第四話【魔法の授業一時間目】
「いや〜、食った食った〜」
ケイシーはエマの肩を抱きながら歩く。
ふらふらしているが、背筋は伸びていて隙がない。
「ケイシーさん、お酒くさいです〜」
「ビールで消毒するから大丈夫だ!」
「消毒じゃなくて、消臭なのでは……」
呆れた声でエマがつぶやく。酔っ払い相手には、適当に相づち打ってればいいんだよ。
「エマ。もう夜も遅いし、送ってくよ」
「ありがとうございます! では、宿屋までお願いします」
ぺこりとお辞儀をするエマに、ケイシーが不思議そうな顔を向ける。
「家じゃなくていいのか? 気を使わなくていいんだぞ」
「いえ、宿屋暮らしなので」
さも当然のように、ケロリとエマは言った。
この子、確か入学金を返済してるって言ってたよね。宿代も払いながらとなると、かなり無理してるんじゃないだろうか。見た目は元気でも、内情は相当ギリギリかもしれない。
「エマがよければさ、私と一緒に住まない? まあ、店で寝泊まりしてるんだけど、部屋余ってるしさ」
私がルームシェアを提案すると、エマは少し申し訳なさそうな顔になる。
「でも、串焼きも奢ってもらって、申し訳ないというか……」
エマは俯きながら、もじもじする。こういうのは素直に受け取っときなさい。
「師匠として命じます。夜も魔法の勉強もあるので、あなたは私の家に住みなさい」
ビシッとエマは背筋を伸ばす。
「わかりました! よろしくお願いします!」
「では、帰ろうか」
元気よくエマは返事をして、私の横に並んで歩く。よし、この子には、師匠命令が一番効くな。
「待ってよ、二人とも〜」
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ケイシーを途中まで見送り、私たちは店に戻った。
ある程度部屋の説明を終えると、エマはかしこまった態度で私の前に立つ。
「お師匠さま。今日はいろいろとありがとうございました! 明日からもよろしくお願いします」
「うん。こちらこそ、明日からも精進したまえ。では、おやすみ」
「はい! おやすみなさい」
律儀に頭を下げるエマの頭を撫でて、私は部屋に戻る。
今日は、いろいろとあったな。バイトと弟子を同時に手に入れてしまった。明日からは、みっちり修業を積ませよう。あれは、なかなかの逸材だ。
というか、弟子ができるなんて初めてだな。師匠って、どんな感じにすればいいんだろう。大抵の魔術師には師匠がいるものだけれど、私は師匠がいないしな。いたのは、親代わりと、たまに助言をくれた魔術師くらいだし。まあ、適当に、適切にがんばるか。
明日が楽しみだ。どんな修業内容にしようかと、いろいろ考えているうちに、
次第に思考がぼやけていき、眠りに落ちた。
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「……さま!」
うるさいなぁ。何時だと思ってるんだよ。
「お師匠さま! 朝ですよ〜」
お師匠さま? 私にいつ弟子ができたんだ。
「ケイシー、うるさい……。なんで部屋にいるのよ……」
この野良猫が。勝手に部屋に住み着きやがって。
「もぉ〜、エマですよ! 寝ぼけてないで起きてください!」
次第に意識が覚醒していく。ぼんやりと昨日の記憶が蘇り始める。
そうだ。エマとルームシェアすることになったんだ。しかし、目覚まし時計にもなってくれるとは、いい弟子すぎる。
「おはよう、エマ……。今は何時だい?」
「おはようございます! 現在時刻は、ただ今十一時です!」
お昼前か。起こしてくれるなら、もう少し後でもよかったな。
と、起こしてもらっておきながらも、図々しく考えていると、私の腕を引っ張るエマ。
「あと、五時間だけ寝させてぇ……」
「夕方じゃないですか。起きてください!」
「うん……」
モゾモゾと布団から這い出る。また後でね、布団ちゃん。
「とりあえず、リビングに行こうか」
「はい!」
朝から元気だなぁ。朝強いの、羨ましいなぁ……と思いながらリビングに足を運ぶ。否、エマにしがみついているので、正しくは“運ばれている”が正解である。
「そこ、左の扉がリビングね」
「はい! お師匠さま。もしかして、朝弱いんですか?」
「もしかしてもなにも、弱いよ」
逆になんでそんなに強いのよ……と考えていると、扉を開けたエマがそのまま立ち止まる。
ちょっと。早く入って椅子に座らせてよ。
「ここが……リビング?」
扉の先には、大きな部屋がある。作業台があり、鍋に火をかける台もある。暖炉もあるし、四人で座れるくらいの広さのテーブルも置いてある。
「うん、ここがリビング」
「どこがリビングなんですか……」
なぜかエマがドン引きしている。スタイリッシュなおしゃれリビングを想定していたのか?
