第三話【涙の味】
「いらっしゃいませ〜! レイヴンウッド裏通り魔法具専門店へようこそ! 本日はどのようなものをお探しですか〜?」
ちょっと元気が良すぎるというか……うちの店の陰鬱でダークな雰囲気が、エマが店員をやることで空気が浄化されてしまう。
おどろおどろしい物品が並んでいるはずなのに、どこかキラキラしたファンシーなものに見えてくる。血みどろに汚れた呪いの指輪も、なんだかおしゃれなヴィンテージアクセサリーに見えてきた。恐ろしい。
「あの……薬草はありますか……」
ボソボソと、ふるぼったいローブを羽織った男がエマに話しかける。声も小さく、陰鬱な空気を漂わせてる。典型的な魔術師タイプだ。
「はい! ただいま確認します!」
エマは私の名前を呼びながら、パタパタと駆けてくる。
「あ、あそこにあるよ」
なぜか陽気な雰囲気に怖気づいて、キョドってしまった。
「こちらです!」
「あ……ど、どうも」
ローブの男もキョドる。私たち魔術師は、ああいうキラキラした人には弱いのだ。
「セットで、こちらの毒草はいかがですか?」
「おすすめだよ〜」
なぜか合いの手を入れて接客をするケイシー。いつの間にか、うちのエプロンまでつけている。
なんでこいつまでやってるんだ。かわいいからいいけれど。
「い、いや……買いに来たのはこれだけです……」
「お兄さん。これは帝国産でね、わかるでしょ? あそこは品質はいいけど、戦争で流通が滞ってるから、今ならお得だぜ」
「ですです〜! どうですか? お買い求めいただけますか?」
「じゃ、じゃあ買っちゃおうかな〜」
キョドっていたローブの男が、2人に乗せられてテンションが上がっている。
「追加で毒草入りまーす!」
「入りまーす!」
アングラな雰囲気が……。
「じゃあ、これ頼むわ」
あんなにキョドっていたローブの男が、逞しくなって会計に来た。
「三千八百グレムです……」
「え? なに? いくら?」
「……合計金額は三千八百グレムです」
「あいよ」
ローブの男がお金をテーブルに置く。なぜか合計金額より少し多い。
「あ、あの。ちょっと金額が多いんですけど……」
「釣りはいらねぇ。あそこの二人のお嬢ちゃんたちに、何か買ってやってくれ」
そう言ってローブの男は、二人にウィンクをして店を後にする。
……私の分は……?
「いや〜、やっぱり接客って楽しいですね!」
「アンタ、才能あるぞ。これからもっと売っていこう!」
「はい! 笑顔いっぱいで頑張ります!」
ま、魔法具店のダークな雰囲気が失われていく……。
××××××××××××××××
「お師匠さま。お店は何時までやるんですか?」
「気分。だから今日はもう店仕舞い。私もう疲れた」
「え! そんな気分とかで決めちゃっていいものなんですか?」
「まあ私の店だし」
一番偉いのは私である。赤字になろうとも、帰りたいと思ったらそこで試合終了なのである。
「それではお疲れ様です! 明日は何時から来ればいいですか?」
「適当に昼からとかでいいよ。もしかしたら私寝てるかもだし」
「えぇ……わかりました。じゃあまた明日よろしくお願いします。お先失礼します。」
ちょっと引きながらも、エマはすぐに笑顔に切り替えて挨拶をする。
「ちょっと待って、エマ」
「はい、どうしましたか?」
「この後予定あるかい?」
「いえ、特にないですけど」
エマがコテっと頭を傾ける。予定がないなら好都合だ。こういうのはパッとやらなきゃいけないものだし。
「じゃあ歓迎会をやろう」
「そう……ですか」
エマは俯きながらそう呟く。服の裾を握り締めている。
「い、嫌だった? じゃあ無理しなくていいからな?」
じわりと汗が流れる。確かに、出会ったばかりのチビの女に誘われても困るだけだ。
そう! 今の若者はこういう飲み会とかには乗り気じゃないと聞いたことがある。
あわあわと手をばたつかせながら、私は言い訳を取り繕う。
