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3.吹雪の夜に放り出されて


 このまま年を重ねていけるとは思っていなかった。

 明確な悪意に触れるようになる日々は意外に早くやって来た。


 この国の貴族の子女たちは、王立学園という学舎にて二年を過ごさなければならない決まりがある。

 その卒業を持って、正式に貴族として認められる制度だ。


 私の意向は通らないと分かっていたが、私は一度だけ父に学園の入学を辞退したいと願ったことがある。

 もちろん願いはその場で却下され、父からは貴族の子として学園に通うよう諭された。


 父が何も想像していなかったとは考えにくい。

 むしろ用心深いあの人のことだから、大分前から学園には強く圧を掛けていたことだろう。


 おかげで危険な目に合わずには済んでいた。



 入学した日。

 あの種の視線には慣れていると思っていた私は、それが思い違いだったことを悟る。


 集まる視線の攻撃性の高さに、私ははじめて胃が痛んだ。

 いつも側にいてくれた母と離れたことも、影響していたかもしれない。


 あれほど早く離れたいと願ってきたのに、私も勝手なものだと思った。




 公爵家は王族に次ぐ地位にある。


 たまたま同学年に王子が一人いて、入学式の挨拶で彼も二年間は同じ生徒だと言った。

 すると公爵家の令嬢である私は、同級生の中ではその次に上位の身分にあるということ。


 それなのに、誰もがあの目で私を見ていた。


 最初は誰が誰か分からなかったけれど。

 しばらくすれば面白いことに上位貴族の子女らが視線だけだったのに対し、下位貴族の子女らの方が明確に悪意をぶつけてくるようになっていた。


 こういう人は、領地の城内では見受けられず、新鮮な驚きを感じていたのも事実だ。

 それでも悪意は、身体に堪える。


 聴こえるように囁かれる嫌味。


 上位貴族の子女らがこれを言わせているかどうかが分からないところに、私は貴族社会の恐ろしさを受け取った。

 あの弱く愚かな母がすぐに逃げたこと、それは良かったことなのだろう。

 そうでなければ、いくら母を想う父でもそれを許さない。



 中でも最も驚いたことは、講師たちの対応だった。

 彼らもまた貴族である。


 どの講義でも、講師たちは私を居ないものとした。


 講義中王子にさえ言葉を掛ける彼らが、私には決して何も言わず、名を呼ぶこともない。

 途中からは視線を避けようと講義室の一番後ろの席に座るように決めていたが、結局どこに座ろうと、彼らが私と目を合わせることは当時は一度もなかった。



 在学中に複数回の筆記試験がある。

 その試験結果についても個々の講師たちから言葉を掛けられたことはない。


 初回の結果については学園長から一言を頂戴しただけ。


『さすがは公爵家でございますな。こちらから教えることはないように思います』


 精一杯の学園長なりの嫌味だったのだろう。

 あれで私が父に泣き付く気があるかどうかを探っていたように思う。


 父から何も抗議が入らなかったことで、彼らは私を居ない者とする扱いを継続することに決めたようだ。



 そしてそれが、下位貴族家の子女らの振舞いを増長させた。



 ある朝のこと、講義室に向かおうとする私を、令嬢の一団が取り囲んだのだ。

 相手は六人だった。


 顔と名前をすでに把握出来ている時期だ。

 全員が下位貴族家の令嬢であることは分かっていた。


 マナーとしては、上位の貴族から声を掛けるもの。

 その声掛けがない限りは、下位貴族らに上位貴族に対する発言権はない。


 しかし学園は特殊な環境だった。

 貴族として認められる前の子どもということ、共に学ぶ同級生であることを考慮して、マナーが緩む。


 そうは言っても、それは知る仲にある子女らに許されることだ。


 いつも下位貴族家の子女らで集まっていた彼女たちは、それを分かっていなかったのだろうか。



「少しよろしいかしら?」



 私はあえて応じずに、無視して去ろうと思っていた。

 それなのに彼女たちは私の進行を妨げるようにして横に並んだ。


 これでは動けず、無言を貫くという優しさしかあげられない。


「どうして平然としたお顔でこの尊き場所にいらっしゃるか、わたくしたち、ずっと不思議で仕方がないの。ねぇ、教えてくださらない?」


「ここは尊き血を持つわたくしたちが学ぶ場所でしてよ?教わらなかったかしら?」


「教えられないでしょう?この方のお母さまはあれですもの」


 くすくすくすと笑う声は、六名全員から。


「まだお相手も決まっていないそうね?」


「当然でしょう。誰が穢れた血なんて家に入れたいかしら」


「家を継げない子でも、尊き血を守っているものね」


「本来あるべきところへと戻る気なのではなくて?」


「それならどうして学園にいらしたのかしら?」


 何も話さない私に業を煮やしたのか、一人の令嬢が手を伸ばして私の肩を押した。

 身体が少し揺れたくらいだったけれど、一人でも一線を越えたことには嘆いた。


「なんとか言ったらどうかしら?」


 端に並ぶ令嬢が続いた。


「皆さまはお優しいから言わないだけなのよ。学園は辞退されるものだと思っていたから、上位の皆さまも驚かれたそうですわ!」






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