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03.存在否定への罰

『シオリ、お願いだから連絡ちょうだい』


 ……シオリ宛てに、メッセージを送る。

 もう何個目のメッセージだろうか。

 既読はやはり、つかない。どんなに待っても、返事もない。


 ――シオリがいなくなって、一週間が経った。

 一緒に帰った日の夜、シオリはいなくなってしまったのだ。


 どうやら家出とか、そういうものではないらしく……シオリについて、学校でも聞かれることがあった。


 シオリは失踪してしまったのだ。スマホを持って。


 ――大丈夫、だよね。


 私はそう信じるしかなかった。シオリが何か事件に巻き込まれたなんて、そんなことは考えたくなかった。


 でも家出するなんて考えられない。あの日、私達は楽しく趣味の話をしていたのだ。シオリに家出するような気配はなかったし……シオリが既読無視するなんて、信じられない。


 怖いことを考えるのはやめよう。

 こういう時は、楽しいことをしよう。


 気持ちを切り替えて、私はスマホで小説投稿サイトを開く。いまは、楽しい物語を読んで、その世界に入り込みたかった。トップページに並ぶピックアップ小説の中に、何か面白そうなものがないか、探してみる――。


 その中に。


『読者の方、編集者の方、はやく私を見つけてください。面白い小説を書いているんです』


 そんなキャッチコピーが。


 シオリの失踪のことばかり考えていて、あの日話した内容を、すっかり忘れていた。思わず私は座り直す。


 これが例の小説か。シオリが送ってくれたURLは開けなかったけれど、本当にあったんだ。


 ――シオリはこれを読んで、面白いと思ったのかな。

 ――またシオリとweb小説の話、したいなぁ……。


 そのキャッチコピーをタップする。シオリは失踪する前、きっと最後にこれを読んでいたのだ。


 だから、私も読んだのなら、感想会ができるような気がして。

 ただ、作品ページを開いて後悔する。


「うわあ……」


 何を言いたいのかわからないあらすじが書いてあった。専門用語がたくさんあるのはもちろん。多分、かっこいいあらすじを書きたかったんだろうけど、気取りすぎてて引く、というか。

 なんというか……作者の自己満足を感じた。


 ……昔の私の小説も、こんな感じだったのかな。そう思うと、読まれなくて当たり前だったと思ってしまった。


 とはいえ、小説は本文を読んでみないとわからない。

 それもある程度は読まないと、わからないものなのだ。


 ……私だって、小説を公開した時に「ここまで読んでもらえたのなら、きっと面白いと思ってもらえるはず!」と考えたポイントがあった。

 ただ、全員序盤で離脱してしまったから、そこまでたどり着いてくれなかったけれども。


 私は、プライドを持って、この作品を読むことにした。

 せめて三分の一は読もう。そのくらいまで読まないと、小説はわからない。


 まるで過去の私を慰めるような気持ちで、一ページ目を開く――。


『見つけてくれてありがとう』


 最初に、そう書かれていた。


『でも、もう誰も評価してくれないって、わかってるんだ』


 ……作者が自分を下げているのは、正直受けが悪いと思う。これじゃあ、読まれるものも、読まれないんじゃないかな。


 それでも私は読み続ける。まだ二行しか読んでいないのだから。


『これまでずっと、そうだったから』


 それに、気持ちがわからないわけじゃないから。


『けれど私達の小説は本当に面白い小説だったんだ』


 私達?

 グループで作品を書いているのかな、と思ったその時に――次の文章が、震えだす。


『この作品の魅力を知らないままでいるのは、無視するのは、もはや罪だと思う』


 ゴシック体、明朝体、サイズも変わって、まるで壊れたみたいに。

 その文章の下に。


『アヤカ逃げて』


 でもその文書はぱっと消えてしまって。それ以外の文章もすべて消えてしまって。

 白紙のページ。ただそれだけ。

 そこに。


『罰を受けろ』


 ふっ、と、スマホの画面が真っ暗になってしまう。

 その闇が、どろりと溢れ出す。

 闇は文章になっていた。


 ――どうして。頑張ったのに。認めてもらえない。


 私の手に、腕に、身体に絡みつく。


 ――私を見てよ。なんであの作品が。ずるい。


「い、や……」


 悲鳴を上げようにも、もう口にも文章が巻き付いてしまっていた。


 ――ふざけるな。調子に乗りやがって。へたくそなくせに。媚び売ったくせに。


 私の全身が、怨嗟の文章に包まれていく。


 果てに、ずるん、と。

 闇が私を呑み込み、反転するように私のスマホも呑み込んだ。



 * * *



 小説投稿サイトのトップページ。ピックアップ作品のキャッチコピーが並んでいる。

 その中に一つ。


『助けて、ここから出して。私はここ。捕まった。お願い、誰か』


 その文章は揺らいだかと思えば変わる。


『読者の方、編集者の方、はやく私を見つけてください。面白い小説を書いているんです』



【終】

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