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アイリーの魔法具店  作者: ガミ、ガミ男
第1章【レイヴンウッド裏通り魔法具専門店編】
8/11

第七話【スタートライン】

 あれから一週間が経ち、今日がエマの得意魔法を見つける日だ。

 そのための準備は一週間前から始めていた。不眠不休というほどではないが、かなりの時間と労力を費やしていた。

 作業の手を止め、煙草に火をつける。


「疲れた〜」


 ため息のような息とともに、煙が細く揺れながら吐き出された。

 エマのための準備に加えて、もうひとつ別の作業も並行して進めていたせいで、かなり疲れが溜まっている。


「今日はこの辺にしとこうか」


カップに注いだ珈琲も、すっかり冷めてしまっている。


「もうこんな時間か。そろそろエマが起きてくる頃だな」


 準備はなんとか間に合ったが、睡眠不足のせいで、じわじわと眠気が襲ってくる。

  窓辺には朝日が射し込んでいて、ぽかぽかと気持ちいい。けれど、カーテンを閉めて横になるほうが、もっと気持ちよさそうだ。


「……なんか、めんどくさくなってきたなぁ。明日にしようかなぁ〜」


 ぼそりと独り言を漏らした瞬間、背後から声が飛んできた。


「だめですよ! この日を待ち望んでいたんですから!」


 どうやら、エマが起きてきたようだ。 ツインテールを整え、準備は万端。アホ毛がぴょこぴょこと忙しなく跳ねている。


「お師匠さま! おはようございます!」


 朝からでかい声で挨拶してくる。いや、朝だからか? 朝からでかい声を出すのは、ニワトリで十分だよ。


「朝から元気だね……」


「はい! 待ちに待っていたんですから!」


「ところで」と、エマが話を切り出す。


「お師匠さま、煙草吸ってたんですね」


「ああ、これかい?」


 そう言って、灰皿に煙草を押しつけた。


「これは、魔力補給具よ。魔力が枯渇したとき用に作ったやつ。だから、有害物質は入ってないから安心して」


「じゃあ、これをずっと吸ってれば、魔法が使い放題ですね!」


 バッチグーと、エマは冷酷な科学者のように恐ろしいことを言う。 この子、悪意がないだけに、天然で言っている分、余計に怖いな。今のうちに媚びておこう。


「魔力枯渇用って言ったでしょ。微量な魔力しか回復しないよ」


「へぇ〜」と、聞いているのかどうか分からない返事をするエマ。


「煙草と違って、いい匂いですね!」


「ハーブ系の落ち着く香りがするように改良したからね。それに薬草も使ってるし」


「でも、いつの間にそんなに魔力使ってたんですか?」


「ちょっとね。色々やることがあってさ」


 そう言って椅子から立ち上がり、伸びをする。ポキポキと背骨が鳴る。 それにしても、伸びってなんであんなに気持ちいいんだろうね。不思議だね。


「では、始めましょうか!」


「だから、ここではやらないって。家が吹き飛んじゃうよ」


「じゃあ、どこでやるんですか?」


「ここから馬で二時間ほど行った場所でやるよ」


 そう言うと、エマの目がぱっと輝いた。アホ毛もソワソワと忙しなく動いている。


「遠出ですか! ピクニックもしましょうよ!」


「いや、オマエの魔法の検査を……」


「それも兼ねて、です!」


 言い終える前に、エマが言葉を被せてきた。


「いや、だから……」


 本来の目的を話そうとするも、彼女はふんふんと鼻歌を歌い始めていて、こちらの声が届いていないようだ。

 楽しみにしすぎじゃない? まあ、帰りは夕方になるし、腹ごしらえも必要だ。仕方ない。


「じゃあ、王都を出る前になにか買っていこうか」


「はい! サンドイッチに、アップルパイと……」


 ぶつぶつと、エマはピクニック用に買っていく食べ物を呟いている。


