災害級の夫婦喧嘩とかウケる
午前10時、俺は局長に呼び出された。
(また何かあったのかな)
《きっと任務だろうな》
(だよなー、だるぅ)
局長室に入ると、セク郎……じゃなかった、烈志が既に来ていた。
「よお、昴! 今日もよろしくな!」
烈志が俺の肩を叩く。
(近い、痛い、やめてくれよ)
《こいつが男色なんじゃないかって疑ってきちまうな》
(そしたら、俺が女だって知ったら、どうなるんだろ)
《さぁ? 血涙でも流すんじゃね? めっちゃ美形の男子かと思ったのにって》
「よろしくお願いします」
俺は愛想笑いで答えた。
(うけ。男でそのパターンは初になるな)
《女だったら何にかいるけどな》
局長が資料を取り出した。
「今回の任務だが、少し急を要する」
局長の表情が真剣だった。
(急要するならさ、いちいち集めないで出撃する人に無線とかで伝えたらいいんじゃねぇの?)
《確かに。それ普通に有用な意見だから伝えとけよ》
「どんな任務ですか?」
「狩野からの情報によると、都内のマンションで夫婦喧嘩が激化している」
局長が続けた。
(お互いを思い合う喧嘩もあるけど、この人たちの喧嘩は憎み怒りあった結果なんだな)
《悲しいねぇ。人間の業ってやつか》
「このままだと、憤怒の魔物化は避けられない」
「夫婦で魔物化……」
烈志が眉をひそめた。
「ああ。しかも同時だ」
(にしても2体はめんどい)
《5体とかやったけど、誇がやってくれたからな》
局長の表情がさらに険しくなった。
「2体の憤怒の魔物が同時発生すれば、被害は甚大になる」
(ぶっちゃけ被害どんだけ広がろうと、手間が無ければいいんだけどさぁ)
《被害増えると報告書増えるからなあ》
「できれば魔物化を阻止したいが」
局長が俺たちを見た。
(間に合ったケースを未だかつて聞いたことがない件)
《きっと、1件か2件あるよ。多分きっとさ。知らんけど》
「阻止できなかった場合は、即座に討伐してくれ」
「了解!」
烈志が元気よく答えた。
「昴くんの能力なら、住民への隠蔽対応もできるかもしれない。可能ならやってみてくれないか?」
局長が俺に期待の眼差しを向けてくる。
(隠蔽ってさ、記憶処理とか見せないようにっしょ?)
《俺らの周りに不透明のドームとかで覆うとか》
(いや、いきなりドームできたらびっくりっしょ)
《だよなぁ。めんどくさ》
(なんか忘れちゃう薬注射で打つ感じでいいんじゃね)
「可能かは分かりませんが、試してみます」
俺は曖昧に答えた。
局長と烈志は満足そうに頷いた。いやできなくてもいいんかい。
(失敗前提っぽいな、気楽でいいわ)
《むしろやらないで、できませんでよくね》
「それじゃあ、すぐに出発するぞ」
俺たちは急いで準備をして、車で現場に向かった。
車内で、烈志が詳細を教えてくれた。
「夫婦は40代。結婚15年目だが、最近関係が悪化してるらしい」
「原因は何ですか?」
「浮気、借金……大人には色々あるんだ。喧嘩が激化して、近隣から騒音被害も出てるらしい」
(たまに聞く話だけどな)
《魔物化してなきゃ、殺人事件になってそうだな》
「狩野が監視してるが、魔物化の兆候は強くなる一方だ」
烈志の表情が険しくなった。
(ぶっちゃけそっちのがいいな)
《死者は1人で済むもんな》
「時間がない」
現場に到着すると、マンションの前に人だかりができていた。
上の階から、怒鳴り声と物が壊れる音が聞こえてくる。
「やべぇ、もういつ起きてもおかしく……」
その時、マンションの窓が赤く光った。
窓の向こうで、何かが燃えているのが見えた。
「魔物化したか。クソ、間に合わなかった」
烈志が拳を握った。
(信号きっちり守って間に合わせる気あったんだな)
《てっきり、魔物倒す方が楽だからチンタラしてるかと思ったよな》
「2体同時に魔物化したようだな」
(えー、どうせなら片っ方死んでくれれば楽なのに)
《クッソ不謹慎アンドクズ発言だな》
俺たちはマンションに駆け込んだ。
エレベーターで5階に上がる。
廊下に出ると、505号室のドアが半分溶けていた。
中から、炎と怒声が漏れ出してくる。
「ギャアアアア!」
「グオオオオ!」
人間の声ではない、獣のような咆哮。
(うわぁ、セク郎見たいのが、2体もいるぅ)
《どっちも憤怒の魔物だな。》
「昴、俺が男の方を引き受ける。女の方はお前に任せる」
烈志が炎を纏い始めた。
(両方やってどうぞ)
《あいつ、俺らが隠蔽工作する係っての忘れてるだろ》
「わかりました」
仕方ないので、俺は頷いた。
(ポン吉、よろしく。やる気失せましたわぁ)
《は? 死ぬ?》
俺たちは部屋に突入した。中は地獄絵図だった。
天井も壁も床も、全てが燃えている。
