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根倉眠という男

 根倉眠は、運転席でハンドルを握りながら昴の話を聞いていた。


 中学時代の告白とその後の地獄。同性愛者であることで受けたいじめ。男装に逃げた理由。


 眠は昴の声に耳を傾けながら、胸の奥で複雑な感情が渦巻くのを感じていた。


 この子は、一体どれほど傷ついてきたのだろう。


「『可愛い男の子』だと思って遊びでデートしてくれる子もいたんですけど、それも虚しくて」


 昴の声には、深い諦めが滲んでいた。


 眠は過去に似たような境遇の半魔を何人も見てきた。社会から疎外され、居場所を見つけられず、最終的に魔物化してしまった者たちを。


 だが昴は違う。魔物化するどころか、強力な半魔として覚醒した。


 その差は何なのだろうか。


「女だってバレた瞬間、『騙された』『気持ち悪い』『変態』って言われることもありました」


 眠は昴の横顔をバックミラー越しに見た。その表情には、深い孤独が刻まれている。


 だが、同時に諦めていない強さも感じられた。


 昴は傷ついても、諦めても、それでも人を愛することをやめなかった。乙葉に向ける眼差しがその証拠だ。


 眠は昴という人間の強さに、静かな感動を覚えていた。


「だから、ちゃんと恋愛するのは諦めてたんです」


「でも、今は違うのよね?」


 いろはの問いかけに、昴の表情が明るくなった。


「昴ちゃんは、乙葉ちゃんのこと、本気で好きになったから」


「そうなんです」


 その瞬間の昴の笑顔を見て、眠は確信した。


 この子は本物だ。


 愛することを知った人間の強さ。それが昴の能力の真の源なのかもしれない。


 眠は今朝のクネクネ戦を思い返していた。


 アイマスクをつけて完全に視界を遮られた昴が、まるで目が見えているかのように戦った光景。


 あれは一体何だったのか。


 昴は自分で戦っていると思っているようだった。だが、眠から見れば明らかに異常だった。


 敵の攻撃が来る瞬間を完璧に予測し、最適なタイミングで防御を展開する。反撃も的確で、無駄がない。


 あれほど精密な戦闘を、視界なしで行える半魔など聞いたことがない。


 昴の能力は虚飾――虚構を現実化する力。


 だが今日の戦闘では、虚構というよりも「理想の戦闘」そのものを現実にしていたように見えた。


 眠はハンドルを握る手に力を込めた。


 昴という存在は、眠の半魔に対する常識を根底から覆す。


 通常、半魔は欲望解放を使って魔物化に近い状態になることで、初めて魔物と対等に戦える。


 だが昴は、欲望解放を一度も使わずに勝利している。


 それどころか、欲望解放を使う気配すら見せない。


 眠は昴の能力について仮説を立てていた。


 おそらく昴は、常時虚飾能力を発動させている。それも、無意識レベルで。


 普通の半魔が意識的に能力を使うのに対し、昴は呼吸をするように自然に現実を改変している。


 だから欲望解放が必要ない。既に常時発動状態にあるのだから。


 しかし、それならなぜ昴は魔物化しないのか。


 枢要罪を常時発動させれば、理性を失って魔物になるのが普通だ。


 眠は昴の精神構造に答えがあると考えていた。


 昴の虚飾は、「自分の理想の姿を見てほしい」という欲求から生まれている。だが同時に、昴には強烈な自己否定感がある。


 この自己否定感が、能力の暴走を防ぐブレーキになっているのではないか。


 虚飾で現実を改変しても、「これは偶然だ」「運が良かっただけだ」と自分を過小評価することで、能力が制御されている。


 実に巧妙なバランスだった。


 眠は昴の教育方針を考えていた。


 このバランスを崩してはいけない。昴の自己否定感を解消すれば、能力が暴走する可能性がある。


 だが、自己否定感を放置すれば、いずれ心が壊れるかもしれない。


 乙葉という存在が、その絶妙なバランスを支えているのだろう。


 恋愛によって昴の心に安定をもたらし、同時に自己否定感も適度に緩和している。


 実にうまい具合に回っている。


 だが、それゆえに脆い。


 もし乙葉を失ったら? もし恋愛が破綻したら?


