スーパーヒーロータイム
緊急招集で向かった先は、局内の作戦室だった。壁にはモニターが並び、各種の地図や資料が掲示されている。真ん中には大きなテーブルがあって、そこに根倉局長が座っていた。
(位置取りは完璧偉い人の感じなんだけどなぁ)
相変わらずのだらしない格好で、パジャマみたいなシャツにジャージ。こんな重要な場面でもあくびをしている。
《見た目がなぁ、だめ人間のそれだよな》
「えー、それでは今回の事態について説明します」
根倉局長がゆっくりと立ち上がる。
(ぶっちゃけこの中なら立たなくても良いよな、広さも教室の半分程度だし)
《立たないと注目できないって人数じゃないしな》
「午後8時32分、都内の第一勧業銀行で強盗事件が発生しました」
局長がモニターを指す。そこには銀行の見取り図が表示されている。
(強盗なぁ、今のオレなら楽勝で出来そうだ)
《その後管理局の連中全員で、捕まえに来そうだけどな》
「強盗団は5名。拳銃を持って銀行に押し入り、現在も人質を取って立てこもり中です」
誇が腕を組んで聞いている。表情は真剣そのもの。
(真面目に聞いてます、て顔してるけどあの人シスコンらしいぜ。セク郎が言ってた)
《ああ? セク郎……セクハラ野郎、烈志のことか》
「通常なら警察の管轄ですが……狩野さん」
根倉局長が糸目の狩野さんに振る。
(目見えてんのかな? 開いてあれなのか、閉じてるのか……)
《頑張って薄目維持して、キャラ立て狙ってる説》
「はい。午後9時15分頃から、現場周辺で強欲の波動を感知しています。強度は中程度で、拡大傾向にあります」
狩野さんが淡々と報告する。
(かなしぃなぁ、糸目以外のアイデンティティ無いんか)
《見た目に関しては、糸目以外これと言ってないよな》
「つまり、強盗団の誰か、もしくは複数人が魔物化する可能性が高いということです」
根倉局長が続ける。
(糸目キャラなのに関西弁じゃないし、変身するとゴツいゴーレムだし、もうちょい頑張ろ?)
《糸目キャラは関西弁ってイメージ、あれは某死神の奴のせいだよな》
「下手をすると人質も巻き込まれる。早急な対処が必要です」
(うわ、人質か……めんどくせ)
《どうせ被害出したらあちらこちらから、苦情来るんだろ?》
俺は緊張してきた。訓練とは全然違う。クレーム処理なんかしたくないぞ。
「チーム編成は、高城誇、高城依里、鏡昴の3名」
根倉局長が俺たちを見回す。心なしか俺を長く見ている。胸見てる? サラシ巻いてるからな、エッチ。
(俺が女って知ってるから、視線がやらしい気がする)
《お前可愛いからなー》
(お、おう)
「誇が指揮を取る。昴は初任務だから、くれぐれも死ぬなよ。発生直後で深度も1だけだろうし大丈夫か」
(死ぬって……レジ袋どうされますか? みたいに気軽に言わないでくれ)
《まぁ、実際死ぬときゃ死ぬからな》
「装備は各自の判断で。ただし、市民への被害は最小限に抑えること」
誇が立ち上がる。
「了解しました。準備出来次第、すぐに出発します」
「お疲れさま。気をつけて」
根倉局長が手を振る。相変わらずゆるい雰囲気だけど、目だけは真剣だった。
(目だけじゃ無くて、ちゃんと真剣に取り組んでくれねぇかな)
《鏡見てどうぞ》
作戦室を出ると、誇が振り返る。
「よし、装備を取りに行く。5分で車に集合だ」
(お、れ、て、ぶ、ら。キャ、エッチ)
《サラシだろ》
「はい」
俺と依里ちゃんが同時に答える。
(ハモっちゃった。もしかして私たち入れ替わって……)
《ない》
部屋に戻って、制服から戦闘服に着替える。黒いタクティカルスーツで、動きやすそうだ。
(体のラインでないのはありがたいな。どうしたって体型は女だし。見た人が欲情しちゃうしな)
《戦隊モノのスーツじゃぴっちりだもんな》
(好きだな戦隊シリーズ)
鏡で自分を見る。なかなか似合ってる。
(かっこいいじゃん、俺。見方によっては綺麗系に見えなくもないな。いいね)
《見た目は完璧だよな。見た目は》
時間通りに1階のガレージに降りると、誇と依里ちゃんがすでに待っていた。
誇も同じような戦闘服を着ている。でも、俺のより装備が多い。ホルスターやポーチがたくさんついてる。
(色々ついてるけどさ、いつ使うん?)
