クリスマスの嘘
客もまばらな薄暗いカフェの窓際。
ガラス越しに手元を染める飴色はあたたかいけれど、それは視覚的なものでしかないことを僕は知っている。
手元のカップの底が見えはじめた頃、腕時計へと斜めに視線を落として小さな溜息。
「そろそろ行かないと……」
口の中で呟いてそっと席を立つ。
扉を押した瞬間頭上で鳴ったドアベルが世界を切り替える。
街は明るい。そして色と音で溢れかえっている。
多分そこは皆にとってはとてもあたたかい世界なんだろう。
だけど僕にとってこの世界はとても寒い。
頬を引っ掻く風の鋭利さに肩が竦む。
そのまま鼻先までをマフラーの中に埋めて革靴の爪先を見詰めながら歩く。
電車に乗れば十分の距離を小一時間かけて歩いたのは、少し前に電車が人身事故で運休になったから。
急に低くなり始めた空の下で短く飛ばした携帯のメッセージ。
『電車止まってるから歩くので、待ち合わせ遅れます』
それに対する返信は早くって。
『逆方向から同じく。迷子になるなよ』
この人の中で自分は何歳なんだろうかと苦笑いしながら、迷うのを避ける為に色と音に溢れる街中を歩き続けた。
やっと着いた待ち合わせ場所には先に彼の姿。
「寒かったろ」
耳の端赤くなってるぞ、と指摘されて思わず耳に手を遣るけれど、自分の指が冷たい所為で耳が赤くなっているのが本当かどうかは判らなかった。
「ずっと歩いてたから、案外寒くないないです」
実際、しっかりと巻いていたマフラーは解いて軽く首に引っ掛けているだけ。
呟くと同時に眼鏡のレンズを曇らせたら、ほんの少し高い位置で空気が歪む気配。
ハッとして顔を上げるより先に、彼は手に持っていた紙袋から耳当て付きのニット帽を取り出してそのままそれを僕の頭に被せてきた。
「これ、タグ切ってもらってあるからそのまんま被っとけ」
んで、家に着くまで目も耳も仕事放棄させても良い。足だけ動かせ。
そう云いながら、僕の手首よりやや上の方を無造作に掴んで歩き始めた確かな温度。
今日は銀砂が瞬く筈だった夜なのに。
「うそつき」
そう呟いたのは僕か、それとも彼か。
革靴の爪先で溶けた花を、生まれて初めて綺麗だと思った。