 昴の精神バランスは一気に崩れるかもしれない。


 眠は昴の周辺環境を可能な限り安定させる必要があると考えていた。


 管理局に戻る途中、眠の端末に緊急通信が入った。


「はい、根倉です」


『局長、緊急です。三毒会の動きに変化がありました』


 眠の表情が引き締まった。


 三毒会――人類を守るという目的は管理局と同じだが、手段が大きく異なる組織。


 彼らは法律や秩序よりも、個人の意志と感情を重視する。そのため、しばしば管理局と衝突する。


「詳細を」


『先ほど、都内で三毒会のメンバーと思われる人物が目撃されました。一般市民への聞き込みを行っていたようです』


「聞き込み? 何の?」


『八罪管理局の新人半魔について、です』


 眠の心臓が跳ねた。


 新人半魔――それは間違いなく昴のことだ。


『現在、詳細を調査中ですが、昴くんの素性を探っている可能性があります』


 眠は歯噛みした。


 三毒会が昴に目をつけた。これは予想していた事態だが、想像以上に早い。


 昴の能力は確かに特異だ。三毒会のような組織が興味を持つのも無理はない。


 だが、それは昴にとって危険を意味する。


「分かった。詳細が判明次第、報告してくれ」


 眠は通信を切った。


「何かあったの?」


 いろはが振り返る。


「三毒会が昴のことを調べているらしい」


「まさか……」


 いろはの顔が青ざめた。


「ああ。奴らが動き出したということだ」


 眠は苦い表情をした。


 三毒会は管理局にとって厄介な存在だ。


 彼らの思想は一見すると理想的に聞こえる。「人間らしさを大切にする」「個人の自由を尊重する」「感情を否定しない」。


 だが、その理想主義が時として危険な結果を招く。


 法律を無視した魔物討伐。一般人への記憶処理の拒否。政府への反抗。


 彼らのやり方では、魔物の存在が一般社会に知られてしまう。


 それは人類にとって破滅を意味する。


 だからこそ、管理局は三毒会と対立せざるを得ない。


 だが、今回は昴が絡んでいる。


 昴のような複雑な境遇の少女は、三毒会にとって格好のスカウト対象だろう。


 彼らは昴の孤独感や社会への不信を利用して、組織に引き入れようとするかもしれない。


 眠は昴を守らなければならない。


 だが、どうやって?