《魔物相手に使って意味なさそうなもんいっぱい持ってるよな》
(カッコつけじゃね?)
《お前じゃあるまいし、魔物見てパニック起こした市民用じゃね》
依里ちゃんは……やっぱり地味だ。装備も最小限で、直接戦闘はやっぱりしないみたいだ。
「乗れ」
誇が運転席に座る。助手席は依里ちゃん、後部座席に俺。
(後部座席って偉い人が座るって知ってた?)
車が発進すると、静寂が車内を支配した。
《お前は免許ないうえに、隣に妹座らせたいからの、消去法だろ》
誇は運転しながら、何かの機器をチェックしている。通信機だろうか。
依里ちゃんは窓の外を見ているけど、時々兄の横顔を見る。
(その顔より、俺の方がイケメンなのに……)
《そういうんじゃねぇだろ》
俺は後部座席で、これから起こることを想像していた。どんな風に活躍すれば目立てるか……。
(初任務かぁ……なんかワクワクしてきた)
《お家に帰るまでが任務です》
(まだ終わってません! 始まってずらいねぇ)
ライダーみたいに、かっこよく突入して、悪を倒す。そんなシーンが頭に浮かぶ。
(やっぱりヒーローと言ったらライダーよな)
《楽しんでるとこ悪いが、現場は多分阿鼻叫喚だぞ》
(そりゃそうだけど……助ける側の俺に、助けられる側の状態とか関係ある?)
《クズすぎぃ》
車は都心に向かって走る。夜の街は明るくて、普通の日常が続いている。
でも、その中のどこかで、人が魔物に変わろうとしている。
(でもさ魔物化って、苦しいのかな)
《わからん。でも、理性を失うってことは、本人にとっても悲劇だろうな》
母さんのことを思い出す。あの時、母さんは何を考えていたんだろう。
「昴」
誇が後ろを振り返る。
(前見ろ前)
《まぁ信号赤ですし……》
「はい」
(緊急車両とちゃうんかい)
《一般人には、秘密でやってますんで、へへ》
「お前、緊張してるか?」
「少しだけ」
していないと言ったら嘘になるので、俺は正直に答える。実際どうやって劇的デビューを果たすか、考えすぎて緊張してる。
「それでいい。緊張しない奴は、すぐに死ぬ」
誇が前を向く。まだ信号は赤だ。
「今回はお前の初任務だから、無理はするな。俺の指示に従え」
(どうせならさぁ、最後までこっち向いて言わない?)
《運転席から後部座席見るのって、体捻って辛そうだし、許してあげなよ》
「分かりました」
(偉そうだなぁ、まぁ組織ってそう言うもんだしね)
《やけに素直だな》
(決められた枠組みの中でどれだけやれるかってのが楽しんだよ。なんでもありじゃつまらない)
依里ちゃんが小さく振り返る。
「昴くん……大丈夫?」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ」
俺は笑顔を作る。依里ちゃんやさし。
「依里ちゃんこそ、大丈夫?」
「私は……何度か経験してるから」
(そこはかとなくやらしい言い回し)
《お前はそればっかりだなぁ》
依里ちゃんが小さく答える。何回も経験してるってことか。
(依里ちゃん、俺より経験豊富なのか)
《言い方ぁ!》
車が銀行の周辺に近づくと、騒然とした雰囲気が見えてきた。
パトカーが何台も止まっていて、警察官がバリケードを張っている。報道陣もいる。野次馬も集まっている。
(うわ、すげぇ人だかり)
《テレビでよく見る光景だな》
誇が車を止める。警察のバリケードの手前だ。
「降りるぞ」
車から降りると、現場の緊迫感が肌で感じられた。
警察官が拡声器で何かを叫んでいる。報道陣がカメラを構えている。野次馬がスマホで撮影している。
でも、銀行の中からは異様な音が聞こえてきた。
唸り声というか、金属か岩のような硬いもの同時を擦った音。間違いなく人間の声じゃない。
《もう魔物化進行してそうだな》
(人質は、無事なのか? 俺の救出劇の観客がいなくなるのは困るぞ)
誇が警察官に近づいて、声をかける。
「八罪管理局です」
誇がIDカードを見せる。警察官が敬礼する。
(警察は俺らの組織知ってんだな)
《流石に警察知らんと、こんなとき困るっしょ》
「お疲れさまです。状況を報告します」
警察官が説明を始める。
「午後8時32分、強盗団5名が銀行に押し入りました。人質は行員3名、客2名の計5名です」
(前、銀行強盗楽勝って話したけどさ。俺虚飾じゃん?)
