第八話【アイアンドラゴンズ】
テーブルに座り、ノートに板書をしている少女――エマ・オルベック。
彼女がペンを走らせるたびに、頭のアホ毛がぴょこぴょこと揺れて動き出している。
現在、彼女は魔術師試験の初級課程「魔法理論」について勉強中だ。真剣な表情で板書を続けているが、その頭には白いハチマキが巻かれている。……初級試験なのに、気合いが入りすぎではないだろうか。
まぁ、それでやる気が上がるなら文句はない。アホっぽくてかわいいし――あっ、スペル間違ってる。
「そこ、スペルミス」
「えっ、ほんとだ。ありがとうございます!」
ニコッと笑顔を浮かべ、エマはお礼を言う。勉強中でもスマイルサービスは欠かさないようだ。今日も素敵な笑顔。ありがとうございます。
ノートを見る限り、ちょこちょことケアレスミスはあるものの、内容はだいたい合っている。このままいけば普通に合格できそうだ。
しかし、ミスが増えてきた。集中が途切れかけているようだ。ここは一度休憩を挟んだほうがいい。
「そろそろ休憩しようか」
「いえ、これからです!」
「いや、凡ミスが多くなってきてるから、いったん休憩しよ」
図星を突かれたエマは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「珈琲淹れるよ。アイスでいいかい?」
「はい! アイスでお願いします!」
グラスを取り出し、冷却魔法で冷やす。その間に豆を魔法で粉砕し、鍋の水を沸騰させる。鍋の火は圧縮魔法を重ねた炎を使っているため、すぐに沸騰する。
続いて、グラスの中に氷を生成し、珈琲を流し入れる。魔法式を編み込み、一定の速度で自動的に注ぎ込む仕組みだ。ここまでの作業はすべて魔法による自動操作。私は座って指示を出しているだけである。
これぞ、ザ☆高度無駄魔法。簡単そうに見えて実は難しい、世界一無駄で高度な魔法だ。
「ミルクとシロップと生クリーム〜」
「そんなに甘くしたら、頭が痛くなりそうですね」
「誰が頭の痛い奴だって?」
「言ってません!」
ピシャリとエマは否定する。……あぁ、私の聞き間違いか。
カラカラカラと珈琲をかき混ぜていると、玄関のほうで物音がした。ポストに手紙が投函された音のようだ。
「手紙だと思うから、取りに行ってきてくれないか」
パタパタとエマは玄関へ駆けていく。 少しすると複数の手紙を抱えたエマが戻り、それを差し出してきた。
「どうぞ、お師匠さま」
受け取った手紙をざっと宛名だけ確認し、机に置く。どうにも面倒そうな案件ばかりだ。
「エマ。代わりに読んでくれ」
「わたしがですか?」
エマは少し不思議そうな表情を浮かべながら、机に置かれた手紙の封を切り、一枚ずつ読み始めた。
「魔術師協会からですね。来週――」
「それ捨てていいよ」
「え!? まだ途中ですけど」
「いいよ。次の手紙は?」
私が催促すると、エマは戸惑いながらも次の手紙を読み始める。
「錬金術師協会からです。ジェイコブニ級錬金術士が新婚旅行に行くので、来月行われる高度魔法理論の臨時講師をお願い――」
「それも捨てて」
「これもですか!?」
「うん。なんで私が引き受けなきゃいけないのよ。しかも新婚旅行って……仕事を舐めるなよ。リア充は爆発しろ」
「後半、ただの私怨ですよね……」
「いいから次」
研究職の人間なんて出会いの場が少ないんだ。新婚旅行を理由に仕事を押しつけるなんて許せない。嘘でもいいから別の理由を用意しろ。なんでブーケの代わりに仕事を受け取らなきゃならないんだ。
「レイブンウッド新聞から取材依頼です。あっ、こちらはタウン誌の掲載依頼に、月刊総合魔術専門誌グランディア、錬金術師協会研究雑誌アルケミスト、高度魔導叢書グリモアからのインタビュー依頼ですね」
「それも捨てていいよ」
「えぇ……わかりました」
エマは読んでいた手紙をまとめて机に置いた。
「いいんですか? 全部有名雑誌ですよね」
「昔は引き受けてたけど、今はもういい」
しかも、インタビューや取材ってやたら長いんだよね。こっちが少し過激なことを言うと、すぐ削られるし。
「あとは?」
「これだけです。アンティーク魔法具通信から新商品の案内。六三〇年代の玩具魔法具が入荷したそうです」
