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いきなり重い話聞かされたんだけど

 竜司が語り始めた時、その声には普段の豪快さとは違う、重みが込められていた。


 珠洲は昴の隣に座り、紅葉と灯も席についた。まるで家族の団らんのような雰囲気だった。


「俺がまだ傭兵をやってた頃の話から始めよう」



 十数年前――


 松元竜司は戦場を駆け抜けていた。血と硝煙の匂いが立ち込める荒廃した街で、巨大な魔物が暴れ回っている。


「おい、あの化け物どうするんだ!」


 依頼主である軍の指揮官が叫ぶ。


「任せろ」


 竜司は軍用ナイフを手に、単身で魔物に向かっていった。


 傭兵として名を上げていた竜司は、「人間なのに異常に強い男」として各地で知られていた。魔物との戦闘においても、半魔に劣らない戦闘力を発揮する稀有な存在だった。


 管理局からも何度か協力要請があった。だが、彼らと行動を共にするたびに、竜司は違和感を覚えるようになっていた。


「民間人の救出は後回しだ。まず魔物の殲滅を優先する」


 管理局の指揮官がそう命令した時、竜司は初めて異議を唱えた。


「待てよ。あそこにまだ生存者がいるかもしれない」


「効率を考えろ。一人を救うために十人を危険に晒すわけにはいかない」


 その論理は正しかった。だが竜司には納得できなかった。


「数の問題じゃねぇだろ」


「感情論は危険だ。我々は冷静に判断しなければならない」


 管理局の半魔たちは淡々と任務を遂行していく。確かに効率的で、結果として多くの人命を救っていた。だが竜司には、どこか機械的に見えた。


 傭兵稼業を続ける中で、竜司は管理局の在り方に疑問を抱くようになっていた。彼らは人命を守ろうとしているが、同時に「数」でしか人を見ていないように思えた。


 そんな時、竜司は管理局の事務職員として働く一人の女性と出会った。


 蘭堂紅葉。


 彼女は管理局の後方支援を担当していたが、現場の状況を誰よりも心配していた。


「今回の作戦、民間人の被害は最小限に抑えられたでしょうか」


 紅葉が心配そうに尋ねる声を聞いた時、竜司は初めて管理局にも「心」を持った人間がいることを知った。


「ああ、お前らのおかげでな」


 竜司が答えると、紅葉は安堵の表情を浮かべた。


「良かった。私たちにできることは限られていますが、少しでも役に立てているなら」


 その優しさに、竜司は心を打たれた。


 それから竜司は、任務で管理局と協力するたびに紅葉と言葉を交わすようになった。


「松元さん、いつもありがとうございます」


「別に礼を言われるようなことはしてねぇよ」


「そんなことありません。あなたのおかげで、どれだけの人が救われたか」


 紅葉は心から感謝を込めて言った。その純粋さが、竜司の心を次第に溶かしていく。


 ある日、竜司は紅葉に尋ねた。


「お前、なんで管理局なんかで働いてるんだ?」


「え?」


「こんな堅苦しい組織、お前には合わないだろ」


 紅葉は少し考えてから答えた。


「確かに、規則は厳しいですし、時には理解できない判断もあります。でも……」


 彼女は窓の外を見つめた。


「この仕事をしていると、救われた人たちの笑顔を見ることができるんです。直接ではありませんが、報告書を通して」


 竜司は紅葉の横顔を見つめた。


「それだけで、私には十分なんです」


 その言葉に、竜司は自分の中で何かが変わるのを感じた。


 次第に、竜司は紅葉への想いを自覚するようになった。彼女の優しさ、他者を思いやる心、そして時折見せる寂しそうな表情。全てが竜司の心を捉えて離さなかった。


「紅葉」


 ある日、竜司は彼女の名前を呼んだ。


「はい?」


「俺と一緒にメシでも食わないか」


 紅葉は驚いたような顔をした。