「キッチンも兼ね備えてる。ほら、作業台にはナイフが置いてあるし、鍋を熱する台もあるだろう」
「ほんとに料理で使ってるんですか……? なんか試験管とかポーションみたいなのとかありますけど」
エマの指差す先には、確かに作りかけのポーションやら空の試験管が置いてある。
「ここは私のアトリエだ。けど、人間、お腹はすくもの。わざわざキッチンで料理を作って、リビングで食事をするのは効率が悪い。というか、めんどくさい。なので、ここで全部済ませてる」
ほんとはベッドも置きたいけれど、作るものによって臭いが発生するので、寝室は別。
「とりあえず、珈琲入れるけど飲む?」
鍋に火をかけ、珈琲豆を魔法で粉砕して粉状にする。
「いただきます!」
「ミルクと砂糖は?」
「ブラックでお願いします!」
「意外ね。てっきり飲めないものかと思ったよ」
えへへ、とはにかみながらエマは頭をさする。カフェオレやココアが好きだと思っていたが、意外と大人な口だ。
そうこうしているうちに鍋が沸騰したようなので、珈琲を淹れる。
「あの……これはビーカーなのでは……?」
顔を引きつらせながらエマは言う。
「安心して。ちゃんと洗ってるし、取っ手が付いてるから熱くないよ」
一応、洗浄魔法は使っているが、錬金用と食器用でちゃんと分けている。衛生的に問題なくても、精神衛生上は良くないからね。
「そ、そうですか。じゃあ、いただきます」
諦めたような表情のエマは、珈琲を口に運ぶ。こういうのは一口目が大事だ。あとはもう慣れてくるから。
「病気になりませんよね……?」
「私が元気だから大丈夫だよ」
そう言いながら、私は砂糖を一個、二個、三個と珈琲に入れる。
「お師匠さま、そんなに入れたら太りませんか?」
心配そうな顔でエマは私を見る。逆に少し肉付きのいい体になりたいよ、オマエみたいに。
「いいの。糖分はすべて脳に行ってるから」
心配そうに私を見るエマの視線を振り切り、砂糖ポットからもうひとつ角砂糖を取ろうとすると、エマがポットを横取りする。
「今日はもうダメです! お師匠さまの健康管理も、弟子の役目です!」
「私のお砂糖ちゃんが〜」
ポットを取り返そうと手を伸ばすが、エマはそれを己の頭上に持ち上げる。
「それよりも、今日は何時からお仕事始めるのですか」
キリッと、エマは真面目な顔をする。ポットを掲げながら言っても、アホっぽいだけだよ。さっさとそれ返して。
「今日は定休日。だから、魔法の勉強をしましょう」
「ほんとですか! 早くやりましょうよ!」
目を爛々と輝かせながら、エマは椅子から立ち上がる。もちろん、ポットを掲げたままだ。
あの〜。いつ返してもらえるんでしょうか……。
「お師匠さま! 早くそれ飲んで勉強しましょう!」
ぐびぐびと珈琲を飲み干したエマは、私の横に張り付き肩を揺らす。砂糖はもう諦めたから揺らさないで。珈琲が飲めないのだけど。
「では、始めましょうか」
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「はい! お師匠さま。よろしくお願いします!」
背筋を伸ばし、元気よくエマは言う。そんな、張り切らないでほしいな。初めて弟子に教えるので、ちょっと緊張してるから。
「では、まず魔法の歴史からサラッといこうか」
「はい!」
元気よく返事をすると、エマはノートを開き、板書の準備をする。
「この世界を創り出した創造主がいました。創り出された世界は渾沌と化していて、その創造主だけでは世界を正常にすることはできません。そこで、創造主は自身の生命力を使い、二頭の竜を生み出しました」
ざっくりとした神話を黒板に板書する。創造主は最初から自然発生した存在なのか、それとも誰かに生み出されたものなのか、色々と議論はされているが、とりあえず現代の最新の通説を説明する。
「今の暦が、この二頭の竜がモチーフになってるんですよね!」
ビシッと手を挙げて答えるエマ。黒板に板書したせいか、エマは学生気分のようになっている。まぁ、雰囲気作りは大事だしね。
「そう。だけれど一つ勘違いされがちなのが、現在の双竜暦九百二十年。これは、二頭の竜が生み出された時から数えられたのではなく、大きな戦争が終わり、これから平和な時代に移り変わる証としてつけられた暦なの。竜が生み出されてから終戦を迎えるまでは旧時代と呼ばれ、恐らく六〇〇年は続いたと言われている。あくまで、今の新しい学説ではね」
