兄さん兄さん兄さん兄さん
高城依里は自分の部屋に戻ると、そっとドアを閉めて深く息をついた。
初任務、お疲れさま。
依里は今日の出来事を振り返って居た。
昴くんの初めての任務だったけれど、すごく頑張っていた。一人で魔物を倒すなんて、普通の人にはできないことだ。
私が初めて任務に参加した時は、兄さんにおんぶに抱っこで、何もできなかった。ただ兄さんの後ろに隠れているだけで。
あの時の兄さん、かっこよかったなぁ。
今日も本当にかっこよかった。
現場での冷静な指示、迷いのない判断、頼もしい背中。そして戦闘中の圧倒的な強さ。欲望解放した状態の兄さんは、まさに竜そのものだった。
4体の魔物を一瞬で倒してしまう力。あんなに強い兄さんなのに、私にはいつも優しい。
依里は胸に手を当てた。心臓がまだドキドキしている。
兄さんは素敵すぎる。強くて、優しくて、かっこよくて。
でも、私たちは兄妹。血のつながった、本当の兄妹。
だから、私の気持ちは叶わない。叶ってはいけない。
この想いが私の憂鬱の源泉。叶わない恋への絶望。添い遂げられない想いへの苦しみ。
そんなことを考えていると、隣の部屋から物音が聞こえてきた。
なんとなく依里は、兄さんが帰ってきたのかもしれない、そう思った。
しばらくして、コンコンとノックの音が響いた。
「依里、起きてるか?」
誇の声。依里の心臓が跳ね上がる。
「はい、起きています」
依里は慌てて立ち上がって、ドアを開けた。
そこには報告を終えたらしい誇が立っていた。まだ戦闘服のままで、少し疲れた様子を見せている。
「お疲れさまでした、兄さん」
「ああ、お疲れさま。今日はありがとうな、依里」
誇が微笑む。その笑顔を見ると、依里の胸が温かくなる。
「私は何も大したことしてませんよ」
「そんなことはない。お前の能力がなかったら、大変なことになってた」
誇が依里の頭に手を置く。
その瞬間、依里は電気が走ったような感覚を覚えた。
「兄さん……」
「ん?」
「その……今日は本当にかっこよかったです」
依里は顔を赤くしながら言う。
「おい、なんだ急に」
誇が照れたような表情を見せる。
「でも、昴くんへの対応、少し厳しすぎたんじゃ……」
「ああ、あれか」
誇が少し困ったような顔をする。
「確かに配慮が足りなかった。初任務であれだけできれば十分だったのに」
「昴くん、頑張ってましたものね」
「そうだな。後でフォローしておくか」
誇が廊下の奥を見る。
「そういえば、昴の部屋はどっちだ?」
「確か、あちらの方だったと思います」
依里が指差す。
その時、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
「あ、乙葉ちゃん」
満服乙葉が現れる。手にはお盆を持っている。
「依里ちゃん、誇先輩、お疲れさまです」
「乙葉、お疲れさま」
誇が答える。
「昴くんにおやつを持って行こうと思うんですけど、一緒に行きませんか?」
乙葉が提案する。
「おやつ?」
「はい。初任務だったから、お疲れさまの意味で」
乙葉が嬉しそうに笑う。
依里は少し複雑な気持ちになった。乙葉は昴くんを気にかけている。それは優しさからだと分かっているけれど。
「そうだな、俺からも一言謝っておきたい」
誇が頷く。
「じゃあ、みんなで行きましょう」
乙葉が嬉しそうに言う。
3人は昴の部屋に向かった。
昴の部屋のドアをノックすると、中から返事が聞こえる。
「はい、どちらさま」
「昴くん、乙葉です。おやつ持ってきたよ!」
「あ、乙葉ちゃん。ちょっと待って」
しばらくして、ドアが開く。
「乙葉ちゃん、どうしたの? あ、誇さんと依里ちゃんも」