「じゃあ、用意しようか」


「あたしはもう終わってます!」


「でしょうね」


 髪も服装もきちんと整えているのだから、準備はバッチリなのだろう。 なぜおしゃれしているのかは、ツッコまないでおいてやろう。


「ちなみに、どの辺でやるんですか?」


「レイブンウッド平原辺り。街からも遠いし、周囲に被害が及ばないから、そこがちょうどいい」




××××××××××××××××




「お師匠さま〜! 着きましたよ!」


「あえっ」


 もう着いたのか。もう少しかかってもよかったのに。

  ……あ、ローブにヨダレの跡が。


 それにしても、今日はいい天気だ。空には藍が広がっている。 メイレオスの月(五月)も終わりに近づき、薫風の香りが漂う昼寝日和。 あまりにも気持ちのいい気温に、荷台の藁の上でつい寝てしまった。 道中、エマがずっと喋っていたけれど、何を話していたかは覚えていない。


「よし、迎えの馬車は五時間後だから、ちゃっちゃとやっちゃおう」


 この辺でいいか。周りには何もないし、なにより歩くのがめんどくさい。

 私は荷物の中から、一枚のスクロールを取り出す。 上級の障壁術の魔法式が描かれた、魔法具だ。


「魔法具として一番ポピュラーなのが、このスクロールよ。 描いた魔法式は障壁魔法。ここに魔力を流すと、このスクロールを中心に四方に障壁が展開される。 オマエはこの中に入って、魔法を使ってもらう」


「わかりましたけど、私、閉じ込められちゃうんですか?」


 エマが少し心配そうな顔で言う。 それは封印術であって、これは障壁魔法よ。


「封印術じゃないから安心して。編み込んだのは、内側からの魔法に対しての防御よ。 星級まではいかないけど、上級魔法くらいの威力なら壊れないから安心して」


 この子の場合、上級以上の威力にはなると思うが、私も中に入るから大丈夫だろう。 さすがに星級相当のスクロールとなると、作るのに一ヶ月はかかるので勘弁してほしい。


「じゃあ、今回の趣旨を説明するね」


 そう言って説明を始めようとすると、エマが私の横を指差して叫んだ。


「お師匠さま!!」


 見ると、三十メートルほど先に、ゴブリンの群れがいた。数は五。 こちらに向かって走ってきている。


「奥に、ゴブ──」


 エマの言葉が終わる前に、編み上げた魔法がゴブリンを襲う。 五本の炎の矢が、ゴブリンに突き刺さり、燃え盛った。

 この辺りは魔獣が少ないはずだけど、群れからはぐれたのかな? また同じように邪魔されるのも面倒なので、説明の続きをしようとエマに目を向けると、彼女は呆然と立ち尽くしていた。


「あ〜。魔獣が死ぬところを見るのは初めてかい? ちょっと刺激が強すぎたね」


「いえ、そういう訳では……」  


 強がりでもなく、エマは言葉を続ける。


「ゴブリンを殺すまでのスピード感に圧倒されたというか。ていうか、無詠唱って詠唱魔法と比べると威力が下がるって言いましたよね? なのにゴブリンはあの様だし」


 エマが指差す方を見やると、そこには骨も残っておらず、灰塵と化していた。


「まあ、これは経験ね。一瞬でも行動が遅れれば死に繋がるから。魔獣がいたら殺せ。一匹いれば、百匹いると思え」


「なんか、ゴキブリみたいですね」


 実際、ゴキブリみたいなものだ。害を及ぼすし、繁殖能力も高い。 なにより、冒険者ギルドは主に魔獣討伐の依頼で成り立っている。 けれども、我々に益をもたらすこともある。魔獣から採れる素材は、武器や防具、果ては薬などにも活用できる。


「無詠唱魔法に限らず、魔法の出力を上げる魔法を間に挟むことで、威力を底上げできるの。それが圧縮魔法。 低級の魔法も、圧縮魔法で練り上げれば、威力を引き上げることができる。 ただし、高位魔法を圧縮するとなると、神業レベルの操作技術が必要だからオススメはしないね」