「あの〜、え〜と、うちは無理やり飲み会参加とかないから! ブラックじゃない、みんな仲良しホワイトな職場だから!」
なんか後半はブラックな職場の代名詞みたいになってしまった気がする。
けれど、エマはふるふると頭を振りながら言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい。こういうの初めてで、ちょっと動揺しただけです」
「そ、そうか。ではどうする? い、行くか?」
「はい! 行きましょう! こういうの、憧れてたんです」
拳を胸の前に置き、エマは元気よく言う。よかった。嫌がられてはいないようだ。
「んじゃどこ行く〜?」
エマの肩を抱きながらそう言うケイシー。オマエ来るのかよ。まあ、二人きりはちょっと気まずいからいいか。
××××××××××××××××
「へぇ〜、こんな路地裏にお店なんてあるんですね」
キョロキョロと周囲を見渡すエマ。確かに、成人前の女の子がこういう場所に来ることはあまりない。
若い子は、表通りのキラキラしたような場所のほうが馴染みがあるか。まあ、私も若いのだけれど。
まだアラサーじゃない、と自分を励ましながら目的の店へと足を運んだ。
「串焼き屋さん?」
「ああ、ここか」
「知ってるんですか?」
「おう。アイリーと来たことがある」
エマの疑問に答えるケイシー。そう、ケイシーとはよく外食に行くが、ここも以前訪れたことのある店だ。
「串焼き屋さんなんて初めてです! 大人っぽくてかっこいいです!」
キラキラと尊敬の眼差しを私たちに向ける。……大人っぽいだけだよね? ちょっと年増っぽいチョイスって暗に言ってるわけじゃないよね?
あの子に限ってそんなことはない、と勝手に願望を抱きながら店に入る。
××××××××××××××××
「とりあえずビール三つでいいよな!」
メニューも見ずにケイシーは言う。
「あの、あたし未成年なんでお酒飲めないです。オレンジジュースください」
「ビールもオレンジジュースみたいなもんだ」
……悪い大人がいる。こんなやつがいるから、今どきの若い子が飲み会を嫌がるんじゃないだろうか。
「えへへ。注文どうしますか?」
エマは誤魔化すような笑いを浮かべ、注文にシフトチェンジした。
「じゃあこのページの串焼きを、塩とタレで三人前ずつ頼む」
私が注文すると、横にいるエマはなぜかキラキラと目を輝かせている。初めての串焼きにテンションが上がっているのか?
かわいいやつめ。今日はとことん食べさせよう。
「か、かっこいいです! これが大人買いですか! 大人っぽくてすごくかっこいいです!」
「男くさいの間違いだろ」
ボソリとケイシーが呟く。まあ、この方が楽だからいいでしょ。
合理的な注文で、両方の味も楽しめる。店員との会話も少なくて済むし、何回も注文すると「こいつ、何回も注文してめんどくせぇな」と思われてそうで、気を使って少しずつ注文すると「一気に注文してください」って言われて、一気に注文するとなんか不機嫌になって、精神的ダメージを負い、もう二度と行きたくなくなる。それを回避……とまではいかないが、軽減できる革命的注文法がこれだ。それはまさに、私的ハッピーセットだ。
「そういえば、お二人は学園出身なんですか?」
「いーや。こいつだけだよ」
「そう。ケイシーは在学中に拾ったの」
「野良猫扱いするな」
ギロリと横目でケイシーが睨んでくる。野良猫みたいな感じだったでしょ。お腹空かせてとぼとぼ歩いてたのを、私が餌付けして仲間にしたじゃん。
と、懐かしい記憶に浸っていると、注文したドリンクが運ばれてきた。
「じゃあ、エマのデビュー祝いに乾杯!」
「「乾杯!!」」
ぐびぐびとビールを仰ぐ。仕事終わりのビールは、どうしてこんなにうまいのか。昔は甘い酒しか飲めなかったが、いつの間にか苦くて嫌いだったビールが美味しく感じる。ブラックコーヒーが飲めるようになる感じに近いのだろうか……老化じゃないよね?