実際、旧時代の遺物は深海に沈んでいたり、ダンジョンの最奥、人類未踏の密林の奥地、魔大陸や新大陸などに存在していて、研究はあまり進んでいない。だが、壁画や文明の痕跡、歴史書や詩として語り継がれているので、神話の時代は確実に存在している。
そして、新大陸には双龍暦の始まりから存在していて、過去から現代までのすべての歴史を記していると云われる、世界の歴史を貯蔵する図書館「メモリウム」がある。膨大な数の歴史書が収められていて、持ち出すこともできないし、入館を許可されている者も世界に百人といないため、研究はあまり進んでいない。
いや、もしかしたら、意図的に研究を進めないようにしているのか……? いや、このままじゃ脱線して授業にならない。そのまま思考の海に泳ぎ出してしまいそうだ。
ふるふると頭を振って、思考を振り払い、エマの方に目をやる。どうやら少しややこしすぎたのか、ぼーっと天井を眺めている。
ショートしているのか、頭から湯気が出ているように見えてくる。
「簡単に言うと、竜が生まれたのが旧暦。神話の時代の戦争が終わった日が双竜暦」
「なるほど! わかりました!」
ポンッと納得したようにエマは手を叩く。考古学者が聞いたら、助走をつけてぶん殴ってきそうなほどのざっくりとした説明だが、まぁこれは正直どうだっていいのよ。
「ちょっと脱線しちゃったけど、さっき言った渾沌と化している世界を正すために、生命力を使って二頭の竜を生み出した創造主は、力尽きる前に、二頭の竜に魔力の使い方を教えました。そして、初めに生まれた一頭の『竜』が魔法を使い、世界を浄化して、人が住めるような環境にしました。これが、世界で初めて魔法を行使した事例です」
渾沌と化していた世界では、サイクロンや大津波、大噴火している大陸の真横では、大岩ほどの雹が降り注ぐ大雪原が隣接していたとか。他にも、山を飲み込むほどの沼地、大地が燃え盛る灼熱の砂漠、何千もの雷で焦土と化した大陸もあったそうだ。それらを、人が住めるように浄化したという。それでも今よりも、もっと過酷な自然環境だったらしいけど。
「お師匠さま〜。一頭の『竜』が魔法を使ったって言いましたけど、もう一頭の竜は何をしたんですか?」
エマは首を傾げながら言う。いい質問ね。ここからが、ややこしくなるところなのよ。
「初めに生まれた兄の『竜』は魔法の天才で、今ある魔法体系を生み出した、いわゆる魔法の開祖なの。後に生まれた妹の『龍』は、魔法が使えなかったの。厳密に言うと、魔力はあるけれど、魔法に昇華することができなかったの。そこで『龍』は、魔法に頼らない技術を新たに創り出したのよ。それが、法術。魔法は魔力を変質して放出するのに対して、法術は魔力を練って内側に循環させるの。そうして『龍』は法術と相性のいい剣を造り出し、剣術の天才として、今ある大体の剣術の流派を作り出した開祖となったのよ」
長男は、大型の竜で、魔法の開祖であり、美しい、白銀色の竜だと云われている。
妹は、人型の龍人で、法術と剣術を使った剣術「龍環剣術流」の開祖であり、色白の見目麗しい淑女だと云われている。
一応、二頭の竜はまだ生きているらしいが、どこかの山の麓にいるらしく、最後に人里に降りてきたのは三〇〇年ほど前らしい。
「へぇ〜。なんかすごいですね!」
ざっくりとエマは感想を述べる。ほんとに分かっているのかどうなのかは微妙だが、まぁいい。
「これが魔法のざっくりとした歴史。で、次が魔力操作ね。魔法を使うには、魔力を操作しなければいけないの。例えば、火球を一つ作る魔法を使うために、まずは体内の魔力を掌に集中させる。次に、掌に集中させた魔力を火球に変質させることをイメージする。これがとにかく大事で、イメージできないものは創り出せるわけがないから、しっかりとイメージする。これで大体は終わり。あとは『ファイヤーボール』と詠唱すれば、掌に集中させた魔力が魔法に昇華して放つことができる」
実演するように、掌から放出した火球がエマを通り越し、後ろの壁に当たる。
「これがまず初歩の魔力操作。熟練していくと、集中させる魔力を調整することができるようになる。威力を弱めたり強めたりすることもできる。強めたいならサイズを大きくしたり、縮小させて威力を弱めたりね」