そしてその中央に、2体の炎の巨人がいた。男のイフリートは身長3メートル程。全身が赤い炎に包まれている。女のイフリートは少し小さいが、オレンジ色の炎を纏っていた。
「ウガアアア!」
男のイフリートが烈志に向かって炎の拳を振り下ろす。
「欲望解放んで、深化ぁ!」
烈志は、炎を纏う。そして一気に青く変わる。
(おお、青い炎! 忌々しいあの炎か)
《サクッと終わらす気かな》
男のイフリートの炎が、烈志の青い炎に飲み込まれていく。
(炎を更に激しい炎で燃やし尽くす作戦か)
《力業だけど、らしいな》
俺は女のイフリートと対峙する。女のイフリートは俺を見て、甲高い声で叫んだ。
「ギャアアアア!」
こちらに向けて、炎の塊を投げつけてくる。
(うわ、熱そう)
《バリアで楽ちん防御》
俺はバリアを展開する。炎の塊がバリアにぶつかって散った。
(んじゃこっちも倒しにいくか)
《ぱぱっと済ませたいな》
俺は手を向けて、水塊を作り出す。
「お前の欲望……鎮めてやるよ」
敵に向かい投げつける。
「ギャー!」
肩にあたり、女のイフリートが苦しんでいる。肩の炎の勢いも小さくなっている
(おお、効いてる)
《もっとかけろ》
俺は、女のイフリート上に滝を作ってに浴びせた。
「ギャアアアア!」
女のイフリートが暴れ回り、炎は確実に小さくなっていく。
(このままいけそうだな)
《でも、時間かかりそうだぞ》
女のイフリートが俺に突進してきた。
(やば)
《バリア!》
俺とポン吉、同時にバリアを展開する。
2枚のバリアが重なって、女のイフリートの攻撃を完全に防いだ。
(おお、同時展開って初めてやったけど、良さげ)
《2枚が合わさって強力なバリアになってるっぽいな》
(ってか、いいこと思いついたわ。ポン吉合わせろ)
そして俺は、女のイフリートの体の表面にバリアを展開した。炎を内側に閉じ込めて、酸素を遮断する。
「ギャ……ギ……」
女のイフリートがのたうち回るが、それに合わせてバリアの形状を変えていく。
少しずつ炎が消えていき、ついに女のイフリートは倒れた。
彼女のいた場所には、灰の山を残すのみだった。
(終わったな)
《戦いにもなれた感出てきたな》
烈志の方でも、男のイフリートが倒されていた。
青い炎で完全に燃やし尽くされて、灰も残っていない。
「よくやったぞ、昴」
烈志が俺に声をかけてきた。汗だくで、少し息が荒い。近寄らないでほしい、気持ち悪い。
「お疲れさまでした」
俺は答えた。
(これさ、事案じゃね。ハアハア言ってる汗だくの男に詰め寄られる幼気な少女だよ)
《まぁ男装してなければの話だがな》
その時、部屋の外から声が聞こえた。
「あの、大丈夫ですか?」
近隣住民らしき声だった。
(やばい、完全に忘れてた)
《どうすんだよ》
(えーっと……局長かいろはさんに連絡を……)
その時、俺の前に少女が現れた。長い黒髪に、色白の肌。どこか儚げで、美しい少女だった。
(え、かわよ、てか誰?)
《知らない子だな》
少女は俺を見て、小さく微笑んだ。
「三毒会、珠洲、よろしく、ね」
声は静かで、水のように透明だった。
「住民、みんな、眠らせといた、よ」
少女は手をひらりと振った。
「また、ね」
そう言って、少女は煙のように去っていった。
(え? 今の何?)
《よくわからんが、住民を眠らせてくれたらしいぞ》
俺は慌てて外を確認した。
廊下にいた住民たちが、みんな壁にもたれて眠っている。
完全に意識を失っているようだった。
(すげぇ……)
《でも、あの子誰だ?》
(三毒会って言ってたな。管理局の中の部署かなんかかな)
《さぁ? 聞いたことないけど》
烈志が俺に近づいてきた。
「昴、すげぇじゃねぇか!」
「え?」
「住民を眠らせるなんて芸当、いつ覚えた?」
烈志が感心したように言った。
(え、俺がやったことになってる?)
《さっきの子の事見てなかったみたいだな》
「気がついたらこうなってました」
俺は適当に答えた。嘘は言ってない。むしろ真実しか言ってない
(少女のこと以外真実しか言ってないぜ)
《勘違いする方が悪いな》
「さすがだな、昴は」
烈志が俺の背中を叩いた。
(痛い、近い、汗くさい。背中濡れた気持ち悪い)
《昴が可愛いんだよ》
(それ完全にヤバいやつですやん)
俺たちは現場の後処理をして、管理局に戻った。
帰りの車で、俺は先ほどの少女のことを考えていた。珠洲という名前の、美しい少女。三毒会という組織に所属している。
(可愛いし、綺麗だったなぁ)
《おい、乙葉のことはどうした》
(乙葉ちゃんは別格! でも、あの子も綺麗だった)
《浮気はダメだぞ》
(浮気じゃないよ。美しいものを美しいと思うのは自然な感情だろ?)
