なんだ?》


 「えっと……半魔でしたっけ? それって一体何ですか?」


 思わず素が出そうになる。慌てて表情を整える。


 「半魔というのは、魔物になる一歩手前で踏み止まった人間のことです。自分の枢要罪を認めて、ある程度制御できる人のことですね」


 (制御……できてるのかな)


 《できてないと思うけど、出来てないと思うけど、魔物になってないからなぁ》


 「非常に稀な存在で、全国でも数十人程度しかいません。昴くんが作ったバリアは、何らかの枢要罪による能力です」


 「枢要罪の……能力」


 「はい。非常に強力な力です。昴くんは無意識にその力を使って、自分を守ったんです」


 (ピンチに力が覚醒とか、まるで主人公。いや俺こそが主人公だ!)


 《おほー、ちょろいですよこの人。簡単に乗せられてます》


 いろはさんが少し身を乗り出す。


 「昴くん、私たちは、内閣府直下組織の八罪管理局に所属しています。魔物災害に対応し、一般社会への影響を最小限に抑えることが使命です」


 「八罪管理局……」


 (なんかダサいロゴのジャケット着てそうだな)


 《カッコいいマークかもしれないだろ》


 「そして、魔物と戦えるのは半魔だけなんです。私は色欲の半魔、乙葉ちゃんは暴食の半魔です」


 (色欲の半魔……エロ担当? いやそんなわけないよな。ってか乙葉ちゃん解釈一致すぎる)


 《お前の頭の中、本当に中学生だな》


 「昴くんには選択肢があります」


 いろはさんの表情が真剣になる。


 「私たちと一緒に来て、半魔として訓練を受けるか……」


 「もう一つは?」


 「拘束ののち、収容所での生活が待ってます。制御できない場合、いずれ魔物化してしまう可能性が高いからです。あ、安心してくださいね。外に出れないだけで必要なものは何でも取り寄せますからね」


 (つまり、断れないってことか)


 《事実上の強制だな。いや待てよ何もせず、ぐーたらを約束されているならそれはそれで魅力的では?》


 (そしたら、俺の魅力を世界に知らしめられないだろ?)


 「訓練すれば能力をコントロールできるようになります。そして、他の人を魔物から守ることができるようになります」


 いろはさんの目が熱を帯びる。


 「昴くんのお母さんのような悲劇を、防ぐことができるんです」


 (俺が、ヒーローになれるってこと?)


 《おいおい、そっちかよ。母ちゃんどうした母ちゃんは》


 (だって、ヒーローだぞ? しかも選ばれし者的なさ!)


 俺は少し考えるフリをして、ゆっくりと口を開く。


 「わかりました。俺で役に立てるなら、やらせてください」


 しっかりとした声で答える。迷いのない、意志の強い青年を演じる。


 (ヤバイな、世界が俺を知ってしまう……)


 《ヒーローデビューだな》


 いろはさんが微笑む。


 「ありがとうございます。立派な判断です」


 その時、玄関の方から乙葉の声が聞こえてきた。


 「いろはさーん、近隣への説明完了でーす」


 「はい、お疲れさま」


 いろはさんが立ち上がる。


 「では、昴くん。これから本部にご案内します。今日はもう遅いので、簡単な手続きと説明だけになりますが」


 「今日、ですか?」


 「はい。半魔の覚醒は緊急事態ですから。ご家族には……あ、すみません」


  気まずい沈黙。


 「大丈夫です。親戚に連絡しておきます」


 俺が冷静に答える。本当は親戚なんてほとんどいないけど。


 (ヤバイって、俺まじヒーローになっちゃうじゃん)


 《戦隊モノなら、いいとこ追加戦士のメインにあまり絡まない、じゃない方とかだろ? まぁ外面だけならブルーいけるけどな》


 (ほめんなよー)


 《お前にはこれが褒め言葉に聞こえるのか?》

 

 乙葉がリビングに入ってきた。


 「昴くん、よろしくお願いします! 一緒に頑張りましょうね」


 にこにこと笑って手を差し出す。その笑顔があまりにも純粋で、俺は一瞬言葉を失った。


 (やばい、めっちゃ可愛い)


 《チョロっ!》


 「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」


 乙葉の前だけ、なぜか声が小さくなってしまう。


 乙葉が首をかしげる。


 「昴くん? どうかしましたか?」


 「い、いえ。何でもありません」


 慌てて手を引っ込める。


 (なんで乙葉の前だと上手く話せないんだ?)


