報告書:新人の初任務
赤城烈志との訓練で、鏡昴が素手で炎の拳を受け止めた瞬間、高城誇は確信した。
この新人は異常だ。
普通の人間なら悲鳴を上げるレベルの火傷を、眉一つ動かさずに受け止める。それどころか、反撃まで仕掛けてくる。
恐怖心の欠如。それは戦士として致命的な欠陥だった。
訓練後、誇は根倉局長と短い会話を交わした。
「局長、昴の件ですが」
「ああ、烈志からも報告を受けた。確かに異常だね」
根倉が深刻な表情で答える。
「母親を失ったショックで、感情が麻痺している可能性があります」
「だろうね。だからこそ、しっかりサポートが必要だ」
誇は頷いた。
問題のある後輩を指導する。それも先輩の役目だった。
数日後、誇は昴と依里を連れて初任務に向かうことになった。
銀行強盗事件。犯人が魔物化する可能性が高いという、危険な任務だった。
作戦室で根倉局長から説明を受けながら、誇は昴を観察していた。
表面上は真面目に聞いているが、時々視線が泳ぐ。集中力に問題があるのか、それとも緊張しているのか。
チーム編成が発表される。高城兄妹と鏡昴の3名。
誇は内心で舌打ちした。新人の面倒を見ながら任務をこなすのは面倒だ。普段なら一人で十分な案件なのに。
しかし、これも指導の一環。仕方がない。
「昴は初任務だから、くれぐれも死ぬなよ」
根倉局長が軽く言うが、誇には重い責任として響いた。
新人を死なせるわけにはいかない。
車で現場に向かう間、誇は作戦を練っていた。
昴の能力は確かに高い。バリア、槍の生成、応用力。どれも実戦レベルに達している。
だが、実戦経験がない。判断ミスや、想定外の事態への対応が不安要素だった。
現場に到着すると、予想通りの騒ぎになっていた。
パトカー、報道陣、野次馬。典型的な事件現場の光景。
警察官から状況を聞き、誇は瞬時に判断した。
すでに魔物化が始まっている。時間がない。
「いいか、俺の合図で突入する。依里は入ったらすぐに市民を制圧しろ。昴は俺についてこい」
「了解」
昴と依里が答える。
昴の表情は落ち着いていた。緊張はしているようだが、パニックにはなっていない。
この分なら大丈夫か。
「3、2、1……突入!」
誇がドアを蹴破る。
銀行内部には、予想通りの光景が広がっていた。
5体の強欲ゴーレム。金貨や宝石で覆われた異形の姿。
そして奥で震える人質たち。
「依里!」
「……眠ってください」
依里の能力が発動し、外部の人間が一斉に眠りにつく。
完璧だ。周辺の警察以外は全員眠っている。これで後で記憶処理すれば情報は漏れないだろう。流石は我が妹だ。見た目も世界一綺麗だ。
「よし、昴には一体任せる。他は俺がやる」
誇は指示を出しながら、内心で計算していた。
昴には一番弱そうな個体を割り振った。万が一の時は、すぐにフォローに入れる距離を保つ。
4体の相手をしながらも、誇は昴の戦闘を視界の端で追い続けていた。
昴が槍を生成し、ゴーレムに向けて放つ。
「お前の欲望、俺が全部剥がしてやるよ」
なかなか決まった台詞だった。気持ちを声に出すことは理にかなっている。言霊とでも言うべきか、自分に喝を入れる意味もある。
これをルーティンにすれば、常に正常な心で戦えるようになったりする。
しかし、生成した槍は装甲に阻まれる。
当然だ。誇は内心で呟いた。強欲のゴーレムはそう簡単には倒せない。
新人が一撃で仕留められるほど甘い相手ではない。
ゴーレムが昴に突進する。昴は素早く回避した。
動きは悪くない。反射神経も問題ないようだ。
昴が再び槍を放つ。今度は5本同時に。
学習能力があることは分かった。しかし、やはり装甲には阻まれる。
誇は自分の担当する4体を牽制しながら、昴の戦闘を分析し続けた。
この程度の相手に手間取るようでは、まだまだだな。
誇なら深化を使えば一瞬で終わる。だが、昴には欲望解放すら使えない。
新人としては仕方のないことだが、やはり実力差は歴然としている。
昴が武器を剣に変更した。
ほう、切り替えは早い。
大剣でゴーレムの装甲を削り始める。
それが正解だ。
強欲のゴーレムの撃破条件は、体内に隠されたコアの破壊。そのためには装甲を剥がすしかない。
火力でゴリ押しする手もあるが、昴の現在の力では無理だろう。地道に削るのが基本セオリーだ。
少なくとも、無茶はしていない。
誇は安心して、自分の戦闘に集中し始めた。
4体のゴーレムが一斉に襲いかかってくる。