《屁理屈言うな》
だが、珠洲という少女には、何か特別な魅力があった。儚げで、どこか悲しそうで、それでいて神秘的だった。
(また会えるかな)
《三毒会って何だろうな》
(局長に聞いてみよう)
管理局に戻って、俺は局長に報告した。
「任務完了です」
「お疲れさま。被害は?」
「最小限に抑えられました」
俺は答えた。
(部屋がめっちゃ燃えた以外被害って被害なかったからな)
《確かに最小限だな》
「住民への隠蔽も完璧だった」
烈志が補足した。
「昴が全員眠らせてくれたからな」
局長の目が光った。
「ほう……昴くん、隠蔽能力も身につけたのか」
(どう説明しよう)
《正直に言えばいいんじゃね?》
「現場で、珠洲って名前の女の子に会ったんです。その子が住民を眠らせてくれました。そう言えば三毒会だって言ってました」
俺は正直に答えた。
すると局長と烈志が顔を見合わせた。
「昴くん……」
局長の声が重くなった。
「三毒会は、我々の敵対組織だ」
「え?」
俺は驚いた。
(敵? でも住民を眠らせて助けてくれたじゃん)
《なんか思惑あったんかね?》
「魔物災害への対処方針が、我々とは根本的に異なる組織だ」
局長が説明してくれた。
(あったとしても彼女は味方! 可愛いは正義!)
《え? 性欲には抗えない?》
「彼らは法律や秩序よりも、個人の感情を重視する」
「それって……悪いことなんですか?」
俺は疑問に思った。
(個人の感情を重視するのが悪いことなのか?)
《わからんが、組織的には対立してるらしいな》
「悪いことではないが、危険なことだ」
局長が続けた。
「彼らのやり方では、魔物の存在が一般社会に知られてしまう」
「なるほど……」
俺はなんとなく理解した。
管理局は秘密主義で、三毒会は公開主義ということか。
(どっちが正しいんだろうな)
《どっちも正しいんじゃねぇの? やり方が違うだけで》
「その珠洲という少女、何か言っていたか?」
局長が俺に聞いた。
「はい、住民を眠らせといたって教えてくれました」
「それだけか?」
「はい、またね、とも言っていました」
局長の表情がさらに険しくなった。
「そうか……」
(何がそんなにヤバいんだろう)
《敵組織とはいえ、助けてくれたのに》
「昴くん、今後三毒会のメンバーと遭遇した場合は、即座に報告してくれ」
「はい」
俺は素直に答えた。
だが、内心では複雑だった。
珠洲という少女は、確かに俺たちを助けてくれた。
敵対組織だからといって、すぐに敵視するのは違うような気がする。
(もう少し詳しく話を聞いてみたいな)
《組織のルールもあるし、厄介ごとにならんようにな》
(でも、気になる)
《気になるのは、顔が好みだからだろ》
(そ、そんなことないよ)
《嘘つけ。顔に出てる》
俺は慌てて表情を隠した。
(乙葉ちゃん一筋だよ)
《本当かぁ?》
(本当だよ!)
でも、珠洲という少女のことは、確かに気になっていた。あの儚げな美しさと、静かな強さ。
そして、なぜか俺を助けてくれたこと。
(また会ったら、お礼を言いたいな)
《会わない方がいいと思うけどな》
(でも、もし偶然会ったら)
《偶然ねぇ》
その夜、俺は自分の部屋で今日の出来事を振り返っていた。
憤怒の魔物、2体同時討伐。
そして、珠洲という謎の少女との出会い。
(今日も色々あったな)
《毎日何かしら起きるよな》
(でも、充実してるよ。組織に入る前より)
《そりゃ良かった》
俺はベッドに横になって、天井を見上げた。
(乙葉ちゃんとの関係も進展してるし)
《手を繋いだだけだろ》
(手を繋ぐって大きな進歩だよ)
《次は?》
(次って?)
《告白だろ?》
俺は顔が熱くなった。
(こ、告白はまだ早いよ)
《いつやるんだよ》
(タイミングを見てだよ)
《いつまでもタイミング待ってたら、他の奴に取られるぞ》
(そんなことないよ。乙葉ちゃんは俺を……)
俺は言いかけて止めた。
まだ乙葉ちゃんの気持ちを確信しているわけではない。
手を繋いだからといって、恋人同士になったわけではない。
(もう少し、様子を見よう)
《慎重すぎるんだよ、お前は》
(慎重なのは良いことでしょ?)
《時と場合による》
俺はポン吉との会話を続けながら、眠りについた。
今日も、乙葉ちゃんの夢が見られそうだ。
だが、珠洲という少女の顔も、なぜか頭から離れなかった。
(三毒会……また会うことはあるのかな)
《わからんが、敵対組織らしいから、会わない方がいいだろうな》
(そうかねえ)
俺はそう答えたが、心の奥では珠洲にもう一度会いたいと思っていた。
あの静かな笑顔と、透明な声を、もう一度。
新ヒロイン登場!
うちの夫婦喧嘩も激しいです。




