4.猛吹雪はやがて音も光も遮断した
社交の場に一度も娘を連れて行かなかったことで、貴族たちは父が私を将来貴族にはしないと考えているのではないかと予想していたのだろう。
ならばと放置した。
学園の入学は、これを裏切った形だ。
「まずはお名前をお聞きしても?」
私が声を掛けたことで青褪めた令嬢もいたから、無理やり連れて来られたか、あるいは令嬢たちの誘いを断れなかったのか、私は勝手に分析しながら令嬢たちの顔を順に眺めていった。
中央に陣取る令嬢が言った。肩を押した彼女だ。
「穢れた血に名乗る名前なんてないわ」
また端の令嬢がこれに続く。
「そうよ。わたくしたちの尊き血が汚れたら困るもの」
「よく分かりました。この件は学園長と父に報告します。皆さまのお名前は存じておりますから、ご心配なく」
「なっなんですって」
「や、やめなさいよ!そういうところが尊き血に相応しくないんだわ!」
「えぇ、わたくしの判断では皆さまご納得いただけませんでしょう?ですから尊き血を正しく持つ学園長と父に対応をお願いします。この場はもうよろしいですね?」
今の今まで話すことのなかった私が、突然口を開いて、それも父に言及したのだ。
彼女たちは全員酷い顔色に変わっていた。
これを高位貴族の誰かが先導していたとしたら。
恐ろしい話だけれど、私に彼女たちを守る理由がない。
血統主義に、階級制度を重ねた国だ。
たとえ私の尊き血が薄れていようとも、階級制度上の公爵家の令嬢という立場はまだ成り立っている。
たとえば王家がこれを認めないと正式に表明しているのであれば、私は彼女たちより下の身分となるが、それは起きていないのだから。
彼女たちの縋る視線の先を追う。
侯爵家の令嬢だった。
一瞬視線が合うも、彼女はすっとその場を離れていく。
近くにいた王子もまた、私たちを見ないようにしてこの場を離れた。
階級制度を理解せず、他者に簡単に乗せられるような下位貴族の子女らは、いつでも切り捨てられる。
実際彼女たちは、姿を消した。
後で知ったことは、私の卒業までは謹慎、卒業後に学園に入り直したということだった。
貴族たちの反感を知っている父が、あえて赦しを与えたことは分かった。
そうしてこの日以来、離れた場所から嫌味を囁く声も聞くことはなくなった。
あれだけ注がれてきた視線もなく、皆がこちらを見なくもなっていた。講師たちと同じだ。
誰の関心もないと、人は自分が本当にここにいるのか?と疑い始める。
それは私があの日々から教わった人の心理だ。
嫌味を言われること、悪意ある視線を注がれることが、まだ幸福なのだと。
そう思える日々をあの時期に過ごせたことは、ある意味でこの身にとっては本当に幸運だったのではないかと、今は思える。
あれ以来、大抵のことが、恐ろしく感じなくなったから。
けれどもまた繰り返したいかと聞かれれば、それはない。
あれは二度と味わいたくない日々だった。