「それは取っておいて」
エマの説明に被せるように言う。一番大事な手紙じゃないか。六三〇年代の玩具魔法具が入荷したって? レアものじゃないか。
「一番くだらない気がしますけど……」
「その一番くだらないものが、この店に大量に並んでるんだよ」
使いどころがわからない魔法具や魔法こそ、愛おしいのだ。
「こんなバカみたいな依頼書よりも――」
ボワッと炎が走り、手に持っていた手紙は瞬く間に灰へと変じ、指の間から儚く舞い散った。
その瞬間、玄関の扉が荒々しく開き、鋭い音が室内に響き渡った。
「あっ! ケイシーさんですね!」
「あのバカ……扉が壊れるから、いつもゆっくり開けろって言ってるのに……」
「よう! 儲かってるか〜!」
荷物を担いでケイシーが現れる。
「あたし、珈琲入れますねっ!」
「おう! ありがとな」
パタパタとエマはグラスを取りに行く。
「持ってきたぜ。海馬型平衡液を扱ってる業者がいなくて大変だったけどな」
ドサリとケイシーは担いでいた荷物を机に置いた。
「なんて七面倒くさいもんを仕入れさせやがって。結構な手間がかかったぞ。取引先も普段使わないところから仕入れたから、苦労したし」
「悪いね。料金は上乗せするよ」
「さすがだぜ、アイリー!」
ケイシーが私の横に腰を下ろすと、ちょうどそのタイミングでグラスを手にしたエマが戻ってきた。
「どうぞ、ケイシーさん」
「ありがとな、エマ」
ケイシーはお礼を言い、乱暴な手つきでエマの頭を撫でる。撫でられた本人はゴロゴロと喜びの音をあげている。
「試験の勉強はどうだ。うまくいってるのか?」
「はい! 絶好調です!」
「そうか。このまま頑張っていけよ!」
「ありがとうございます!」
笑顔を浮かべるエマのぴょこぴょこと揺れるアホ毛に、ケイシーはペシペシと猫パンチを繰り出す。
「それじゃあ、検品してくれるか?」
と、私の肩に肘を乗せながらケイシーが言う。
「そうだね。ちょっと確かめるね」
荷物の蓋を開けると、一ダースほどの海馬型平衡液が入っていた。瓶には濃い紫色の液体が満ちている。品質が高いほど色が濃くなる平衡液だが、これはかなりの高品質品だと思われる。
「見たところ、ずいぶん品質の高い平衡液じゃない。結構値が張ったんじゃ?」
「そうなんだよなぁ〜。ふっかけられたと最初は勘違いしてさ。言い合いになるところだったんだよ」
確かに、ここまで純度の高いものだと相当な値が張る。しかし、これほどの品をそこらの業者が用意できるものなのか? もしかすると、背後に錬金術士や薬剤師など専門知識を持つ者がいる可能性がある。メンバーなのか、ブローカーなのかはわからないが――。
「アンタが自分でやればよかったんじゃないか?」
「ここ最近、忙しいからね。作る暇がないのよ。エマのことも見ているし」
やれないこともないが、なにより材料を揃えて作るのが面倒だ。
「お師匠さま〜。それってなんなんですか?」
エマは箱の中身を凝視する。
「これはスパティアリス薬を作るために必要なものだ。工程がかなり面倒だから、自分で作るより外注したのさ」
「スパティリス……?」
コテッとエマは首をかしげる。
「スパティアリスよ。空間認知能力を強化する薬だ。認知を阻害する効果や、歪んだ空間を歩く際の耐性を付与するポーションでもある。これだけ注文したとなれば、恐らくダンジョン攻略に使うんでしょう」
そう言うと、エマは何かを思い出したように手をポンっと叩いた。
「もしかして、先週の冒険者っぽいお客さんの依頼ですか?」
「そう。だからまずは品質を確かめるのよ」
水を入れた釜に海馬型平衡液を流し込む。
「品質のいい平衡液はすぐに水に溶けるんだけど……」
「どうしたんですか?」
品質のわりに水に溶けるのが遅い。いや、これは……。
「もしかして」
私は瓶の中身を紙の上に垂らした。
「お師匠さま! なにしてるんですか!?」
「よく見て。液体が紙に染み込まず、撥水しているでしょう?」
「確かに……」
エマは紙の上に広がった液体をじっと見つめた。
「やられたな……」
「一体何なんですか、お師匠さま」
「恐らくだが、これは偽物だ」
「なんだとっ!」
ケイシーがギロリと瓶を睨む。
「仮定だけれど」
