第九話【ドロップキック】
剣を放り投げると、奥の扉から上半身裸の男が一人現れた。恐らく、あいつがリーダーだろう。
「うるせぇな……人が気持ちよく寝てるってのに。テメェら、女相手に情けねぇな。いいか? 本当の戦いってのは――」
私は男へ一直線に走り出す。椅子を踏み台に跳ね上がり、テーブルを駆け抜け、そのまま
男の顔面へ――。
「話ながい」
顔面にドロップキックがクリーンヒットした。
男はくぐもった声を漏らし、流星の如く元いた部屋へ吹っ飛んでいった。
「あのプッシャーの頑なさに期待していたんだけど……ただ口が固いだけだったか」
肩を落としながら、私は気を失っている魔術師のほうへ歩いていく。顔をペチペチと叩いてみるが、一向に起きる気配はない。しょうがない、強制的に起こすか。
魔術師の顔へ水を放出する。
「ぶはっ!」
顔に水を浴びた魔術師は飛び起きた。
「おはようさん。ちょっと質問に答えてもらえるかな?」
「おまえに話すことなんてない」
この期に及んで、なんて強情なんだ。
「オマエ、仕入れ屋にブート掴ませただろ」
「そんなの知らん」
「海馬型平衡液って言えばわかるか? 魔草を混ぜて売っただろ」
魔術師は図星を突かれたような顔になる。
「俺らはちゃんと取引した! 少し粗悪品なだけで、変な言いがかりはやめてほしいな!」
ごちゃごちゃと必死に言い訳を並べ立てる。
「バーザックの法則を使うとは……マニアックなところを突いてくるな、オマエ」
「おまえ、錬金術士か!」
「まぁねん。それよりも聞きたいことがある」
私は魔術師の胸ぐらを掴む。
「あの法則を知っているやつなんて、同業かそれに近い者だろう。これでも一応、協会に名を刻んでいる身だ。白状してもらわないと困る」
「だまれ!」
魔術師は周りに倒れている仲間たちを起こそうと声を荒げる。起きられては面倒だ。ここで止めておくしかない。
「地に縛られし漆黒の影よ、 深淵より這い出で、我が身を覆え。 己に纏いて堅牢なる闇の牢を築き、
闇の枷となり、深淵の牢獄にて、その身を逃さず縛り上げよ」
影がじわりと伸び広がり、床を這う黒が生き物のように蠢いた。
倒れている男たちの影は互いに絡み合い、ねじれ、結びつき、やがて鎖のようにその身へと絡みつく。
冷たい闇が皮膚に吸い付き、重苦しい枷となって全身を覆い尽くした。
「繋縛せよ――『影牢』」
影は全身へと絡みつき、周囲に散らばる影と次々に結びついていく。
普段は己に縛っている影を逆手に取り、自らを縛り上げる。編み込まれた闇は冷たく重く、逃げ場のない牢獄へと変じていく。
やがて影は枷となり、深淵の力を宿した繋縛の牢獄〈影牢〉が、その身を逃さず閉じ込めた。
「深淵の魔術だと!?」
魔術師は悪魔でも見たかのような顔で私を睨らんだ。
「正気か!? そんな穢らわしい魔法を使うなんて!」
「それはオマエの勝手な価値観だろ」
「深淵の魔術師が好んで使う魔法だぞ!」
「そんなゴミ共と一緒にしないでもらいたいな」
魔力に溺れ、深淵に堕ちた未熟者と同列に扱われるなど、たまったものではない。
「深淵の魔術は危険と美を孕む。人はそれを恐れ、異端と蔑む。されど神秘は隣にあり、その美は永遠に失われぬ――とグラシオン・ヴェルダークは言っている。至言ね」
「イカれた狂人の戯言だ!」
「時代も人も、まだ彼に追いついていないだけよ。無知な者ほど未知の力を恐れる」
「それが人の本能だ! 最後は異端審問で処刑されたじゃないか!」
「それはそうね。でも、集団で弾劾して処刑に追い込むほうが正気を失っているとしか思えないわ。それが本能? 全く、どっちが怪物なのかしら」
「だが――」
「悪なのは魔法じゃなく人間よ。誘惑に手を出して深淵に堕ちるのは、正直、自業自得の愚か者なだけ。魔法そのものは悪くない。悪用する人間、あるいは悪用するために開発した人間こそが悪なのよ」
そう言うと、魔術師は軽蔑の眼差しを向けてきた。
「そんなの詭弁だ!」
「うん、詭弁ね。でも、そう言うなら全ての魔法が危険なものになるわよ。初級魔法でも人は殺せるし、魔法薬だって人の心を簡単に捻じ曲げることができる」
「そんなことは……」
魔術師の男は言葉を詰まらせる。
「より良い世界にするためには犠牲が必要でしょう? 医療魔法を発展させるために死刑囚を解剖したり、平和を目指すために魔法で戦争をしたり。我々はその優先順位を履き違えないようにするしかないの。より良い世界に近づくために魔法の真髄を探り、深淵に堕ちないようにするためにね」
パンッ、と話を締めるように手を叩いた。