「お食事、ですか?」


「ああ。堅苦しく考えるな。ただの食事だ」


 紅葉は少し迷ってから、微笑んだ。


「はい、お時間があるときに」


 それから二人は、仕事の合間に食事を共にするようになった。竜司は紅葉の話を聞くのが楽しみになり、紅葉も竜司との時間を大切にしているようだった。


「松元さんって、思ってたより優しいんですね」


「優しいって言われたのは初めてだな」


「本当です。最初はとても怖い人だと思っていましたが」


 紅葉の率直な言葉に、竜司は苦笑いした。


「確かに見た目は怖いかもな」


「でも、今は違います。とても温かい人だと思います」


 その言葉が、竜司の心に深く刻まれた。


 月日が流れ、二人の関係は深まっていった。竜司は紅葉を守りたいという気持ちが日に日に強くなっていくのを感じていた。


 だが、運命は残酷だった。


 ある日、大規模な魔物災害が発生した。規制区域に取り残された住民がいるという情報が入った。


「紅葉、お前は後方にいろ」


 竜司が言うと、紅葉は首を振った。


「私も手伝います。避難誘導の経験はありますから」


「危険すぎる」


「でも、一人でも多くの人を救いたいんです」


 紅葉の決意は固く、竜司は最終的に彼女の同行を認めた。ただし、絶対に危険な場所には近づかないという約束で。


 現場では、管理局の部隊が魔物と激戦を繰り広げていた。紅葉は安全な場所で避難民の誘導を行っていた。


 しかし、作戦が長期化すると、管理局の指揮官が重大な判断を下した。


「規制区域の民間人救出は中止する。魔物の殲滅を最優先とする」


「待てよ!まだ生存者がいるかもしれないだろ!」


 竜司が抗議すると、指揮官は冷静に答えた。


「確認できた生存者は既に救出済みだ。これ以上のリスクは負えない」


「紅葉はどうなる!あいつはまだあそこにいるんだぞ!」


「蘭堂は避難済みの名簿に入っている」


 だが竜司は信じられなかった。紅葉が最後まで残って住民の避難を手伝っているのを見ていたからだ。


「俺が確認してくる」


「禁止する。作戦に従え」


 管理局の命令は絶対だった。だが竜司は従わなかった。


「悪いが、俺は傭兵だ。お前らの命令に従う義務はねぇ」


 竜司は単身で規制区域に向かった。


 そして、彼が目にしたのは――


 倒れ伏している紅葉の姿だった。


 近くには、色欲の魔物であるインキュバスの残骸があった。既に誰かに倒されたようだが、手遅れだった。


「紅葉……」


 竜司が駆け寄ると、紅葉は力なく顔を上げた。


「松元、さん……」


 彼女の衣服は引き裂かれ、体には生々しい傷跡があった。何が起きたかは明らかだった。


「すまない……俺が、もっと早く……」


 竜司の声が震えた。


「私は……大丈夫です」


 紅葉は微笑もうとしたが、その顔には深い傷跡が刻まれていた。


 竜司は紅葉を抱き上げ、安全な場所まで運んだ。医療班が彼女の治療にあたったが、肉体的な傷は癒えても、心の傷は深刻だった。


 そして数週間後、紅葉から衝撃的な報告があった。


「妊娠しています」


 竜司は言葉を失った。


「色欲の魔物との間に、子供ができました」


 紅葉の声は静かだったが、その奥に複雑な感情が込められていた。


 管理局の反応は迅速だった。


「堕胎手術を受けてもらう」


 冷たい口調で告げられた。


「魔物との混血児など、存在してはならない」


 その言葉に、竜司は激怒した。


「ふざけるな!人の命を何だと思ってる!」


「冷静になれ、松元。魔物の子だぞ?」


「だが、紅葉の子だ!」


 竜司の怒りは収まらなかった。だが、紅葉は静かに言った。


「私は、産みます」


 その決意に、竜司は心を打たれた。


「紅葉……」


「この子に罪はありません。私が守ります」