と前置きして、私は説明を始めた。
「平衡液はポーションを造るときに必ず必要な液体。純水と魔力濃縮液で作れるのよ」
エマはうんうんと頷く。
「空間認知能力を強化する薬にするには、平衡液とシアンアロエ、フェノール草を調合して海馬型平衡液を作る」
「なんか授業が始まったぞ……」とケイシーがぼやく。
「海馬型平衡液は紫色の液体が特徴。フェノール草を何度も温度を変えて長時間加工することで、この色になるの」
この作業が面倒なのよね。温度を変え、何通りもの手順を踏まなきゃいけないから非常に時間がかかる。
「で、この偽物は色だけ見れば本物と遜色ないけれど、本来の海馬型平衡液と違って水に溶けにくく、撥水する。つまり、シアンアロエの成分が強く反応している」
「つまり?」とエマが続きを促す。
「バーザックの法則を使っているの」
「なんですか、それ」
キョトンとエマは首を傾げる。
「この法則は、魔草という植物が魔力を含んだ原料に反応し、その働きを促進させる効果を持つ。つまり、平衡液の原材料である魔力濃縮液とシアンアロエが反応してしまっているわけね」
瓶を机に置く。確かに色だけ見れば本物そっくりだ。
「本来のレシピは、フェノール草とシアンアロエに平衡液を調合して海馬型平衡液を作る。フェノール草を長時間加工することで紫色になるんだけど」
私は瓶をエマの手元に置いた。
「これは、シアンアロエと平衡液に魔草を混ぜたもの。そして――」
一呼吸置いて続ける。
「魔草は加工すると、特殊な製法を除いて必ず紫色の液体になるんだ」
「なるほど……」とエマは呟いた。
「つまり、これはバーザックの法則を悪用した偽物。仮定だけれど」
しかし、もしそうだとしたら、よくこんなマニアックな法則を思いついたものだ。魔草は本来、機能を低下させる毒薬に使うもの。その法則を逆手に取るとは……製作者は相当錬金術の知識を持つ者らしい。
エマは、忘れぬようにとノートへ静かにペンを走らせていた。自ら進んで学びを刻む姿は、健気で頼もしい。
「つまり、私たちはまんまとフェイク品を掴まされたってわけね」
そう言うと、勢いよくケイシーが立ち上がった。
「あのクソ野郎! とっちめてやる!!」
ケイシーは額に青筋を浮かべ、ワナワナと腰に携えた剣の柄を掴む。
「ケ、ケイシーさん。落ち着いてください〜」
絶賛ブチ切れ中のケイシーを、エマが慌ててなだめる。
「落ち着きなよ、ケイシー。私が代わりにぶち殺してくるから」
「お師匠さまはもっと落ち着いてください!」
ケイシーとは違い、私にはピシャリと止めを入れてくる。……なんだろう。最近は世話をしているというより、世話をされている気がする。
「冗談は置いといて」
私はそう前置きして続けた。
「この詐欺まがいの件を問いただしたいから、私が行くよ。ケイシーはエマの勉強を見ていてほしい」
そう言うと、ケイシーは困ったような顔をする。
「私、なんも教えられないぞ」
「エマにテストしてやってくれ。クイズ形式で出題くらいできるでしょ」
「あぁ、それならできる!」
ケイシーは納得したように膝を叩く。すると、エマが心配そうに声をかけてきた。
「お師匠さま〜……大丈夫ですか」
「安心して。心配するなら、相手のほうを心配してやってくれ」
「絶対やりすぎないでくださいよ!?」
ガバッと前のめりで声を上げるエマをやんわりと抑え、私はケイシーに尋ねた。
「で、取引相手の名前と場所は?」
「アイアンドラゴンズって名前だ。今にして思えば、あんなダサイカつい名前、輩がつけがちだから気づけばよかったな」
「それで場所は?」
再度催促すると、ケイシーは答えた。
「それが、事務所が改装中だから案内できないって言われてな。路地裏で取引になって、まるでプッシャーと取引した気分だったよ」
「手がかりはなし……ということね」
しょうがない。輩を一人ずつぶちのめして問いただすしかない。
そう考えていたら、ケイシーが何かを思い出したように指を鳴らした。
「そうだ! スラムの手前のファンダムストリート辺りで飲み歩いてるって言ってたな」
「その取引相手が?」
「ケイシーは「そうそう」と言わんばかりに頷いた。
「そいつに問いただそう。下請けだろうが、名前と見た目は?」