「こんな魔法倫理の話はどうでもいいのよ、詐欺野郎。私はオマエの口から真実を知りたいの。教えてくれる?」
「何度も言わせるな! おまえに語るものは何もない!」
この期に及んでも魔術師は口を割らない。
「じゃあ――喋らせるしかないね」
魔術師は身を強ばらせながらも、なお強気な態度を崩さない。
「拷問か? そんなもので口を割ると思うか? 深淵の魔術師め!」
だから、人を勝手に悪人扱いしないでもらえる? 簡単に深淵に堕ちる弱者共と一緒にされるのは困るわ。
「そんな面倒なことはしないよ。簡単にあなたから真実を零させる魔法を知ってるかい?」
「精神介入魔法!」
魔術師は脂汗を滲ませながら声を荒らげる。
「禁じられた魔法だぞ!」
「そうね。でもバレなければ問題はない。――では、いってみよー」
魔術師の頭に触れようと手を伸ばす。
「正気か!? やめ――」
必死に胸ぐらを掴んでいる腕を引き離そうとするが、法力で強化された手からは逃れられない。
「支配完了」
ピタッと魔術師の額に手が触れる。恐怖に強ばっていた表情が、瞬く間にトロンとした目つきへと変わった。
「オマエの名前と所属は」
「アリオス・トレヴァン。錬金術師協会に所属している三級錬金術士だ」
先ほどまでの強気な態度とは打って変わり、スラスラと言葉を零す。
「魔法の等級は?」
「上級魔術師だ」
そこそこ優秀じゃない。そんな人間がなぜゴロツキのお抱えに?
「そんな経歴の人間が、なぜゴロツキとつるんでいるのよ」
「金のためだ。二級錬金術士になるには金がいる。だから、こいつらとビジネスをした」
なるほど。錬金術試験は四級から一級まであり、二級試験からは実技の難易度が爆上がりする。勉強費も馬鹿にならないし、協会や国への貢献というくだらない名誉まで試験対象に含まれる。その研究費も合わせれば、大金が必要になる。
量より質を重視しているのだろうけど、少しは補償してもいいと思うのだけどね。
「そういうことね。それでこんな商売をしていたわけね」
アリオスはうんともすんとも言わず、じっとこちらを見つめる。
「材料費は自分で賄えばいいじゃない。上位の魔獣を狩れば貢献度の加点対象になるし、不要な素材は売るなり、錬金して取引するなり、やりようはある。私はそうしたわ」
「バーサーカーのように戦うおまえと一緒にするな。俺は戦闘が苦手なんだ」
アリオスは淡々と答える。ギルドで後方職を募集しているところに入ればいいだろう。上級魔術師なら喉から手が出るほど欲しがられるはずだ。
……と思うも、そんなことを考えても無意味だ。結局こいつは楽な道を選び、踏み外しただけ。恐らくこの詐欺の他にも手を出そうとしたに違いない。あんな詐欺だけでこれほどの人数を集めるのは不自然だ。恐らくブツを製造してジャンキー相手に売り捌く予定だったのだろう。三級錬金術士なら質のいいものも作れるし、錬金術には人を狂わせるポーションのレシピが大量に存在する。このストリート市場を牛耳ることくらい容易いはずだ。
「それで、こんなことをね。ちなみに、うち相手にやった詐欺のあれ――さっき私が言ったバーザックの法則を使ったので合ってる?」
「あぁ。正解だ」
「よしっ!」と口の中で呟き、アリオスに見えないように小さくガッツポーズをする。さすが私。名推理、名探偵。真実はいつもひとつなのよ。
「おーけーおーけ。だいたい分かったわ。あとは、あなたのリーダーに話があるから、もう用はないわ」
もう一度額に手を当てる。
「解除」
魔法を解いた途端、トロンとしていた目が再び恐怖に彩られる。
「この化物め!」
「こんな魔法、王立魔法治安隊の特殊部隊<黒縄の杖>や、諜報機関<十三号室>のエージェントはみんな使ってるよ」
――あぁ、これはあまり表に出してはいけない情報だったっけ? まぁ、いいか。
「じゃあ、オマエもしばらくおやすみなさい」
抵抗しようと声を上げるも、昏倒魔法で気を失う。そのまま影牢で拘束した。
「さて……あとは、あいつだけね」
てくてくと男が吹っ飛んでいった部屋まで歩いていく。奥の方、壊れたテーブルの残骸の上に横たわり、なにかブツブツとうわ言めいたものを呟いていた。
「いでぇ……あの女、ぜっでい殺ぢでやるぅ……」
どうやら、思った以上にドロップキックがクリーンヒットして鼻が折れているらしい。さらに、顔が若干ブーツ型に陥没しているのは……気のせいだろうか。
「オマエがリーダーかい?」
「あ゛ぁ!?」
濁音混じりの声で男はがなり立てる。今のは返事にカウントしていいよね?