 圧縮魔法や広範囲魔法に魅入られた者は、みな魔法に振り回されて事故を起こす。 魔法の真髄に近づけば近づくほど、その身に危険が及ぶ可能性は高くなる。


 一説には、人が魔法を操っているのではなく、魔法が人を操っているのだと。


 確かにその説は信用できる。 竜級魔法や古代魔法、深淵の魔術を行使する時は、体が蝕まれることもあるし、魔法が語りかけてくるような感覚になることもある。 それは魔法に限った話ではない。魔法具や呪具に関しても同様だ。

 神秘に触れようと手を伸ばすと、まるで魔法に意思が宿っているかのように感じることがある。 古代魔法や禁じられた魔法は、特にその傾向が顕著だ。

 そのため、魔術師協会では魔法原則を遵守させるために、法則を定めている。


「その、圧縮魔法? ってのは、どのくらい難しいものなのですか?」


「上級試験で出るレベルね。でも、無詠唱に圧縮魔法を重ねる場合は、星級以上の高等技術になるわ」


 魔法の難易度が上がるほど、必然的に圧縮魔法も難しくなる。 まあ、今はそれはいい。時間も限られてるし、パッパっとやってしまおう。


「とりあえず、始めよう」  


「はい! お師匠さま!」


 元気よくエマは返事をする。これでようやく、スタート地点に立てる。


「スクロールの使い方は簡単だ。ここに魔力を流せば発動する。このように」


 スクロールに魔力を流すと、描かれた魔法陣が光を帯び、周囲に淡く光が広がった。


「よし、これで完了。じゃあエマ、これから私が言う属性を、なんでもいいから放出してみて。 まずはそれで、得意属性を見つける」


「わかりました! ばっちこーいです!」


 やる気満々にエマは手を叩く。ばっちこーいをするのはオマエなんだけどね……。


「火属性は……前回見たからいいか。風属性から頼む」  

 