 昴に三毒会の脅威を教えれば、余計な不安を与えるだけだ。昴は既に十分なプレッシャーを抱えている。


 眠は慎重に行動する必要があった。


 車が管理局に到着し、昴は疲れた様子で自室に向かった。


 その背中を見送りながら、眠は明日への不安を感じていた。


 その夜、眠の端末に新たなメッセージが届いた。


 発信者は松元竜司。三毒会のリーダーその人だった。


『新人の安全は保障する。だが、話したいことがある。一人で来い。明日夜8時、倉庫街の廃工場にて』


 眠は画面を見つめた。


 松元竜司からの直接接触。これは只事ではない。


 竜司という男は、眠も何度か顔を合わせたことがある。元傭兵で、純人間でありながら魔物と互角に戦える化物じみた実力者。


 豪快で人情に厚いが、同時に冷酷さも併せ持つ危険人物だ。


 特に、仲間を守ることに関しては一切の妥協をしない。


 その竜司が昴に興味を示している。


 眠は嫌な予感を覚えた。


 翌日の夜、眠は一人で指定された廃工場に向かった。


 薄暗い工場内部に足を踏み入れると、奥から豪快な笑い声が聞こえてきた。


「よお、根倉! 久しぶりだな!」


 松元竜司が姿を現した。がっちりとした体格に、人懐っこい笑顔。だが、その眼光だけは鋭かった。


「松元竜司……」


 眠は警戒を隠さなかった。


「そんなに警戒すんなよ。お茶でも飲みながら話そうじゃねぇか」


 竜司は缶コーヒーを二本取り出した。


「いらない」


 眠は即座に断った。


「つれねぇな。まぁいい」


 竜司は一人で缶を開けて飲み始めた。


「で、用件は?」


 眠は単刀直入に聞いた。


「お前んとこの新人についてだ」


 竜司の表情が真剣になった。


「鏡昴って子について、な」


「昴に何の用だ?」


 眠の声に警戒心が滲む。


「面白い子じゃねぇか。あの戦い方、見たことねぇよ」


 竜司は興味深そうに言った。


「戦い方?」


「今朝のクネクネ戦、俺たちも遠くから見てたんだよ」


 眠の血が逆流した。


 三毒会が現場を監視していた。それに気づかなかった自分の失態だ。


「見てた、だと?」


「ああ。あの子の戦い方、尋常じゃねぇ。目隠しして完璧に戦うなんて芸当、俺でもできねぇよ」


 竜司は感心したように首を振った。


「だから何だ?」


 眠は竜司の真意を探ろうとした。


「スカウトしたいんだ」


 竜司は率直に言った。


 眠の目が細くなった。


「断る」


「そう簡単に言うなよ。まだ話の途中だ」


 竜司は手を上げて制した。


「あの子、お前んとこで幸せか?」


「何?」


「秘密を抱えて、本音を言えずに、一人で苦しんでるじゃねぇか」


 竜司の言葉に、眠は言葉を失った。


 確かに昴は孤独だ。男装の秘密、同性愛者であること、そして何より自分の能力に対する無自覚。


 多くの秘密を一人で抱え込んでいる。


「俺たちのところなら、あの子は自分らしく生きられる」


 と竜司は続けた。


 三毒会は確かに個人の多様性を受け入れる組織だ。昴のような境遇の人間には、居心地が良い環境かもしれない。


 だが――


「昴は管理局で成長する」


 眠は断言した。


「そうか? お前んとこのやり方で、あの子が本当に幸せになれると思うか?」


 竜司の目が鋭くなった。


「規則に縛られて、本音を隠して、それで本当の強さが身につくと思うか?」


「昴には仲間がいる」


 眠は反論した。


「乙葉もいるし、いろはもいる。一人じゃない」


「ほう。で、あの子は仲間に胸の内を話したのか?」


 竜司の指摘に、眠は黙り込んだ。


 確かに昴は、乙葉に自分の正体を明かしていない。男装も、同性愛者であることも。


 それどころか、自分の能力についても理解していない。


 仲間がいても、本当の意味で理解し合えているとは言い難い状況だった。


「答えに詰まってるじゃねぇか」


 竜司は勝ち誇ったように笑った。


「お前らのやり方じゃ、あの子は一生秘密を抱えたまま生きることになる」


「それでも――」


「それでも、何だ?」


 竜司の声に苛立ちが混じった。


「組織の都合か? 秩序維持か? あの子の幸せより大事なことがあるって言うのか?」


 眠は言葉に詰まった。


 竜司の主張には説得力がある。個人の幸福を最優先に考える三毒会の思想は、時として管理局の規則主義よりも人道的に見える。


 だが、眠には管理局を守る責任がある。


「昴は管理局の半魔だ」


 眠は冷静に答えた。


「勝手に引き抜くことは許さない」


「引き抜く? 誰がそんなこと言った?」


 竜司は眉をひそめた。


「俺はあの子に選択肢を与えたいだけだ」


「選択肢?」


「ああ。お前んとこで規則に縛られて生きるか、俺たちのところで自由に生きるか」


「自由? その自由の元お前は何ん人殺したよ」

 