誇は解放状態のまま応戦した。まだ深化を使う必要はない。
昴がどこまでやれるか、もう少し見てみたかった。
爪でゴーレムの装甲を削り、炎のブレスで攻撃する。
しかし、やはり時間がかかる。このペースでは昴の方が先に疲労困憊してしまうだろう。
誇は昴の様子を確認した。
昴は地道に装甲を削り続けている。疲労の色は見えるが、まだ大丈夫そうだ。
集中力も持続している。
なるほど、思ったより根性がある。
しかし、その時昴のゴーレムが大技を放った。
誇は反射的に身構える。昴が危険にさらされれば、すぐにでも助けに入るつもりだった。
だが、昴は適切にバリアで防御した。
冷静な判断だった。回避不能と見て、即座に防御に切り替える。
悪くない。
誇は少し安心した。昴は確実に成長している。
それなら、自分も本気を出していいだろう。
「深化」
誇の体が青白い光に包まれる。傲慢の深化。
その瞬間、誇の意識は変化した。
圧倒的な自信。絶対的な優越感。
これが深化の効果だった。傲慢の感情を極限まで高めることで、戦闘力を爆発的に上昇させる。
深化状態の誇にとって、4体のゴーレムなど虫けら同然だった。
爪で一体目を両断。
炎で二体目を焼き尽くす。
三体目は踏み潰し、四体目は投げ飛ばして壁に叩きつける。
一瞬で全てが終わった。
深化を解いて昴の方を見ると、昴もちょうどゴーレムを倒し終えたところだった。
昴が疲れ切って膝をついている。
初任務で一人で魔物を倒した。これは確かに異例の成果だった。
しかし、誇の目には時間がかかりすぎたように映った。
深化の余韻もあり、つい本音が口に出る。
「やっと倒したのか。遅かったな」
昴の表情が少し険しくなる。
しまった。配慮に欠けた発言だった。
慌ててフォローする。
「まぁ、初任務にしては上出来だ。ちゃんと倒せたからな」
「それに、戦い方は悪くなかった。無駄な動きが多いが、基本はできている」
昴は表面上は納得したような表情を見せたが、内心では不満を抱いているかもしれない。
依里が昴に声をかける。
「昴くん、お疲れさま。すごかったよ」
「ありがとう、依里ちゃん」
昴の表情が和らぐ。依里の優しさが、昴の心を癒やしているようだった。
誇は内心で苦笑した。
自分の無神経な発言を、妹がフォローしている。
依里はいつもそうだった。誇の足りない部分を、さりげなく補ってくれる。自分には勿体無いくらい素晴らしい妹だ。
「でも、怪我してない? 顔に傷が……」
依里が心配そうに昴の頬を見る。少し近く無いだろうか?
確かに小さな傷がある。戦闘でついたものだろう。
「大丈夫、かすり傷だよ」
昴が答える。あまり妹に近づいては、欲しく無い。確かに素晴らしい青年だが、妹はオレが一生守るのだから。
「それより、人質は大丈夫だった?」
「うん、無事だよ。みんな眠ってもらったから、記憶にも残らない」
任務完了の確認も抜かりない。昴は確実に使える人材だった。妹に近づきさえしなければ、だが。
誇は通信機を取り出す。
「局長、魔物5体を全て撃破しました。人質に被害はありません」
『お疲れさま。撤収してください』
「了解しました」
撤収の準備を整えながら、誇は今回の任務を総括していた。
昴の実力は間違いなく本物だった。初任務で魔物を単独撃破。これは組織でも数少ない快挙だ。
戦闘内容も基本に忠実。装甲を地道に削るセオリー通りの戦い方で、最後まで冷静さを保っていた。
ただし、効率性には改善の余地がある。もう少し能力を応用すれば、短時間で片付けられたはずだ。
それでも、初任務としては十分すぎる成果だった。
車で帰路につく間、誇は昴を改めて評価していた。
確かに変わった奴だ。火傷を負っても表情を変えず、戦闘中も妙に冷静すぎる。
だが、それが昴の強さでもあるのかもしれない。
感情に左右されない冷静さ。それは戦闘において重要な資質だった。
問題は、その冷静さが病的なものでないかということだ。
母親を失ったショック、心の傷。それが昴の感情を麻痺させているのではないか。
誇は昴の横顔を見た。
整った顔立ちに、冷静な表情。
この新人の内面には、まだ多くの謎が隠されている。
管理局に到着すると、昴は軽く会釈して自分の部屋に向かった。
依里も同様に。
誇は局長室に向かった。報告をしなければならない。
ノックして中に入ると、根倉局長がデスクに座っていた。
「お疲れさま、誇。どうだった?」
