くねくね?
ツナゲタツナゲタツナゲタ……!
(手繋げた! やった! 大天使乙葉ちゃんと恋人繋ぎ!)
《ヤマノケかよ。呪詛みたいに繰り返すな。やかましい》
(分かってないね! 俺の心臓は今もバスドラム状態なんだ! なんだこの幸福は!?)
《大げさな。今までも女となんて手繋ぎしたろ?》
(大天使だぞ!? 大天使乙葉ちゃんとだぞ!? 手! 繋いだんだぞ!)
《はいはい。で、ハーレムの夢はどこいった? お前ずっとハーレム作るとかほざいてただろ》
(ハーレムなんか大天使に対して失礼だろ!? この世に一人、彼女がいればいい!)
《はいはい。決めたんならしっかり貫き通せよ》
(あたぼうよ! 好きってそういうもんだろ! なぁ、ポン吉!)
《はいはい……ヤマノケで思い出したけど、近代妖怪ってのはほとんどネットミーム発祥らしいぞ》
(ほとんど、っていうか全部じゃね? なんとか女とか、細長いのとか)
《いや、全部じゃない。局長が言ってたんだ。クネクネなんかは実在するらしい》
(……は? あの、田んぼで白いのがゆらゆらしてる、見たら発狂するっていう? あれ?)
《そうそう。お前もネットで見たことあるだろ》
(あるけど……あれが実在すんの?)
《ああ。局長がぽろっと言ってたぞ。聞いてなかったんか。まぁ、そのへんは座学で聞けるんじゃねぇの》
(俺だけ? また俺だけ?)
《うん、他の連中は訓練行ってるから。お前だけ特別補習ってやつだな》
(うわぁ……なんか損してる気分)
《まぁ座って聞こうぜ。お前一人が知らないのも組織的にまずいだろ》
俺は渋々ながらも、講義室に向かうことにした。
椅子に座って待っていると、スライドを持った局長――根倉が現れる。いつものだらけた格好、ジャージにシャツ。どう見ても教壇に立つ姿じゃない。
(もうさ見慣れてきたよな、この人の格好)
《これが当たり前なんだって錯覚しそうだな》
「さて、昴くん。今日は君だけの特別授業だ」
(やっぱりさ、2人きりだとやらしい感あるよな)
《はたからみたら、男と男なのに。実際男女が密室に2人きりだからなぁ》
「はぁ……よろしくお願いします」
(しかも、片や上司で、さらに戦闘でもベテランと来た)
《力で敵わない可能性もあるからな。局長やらしいな》
「まぁ肩肘張らなくていい……え、もしかして警戒されてる!? いやいやいや、何もしないからね? 確かに女の子だって知ってるけども」
(考え読まれたかな?)
《ナイナイ。おっさんセクハラにビビってるから予防線張ったんだろ》
局長が端末を操作すると、スクリーンに文字が映し出される。
『魔物の深度について』
「ん、んん。気を取り直して……ホントに警戒しないでよ!? 進めるからね。魔物には深度という概念がある。これは進行度のようなものだね」
俺はノートを開く。ペンを持つ手が重い。いちいちメモ取るのがめんどくさい。
(これが……怠惰の能力!?)
《ただ単にお前がめんどくさがりなだけだろ》
「深度1。魔物になったばかりの状態だね。これはまだ単純な方かな。各枢要罪の魔物を知っていれば対処も簡単。単体なら、欲望解放を使えば楽に勝てる」
「……なるほど」
(解放しないでたおしてしまったが?)
《ドヤるな、その目潰すぞオラ》
「深度2。ここからが厄介かなぁ。独自の能力を得るんだよね。火を吐く、幻覚を見せる、音を操る……実際の能力は千差万別。油断すると痛い目に遭うから気をつけてね」
(ちょ、やめ、局長見てるから!反応できんから!)
《ちっ、寸止めで許してやるよ》
局長の声が少し真剣味を帯びる。
(おい、話半分でしか理解できなかったぞ!)
《だーいじょ、だいじょ。なんとかなるよ》
「そして、深度3。これが最も危険だ。理性を獲得する」
(理性?)