 竜司は缶コーヒーを飲み干し、ニヤリと笑う。


「だからこそ、あの子自身に決めさせろ」


 眠は竜司の提案を拒否したかった。だが、同時に竜司の言い分にも一理あることを認めざるを得なかった。


 昴に選択権があるのは確かだ。


 だが、それを認めれば管理局は昴を失うかもしれない。



「時間をくれ」


 眠は妥協案を提示した。


「昴にはまだ組織に慣れる時間が必要だ」


「どれくらいだ?」


「一ヶ月」


 眠は即座に答えた。


「一ヶ月後、昴が望むなら選択肢を提示する」


 竜司は眠を見つめた。その目は、眠の真意を探るようだった。


「分かった。一ヶ月だな」


 竜司は立ち上がった。


「だが、条件がある」


「条件?」


「あの子が危険な目に遭いそうになったら、俺たちが守る。それは約束させてもらう」


 眠は竜司の真剣な表情を見て、彼が本気で昴のことを気にかけているのだと理解した。


「なぜそこまで?」


「あの子には、俺たちと同じ匂いがするからな」


 竜司は遠くを見るような目をした。


「孤独で、傷ついて、それでも誰かを守りたいと思ってる。そういう匂いだ」


 眠は竜司の言葉に驚いた。


 竜司は昴の本質を正確に見抜いている。


 昴の虚飾の奥にある、本当の優しさと強さを理解している。


「お前も分かってるだろ?」


 竜司は眠を見た。


「あの子は特別だ。ただの半魔じゃねぇ」


 眠は頷いた。


 確かに昴は特別だ。その能力も、人格も。


「だからこそ、守らなければならない」


「ああ。それは俺たちも同じ気持ちだ」


 竜司は眠と向き合った。


「管理局と三毒会、やり方は違うが、あの子を大切に思う気持ちは同じだ」


 眠は竜司の言葉に複雑な思いを抱いた。


 敵対組織のはずの三毒会と、昴を守るという点では利害が一致している。


 皮肉な状況だった。


「一ヶ月後、また話そう」


 竜司は工場の出口に向かった。


「あの子の成長を、俺たちも見守らせてもらう」


 竜司の姿が闇に消えた。


 眠は一人残され、昴のことを考え続けた。


 管理局と三毒会、どちらが昴にとって良い環境なのか。


 眠自身、確信が持てなかった。


 管理局は確かに規則が厳しい。秘密の保持、組織への忠誠、感情の抑制――多くの制約がある。


 だが、その分安全で安定している。昴のような不安定な精神状態の半魔には、むしろ適しているかもしれない。


 一方、三毒会は自由だが無秩序だ。個人の感情を重視するあまり、時として危険な暴走を招く。


 昴のような強力な能力者が三毒会に入れば、何が起こるか予測できない。


 眠は難しい選択を迫られていた。


 昴の幸福を取るか、組織の安定を取るか。


 だが、眠にはもう一つ考慮すべきことがあった。


 昴の能力の危険性だ。


 虚飾の能力は、制御を誤れば世界そのものを破壊しかねない。


 昴のような無自覚な能力者は、特に危険だ。本人に制御の意識がないため、何かのきっかけで能力が暴走する可能性がある。


 眠は昴を手放すわけにはいかなかった。


 組織の利益のためではない。人類の安全のためだ。


 昴のような危険な能力者は、経験豊富な管理局で管理されるべきだ。


 三毒会では、昴の能力を適切に制御できない可能性がある。


 眠は決意を固めた。


 一ヶ月で、昴を完全に管理局に馴染ませる。


 昴が三毒会に魅力を感じないよう、管理局での居心地を最高にする。


 乙葉との恋愛も全力でサポートし、昴の精神安定を図る。


 そして、何より昴の能力を適切に導く。


 眠は長い夜を過ごして、昴のための詳細な計画を立てた。


 昴という存在は、眠にとって最大の挑戦だった。


 だが、同時に最高の可能性でもあった。


 適切に導けば、昴は人類最強の守護者になれる。


 眠はその可能性に賭けることにした。


 翌朝、眠は昴を呼び出した。


「昴くん、今後の方針について話がある」


「はい」


 昴は眠の執務室に入ってくる。


 眠は昴の顔を見つめた。


 この少女の中には、計り知れない力が眠っている。


 だが、本人はそれに気づいていない。


 眠の仕事は、その力を適切に導くことだ。


「君には、特別な訓練を受けてもらう」


「特別な……?」


「君の能力は、他の半魔とは大きく異なる。通常の訓練では不十分だ」


 眠は昴に向き合った。


「君には、君だけの戦い方がある」


 昴は戸惑ったような表情をした。


 眠はその反応を見て、昴がまだ自分の特別さを理解していないことを確認した。


 時間はかかるが、必ず昴を一人前の半魔に育てて見せる。


 そして、三毒会の手から守り抜く。


 それが眠の使命だった。


 昴という謎に満ちた少女を理解し、導くために、眠の挑戦は始まったばかりだった。

普段だるそうにしてるけど、やる時はやるオジサンかっこいいよね。

そういうキャラを私は書きたい。


22時更新しても誰も読んでくれないから5時に戻します

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