「わかりました! ちなみに火属性はどんな感じですか?」


「しばらく使うな! それより、とっとと風出して」


 しょぼんと、エマは項垂れながらも、すぐに集中した表情に切り替え、手を前に突き出す。 巻き込まれないように、エマから距離を取ろう。

 とてとてと、エマから離れる。


「いきますね!」


 そう言い、突き出した手のひらから風が放出される。 足元の草が暴風に煽られて吹き荒れる。

 相変わらず、荒々しいじゃじゃ馬めいた魔力だ。


「どうです! お師匠さまー!」


 吹き荒れる風の音にかき消されないように、エマは声を張る。  


「そのまま制御してみて!」


 そう言うものの、あまり制御はうまくいっていないようだ。

  ふぬぬぬと唸りながら頑張ってはいるが、どんどん威力が上がっていき、障壁をバシバシと風で削っていく。

 さすがに障壁は大丈夫そうね。威力は中級くらいか?  それでも、まだ出力は全開ではなさそう。上級じゃなくて、星級弱の障壁にしておいてよかった。


「とりあえず収束させていいよー!」  


「はーい!」


 元気よくエマは返事をして、風を収束させていく。

 荒々しく踊り狂っていた草も、徐々に平静を取り戻していく。

 あの時よりは、だいぶ魔力操作がうまくなっている。 まあ、赤点から平均点以下になったくらいの変化なのだが。


「結果発表〜」


 と、間延びした声で私が言うと、エマはぱちぱちと手を叩く。ノリがよくていいね。


「適正なしっ!」  


「うぇ!?」


 エマは変な声を上げた。この子はリアクションが大きくていいね。


「ちょっと大袈裟に言いすぎたね。火も風も放出できてる時点で適正はあるよ。ただ、得意属性ではないってこと。鍛えれば使いこなせるようになるから安心して」


「では、火と風は除外ですね。続けてガンガンいきましょう!」


 エマはやる気に満ちているようだ。


「いったん、光と闇属性をやってみようか。もしかしたら希少属性が得意って可能性もあるし。じゃあ、光魔法からいってみようか」


「わかりました! いきますね」


 そう言うと、エマは両手の人差し指をこめかみに押し当てる。


「ビビビビビ」


 ……なにしてんの、この子は。杖を持ってたら殴ってたところだ。


「ねえ、それはなに?」 


「これは、光線を出そうとしてるんです!」


 ……あっそう。


「もういいよ。次は闇魔法」  


「え? まだ途中なのに……。じゃあ、いきますね!」


 今度は片方の手で片目を押さえ、反対の手を私に向けてくる。 ふざけているように見えるが、表情は真剣そのものだ。


「今度はなに?」 


「はい! お師匠さまが爆散する呪いをやろうとしてます!」


「やめて! 今すぐそれやめれる!」


 怖すぎでしょこの子。爆破ってなに?  文字通りの意味だとしたら、私死んじゃうよ。これからはこの子の扱いには気をつけよう。


「はい。エマさんは二つの魔法の才能はないですね。はりきって次いきましょうか」


「どうして敬語!?」


 この子に闇魔法の素質がなくてよかった。物騒な発想を天然でやるから、たちが悪い。


「土属性、やってみようか」


「土属性ですね!」


 エマは地面に手をつくと、モリモリと地面が隆起する。土属性も使えるのか。隆起した土は、ある程度規則性のある形に成形されている。

 火と風に比べれば、素質はあるのだろうけれど……水属性に期待するか。


「うーん……じゃあ、水属性に切り替えて」


 私が指示をすると、エマは隆起させた地面を元に戻し、手のひらを空に掲げる。ちょっと待って、水浸しはごめんだ。


「エマ! 上以外に向けて。着替え持ってきてないから」  


「あっ、そうか」


 そう言い、エマは手のひらを正面に向けて、水を放出する。 形も定まっていない水が、勢いよく障壁に当たり続ける。


「球体に形を整えてみて」


 目を瞑り、エマは集中する。歪ではあるが、球体に近い形に変化させている。


「うーん。全部イマイチね……」  


「あたし、才能がないんですかね……」


 シュンとエマは肩を落とす。いや、才能はあるんだが、器用貧乏っぽいというか、なんというか。


「いや、基本属性を全部放出できる時点で才能はあるよ。ただ、得意属性がね。土と水は比較的向いてそうだけど……」


 そこで、私はふとひとつの考えに閃く。 もしかしたら、特殊属性に適性があるのか?


 土と水の派生の特殊属性でいうと……。


「一回、花を群生させてみて」 


「花? お花ですか?」


 キョトンとエマは不思議そうな顔を浮かべる。


「そう。やってみて」


「わかりました」


 エマは腰を落として地面に手をついた。


「いきますね!」


 エマが声を発するや否や、障壁内の足元が黄色一帯になる。地面に黄色の花が咲き誇ったようだ。


「これはアロヴェリナか。少し季節外れだけど、綺麗ね」


 春花として有名で、花言葉は“天真爛漫”。この子に似合う花だ。


「お師匠さま! ここでピクニックしましょうよ!」


 確かに、ここで食事をするのは悪くはない。 けれども、花を愛でるよりも、この子の成長を愛でるほうがよっぽど有意義だ。


「名案ね。とっとと終わらせて食事にしよう。じゃあ、花を操作してみて」 


「ぐぬぬぬぬっ!」


 エマが力んだ声を出すも、なにも起きない。 花属性ではないとすると、もしかして……。


「次は木を出してみて」 


「了解です!」


 ふぐっとエマが地面に手をついた瞬間、彼女の周囲に木が繁茂する。これは当たりか?