「任務は成功しました。魔物5体を全て撃破。人質、市民に被害はありません」
「そうか、よかった。昴の様子はどうだった?」
誇は少し考えてから答えた。
「予想以上でした。一人で魔物を倒しました」
「ほう……」
「初任務でこれは異例です。戦闘中も慢心や油断は見られませんでした」
誇は昴の戦闘を思い返していた。
確かに時間はかかった。誇なら深化を使えば一瞬で終わる相手だ。
だが、昴は与えられた条件の中で最善を尽くした。
装甲を地道に削る基本戦術。冷静な状況判断。最後まで諦めない精神力。
どれも評価に値する内容だった。
「率直に言って、任務で使える存在だと思います」
「そうか……」
局長が考え込む。
「戦い方に無駄はありますが、それは経験で改善されるでしょう」
「欲望解放は?」
「まだです。しかし、通常状態でこれだけできれば十分では?」
誇は正直に答えた。
昴の戦闘力は、すでに実戦レベルに達している。
欲望解放を習得すれば、さらに強くなるだろう。
「分かった。継続して任務に参加させよう」
「はい」
「他に何か気になることは?」
誇は昴の異常な冷静さについて言うべきか迷った。
だが、それは烈志や根倉も把握している事実だ。今更報告する必要もないだろう。
「特にありません」
「そうか。報告書は後で頼む」
「承知しました」
局長室を出た誇は、自分の部屋に向かった。
今日の戦闘記録を確認しながら、改めて昴を評価する。
あの年齢であの実力。確かに逸材だった。
しかし、同時に不安も感じていた。
昴の冷静すぎる戦闘。感情の起伏の少なさ。
それが昴の強さの源泉なのか、それとも心の病気の症状なのか。
判断がつかない。
誇は報告書を書き始めた。
簡潔にまとめる。長々と書いても、読む側が疲れるだけだ。
『鏡昴 初任務報告』
『結果:強欲ゴーレム単独撃破。任務完遂。』
『評価:A-。継続的任務参加推奨。』
『備考:基本戦術習得済み。能力応用指導要。』
これで十分だろう。
報告書を書き終えて、誇は椅子にもたれかかった。
A-評価。初任務にしては異例の高評価だった。
だが、誇には複雑な思いもあった。
確かに昴は優秀だ。だが、優秀すぎる。
16歳の新人が、ベテランの半魔と同等の冷静さを見せるなど、普通ではない。
母親を失ったばかりの少年が、なぜこれほど冷静でいられるのか。
誇には理解できなかった。
自分が16歳の頃を思い返してみる。
まだ傲慢の能力も不安定で、感情的になることも多かった。
依里を守らなければという責任感と、自分の力への不安。
様々な感情に翻弄されていた。
それが普通の16歳だろう。
しかし、昴にはそういった感情の揺れが見えない。
まるで、感情を持たない機械のようだった。
いや、それは言い過ぎか。
昴は確実に人間だ。依里に感謝の言葉をかける時の表情には、温かみがあった。
ただ、どこかで感情にブレーキをかけているような印象がある。
それが昴の防衛機制なのか、それとも別の理由があるのか。
誇には分からなかった。
だが、一つ確実に言えることがある。
昴は組織にとって貴重な戦力になるということだ。
あの冷静さと判断力。そして諦めない精神力。
これらは半魔として理想的な資質だった。
ただし、同時に注意深く見守る必要もある。
感情を抑制しすぎると、いずれ爆発する。
その時、昴がどうなるかは予測できない。
誇は窓の外を見た。
夜が深くなっている。
長い一日だった。
だが、確実に組織の未来は明るくなった。
昴という逸材を得たのだから。
問題があるとすれば、その逸材をどう育てるかということだ。
昴の能力を伸ばしつつ、心の問題もケアしなければならない。
それは簡単なことではない。
しかし、やりがいのある仕事でもあった。
誇は報告書をデスクに置いて、立ち上がった。
明日からも、昴の指導を続けよう。
あの新人が、どこまで成長するか見てみたい。
そして、いずれは自分と対等に戦えるまでになってほしい。
それが、先輩としての願いだった。
傲慢の誇にとって、それは決して容易く認められることではなかった。
だが、昴になら期待してもいいような気がしていた。
あの冷静さと実力があれば、きっとやってくれるだろう。
ただし妹に近づかない限り、だが。妹に欲情したり、妹を泣かせるような奴は全力で排除する。それが組織の人間で、将来的に有望な存在でも、だ。
過保護お兄ちゃん




