議題:鏡昴の件
赤城烈志は、管理局に戻ってからも昴のことを考えていた。
あの戦闘での昴の動き。女のイフリートとの戦いで見せた、水による鎮火作戦。そして何より、住民への隠蔽工作。
烈志にとって、昴はまだまだ謎の多い後輩だった。
入局してからまだ日が浅いのに、既にベテラン並みの戦闘力を見せている。しかも、欲望解放を使わずに。
烈志自身、あの年齢の頃は欲望解放なしでは魔物と戦えなかった。だが昴は違う。まるで呼吸をするように、自然に能力を使いこなしている。
そして今日の隠蔽工作。あれほど大勢の住民を一瞬で眠らせるなど、烈志にも不可能だ。
昴という半魔は、一体何者なのか。
烈志がそんなことを考えていると、局長室から呼び出しがかかった。
「赤城、来てくれ」
局長の根倉眠の声だった。
烈志が局長室に向かうと、既に何人かが集まっていた。
艶見いろは、高城誇、そして狩野貪。
組織の中核メンバーが揃っている。
「お疲れさま、烈志くん」
いろはが声をかけてきた。
「お疲れっす」
烈志は軽く答えて、席に着いた。
誇は相変わらず堂々とした態度で座っている。狩野は資料に目を通していた。
「それじゃあ始めようか」
根倉が口火を切った。
「今日は、昴くんについて話し合いたい」
烈志は身を乗り出した。やはり昴のことか。
「まず、今日の任務報告から」
根倉が烈志を見た。
「憤怒の魔物2体の討伐、お疲れさまだった」
「ありがとうございます」
烈志は頭を下げた。
「それで、昴くんの戦闘はどうだった?」
「相変わらずでした」
烈志は率直に答えた。
「欲望解放を使わずに、女のイフリートを完全に制圧してました」
会議室に静寂が流れた。
皆、昴の異常性を理解している。
「戦闘方法は?」
「水による鎮火作戦でした。それと、相手の体表面にバリアを展開して酸素を遮断する戦法も」
誇が眉をひそめた。
「体表面にバリア? そんな精密な制御ができるのか」
「できてましたね。俺にはとても真似できません」
烈志は正直に答えた。
「それに、住民の隠蔽工作も完璧でした」
「隠蔽工作?」
いろはが興味深そうに聞いた。
「住民を全員眠らせてました。一瞬でです」
会議室がざわめいた。
「一瞬で? どうやって?」
狩野が食いついてきた。
「わかりません。気がついたら、全員眠ってました」
烈志は首を振った。
実際、あの瞬間は昴の戦闘に集中していて、住民のことまで気が回らなかった。
「そうか……」
根倉が深く息を吐いた。
「実は、昴くんから別の報告があった」
「別の報告?」
「三毒会のメンバーと接触があったらしい」
会議室の空気が一変した。
三毒会――管理局と対立する半魔組織。
「接触って……」
烈志は驚いた。
「珠洲という少女が現れて、住民を眠らせていったそうだ」
根倉が続けた。
「つまり、住民の隠蔽工作は昴くんではなく、三毒会の仕業だった」
烈志は愕然とした。
あの時、確かに昴は何もしていなかった。気がついたら住民が眠っていただけだった。
「俺、何も見てませんでした……」
烈志は頭を抱えた。
戦闘に集中しすぎて、周りが見えていなかった。
「君を責めているわけじゃない」
根倉が烈志をなだめた。
「問題は、なぜ三毒会が昴くんに接触したかだ」
「狙いがあるってことですか?」
いろはが聞いた。
「間違いない」
誇が断言した。
「三毒会が無償で助けるとは思えない」
「昴くんをスカウトしようとしているのかもしれません」
狩野が分析した。
「昴くんの能力なら、三毒会にとって喉から手が出るほど欲しい人材でしょう」
根倉が頷いた。
「その通りだ。だからこそ、昴くんを守らなければならない」
「守るって、具体的には?」
烈志が聞いた。
「監視を強化する」
根倉が答えた。
「単独行動は控えさせて、常に誰かと行動させる」
「それだけで十分ですか?」
いろはが心配そうに言った。
「三毒会は狡猾な組織です。正面から来るとは限りません」
「確かに」
根倉が同意した。
「それに、昴くんの能力についても気になることがある」
会議室の全員が根倉に注目した。
「昴くんの能力は、他の半魔とは根本的に異なる」
根倉が続けた。
「通常、半魔は欲望解放を使って魔物化に近い状態になることで、初めて魔物と対等に戦える」
烈志も頷いた。それは半魔の常識だった。
「だが昴くんは、欲望解放を一度も使わずに勝利している」
「それどころか、欲望解放を使う気配すら見せない」
誇が補足した。
「俺も気になってた。なぜ使わないのか、使えないのか」
「俺の仮説だが」
根倉が前置きして言った。
「昴くんは、常時虚飾能力を発動させている可能性がある」
「常時発動?」
狩野が驚いた。
「そんなことが可能なのか?」
「普通は不可能だ」
根倉が答えた。
「だが、昴くんは違う。無意識レベルで現実を改変している」
「無意識に?」
いろはが興味深そうに聞いた。
「呼吸をするように自然に、理想の戦闘を現実化している」
根倉の説明に、烈志は納得した。
確かに昴の戦い方は、まるで全てが計算されているかのように完璧だった。
