6.すべてが凍り付けば春は遠く見え
まずは君の考えを聞かせて欲しい。
王子がそう仰ったことにより、私はそれからも長く一人で話した。
貴族社会では道化になる方がいい。
分かっていたのに、あのときの私は、自分をさらけ出すことを選んでいる。
幸運にも得た機会が、もう一度与えられる保証がどこにもないことは分かり切っていた。
「まずわたくしが生まれない方が良かったこと、これはわたくしもかねてより承知しております」
父以外に、母との結婚を喜んだ貴族はない。
それは公爵家の縁者たちも同じで、父方の祖父母を筆頭にして、沢山いる親戚たちは、表向きは父の戦略に従って何も言わずとも、心から母を受け入れたことはなく、私のこともずっと排除したいと願って来た。
父は彼らと私たちがなるべく会うないようにしてきたが、それでもたった一度の短い挨拶で彼らの気持ちは窺い知れた。
皆、悔やんでいることだろう。
妊娠中か産まれた瞬間に害し、『尊き血に他の血を混ぜては子が流れる』という新しい思想をあのとき世に生み出すことが、血統主義を守るための最善だった。
そのせいにして母が命を落としていればさらに良かったのである。
これは王族とて考えていたことではなかろうか。
しかし父はもう公爵だった。
母の妊娠は、父が公爵位を継いでからすぐのこと。
当時はそれが隠居した父方の祖父母にも秘せられていたという。
医者や産婆、乳母、そして世話をする侍女もまとめて、妊娠中の母と一緒に領地の城の最奥に匿うよう手配した父は、ところが出産後には真逆の行動に打って出た。
生まれたばかりの私を、わざわざ城のテラスへと運ぶと、両腕で高く掲げ、民らに見せびらかしたのだ。
しかもこれをそれ以降母を含め継続した。
夫婦の婚姻した日と私の誕生日は、公爵領の法にて祝日に定められ、領民らには領主家族がお披露目をする日として周知させた。
父は民が夢を見続けられるよう先導したのだ。
「存在をただ消せばよろしいと、皆さまがお考えになることは分かります。問題は民意です」
たとえ私が病を理由に儚くなったとして、そこに勝手な理由を形成する者は必ず現れる。
一人、二人で済む話なら、これを聞き入れる者もなく、血統主義を揺らがす懸念としては気にするほどではない。
しかしそこに元の民の想いというものが重なれば、強い警戒が必要となる。
平民の血が混じる娘を厭うた貴族たちの誰かがこれを排除した。
いや、指示したのは王族かもしれない。
それが最初は誰か一人の思い付きであったとして、多くの者が同じ思想に流されるようなことが起これば、最悪は血統主義の崩壊へと辿り着く。
夢を託し期待していた存在の消失が、時に世を変える大きな波を引き起こすこと。
いくつかある亡国の歴史がすでに証明している今、王族、貴族たちは同じ過ちを繰り返したくないだろう。
「それでもわたくしが無事に存在することにより、同等の懸念が深まることは明白。ならばせめて自分から平民となれと皆さまもお考えになるかもしれません」
正しく尊き血を持つ人たちの優秀さに打ちのめされて、貴族社会で生きていくことは無理だと判断し、公爵令嬢は自らの意思で平民となった。
そう発表してみたらどうなるだろうか?
やはり人は勝手なもので、上からの圧力に屈したのでは?と考える者たちは必ずや現れることだろう。
平民になったからと姿を見せなくなった私を、すでに亡き人として捉え、やはり貴族らに消されたのだと思考を飛躍させる人らもすぐに出て来るはずだ。
ならばどうするのが最適解か。
母が貴族ではないことを明確に理解したあの日からこのときまで、私がずっと考えてきたことである。
その起因は、すべて父にあったと言っていい。
「父の一番の失敗は、結婚ではなく、わたくしを誕生させたことにありましょう。夫婦までの話であれば、後始末も容易になりましたでしょうに。皆さまには大変なご迷惑とご心配を掛けて来たことと思います」
謝罪はしないし、頭も下げない。
公爵令嬢はおいそれとは謝れないからである。
尊き血を持つ貴族の子女らは、これが気に入らなかっただろうか。
しんと静まる講義室で、声を掛けてくださる人は、もう一人しかいなかった。
学園在学中に、血でも階級でも絶対的に私の上位にある人がたった一人でもいたこと。
それが最初からどなたかのお考えあって成立した状況だったとして、幸せなこと。
この場にいる講師や子女らにとっては間違いなく。
「それを失敗と言える令嬢だったとはね。君とはもっと早く話しておけば良かったな」
「有難きお言葉にございます。わたくしも不敬ながら、王家の皆さまにはご意見賜りたく、ご相談したいと願っておりました」
私は王子に向かい、深く頭を下げた。