「よしっ! ちょっとこい」
男の了承を聞く前に腹へ蹴りを入れる。
「がふっ!!」
痛む腹を抑える男の髪を掴み、仰向けのまま引きずる。
「あ゛なぜっ!! おい!!」
足をばたつかせ、髪を掴んだ腕を爪を立てて引き離そうとする。
「ぢがらづよぉ!?」
思わぬ剛力と爪の通らない肌に男は驚愕する。
「黙ってついてきてね。周囲の目線が痛いから」
「ごべんなざい! もうぢませんがらぁ!!」
事務所を出てストリート街を歩く。この街の住人にとって争いごとは日常の影に過ぎない。一瞬こちらへ視線を投げるも、やがて無関心を装い、目線は風景の中へと消えていった。
ここならまだいい。だが表通りに出れば流石に目を引く。私は掴んだ逆の手で男の顔を軽く叩いた。
「店までまだ遠いけれど、もう少し大人しくしてね」
その扱いは、もはや人間ではなく家畜以下であった。
××××××××××××××××
「戻ったよ〜」
バタン、と静かに店の扉を開ける。そこには、ガリガリとノートにペンを走らせているエマと、ボリボリとクッキーやら何やらを食べているケイシーがいた。ちょっと! それ来客用のお菓子じゃないから! 私のお楽しみに取っておいたやつ!
私の声に反応してエマが笑顔で顔を上げるが、すぐに困惑の表情へと変わる。
「お帰りなさい、お師匠さま……? その方は?」
「こいつが詐欺師のリーダーよ」
ケイシーたちのいる方へ男を放り投げる。
お菓子を貪り食っていたケイシーが振り向き、口の周りについた菓子のカスを乱暴に腕で拭うと、こちらへ歩み寄り男を見下ろした。
「アンタがリーダーか……!」
ガシャガシャと腰に携えた剣を小刻みに出し入れしながら、威圧する。
「ゆ、ゆるじでぐれぇ!」
「許してくれで済むなら、治安隊はいらねぇよ。金を返せ!」
ケイシーに肩を踏まれた男は、再び許しを乞う。
「だのむぅ……ゆるぢでぐれぇ!」
「弁償代、迷惑料、私に依頼した手数料、事務所までの交通費、作り直す材料費――諸々合わせて二百万グレム用意しろ」
「あるぎだっだじゃねぇか!」
「きっちり耳揃えて用意しろ」
私とケイシーが男を脅すと、エマがドン引いたように呟いた。
「どっちが詐欺師なんですか……」
「ぞんなぁがねぇはねぇ!」
折れた鼻と陥没した顔のせいで、言葉が酷く聞き取りづらい。しょうがない、回復魔法をかけてやろう。
男の顔に手を向けると、キラキラと白い粒子が舞い、みるみるうちに顔が元通りに回復していく。
「治療費込みで二百五十万だな」
ケイシーが冷たく言い放つ。後ろのエマは呆れ顔だ。――これがストリート流。
「今は金がねぇ! だけんど絶対耳揃えて返すから、命だけは!!」
切羽詰まった声で男が懇願する。
「私たちの金はどうした?」
ケイシーが男の肩を強く踏みしめる。
「事務所の建設費と酒代に消えた! けれんど……ちゃんと用意するから!!」
怒りで今にも斬りかかりそうなケイシーだが、意見を求めるように私へ視線を向ける。
「……いい方法がある」
私はやんわりとケイシーを宥めつつ、提案を切り出した。
「オマエんとこの錬金術士に商品を作らせて、下っ端の兵隊に売らせる。そしてオマエがそれを管理するんだ」
「つまり、俺はプッシャーになるってことか?」
「厳密にはディーラーの方が近いかな」
私はケイシーの足をどかし、男を床に座らせる。
「おい、私をドラッグのブローカーにするつもりじゃないよな?」
ケイシーが横目で睨んでくる。ちゃんと合法ビジネスするから安心して。
「違うよ。初心者から中級者向けの冒険者相手に商売するのさ」
ケイシーはポカンと首を傾げる。
「錬金術士にランクの高い魔法薬の粗悪品を作らせるんだ。高ランクの魔法薬は高価で手が出ない。でも、その粗悪品なら低ランクの魔法薬より効能が高い。だから需要がある」
中級者に上がる直前のビギナーや、中級者になりたての冒険者なら、確実に食いつくだろう。