《そりゃやばいな》
「理性……?」
「そう。戦術を組み、状況判断を行い、時には人間のように交渉も。人類にとって、単に暴れている怪物ではなく、用意周到に準備してくる敵になるって事ね」
喉がひりつく。深度3の魔物……そんなの、人間と変わらないじゃないか。
(そんなのに会いたくねー。楽して乙葉ちゃんにかっこいいって言われたい!)
《乙葉も自分より弱いやつかっこいいってならないと思うぞ》
(ぐ、ぬぬ)
「今まで出会ったのは、せいぜい深度1程度。だが、これからは違うよ」
局長の目が俺を見る。ジャージの下の瞳だけが鋭い。
(え? もしかして……)
《もしかしてだけどー、もしかしてだけどー》
「ネットミームとして有名なクネクネ。あれの元となった魔物が、実在する」
「……」
《きたな。俺が言った通りだろ》
(いーやーだー)
局長はスライドを切り替える。そこには、田んぼに白い人型のようなものが写っていた。
「昔から報告はあったが、現地に入ると姿を消すことが多かった。しかし今回は違う。駐在員が張り付き、ドローンで監視している」
(秘密組織も近代化が進むなぁ)
《そういや特撮で、ドローンってあんまり見ないよな》
「ドローン……」
(ワンポイントで使われることあるけど、重要場面で使われることって無いよね)
「ただし。奴を見ると怠惰の枢要罪に感染する。常人ならば、あっという間に同じ怠惰の魔物となる」
息を呑む。
(はわわわ)
《お前が言っても可愛くね……可愛いわ》
「だから、ドローン越しでも見ていられるのは半魔だけだ。今は狩野に監視させている」
局長は腕を組み、わざと軽い調子で言った。
(狩野さん結構便利使いされてるけど、裏切る理由ってこれかな?)
《裏切ってねぇ。ってか、奴が裏切ったらこの組織やばいと思うぞ》
「で、今回の任務だ。俺と君と、あと艶見いろはの三人で退治に行く」
(いろはさん……今度は俺もパンツ拝みたいっす)
《俺は前回生パン拝んだからなぁー》
局長が笑う。だらしない笑顔だが、目だけは真剣だった。
(羨ま死刑)
《今回はガン見していくスタイル、もはやスカートの中入ってやろうかな》
「怠惰は厄介だぞ。お前が怠けたら即アウトだ」
(過酷さゆえそんなことはできぬぞお主)
《あきらめたらそこで試合終了ですよ》
「更に今回の怠惰は厄介だぞ。直視したら即アウトだ」
局長の軽口に、俺は苦笑いしかできなかった。
(ほらー、見たらダメなんだぜ? え? 目瞑って戦うの? パンツ見れないじゃん!?)
《落ち着け。見なくても良いんだ。感じろ》
(なるほど……ってなるかぁ! もう俺目瞑って何もしないからポン吉よろしくな!)
《確かに俺なら見ても平気だろうけどさぁ。だるぅ》
(相棒のピンチだぞ。活躍するチャンスだぞ)
《いや、オレ昴さんじゃ無いんで……》
局長はモニターに映し出された映像を指差す。田んぼの真ん中で、白い影がゆらゆらと揺れていた。
(ってか、クネクネきもぉ)
《ホントだ、乙葉にあった後の昴並にクネクネしてる》
(うるせぇ!)
「見た目は……人型に見えるよね? だが実際は白いスライムなんだよねぇ。怠惰の魔物はスライムだって覚えてるよね。それがヒトガタに擬態して揺らめいているだけなんだよ」
スライム。俺のゲーム知識の中では最弱のモンスターだ。いや、一部の作品では厄介な敵として登場するものもあるか。
(局長も怠惰だから、スライムなんだよなぁ。えっろぉ)
《おい、今誰で何を想像した?》
(オレが怠惰の半魔で、乙葉ちゃんを……)
《万年発情雌猫が!》
「奴はおそらく深度2。見た者を怠惰に感染させ、自分と同じ怠惰の魔物へと作り変える。これが奴の固有能力だと推測されてる」
(固有能力えげつねぇ。みんなこんな能力持ってたら人類滅ぶんじゃね?)