 だが管理局は容赦なかった。


「それを許すことは出来ない。その腹の子がどんな存在になるかわからない。故に今の時点で……」


 言葉は最後まで言われなかったが、意味は明確だった。


 その夜、竜司は紅葉に告白した。


「俺と一緒に来い」


「え?」


「お前とその子を守る。俺が必ず守り抜く」


 紅葉は涙を流した。


「松元さん……私なんかのために……」


「なんかじゃねぇ。俺は、お前を愛してる」


 竜司の告白に、紅葉は驚きの表情を見せた。


「こんな状況で言うことじゃないかもしれないが、俺はずっとお前を愛してた」


 紅葉は静かに答えた。


「ありがとうございます。でも、私は……」


「無理に答えを求めない。ただ、俺に守らせてくれ」


 その夜、二人は管理局から姿を消した。



 竜司の語りが一度止まった。昴は息を呑んで聞いていた。


「それが、三毒会の始まりだった」


 竜司が静かに言った。


「俺は紅葉とその子――珠洲を守るために、新しい組織を作ることにした。管理局とは違う、人間一人一人を大切にする組織をな」




 # 竜司の語り(後編)


 竜司が言葉を続けた。


「組織を作るといっても、最初は俺と紅葉、そして生まれてきた珠洲だけだった」


-----


 十六年前――


 隠れ家となった古いアパートで、珠洲が生まれた。


「おめでとう、女の子よ」


 助産師の言葉に、紅葉は安堵の表情を浮かべた。


 竜司は生まれたばかりの珠洲を見つめていた。小さな手、閉じられた瞼。どこから見ても普通の赤ちゃんだった。


「珠洲……いい名前だな」


 竜司が呟くと、紅葉が微笑んだ。


「この子が、平和に暮らせる世界にしてあげたいです」


「ああ、必ずそうする」


 だが現実は厳しかった。珠洲は生まれながらにして半魔の力を持っていたが、通常の半魔とは異なり、感情の発達が阻害されていた。魔物の血を引く代償だった。


「この子、あまり泣かないのね」


 紅葉が心配そうに言った。


「医者には、感情表現が苦手になる可能性があると言われましたが……」


 竜司は珠洲を抱きながら答えた。


「それでも、この子は俺たちの大切な家族だ」


 竜司にとって、紅葉と珠洲を守ることが人生の全てになった。だが一人では限界があった。


 そんな時、運命的な出会いがあった。


「助けてくれ……」


 ある夜、傷だらけの女性が隠れ家の前に倒れていた。赤い髪の若い女性だった。


「管理局から……逃げてきた……」


 彼女の名前は紅蓮寺灯。憤怒の半魔だった。


 灯は管理局で半魔として訓練を受けていたが、その力の強さゆえに組織から恐れられていた。


「力が制御できないって理由で、隔離施設に入れられるところだった」


 灯が事情を説明した。


「隔離?」


 竜司が眉をひそめる。


「憤怒の力が強すぎて、周囲に被害を与える可能性があるって言われた。一生、施設から出られないって」


 それは事実上の幽閉だった。管理局は全体の安全を考えての判断だったが、灯個人の人生は考慮されていなかった。


「俺は……自分の力をコントロールしたかっただけなのに」


 灯の言葉に、竜司は自分たちと同じ境遇を感じた。


「ここにいろ」


 竜司が言うと、灯は驚いた。


「でも、俺は危険だ。いつ暴走するか……」


「だったら、俺たちが支える」


 紅葉も同意した。


「一人じゃできないことも、みんなでなら」


 こうして、三毒会に最初の仲間が加わった。


 灯は珠洲を妹のように可愛がり、紅葉を母親のように慕った。竜司も、灯の真っ直ぐな性格を気に入った。


 だが何より重要だったのは、灯が自分の力をコントロールする方法を見つけたことだった。


「怒りをただ抑えるんじゃなくて、大切な人を守るために使うんだ」