「それに加えて、魔法薬作成の委託もやらせる。オマエんとこの錬金術士がレシピを考え、マニュアルを作成し、それに沿って兵隊どもに作らせる。いずれは教育も進めて、業務を任せられるようにすればいい」
上手く拡大すれば大儲けでできる。
「業務が広がっていけばさ、部門ごとに分けて役職をつけて、組織の階層を整えるといい。それに、外部委託でフランチャイズ展開って手もあるし。さらに内部の人材をプロフェッショナルに育てて、人材派遣で儲けさせることもいいんじゃないか?」
「アンタ天才だな? もちろん私にも金が入るんだろうな?」
ウハウハとケイシーは喜んでいる。一方、男のほうはまだ理解できていないのか、困惑した顔をしていた。
「オマエは外部顧問として市場開拓のサポートをすればいい。その契約料を受け取ればいいんじゃないか?」
ケイシーなら顔が広いから、色々と融通を利かせることもできるだろうし――これなら上手く回る。
私は周囲に聞こえないように、ケイシーの耳元へ口を近づけ、低い声で囁いた。
「もしビジネスがコケたとしても、オマエは外部顧問だから損も責任も被る可能性は低い。そういう契約書を作成すればいい」
私が囁くと、ケイシーはニンマリと笑った。
「悪の天才だな」
「それほどでもないよ」
フフフ、とケイシーと並んで邪悪な笑みを浮かべる。すると、それを見たエマがまたドン引きした表情で呟いた。
「なんです? その邪悪微笑は……」
「オマエは商品にレートをかけて、制限を設け、市場を操作するようにアドバイスするんだ。そうすれば、いずれは王都のメインストリームまで業務が拡大する可能性がある」
私はパパパッと契約書を作成し、ケイシーに不利にならないよう細工を施してから男に差し出した。
「なんだこれは……」
契約書を受け取った男は中身を読もうと目を通すが、複雑で回りくどい言い回しに早々と読むのを諦めたようだ。――バカは騙しやすくてやりやすい。
「これは魔法契約書。その印に魔力を流すんだ。ケイシー、お手本を」
「おう!」と返事をし、ケイシーは親指を噛んだ。
「ちょっと貸してね」
男から契約書を受け取り、机に置く。ケイシーは血のついた親指を印に押し付け、魔力を流した。
「こんな感じに、血判を押して魔力を流すと契約完了。――さ、やってみて」
そう促すと、男は渋々ながらも全ての手順をこなし、契約書を私に渡した。
「これが控えね。必ず取っておいて。……それじゃあ、三日後くらいにそっちへ向かうから、あとは帰っていいよ」
私は男を無理やり立たせ、出口へと促す。
「あの……みんなには、なんて説明すれば……」
「合法なビジネスで金儲けできて、ストリート街を牛耳れるようになるから、俺の下で働け――とか言えばいいんじゃない?」
男は理解したのかどうか分からない顔をしながらも、納得したように出口へ歩いていった。
――あっ、一つ言い忘れていた。
「みんなにかけてる魔法は二時間ほどで解除されるから、安心してと伝えておいて」
そう一声かけて、店のドアを閉める。
「これでよかったんですかね……?」
エマが心配そうに問いかける。
「細かいことは気にしない! これから大金持ちになるぞぉ〜!」
ケイシーは両手を広げて笑う。
「……大丈夫でしょうか」
エマはさらに不安げな顔をする。
「むしろ上々よ」
バーザック・バルバロイ(双竜歴600〜680)
14種の新種薬草を発見し、20種の薬草活用法を体系化した植物学者であり、錬金術師協会に大きな貢献を果たした。彼は、魔草が魔力を含む原料に反応し、その効能を促進するという原理を提唱し、これを「バーザックの法則」と名付けた。また、極度の菜食嗜好を持つ人物として知られ、後世の菜食主義者からは神格化されているが、現代の菜食主義者とは異なり過剰で過激な思想ではなく、ただ単に極度の野菜好きであった。