《そこはまあ、昴きゅんに頑張ってもろて》
「……理屈がわかってても怖いですね」
「当然そう思うよね。見ただけで終わりだからねぇ。これまで何人も現地で発狂したり、動かなくなったりして回収不能になった……つまり魔物に、ね。そして、半魔ですら油断すれば危険だからね」
局長はそこで肩をすくめた。
「もっとも、俺には効かないけどな」
《はいチート。この業界チート禁止してますんでー》
(つまり俺は神ってこと?)
《意味不明すぎてわろた》
局長は手を叩き、気楽そうに言う。
「任務はシンプルだね。クネクネを視認せずに叩き潰す。ただそれだけだよ」
(はいうんこー。うんこ発言きました)
《あの、下品すぎて彼方と話するのとかちょっと……》
「……それって、できるんですか?」
(局長に頑張ってもろて)
《そしたら君の存在意義ないやん?》
「できるとも。俺が誘導してやる。いろはは住民対応、お前は実行役だ」
「実行……役……」
(おい、俺がやんの!?)
《いやまあ、流れ的に? 察すれば? 普通にわかるっしょ》
(いや、まあわかっていたけども、けども。見ないでどう戦えと)
局長はポケットから一枚の写真を取り出した。白黒のブレた写真。人影のようなものが映っている。
「半魔ならドローン越しで見える。だが一般人が見るとアウト。じゃあ現地で指示役が、実行役に指示出してやって貰えば良いよね? なんか怪しい仕事の話みたいになっちゃったね」
俺は深く息を吸い込んだ。
(キュピーン)
《口で言うやつっているんだな。何閃いた?》
(さっきの冗談本気でやれば良いんじゃん!?)
局長は講義を終えるようにモニターを切り替えた。
「以上で座学は終わり。午後から出発だ。準備をしておけ」
俺は席を立ち、額の汗を拭った。我ながら素晴らしいことを思い付いてしまった。
(ポン吉が俺の代わりに能力使って倒してよ!)
《……しゃあないか。やりようないもんなぁ》
局長室を出た俺は、廊下で深呼吸をした。
昼の光が窓から差し込んでくる。その中で、胸の奥に奇妙な高揚感が芽生えていた。
ポン吉が戦ってくれるだけで、万事うまくいく。なんて清々しい気分なんだ。
(へへへぇ。ポン吉さぁんたのみますよぉ)
《しゃあないから、相棒のために一肌脱いでやるよ》
(いや、ポン吉が一肌脱いだらピンクの肉が見えちゃうのでノーサンキュー)
《比喩だわ馬鹿たれ》
その時、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
艶見いろは。長い髪をひとつにまとめ、淡いブルーの制服を着こなしている。
彼女は周りに人がいないのを確認して話しかけてきた。
「昴ちゃん。講義終わったんだって? あ、ちゃん付けしたら嫌だった?」
(いろはさんってなんかめっちゃ色気あるよな……ダメだ俺には乙葉ちゃんと言う嫁が)
《注、まだお友達です》
「い、いえその……本当は女の子としていたいので、そう言ってもらえると嬉しいです。あ! あれから会えてなくてお礼言えなくてすみません。あの時はありがとうございました」
(いろはさん、会えてなかったけど気遣ってくれてたんだ)
《ここの人達ってなんだかんだ言ってみんな優しいよな》
「ううん、私も心配してたから会えてよかった。記憶処理出来るの私しがいなくて、忙しいからごめんね。今回の任務のこととかそれ以外でも相談したかったら言ってね」
彼女は微笑んだ。その笑顔は妙に落ち着いていて、心に灯をともす。
(ほあ……)
《語彙力消失現象を確認》
「恋のこととか、体のこととかね」
いろはは、耳元で囁くと去っていった。
背中をボーっと見送っていると、ポン吉がぼそっと言った。
《乙葉に報告だなこれは》
(違う! 違うんだ、乙葉ちゃん)
俺はその場に立ち尽くし、膝をついた。
午後、俺は局長といろはと共に、クネクネ討伐へ向かう。
白いスライム、怠惰の魔物。
それを見てしまえば終わり。
なら、見ずに叩き潰すだけだ。ポン吉が。
(違うんだ。俺は乙葉ちゃんが好きなんだ……)
《平常運転だし大丈夫だろ》
ネットミーム黎明期を思い出すね




