5.冬の嵐はすべてを凍てつかせる
それは歴史の講義の時間だった。
この国の成り立ちからはじまるそれは、それぞれの家で教わってきているはずの学びを今一度確認し合う、そういう目的で設定されている講義だったから、気を緩めている者も一段と多い印象だった。
だからといって私が存在を確認出来ない人間であることに変わりはない。
私はただ一番後ろの席に息をひそめ座っていた。
その一瞬は突然のこと。
「──かように尊き血を守ることで、我が国はさらなる発展を果たし」
私という存在を意識させないために、明らかに講師たちは血統主義にはあえて触れないようにしてきた。
それを失念したか、あるいは講義の内容として避けられなかったか、講師は尊き血に言及してしまった。
すると講義室にいた生徒たちが、一斉に振り返ったのだ。
そこに講師の視線も混じる。
それが喜びか。感動か。恐怖か。
諦めの境地への到達か。
実を言うと、私にもあの瞬間に抱いた感情については、説明が今も出来ない。
ただ気が頗る昂っていたことは確かだ。
「質問してもよろしいでしょうか?」
私が声を上げたことにぎょっとした顔をした講師は、しかし公爵令嬢からの発言を無視できなかった。
震える声で「どうぞ」と言った講師は、まだ若い男性で、なんだか申し訳ない気持ちになってもいたが、私は止まらなかった。
「王族と貴族のみが尊き血の保持を許されるという我が国の血統主義を維持するにあたって、わたくしのような危険因子となる存在をどのように処理すべきか、先生の歴史学への深い造詣からのご意見を頂戴したく。お願いできますでしょうか?」
しんと静まる講義室が、世界から切り取られたようだった。
講師は氷の中にあるよう目を見開いて固まっていた。
貴族の子女らも憚ることを忘れ、私を凝視する。
私はさらに気が昂ったことを感じていた。
「排除すれば、それは一番簡単な方法ではございましょう。けれど現状、わたくしの両親は、皆さまもご存知の通り、民に夢を見せ過ぎてまいりました」
平民が貴族になった前例。
それはやがて、平民でも貴族になっていいのでは?という思想に繋がりかねない。
さすれば建国より続く王族と貴族によるこの国の支配体制はあっという間に揺らぐことだろう。
呆ける皆の顔に、同じことが書いてあるようだった。
あなたがそれを言うの?、と。
「わたくしの排除は、多くの民より一度見た夢を奪うことになります。この対処を間違えれば、かえって危険思想へと着地する。歴史を眺めれば、これは明らかです」
講師から頷きもない。
今ここで彼に負担を強いることは、これ以上は無理と判断した。
「個人的な問いのために、講義を中断させてはいけませんでしたわね。よろしければ、先生には後ほど改めてご相談したく」
まだしんと静まる講義室が、心を折った。
もういいのではないか。どうでもいい。
疲れた私はそう思っていた。
今のはなかったことにと言い出す、本当に寸前のこと。
「いや、この場で議論を続けよう。講義内容の調整は、あとで学園長とも相談したい。いいかな、先生?」
王子が発言したとき、私は何故か勝ったと思った。
自分でも勝負に挑んだ覚えはない。