 《好みのタイプだからじゃないか?》


 (そんなわけ……まあ、確かに好みだけど)


 いろはさんが俺の様子を見て、くすりと笑った。


 「あら、昴くん。乙葉ちゃんがそんなに怖い?」


 「怖くないです!」


 思わず大きな声で答えてしまう。乙葉がきょとんとした顔をする。


 (マズイまずいイケメンが台無しになっちまう)


 《自分で言ってしまうくらい、俺はイケメンですってか。やかましいわ!》


 (ふぅ、深呼吸深呼吸。ダサいとこ見たら惚れられるもんも、惚れられなくなるからな)


 「大丈夫ですよ、昴くん。最初はみんな緊張するものです」


 乙葉が優しく微笑む。


 「私も最初はドキドキでした。でも、みんないい人ばかりですから」


 (優しい……この子、天使かよ)


 《完全に落ちてるな》


 「では、行きましょうか」


 いろはさんが腕時計を見る。


 「本部で局長が待っています。昴くんの適性検査もありますし」


 「適性検査……ですか?」


 「はい。どの枢要罪の半魔なのか、正確に判定する必要があります。」


 (俺ならどの枢要罪でも、華麗に使いこなしてしまうな)


 《華麗? わちゃわちゃの間違いだろ?》


 (うるさい)


 俺は立ち上がって、部屋を見回す。さっきまで母さんがいた家。もう戻ってくることはない。

 腕のブレスレットが冷たく光る。


 「昴くん、何か持っていくものはありますか?」


 「少しだけ、荷物を」


 俺は自分の部屋に向かった。制服、下着、歯ブラシ。本当に必要最低限だけをバッグに詰める。


 机の上にある、去年の母さんとの写真を手に取る。遊園地で撮った、数少ない一緒の写真。母さんは笑ってる。


 (この時母さんは、楽しかったのかな……)


 写真をバッグに入れて、部屋を出る。


 「準備できました」


 「それでは、参りましょう」


 いろはさんが先に立って歩き出す。乙葉が俺の隣を歩く。


 「昴くん、大丈夫ですか? あんな事があったんだから無理しなくていいんですよ」


 すかさず気遣いの一言。流石です。

  

 「大丈夫です。ありがとうございます」


 もうちょっと距離を詰めたい。できればタメ口とかで話せたらいいな。そんな考えが浮かぶ。

 

 (タメ口っていつ、どのタイミングから良いのかな? こっちから一方的にはじめたらダメかな?)


 《知り合って、少ししか経ってないのにいきなりタメ口とか怖すぎて笑う》


 玄関を出て、アパートの廊下を歩く。隣の部屋のおばさんが顔を出したけど、いろはさんが軽く会釈すると、なぜか納得したようにうなずいて引っ込んだ。


 (さっき何をしたんだろう)


 《金握らせたんじゃね?》


 エレベーターに乗る。三人きりの密室。乙葉の甘い香りが鼻をくすぐる。


 (近い……)


 俺は壁に寄りかかって、クールを装う。でも心臓がバクバクしてる。


 「昴くん、本当に大丈夫? すごく緊張してるみたいですけど」


 乙葉が心配そうに見上げる。


 その瞬間、エレベーターががくんと止まって、乙葉ちゃんがバランスを崩す。


 「あ」


 サラッと乙葉の肩と手を取り支える。柔らかい手の感触。


 「大丈夫?」


 (こんな所でタメ口チャーンス。ってかめっちゃいい匂い)

 

 《はい、純粋にキモいです》


 (うるさいうるさいうるさい。イケメンに触られて、しかも不可抗力。嫌がる奴なんかいないっしょ)


 いろはさんがくすくす笑ってる。


 「あら、昴くん。とっても紳士的なのね。」


 乙葉ちゃんは、よくわかってないみたいでキョトンとした顔でお礼を言われる。

 

 「ありがとう昴くん」


 (キョトン顔頂きましたー。天使!)


 《一周回って清々しいよ、お前》

 

 エレベーターが一階に着く。ドアが開く。


 「さあ、新しい世界の始まりですよ、昴くん」


 いろはさんが振り返る。


 俺は深呼吸して、一歩前に出る。


 (新しい世界……か)


 《半魔戦隊としての人生のスタートだな》


 (なんかダサすぎる。いやだそんな戦隊)


 アパートの外に出ると、黒い車が止まっていた。高級車らしく、窓にはスモークが貼ってある。


 「こちらです」


 いろはさんが車のドアを開ける。


 俺は最後にアパートを振り返る。母さんとの思い出がつまった場所。でも、もう過去だ。


 (ありがとう、母さん。俺……ハーレム築くから)


 《お前それ、絶対母ちゃん成仏できない奴だぞ》


ルビ振ったほうがいいんでしょうか?

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