「なんか今までと違って、いい感じです!!」


エマの顔は高揚し、気持ちが高ぶっているようだ。


 当たりだ。得意属性は木属性だ。


 やはり特殊属性か。特殊属性は、複数の基本属性を融合することで扱える属性で、水と土属性をある程度扱えた時点で、なんとなく予想はできていた。

  となると、光属性も親和性が高いから、訓練次第では扱える可能性もある。 さっきはすぐに切り上げたけれど、光魔法もこれから取り入れていこう。

 しかし、木属性か。この国では使い手はいなかったはず。 私は少しは扱えるが……まあ、いいか。この子は魔力操作さえマスターすれば、勝手に伸びていく。


「大丈夫かい?」


 そう声をかけるも、エマは私の問いかけが聞こえていないようで、はしゃぎながら樹を生やし続けている。 暴走しないといいのだけど。


「すごい……これが魔法を扱う感覚! 楽しすぎます!」 


「エマ、いったん落ち着こう」


そう窘めようとしても、興奮しているのか、どんどん魔法を放出し続ける。 気づけば、生み出した樹が背丈を超え、周囲に影を落としていた。


「エマ! 魔法を止めるんだ!」


 私の荒らげた声に、ビクリと肩を震わせてエマは正気を取り戻す。


「あっ、お師匠さま! どうやって戻せば……」


「さっきやったように、収束させるんだ」


「やろうとしてもできないんですよ!」


 私とエマがやり取りしている間も、樹は生え続け、群生していく。 まずいな……魔力暴走だ。


「無理やり魔法の供給を止めるんだ」


 そう言うも、エマはパニック状態で、さっきの倍のスピードと大きさで樹が茂っていく。 もはや木々が太陽を覆い隠し、辺りは樹海と化していた。

 私はエマのほうに駆け寄ろうとしたが、四方から甲高い音が響いてくる。 それは、障壁が破れた音だ。風船が膨らみすぎて破裂するように、障壁のキャパを超えたらしい。


「少なくとも、星級弱より上の威力を出せるのか……」


 危機が迫っている中、そんなことを考えてしまった。

 いや、そんなことを考えている暇はない。障壁が破れて、樹海が外に広がっていく。 焼き払う暇も与えないスピードだ。


「エマ、落ち着いて。ゆっくりでいいから魔力の供給を止めるんだ」


「はい……わかりました!」


 私はエマの頭に手を乗せる。先ほどまで慌てふためいていたが、私の呼びかけで次第に落ち着きを取り戻していく。

 よし。今は魔力が全力で放出されている状態だから、魔力の流れを把握しやすいはずだ。

 エマは普通の子と違って、魔法がゼロか百でしか出せなかったから、魔力操作の経験が圧倒的に足りなかった。 しかも、うちに来るまでは魔力の蓋を開けていなかったわけだし。

 恐らくは、無意識下でブレーキをかけていたんだろう。 だから、その辺の子供よりも魔法が使えなかったのだが、今はそのタガが外れて、今まで余分に溜め込んでいた魔力が放出されたのだろう。

 だが、ある意味で今起きた現状は、この子にとって良い経験になるはずだ。 良い意味でも、悪い意味でも。


「エマ、少し飛ぶよ。ここからじゃ何も見えないでしょ」


 私はエマの手を握り、飛空魔法を発動する。ゆっくりと体が浮遊していく。


 そのまま木々を避けて上空に出ると、樹海は四方に広がっていた。 これでエマも現状を把握しやすいだろう。 見えないものをコントロールするよりも、実際に見てコントロールする方がはるかにしやすい。