昴が少し驚いた様子を見せる。
「お疲れさまの意味で、おやつを作ってきちゃった」
乙葉がお盆を差し出す。
「わぁ、ありがとう。そしたら、みんなで食べよう。誇さんと依里もいいですか?」
昴が部屋に招き入れる。
昴の部屋は整理整頓されていて、シンプルだった。
「座って、座って」
昴が椅子を勧める。
乙葉がお盆からクッキーとお茶を出す。
「手作りなんですか?」
依里が聞く。
「はい。昴くんの好みが分からなかったから、無難にクッキーにしました」
「美味しそう」
昴がクッキーを一つ取る。
「その……なんだ、昴」
誇が口を開く。
「はい、なんです?」
「さっきは済まなかった。きつい言い方をしてしまった」
「えっと……なんかありました?」
昴が戸惑ったような顔をする。
「初任務であれだけできれば十分だった。俺の言葉が不適切だった」
誇が頭を下げる。
依里は驚いた。兄さんが頭を下げるなんて、滅多にないことだ。
「ああ! そんなことで……ちょ、頭を上げてください」
昴が慌てる。
「確かに時間はかかったかもしれませんが、誇さんの指摘は的確でした」
「でも……」
「それに、誇さんの戦い方、すごかったです。あんな風に戦えるようになりたいって思いました」
昴が素直に言う。
依里の胸が温かくなった。昴くんは優しい人だ。兄さんの謝罪を素直に受け入れて、逆に兄さんを立てている。
「そうか。ありがとう」
誇が安堵の表情を見せる。
「昴くん、本当にすごかったですよ」
依里が言う。
「初任務で一人で魔物を倒すなんて、普通じゃできませんから」
「依里ちゃんの能力も完璧でした」
昴が笑顔で答える。
「あの広範囲の憂鬱能力、すごいですね」
「ありがとうございます」
依里が頬を赤らめる。
「乙葉ちゃんも、おやつまで作ってくれて。みんな優しいなぁ」
昴が嬉しそうに言う。
「昴くんが頑張ったからだよ」
乙葉が微笑む。
4人でクッキーを食べながら、今日の任務について話す。
「昴くん、怪我は大丈夫ですか?」
依里が気になって聞く。
「はい、もう全然痛くないです」
昴が頬を触る。
「でも、無理しちゃダメ」
乙葉が心配そうに言う。
「ありがとう、大丈夫」
昴が安心させるように答える。
その時、誇が時計を見る。
「もう遅いな。そろそろ休むか」
「そうですね」
依里が立ち上がる。
「昴くん、今日はお疲れさまでした」
「こちらこそ、ありがとうございました」
昴が深くお辞儀する。
「今度また一緒に任務できるといいね」
乙葉が嬉しそうに言う。
「うん、その時はよろしくね!」
3人は昴の部屋を出た。
「乙葉ちゃん、おやつありがとうございました」
依里が言う。
「いえいえ。また作りますね」
乙葉が手を振って自分の部屋に向かう。
廊下に依里と誇が残される。
「兄さん」
「ん?」
「今日は本当にお疲れさまでした」
「ああ、ありがとう。依里も」
誇が優しく微笑む。
その笑顔を見ると、依里の心は騒ぎ出す。
兄さん、大好き。この気持ちを言葉に出せたら、そう思う。
言葉にしてもなんら問題ない。家族なのだから。でも家族に向けた言葉と思われることが、たまらなく悔しい 。
「では、おやすみなさい」
「おやすみ、依里」
誇が依里の部屋の前で止まる。
「今日は頼りになったよ。ありがとう」
そう言って、誇は依里の頭をポンポンと撫でる。
依里の心臓が激しく鐘打つ。
「に、兄さん……」
「ん?」
「あの……」
依里は何かを言いかけて、やめた。
「何でもありません。おやすみなさい」
「おやすみ」
誇が自分の部屋に入っていく。
依里は自分の部屋のドアに手をかけて、振り返る。