魔力を練り上げて威力を上げることもできるが、これは上級者向けなので、今度説明しよう。
「次は詠唱。詠唱には三種類あって、さっきの『ファイヤーボール』は魔法名を詠唱しただけだから、あれは簡略詠唱魔法よ。長い祝詞を詠唱するのが完全詠唱魔法。何も詠唱しないのが無詠唱魔法と言うの」
ふむふむと頷きながら、エマはノートに板書する。
「まずは完全詠唱魔法。これは長い祝詞を詠唱することで魔法が発動する。戦闘中は隙だらけになる分、威力は爆上がりするし、祝詞を詠唱する分、難易度は低い。けれど大魔法となるとイメージも魔力操作も難しくなるし、簡略詠唱も無詠唱もできないので要注意」
完全詠唱は早口言葉が得意で滑舌のいいやつは、騎士や軍人から重宝される。でも、ゆったり詠唱した方がかっこいい。
「次は簡略詠唱魔法。これは魔法名を言うだけで発動できる。威力はそこそこで、難易度はちょっと高くなるが、戦闘の隙も少なくなるのでおすすめね」
まぁこれも、初級・中級魔法なら少し訓練すれば使えるようになるが、上級以上となると途端に難しくなる。
「最後は無詠唱魔法。先の二つに比べると威力はだいぶ落ちるけど、詠唱も魔法名も言わずに無言で発動できるから、とても便利。隠密性に優れ、発動スピードも早いし、何の魔法かも悟られないから、精神的にも揺さぶれる。とても便利だけど、修得難易度は桁違いに高い。もし無詠唱魔法を扱う敵に遭遇したら、迷わず逃げなさい。無詠唱を扱えるということは、熟練の魔術師だという証拠だから。器用なやつなんかは、無詠唱で魔法を発動しながら、同時に簡略詠唱で魔法を放つやつもいるくらいよ」
魔力を練り上げて威力を上げることもできるが、無詠唱はそもそも熟練の魔術師しか扱えないほど繊細な魔力操作が必要なので、その上で魔力を練り上げるとなると、もっと細かい魔力操作が必要になる。威力を上げるには限界がある。例えるなら、ピアノを弾きながら、別の曲を頭の中で作曲するような感じ……かな?
「お師匠さまは、全部使えるんですか?」
エマはノートを書き終えると、私に問いかけた。
「当たり前。全部使えるよ」
ふんすと鼻息が漏れ出る勢いで私はドヤる。私を誰だと思っているんだ。アイリー師匠だぞ。
「すごいです! でも、今の説明聞く限り、完全詠唱魔法だけ必要なくないですか?」
「死刑!」
「なんでっ!?」
突然の死刑宣告に顔を真っ青にするエマ。当然だ。魔法の師匠として今のは聞き捨てならん。
「確かに、完全詠唱魔法は利便性が悪い……だが、そこにロマンがある!」
熱くなり、つい少年のようなテンションになってしまった。
「長々と祝詞を詠唱して放つ魔法は、普段の五割、いや、七割増しかっこよく見える!」
「それだけですか?」
あっけらかんとエマは言う。それだけ、だと? これだから素人は困る。かっこよくない魔法は魔法じゃないのよ。
こほんと咳込み、今度はちゃんとした利便性を説明する。
「使い分けが重要なのよ。一対一や一対複数、少人数での戦闘では、簡略詠唱や無詠唱を使って戦うのが基本。詠唱が短いほど隙が少なくて済むからね。パーティー戦では、後衛に回って完全詠唱。大きな魔法を安全に詠唱できる環境があるなら、威力を最大限に活かせるわ。それと、大物の魔獣なんかは、完全詠唱魔法じゃないと攻撃が通らないこともある。だから、そういう相手には必須。戦争のときなんかは、複数人で大魔法を詠唱することもあるし、熟練者なら一人でやることもある。まぁ、そんな感じ。普段使いは簡略詠唱や無詠唱。大型の敵やパーティー戦では完全詠唱。そんなふうに覚えておけば大丈夫よ」
まぁ、一人でも完全詠唱はやれないこともないけれどね。
「熟練の魔術師は、大まかに二つに分かれるわ。大規模で派手な魔法で戦う魔術師と、小規模で最低限の魔法だけで戦う魔術師」
「どっちが正解なんですか?」
腕を組みながら考えるようにエマは首を傾ける。これに関しては、相性と価値観とその場のノリでしかない。
「正解はないのよ。これは相性ね。大規模で派手な魔法が得意なタイプか、細かく、誰もが知ってるような魔法をスピーディーに繰り出すタイプか。あとは自分の価値観。どっちの魔法が好きか。やっぱり好みの魔法を使う方が楽しいし、テンションも上がるし、修練度も上がるのよ」
「あたしは、大規模魔法が好きです!」
うん。だと思った。
「じゃあ次は魔法の属性についてね」