「お師匠さま……なんとなく魔力の流れがわかってきました」


 真剣な表情でエマは言う。


「いいよ。その調子で魔力をコントロールして、あの樹海の進行を止めてみなさい」


「わかりました」


 そう言い、エマは手を正面に突き出す。 その先では、勢いよく樹を群生させながら、樹海を広げていく。 まだ勢いは止んではいないようだ。

 そのまま数十秒が経つ。 私もエマの手を掴み、魔力制御の補助に入ろうとすると、ゆっくりと樹海の進行が遅くなっていく。


「これで……終わり!」


 エマが声を上げて告げると、樹海の進行が止まった。

 横を見ると、エマは少し疲弊した表情になっていた。それでも、魔力切れは起こしていないようだ。

 いいね。今が成長期だ。これから鍛えれば、恐らく国内トップクラスの魔力量になるはず。そして放出量に関しては、私を遥かに凌駕するだろう。


「お師匠さま……なんとかなりました!」


 エマは額の汗を拭う。なんとかはなってはいないのだが、ここは素直に褒めておこう。


「よくやった。いい魔力制御だ、エマ。とりあえず、樹海の外に降りよう」


 エマの手を引き、ゆっくりと樹海の外に降り立つ。


「しかし、どうしたものかね」


 上空から観測したところ、これはもう、立派な樹海だ。


「やっぱ、まずいですよね……」


 エマはおずおずとこちらを見る。 まずいかまずくないかで言えば、まずい。けれど、まあ……なんとかなるさ。知らんけど。


「国には私から報告しとくよ。罰則はないだろう。魔術実験の失敗ですとか、なんとか言えばどうにかなるさ」


「どうにかなりますかね……」


「なるさ。それに、メリットもある」


「どんなメリットですか?」


 エマは眉をひそめる。こんな何もない平原に樹海を作り出したんだ。色々とやれることはある。


「木材産業が潤うだろう。ここらは平原を挟んだ先にしか森や山がないからね。輸入に頼るしかなかったが、これからはここの木を使えばいいし、輸出もできるようになるかもしれない」


 林業以外にも、この土地に合った作物を調べて、山菜やキノコの栽培もできる。薬草なんかは、純度の高いものが育つだろう。


「魔力濃度の高い土地では、純度の高いものができやすくなるんだ。ここは、オマエの魔力で作られたからね。恐らく、だいぶ濃い地になるはずだ」


「例えば、私みたいな属性の人が、こういうのをいっぱい作れば産業も潤うのではないでしょうか?」


 エマは疑問を口にする。 まず、オマエのように魔力を放出できるやつはそういないし、木属性自体が希少だよ。


「生態系が崩れる可能性があるからね。今までうまくバランスを保っていた食物連鎖が、一気に崩れる可能性がある。だから、ここも調査次第では伐採することになるかもしれない」


「た、確かに……」


「恐らく魔獣もここに棲みつくし、魔力濃度が高い分、質の高い魔獣も育つ。もしかしたら、ここ固有の魔獣が生まれるかもしれない」


 まあ、魔獣に限らず、作物や生物もそうだが。


「そうしたら、ギルドを通して、国のいろんな産業が潤うだろう」


「じゃあ、お、怒られません……よね?」


 エマは体を小さくしながら、控えめに言う。


「大丈夫だって。それよりも、この樹海の名称を決めないとね。なんか候補あるかい?」


「名前ですか……気が早いですね……」


「起源主張はしときたいじゃない。うーん……エマの樹海でいいか」


「安直ですね……。なんでもいいですよ」


「よし! じゃあ、反省会をしようか」


「はい! よろしくお願いします!」


 体を縮こませていたエマは、シャキッと背筋を伸ばす。


「まず、オマエの得意属性は木属性だ」


「木属性?」


「水と土属性の派生の一つで、特殊属性よ。この国では使い手はいない……はず。しかも、ここまで扱えるのは珍しい」


「そうなんですか……」


落ち着いたふうに装っているが、口角が少し上がっている。 素直に喜びなさいな。


「まずは、これで魔力を扱う感覚がわかったでしょ?」


「はい……完璧ではないですが、掴めた気がします」


 しょんぼりとエマは俯く。まあ、得意属性を探した結果がこの惨状だからね。落ち込むのも無理はない。


「いいかい、エマ」


「はい……」


「この惨状を起こす前、オマエが何していたか覚えているか?」


「覚えているかって……そりゃ、魔法を使ったことは覚えてますけど」


 やはり、自覚はないようだ。


「オマエ、呑まれかけてたぞ」


「どういうことです?」


 エマは困惑した顔で言う。


「先週教えた、魔術師が高確率で死ぬ原因三選のうちの一つ。魔力の暴走事故よ。オマエはあの時、魔法に魅入られて、魔力に振り回されていた。私の制止の声が聞こえていなかったのか、興奮しながら魔力を放っていたじゃないか」