「確か……ボッチー、いやバッチーだったかな? 背は私より少し大きい。ひょろっとして、長い茶髪を雑にまとめた小汚い男だ。年齢は三十代くらいだろうな……魔力も低そうだし」
「だいたい絞れてきたね。じゃあ、行ってくるよ」
「おう! 私の分まで頼んだぜ」
「お気をつけてくださいね! それと、やりすぎないでください!」
エマは再度、注意を促す。
「手加減は得意だ。任せてくれ」
××××××××××××××××
「さて、とりあえずファンダムストリートに着いたが……」
ストリート街といってもスラムの手前に位置する場所なので、治安は決して良くはない。だが、それでも王都のメインストリームや邸宅街に比べれば、アングラな雰囲気を楽しめるし、安くて美味いものもある。怪しい魔法具や違法スレスレの物品も売られていて、意外と面白い。
「とりあえず酒場で情報収集もいいが、そこまで悠長に待っている暇はない」
というか、私のイライラが境界線を超えないうちに早めに片付けたい。こう見えても我慢するのは嫌いで、短気なのである。
特技は人を待たせること、嫌いなことは待たされること。
そう考えながら飲み屋街の奥へ奥へと歩いていく。店のキャッチを振り払いつつ進むと、この辺でもかなりディープな場所に辿り着いた。
「この辺でいいか」
そう呟き、裏路地を探していると、その入口でキョロキョロと視線を彷徨わせている男を見つけた。
――こいつでいい。
そう思い、私は男に近づき声をかける。
「お兄さん。調子はどうだい?」
声をかけられた男は、小汚い顔をクシャリと歪めて笑った。
「全然だねぇ。景気が悪いったらありゃしないよ」
そう言って男はボリボリと無精髭を掻く。
「で、なんの用だい? ブツが目当てなら初回は安くしとくぜ。今はフラッシュ系のブツが流行ってるんだけどよ」
「フラッシュ系?」
聞き慣れないドラッグの名前に、私は聞き返す。
「あぁ。吸った瞬間、目が眩むようなドえらい快感が閃光みたいに押し寄せて、ばったり倒れ込んだあとは線香花火みたいに快感がゆったりと続くやつだ」
そんなものが流行っているのか。学術的には興味があるが、今は置いておこう。
「ブツには興味がない」
「あぁ? じゃあなんだ。仕事でも探してんのか?」
男は頭の先からつま先まで、不粋な目線で一瞥する。
「おまえさんみたいなのが売れるとは思わんが、子供体型趣味を専門にするところなら稼げるんじゃねぇかな」
子供体型扱い……。頭の血管がブチリと切れる音がした気がしたが、今は情報を得なければならない。半殺しは後回しだ。
殺意を深呼吸で押し殺し、私は例のグループの居場所を尋ねる。
「アイアンドラゴンズって知ってる? 最近幅をきかせてる連中らしいんだけど」
そう言うと、さっきまで親しげだった男の表情が消えた。
「知らねぇなぁ」
光の宿らない目で男は答える。
「噂でもいいから何か知らない? もちろんお兄さんの名前は出さないからさ」
コイツは確実に知っている。関わり合いたくない組織なのか、本人がメンバーなのかはどうでもいい。
私が問いただすと、男は指の骨を鳴らしながら威嚇した。
「あんましつけぇと、痛い目みるぞ」
交渉決裂ね。しょうがない。
「ちょっといい?」
「あ?」
私はそう言い、男の手の甲に触れて呪印を刻む。
瞬間、男の腕に紫色の光が血管のように広がっていった。
「クソッ!! 魔術師か!?」
男はバックステップで距離を取る。
「なんなんだこれ!?」
「嘘をついたら血管が膨張する呪いだよ」
そう告げると、男は恐怖に目を見開き吠えた。
「狂ってんのか!? なんなんだよこれぇ!!」
男は紫色に光る血管を掻きむしる。そんなもので消えるはずがない。
「消してほしいなら、事務所を教えてくれるかい?」
「そこの道を突き当たりに進んで左に曲がると、四角い家がある! 赤い屋根が目印だ!」
男は指で道を示す。
「ありがとう」
私は礼を言い、男が指した道へ歩き出す。すると男が再び叫んだ。
「おい!? 教えたんだからこれ消してくれ!!」
「あぁ、忘れてた」
掻きむしる男に手を向け、呪印を消す。
元の肌に戻った男は血走った目で叫んだ。