 灯が発見した方法は、管理局の指導とは正反対だった。管理局は力を抑制することを教えたが、灯は力を正しい方向に向けることを学んだ。


 三毒会の理念も、この頃に固まった。


「俺たちは、一人一人を大切にする。数じゃない、個人だ」


 竜司が宣言した。


「管理局に居場所を奪われた者、理解されない者、全ての人間にとっての駆け込み寺になる」


 組織名の「三毒会」も、この理念から生まれた。仏教で言う三毒――貪欲、怒り、愚かさ。普通は否定されるべきものとされているが、竜司たちはそれを人間らしさの象徴として受け入れた。


「完璧な人間なんていない。欲もあるし、怒りもある。愚かなこともする。それが人間だ」


 管理局が目指す効率的で規律正しい組織とは、真逆の考え方だった。


 年月が流れ、三毒会は少しずつ拡大していった。といっても、半魔は珠洲と灯の二人だけ。他は管理局に不満を持つ元職員や、組織の方針に疑問を感じた協力者たちだった。


 竜司は相変わらず紅葉にプロポーズを続けていたが、毎回断られていた。


「松元さん、私は……まだ心の整理がついていないんです」


「分かってる。急がせるつもりはない」


 それでも竜司は諦めなかった。紅葉と珠洲を守るという想いは、日に日に強くなっていた。


 そして半年前、運命の日がやってきた。



 管理局の調査員が三毒会の拠点に潜入してきた。表向きは情報収集が目的だったが、真の狙いは珠洲の「処分」だった。


「このような存在は、即座に処分すべきだ」


 調査員が十五歳になった珠洲を見て言い放った。


「魔物との混血児など、人間社会に存在してはならない」


 その瞬間、竜司の理性が吹き飛んだ。


「何だと……?」


 竜司の声が低くなった。


「娘を『処分』だと?」


「娘?君は血の繋がりもない化け物を……」


 調査員の言葉が最後まで続くことはなかった。


 竜司の軍用ナイフが、男の首筋を貫いていた。


「二度と……二度とうちの娘を化け物呼ばわりするな」


 竜司の怒りは、これまで見たことがないほど激しいものだった。


 この事件により、管理局と三毒会の対立は決定的になった。以降、両組織の間には深い溝が生まれた。


「俺は後悔していない」


 事件後、竜司は灯と紅葉に言った。


「珠洲を傷つける奴は、例え誰であろうと許さない」


 紅葉は複雑な表情を見せたが、最終的には頷いた。


「ありがとう。珠洲を守ってくれて」


 灯も同意した。


「俺も同じ気持ちだ。珠洲は妹みたいなもんだから」



 竜司は語り終えた。


「これが三毒会の簡単な歴史だ」


 昴は黙って聞いていた。想像以上に重い過去だった。


「どうこうしようとか、こっちに来いとか言うわけじゃない」


 竜司が続ける。


「ただ、珠洲のために知ってほしかった。それだけだ」


 珠洲が昴を見つめていた。いつもの無表情だが、その瞳には何かを求めるような光があった。


「俺たちが何者なのか、なぜ管理局と対立しているのか。それを知った上で、珠洲と付き合ってほしい」


 昴は深く考え込んだ。管理局と三毒会、どちらも間違っているわけではない。ただ、価値観が根本的に違うのだ。


「ありがとうございました」


 昴が答えた。


「珠洲ちゃんのこと、よく分かりました」


 竜司は満足そうに頷いた。


「それで十分だ」


 その夜、昴は珠洲の本当の背景を知った。そして、なぜ彼女がこれほどまでに大切にされているのかも理解した。


 だが同時に、昴は自分の立ち位置の複雑さも痛感していた。管理局の半魔でありながら、三毒会の人々と友情を育んでいる。


 この関係が、今後どのような運命を辿るのか。昴には予想もつかなかった。

初めて行った友達の家でこれ聞かされるとか、恐怖だよね。

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