「そんなこと……けど、すごく楽しくはありました」


「自覚がないでしょ。それが振り回されてる証拠。大きな力を持つ魔術師は、その身に宿す力を制御しなきゃいけない責任が伴うのよ。基本魔法原則の第三原則で言われてるわ」


「なんですかそれは?」


 エマは初めて聞いたかのように、首を傾げる。習ってないのか? 退学になったとはいえ、初日に習うはずなんだけど。


「魔術師協会が定めている、遵守すべき基本原則だよ。

 魔法原則その三──  『己が身に宿す神秘、常にしも良き隣人たらず。ゆえに、これと交わるにおいては、節度をもって距離を保ち、慎みて共に在るべし。』

 つまり、魔法は己に牙を剥いてくることもある。だから、適切な距離で魔法を扱いなさいってこと。  さっきのオマエは、魔力に振り回されていたのよ」


 軽く見られがちな魔法原則だが、卓越した魔術師ほど、その重要性を理解している。


 魔術師の精神が摩耗することについて専門に研究した『魔術師の秩序』には、こう記述されている。


 魔法は単なる道具ではなく、人を試す存在である。

 我らは魔法と接触するたびに、肉体と精神に影響を及ぼすことを理解しなければならない。

  ――『魔術師の秩序』第七章「誘惑と代償」 著:エルノア・グレイム


「振り回されないように魔力を操作しなければいけないってことですか?」


「それと、精神も強く保たなければいけないの。己を支配下に置き、魔力に呑まれないように、自分の立ち位置を正確に理解しなきゃいけないのよ」


「よくわからないですぅ……」


 エマは両手で頭を抱える。 まあ、この子にはまだ早いかもしれないが、自分の及ぼす力の影響を知ってもらうことは必要だ。


「とりあえず、これからは魔法理論と倫理についても教えていく」


「わかりました!」


 ビシッとエマは敬礼する。


「じゃあ、ここに一本、木を生やしてみて」


「え……今、ですか……?」


 自信なさそうな表情でエマは言う。

 こういうのは、間を空けると掴めていた感覚を忘れてしまう。この子の場合は、あの惨状を起こしたという経験があるから、それがトラウマになって魔法を放出できなくなる可能性もある。

  だからこそ、早めに成功体験を与えておく必要がある。


「感覚が覚えているうちにやらないと、忘れちゃうからね。やってみなさい」


「じゃあ、いきますね」


 そう言って、エマは地面に手をつく。


「一本でいいからね」


 エマの額から汗が滴り落ちる。表情は真剣そのものだ。地面についた手が淡く光り、すると、目の前に立派な木が一本立ち上がる。


「で、できました!!」


 ガバッとエマが私に抱きついてくる。


 く、苦しい。なんで私と背丈が変わらないのに、年下で、しかも胸がこんなに発達してるんだ。きもちいい……間違えた。羨ましい。


「おめでとう、エマ」


「はいっ! ありがとうございます!」


 喜びの表情を浮かべたエマの瞳から、雫が落ちて私のローブを濡らす。

 憧れていた、魔術師としての第一歩を踏み出したのだ。 喜びと、これまでの苦しみが一気に押し寄せたのだろう。


「時間もまだあるし、ピクニックしようか」


 これで、ようやくスタートラインに立てた。これからは忙しくなる。

 この子の才能は、ゆっくりと、丁寧に育て上げなければならない。

 帰ったら、ケイシーにも報告しておこう。


 この子は、必ず歴史に名を残す魔術師になる。 これからが楽しみだ。

エルノア・グレイム(双竜歴200年〜340年)


魔術師の精神的規律と魔法の危険性を体系的に説いた思想家であり、魔術師の倫理と訓練体系に多大な影響を与えた人物である。 彼の著作『魔術師の秩序』は、魔法の誘惑と代償、精神摩耗の危険、魔力との距離感などを詳細に記述し、現代の魔術師教育の礎となっている。


その教えは現在も魔術師協会の指針として引用され、教科書にも掲載されている。 「彼がいなければ、深淵に堕ちた魔術師は倍増していた」とまで言われるほど、魔法と人間の関係性に警鐘を鳴らした先駆者である。

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