「だとすると、欲望解放が必要ないのも納得できる」
誇が分析した。
「既に常時発動状態にあるのだから」
「しかし、それならなぜ昴くんは魔物化しないのか?」
狩野が疑問を投げかけた。
「枢要罪を常時発動させれば、理性を失って魔物になるのが普通だ」
根倉の表情が深刻になった。
「そこが昴くんの特異な点だ」
「どういうことです?」
烈志が身を乗り出した。
「昴くんには強烈な自己否定感がある」
根倉が説明した。
「この自己否定感が、能力の暴走を防ぐブレーキになっているのではないか」
「自己否定感?」
いろはが心配そうな表情をした。
「虚飾で現実を改変しても、『これは偶然だ』『運が良かっただけだ』と自分を過小評価することで、能力が制御されている」
根倉の分析に、烈志は複雑な気持ちになった。
昴の謙遜は、単なる謙虚さではなく、能力制御のための必要悪だったのか。
「実に巧妙なバランスだ」
誇が感嘆した。
「だが、同時に危険でもある」
「どう危険なのですか?」
狩野が聞いた。
「このバランスが崩れれば、昴くんの能力が暴走する可能性がある」
根倉の言葉に、会議室が静まり返った。
「暴走したらどうなるんですか?」
烈志が恐る恐る聞いた。
「虚飾の能力は、現実そのものを書き換える力だ」
根倉が重々しく答えた。
「制御を失えば、世界が昴くんの理想通りに改変されてしまう」
「それは……」
いろはが息を呑んだ。
「世界の終わりを意味するかもしれない」
根倉の言葉に、全員が戦慄した。
「では、どうすればいいのですか?」
狩野が聞いた。
「昴くんの精神バランスを維持することだ」
根倉が答えた。
「特に重要なのが、乙葉ちゃんとの関係だ」
「乙葉ちゃん?」
烈志が首をかしげた。
「恋愛によって昴くんの心に安定がもたらされている」
根倉が説明した。
「同時に自己否定感も適度に緩和されている」
「なるほど」
いろはが理解したように頷いた。
「乙葉ちゃんが昴ちゃんの心の支えになっているのね」
「その通りだ」
根倉が確認した。
「だからこそ、この関係は絶対に守らなければならない」
「もし乙葉ちゃんを失ったら?」
狩野が聞いた。
「昴くんの精神バランスが一気に崩れる可能性がある」
根倉が重く答えた。
「それは能力の暴走を意味する」
「つまり、世界の破滅ということか」
誇が呟いた。
会議室に重い沈黙が流れた。
昴という一人の半魔に、これほどの重要性があるとは。
「対策はあるのですか?」
烈志が聞いた。
「昴くんの周辺環境を可能な限り安定させることだ」
根倉が答えた。
「乙葉ちゃんとの関係を見守り、必要があれば支援する」
「具体的には?」
いろはが聞いた。
「恋愛相談に乗ったり、デートの機会を作ったり」
根倉の提案に、烈志は苦笑いした。
半魔の能力制御のために恋愛支援をするとは、なんとも珍しい任務だ。
「それと、三毒会からの接触に警戒することだ」
根倉が続けた。
「彼らに昴くんを奪われるわけにはいかない」
「わかりました」
全員が同意した。
「ま、全部俺の仮説なんだけどね。だから確証もないし間違ってる可能性も高い。そこんとこよろしくね。それじゃあ、役割分担を決めよう」
根倉が仕切り始めた。
「いろはちゃんは、昴くんと乙葉ちゃんの恋愛支援を頼む」
「任せて」
いろはが頷いた。
「誇は、昴くんの戦闘訓練を担当してくれ」
「了解」
誇が答えた。
「狩野は、三毒会の監視を強化してくれ」
「承知しました」
狩野が応じた。
「烈志は、昴くんの日常的な見守りを頼む」
「俺が?」
烈志は驚いた。
「君が一番昴くんと接する機会が多い」
根倉が説明した。
「異変があれば、すぐに気づけるだろう」
「わかりました」
烈志は頷いた。
昴の見守り役か。責任重大だ。
「以上だ」
根倉が会議を締めくくった。
「昴くんのことは、絶対に秘密だ」
全員が頷いた。
「本人にも知られてはいけない」
根倉が念押しした。
「昴くんが自分の特異性を知れば、精神バランスを崩す可能性がある」
確かにそうだろう、と烈志は思った。
自分の能力が世界を滅ぼしかねないと知ったら、誰だって平静ではいられない。
「それじゃあ、解散だ」
会議が終わり、烈志は自分の部屋に戻った。
昴のことを考えながら、烈志は複雑な心境だった。
あの人懐っこい後輩が、実は世界の命運を握る存在だったとは。
そして、烈志はその見守り役を任された。
昴の日常に気を配り、異変があれば報告する。
恋愛が順調に進むよう、陰から支える。
なんだか母親のような気分だった。
烈志は苦笑いしながら、明日の予定を確認した。
昴との訓練がある。いつも通り、肩を叩いて激励してやろう。
あいつは照れ屋だから、素直に喜ばないかもしれないが、きっと内心では嬉しいはずだ。
烈志はそんなことを考えながら、ベッドに横になった。
昴を守る。その使命を胸に刻んで。
翌朝、烈志は昴と顔を合わせた。
「よお、昴! 今日も訓練頑張ろうな!」
全て局長の推測です
明日から1回更新になります