ビールを飲み干し、テーブルにグラスを叩きつけると、同じタイミングでビールを飲み干したケイシーが、すかさず追加の注文をする。
「ビールおかわり!!」
「は、早いですね〜。あたしも一気に飲んだほうが……」
と、言葉を言い終える前にケイシーが遮る。
「イッキ飲みはしちゃダメだ! そしてそれを強要もしちゃダメだ! 自分のペースで飲むのが正しい飲み方である」
「で、でも、お二人はドリンク来て十秒も経たずに飲み干しましたよね?」
「私たちは訓練されてるからな。自分のペースで、周りに流されずに飲むことが大事だ」
「ほぉ〜」と、エマは声をあげる。まあ、エマの場合はオレンジジュースだから一気に飲んでも問題ないが、アルコールの場合はアルコール中毒になる可能性もあるし、なにより「イッキ飲みできないのはダサい」とか「ノリ悪い」みたいな、頭の悪いノリができるのが一番厄介だ。
純粋無垢なエマにそれを強要せず、常識的な飲み方を教えるケイシーは、どこかお姉さんぶっているように見える。
さすが小悪党。人生失敗だらけなだけある。
「あ……」
今、思い出したとばかりにエマが声をあげる。
「お師匠さまは、どんな感じで学園を過ごしてたんですか?」
「今と変わらないよ。魔法具作って、普通に過ごしてただけ」
うん。何も変わらない。いたって普通で、変わり映えのない地味な学園生活。爆発させたり、口うるさいやつをぶっ飛ばしたり……なんてしない、普通の学園生活。
「嘘つくなよ。気に入らないやつぶっ飛ばして、ついでに研究室も爆発させてただろうが」
「そうなんですか!?」
ギョッと目を剥くエマ。余計なこと言うなよケイシー。ぶっ飛ばすぞ。
「爆発は実験失敗しただけね。好き好んで爆発させてたわけじゃないわよ」
「それにね、こいつは――」
「もういいでしょ、私の話は」
「えぇ〜、気になります〜」
続きを促そうとするエマを、私は遮って話題を変える。
「それよりも、どうだった? 初日の感想は」
「とても楽しかったです! あ、いや、勉強にもなりました!」
「あまり勉強する機会なかったと思うんだけど」
「それに……その、こういうの初めてですごく嬉しいというか……」
ポロポロと涙を零すエマ。ひたり、と涙が彼女の膝に落ちる。
「おい、大丈夫か! アイリー! パワハラするなって、あれほど言ったろ!」
え? 私!? パワハラじゃなくてカスハラされたの、私なんだが!
「いや、どっちかというと私が泣きたいんだけど」
「ごめんなさい。あたし、嬉しくて……」
「嬉しくて泣いてんのか?」
「はい……。学園でも無視されて、退学のこともお母さんに言い出せずに、ずっとアルバイトしてて。泣いちゃダメだって、辛い道を選んだのは自分だから挫けちゃダメだって、ずっとやってきて……」
俯きながら呟くエマは、涙を腕で拭い、顔をあげる。
「でも、こんなに優しいお師匠さまと、面白いケイシーさんと一緒に楽しくお仕事できて、嬉しいです! こんなのは初めてです!」
泣きながらも、エマははにかむ。
泣きながら笑うって、ずいぶん器用なものだ。そんな彼女を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
「私も嬉しいよ。なぁ」
私は串焼きを頬張っているケイシーに目配せをする。
「おう! こいつのとこは、唯一の取引相手だからな。だから、頻繁に店に来るからよろしくな」
「君みたいな愛らしい子が弟子になって、私は幸せだよ。だから、これからもよろしくね」
そう言うと、エマは感謝を述べながら、またいっそう涙をこぼす。
「あーあーあ。ま〜た泣き出したよ。ほら、まだまだ注文するから食え」
泣いているエマの口に、無理やりケイシーは串焼きを突っ込む。
「この串焼き、しょっぱいです〜」
泣きながらもぐもぐと頬張る。泣いてはいるが、楽しそうで何よりだ。
うん。確かにしょっぱいな、この串焼き。