兄さんの部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
部屋に入って、依里はベッドに座る。
兄さんが頭を撫でてくれた感触が、まだ残っている。
温かくて、優しくて。
でも、それは兄が妹を可愛がる時の撫で方。
恋人同士の触れ合いとは違う。
依里は胸を押さえた。苦しい。
兄さんは私のことを、妹としか見ていない。
当たり前のことだけれど、それがこんなに苦しいなんて。
今日も、兄さんと一緒に任務ができて嬉しかった。
兄さんの隣で、兄さんの役に立てて。
でも同時に、胸が苦しかった。
こんな気持ちを抱えたまま、兄さんの傍にいていいのだろうか。そう考えていた。
依里は思う。
昴くんと乙葉ちゃんを見ていると、普通の関係が羨ましくなる。
あの二人は、きっと恋愛関係になれる。
お互いを普通に好きになって、普通に付き合って、普通に結婚することもできる。
でも、私と兄さんには、それが許されない。
いつか、兄さんにふさわしい人が現れるかもしれない。
美しくて、賢くて、兄さんと並んで歩けるような、素晴らしい女性が。
その時、私はどうすればいいのだろう。
依里は枕を抱きしめた。
兄さんの匂いがした気がした。。洗剤の匂いと、少しだけ汗の匂い。
隣の部屋から、かすかに物音が聞こえる。
兄さんが着替えているのかもしれない。
お疲れさま、兄さん。
今日も一日、ありがとう。
私を守ってくれて、ありがとう。
でも、兄さんは気づいていない。
私を守ろうとしてくれる兄さん自身が、私を一番苦しめているということに。
兄さんが優しければ優しいほど、私の気持ちは深くなる。
兄さんがかっこよければかっこよいほど、私は他の人を愛せなくなる。
依里は窓の外を見た。
夜が深くなっている。
どうして私たちは兄妹に生まれたのだろう。
もし赤の他人だったら、私は兄さんに想いを伝えることができたかもしれない。
振られるかもしれないけれど、少なくとも想いを伝える権利はあった。
でも、兄妹では無理。
社会が許さない。常識が許さない。
そして、きっと兄さん自身も許さない。
依里は制服を脱いで、パジャマに着替える。
鏡に映った自分を見る。
兄さんに似ている部分もある。目の形とか、鼻筋とか。
でも、兄さんの方がずっと整っている。
私なんて、兄さんの劣化版みたいなもの。
ベッドに入って、依里は天井を見上げた。
明日もまた、兄さんと普通の兄妹として過ごすのだろう。
よそよそしく、でも自然に。
この想いを隠しながら。
それが私の運命。
愛しているからこそ、苦しい。
でも、愛しているからこそ、生きていける。
兄さん、おやすみなさい。
隣の部屋にいるあなたに、この想いが届きますように。
でも、届かないでください。
届いてしまったら、きっと兄さんは困ってしまう。
だから、私の気持ちは、私だけの秘密。
依里は静かに目を閉じた。
今日も、兄さんの夢を見るのだろう。
でも、朝になれば現実に戻る。
兄さんは私の兄で、私は兄さんの妹。
それ以上でも、それ以下でもない。
でも、それでもいい。
兄さんの傍にいられるだけで、幸せだから。
たとえ恋人にはなれなくても、一生兄さんの妹でいられる。
それが私の生きる道。
依里は静かに涙を流した。
毎晩のことだった。兄さんのことを考えると、いつも涙が出る。
嬉しくて、苦しくて、愛しくて、切ない。
これが憂鬱の正体。
叶わない恋に苦しむ、妹の心。
でも明日もまた、兄さんの妹として頑張ろう。
兄さんに迷惑をかけないように。
兄さんに気づかれないように。
この想いを胸の奥に秘めて。
それが、高城依里の生き方だった。
ヤンデレ妹ちゃん