「犯人の要求は?」
《もう話読めたわ、やめとけ》
「現金1億円と逃走用の車両です。しかし……」
(能力でお金作った方が早くね?)
警察官が銀行を見る。
《偽札はさぁ、かなり重い罪なんよ。国家転覆何ちゃらになるんじゃなかったっけ?》
「30分ほど前から、中の様子がおかしくなりました。犯人の声が変わって、獣のような声になっています」
その時、狩野さんが近づいてきた。
(糸目ぇ! おったんかワレェ)
《黙ってると影薄いな。隣の座席にずっといたぞ》
「波動が拡大中です。すでに魔物化が始まっています」
狩野さんが冷静に報告する。
(もっと個性でしてかないと埋もれちゃうよ! レゲエ風に話すとかさ)
《レゲエ風に、状況説明されるとか嫌すぎる》
「人質も巻き込まれる危険があります。時間がありません」
誇の表情が険しくなる。
「分かった。すぐに突入する」
誇が俺たちに振り返る。
(やっと終わったんかぁ。ダラダラしとってからに)
《重要な話っぽかったんで、許したげて》
「作戦を説明する。依里は市民の制圧。昴は俺と一緒に魔物を倒す」
「制圧って……能力でですか?」
俺が聞く。大体わかるけど、こう言うワンクッションって大事。承認欲求満たしてあげられるのよこれで。
「ああ、憂鬱の能力で眠らせる。情報統制のためだ」
誇が簡潔に答える。
(こんなになってるのに、秘密にできんの?)
《出来んじゃねぇの? 知らんけど》
「準備はいいか?」
誇が聞く。
「はい」
俺と依里ちゃんが答える。またハモっちゃった。
(かっこいいなぁ、誇。さすがエリート、すごいスゴイ凄い)
《絶対思ってないだろ》
(さて、俺もビシッと決め台詞言うか)
《やめとけ、滑るぞ》
(「悪を許さない」とか?)
《古いよ》
(「俺が来た」とか?)
《それパクリじゃん》
誇が銀行の入り口に向かって歩き始める。
「行くぞ」
俺たちも続く。
警察官たちが道を空けてくれる。報道陣がカメラを向けてくる。
(おお、注目されてる)
《手降っても後で忘れられるぞ》
銀行の入り口に着くと、誇が振り返る。
「いいか、俺の合図で突入する。依里は入ったらすぐに市民を制圧しろ。昴は俺についてこい」
「了解」
俺たちが答える。
誇がドアに手をかける。
中からは、金属を擦り合わせたような音が複数聞こえてくる。そして、人間の悲鳴も。
(人質、大丈夫かな。って忘れちゃうんだった。じゃあ急がなくてもいいか)
《おい》
「3、2、1……突入!」
誇がドアを蹴破る。
俺たちは銀行の中に飛び込んだ。
そこで見たものは——
もはや人間とは呼べない姿になった5体の魔物だった。
金、硬貨、紙幣、宝石、それらで体が覆われて膨れ上がっている。一目で強欲の魔物だとわかるそんな姿だ。
そして、銀行の奥では人質たちが震えていた。
「ひぃぃぃ!」
「助けて!」
人質が悲鳴を上げる。
(魔物になってさ、もう人質って考えなさそうだ。かわいそー)
《お前が、なんとかするんだよ》
外では警察官や報道陣、野次馬が騒いでいる。
「依里!」
誇が叫ぶ。
「……眠ってください」
依里ちゃんが小さく呟く。
(あのダウナーな感じがいいんだよなぁ。子守唄とか歌ってくれたら幸せになりそう)
《欲情の間違いだろ?》
次の瞬間、銀行の外にいた人たちが次々と眠り始めた。警察官も、報道陣も、野次馬も。
まるで時が止まったかのように、全員が静かに眠ってしまう。
(すげぇ……依里ちゃんの能力、こんなに広範囲に効くのか)
《情報統制としては完璧だな》
でも、魔物たちは眠らない。広範囲にした代償に、効果は薄いようだ。
「よし、昴には一体任せる。他は俺がやる」
誇が指示を出す。
(一体って……ふざけてんのか)
《全部倒してしまっても構わんのだろう?》
そして、魔物の一体が俺に向かってくる。
大きな体で、金を握りしめている。強盗犯だった人間の成れの果て。
そいつに向かい槍を生成、放つ。
「お前の欲望、俺が全部剥がしてやるよ」
次回戦闘、期待しないで