「この人でなしの魔女め!!」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
ヒラヒラと手を振り、私は事務所へ向かう。
まぁ、実際には紫色に光らせただけで、そんな恐ろしい呪いは使えないんだけどね。
ハッタリにまんまと騙されて走り去る男を見送る。
ざまぁみろ。子供体型って言ったお返しだ。
××××××××××××××××
「あれだね。アイアンドラゴンズの事務所は」
道の先に、二階建ての赤い屋根の四角い建物があり、入口付近で男が椅子に座っている。恐らく門番だろう。
長い茶髪で、ひょろっとした薄汚い男……ケイシーが言っていたのは、こいつか。
「すまないが、ここはアイアンドラゴンズの事務所だろ? 入れてくれないか」
「ガキの相手する暇はねぇんだ。帰れ」
男は一瞬こちらに視線を向けるが、すぐに手に持っている新聞へと戻す。
「オマエがボッチーだな」
「ブッチーだ。殺すぞ、クソガキ」
――ブチッ、とまた血管が切れる音がした気がした。
「どけ」
座っているブッチーの腹を前蹴りすると、ドアごと中へ吹っ飛んでいく。
「ここの代表に話があるんだが、呼んできてくれないか?」
そう言いながら店に入ると、中には七人ほどのいかつい男たちが鋭い視線を向けていた。
「なんだテメェは」
私の身長を優に超える男が目の前に立ち塞がる。
「オマエでいい。代表はどこだ?」
「調子に乗ってんじゃねぇ――」
男が言い終える前に、その膝を蹴り飛ばす。脚がくの字に折れ曲がった。
「あぁぁぁぁぉ!!」
膝をついた男が苦悶の表情を浮かべて叫ぶ。おぉ、リアルに膝をついてるじゃん。
そう感想を抱いた瞬間、周囲の男たちがいきり立った。
「なんなんだてめぇは!!」
「やっちまえ!!」
怒鳴り声を上げ、男たちが襲いかかってくる。
――そうこなくっちゃ。
「死なない程度に殺してあげるよ」
そう言って膝をついた男の顔をわし掴みにし、襲いかかってくる連中へぶん投げる。
「こいつ!!」
予想外の行動にたじろんだ男の顔へ拳を叩き込み、その横にいる男の腕を掴んで振り回し、別の男たちへ投げ飛ばす。
「ガバァ!!」
飛ばされた男にぶつかり、息苦しげな声が漏れる。
足元の椅子を掴み、横でテンパっている男の頭へ振り下ろす。
コイツら乱戦慣れしてないな。
「死ねぇ!!」
後ろから棍棒を振り下ろしてきた男を、たった今椅子で殴った男を盾にして受け止める。
「ぐぶぇ!?」
殴られた男が奇怪な声を上げて倒れる。
そのまま棍棒を振り下ろした男へアッパーを叩き込み、顎を打ち抜いた。
――あとは。
「岩弾!」
奥で身を隠していた男が簡略詠唱で魔法を放つ。
私は顎を打ち抜いた男の腰から剣を引き抜き、飛んできた岩弾を斬り払う。
「なんだとっ!?」
剣を構え、魔術師へ駆け寄る。
「龍環剣術流・上の段『響骨峰斬』」
剣の峰を魔術師の肩へ振り下ろす。
「がはっ!!」
峰の一撃が全身の骨を響かせ、魔術師はそのまま倒れ込んだ。
「これで全員か? 上から降りてこないなら増援はなしね」
つまらない。もっと大勢いると思っていたのに。けれど、やっぱりストレス発散には拳が一番だ。
と、魔術師にあるまじき発言であった。
メイレオスの月は一年の第五の月にあたり、 荒野の王、金色の獅子メイレオスに由来する。
荒野にて孤独に軍勢を打ち払った、その気高き勇気を讃え、人々はこの月を「メイレオス月」と呼び、永劫の象徴とした。
荒野の王、金色の獅子王の神話
かつて荒れ狂う荒野で生まれた獅子、メイレオスは孤高の王であった。
その鬣は黄金に輝き、荒野を照らす太陽の化身と呼ばれた。
ある時、無数の軍勢が荒野へと侵攻し、大地を踏み荒らした。
獅子王はただ一頭、三日三晩、孤独に戦い続けた。
その咆哮は炎天を揺るがし、爪は火焔を纏い荒野を裂いた。
しかし時は流れ、獅子王は病に倒れた。
旅人の魔術師がその最期を看取り、祈りをもって荒野に祭壇を築いた。
魔術師の追悼の祈りは天へと捧げられ、獅子王の魂は星々に永遠を刻んだ。
こうして夜空に「メイレオスの獅子座」が生まれた。
その星座は孤高の守護者として輝き、荒野を渡る者に勇気を与え続ける
荒野の民の云い伝え《孤高に生きた獅子王の勇気》十二章一節




