7.猛吹雪が止まる
議論しようと言った王子だったけれど。
今日のところは皆の意見は聞かず、次回に持ち越すこと。それもまた王子の提案だった。
まずは私の考えをすべて聞きたいと言う。
促され前に出て教壇に立つと、講義室はいつもより広々と感じられた。
講師といえば、貴族子女らと並び、前列の席に着いている。
「排除が難しい。ならばと生かし利用する方法を考えてまいりました。わたくしはこの条件として、大きく二つのことを設定しております」
後にも先にも、ここまで音の聴こえない講義はなかったように思う。
「まずひとつが、愛のある結婚です」
前に立つと、より皆の顔がよく見えることを知った。
驚きに貴族らしからず目や口を開いたもの、侮蔑するよう眉を顰めるもの、切なげに視線を伏せたもの、様々な反応が確認出来た。
「愛と申しましても、目的は民が喜ぶことにあります。あの両親の娘らしい愛の物語を新しく創り出せれば、その結婚が真実如何なるものでも構いません」
あの両親のように生きたいとは、私自身思っていない。
けれども私が愛そのものを否定すれば、民らは失望する。
そして物語が出来上がるのだ。
血を尊ぶ貴族たちから虐げられて、愛を信じられず育った。
たとえばそんな悲しい娘の物語として。
「そしてもうひとつが、民が喜ぶ施策を私が発案者となって実行することです」
僅かな騒めきがあった。
多くの貴族の子女たちの顔に不満の色が現れている。
卑しい血の流れる女に、功績をやるなどとんでもないという顔だ。
「民に向けては、半分は平民の血が流れているからこそ思い付いた施策であることを強調します。そしてその施策を実行するために、公爵家を継がない道を選んだという結果をここに付随させます」
ついに声が上がった。
「え」「嘘だろ」「まさか」「嘘よ」
重なる声に新鮮な気持ちで耳を澄ませていれば、王子が手を挙げてそれを止めてしまった。
静寂が戻る。
「君は公爵家を継がない気なのか?」
「そのように考えてございます。父に兄弟はおりませんが、祖父には多くおりましたし、そちらは皆、尊き血を保持しております。公爵家の当主についてはわたくしなどが考えることではございませんから、どなたと一人に絞るようなことはいたしませんが、他家の方から見ましても、わたくしのはとこのどなたかが継ぐのがよろしいと考えるのではないでしょうか?」
「あえて公爵位を継ぎ、民に夢を見せ続ける未来もあるのでは?」
「わたくしには荷が重うございます。無責任に夢を見せ続けることは出来ません」
私という存在そのものが無責任の結果だ。
父のようにはなれないし、なりたくない。
父が私に民の誘導を望んでいるならなおさらだった。
「これはたとえばの話だが、もしも私たちが『君が公爵家を継ぐことに同意する』と言っても、意見は変わらないか?」
選ばなかった理由を確認されているのだと思った。
確かに誰の後ろ盾もなく、全貴族たちから拒絶される当主など、たとえ権威ある公爵家であっても、なりたいものではない。
今は父の手腕でなんとかなっているかもしれないが、私の代で各貴族家との関係が破綻することは目に見えていた。
しかも学園の状況が同じ未来を示している。
それでも私が公爵位を継ぎたくないもっともな理由は、そこにはない。
だから王家の後ろ盾は、不敬ながらどうでも良かった。
「それでは民が私に子を望むようになるでしょう。ここでそれを許せば、未来永劫平民の血の混じる公爵家が存続することになります。誰がそれを望めるでしょうか?」
ひゅっと息を呑む音がいくつも重なった。
令嬢たちの一部の顔色はとても悪くなっていた。