17. 巡る季節に夢を重ねて
私は今も思うことがある。
あの歴史の講義の時間、発言をせずに、いない者のまま学園を卒業していたら。
私は破滅の未来を選び取っていただろう。
王都のあの有名な塔の上に立って、大声で名乗り、それから飛び降りよう。
自己紹介をしながら王都を練り歩いて、あの有名な橋の上から川に飛び込もう。
こんなことばかり考えていた時期があること。
今も考える時間があること。
これは誰にも伝えたことがない私の秘密。
歳を重ねても、どこにいても、私は常に異質で場を乱す迷惑な存在だった。
穢れた血が流れているくせに。
同じ平民の血を持つくせに。
私を嫌う人は、いつまでも居て、どこでも会えた。
彼らはいつも私の足を引っ張り、彼らから見えない地の底に埋めようとする。
あの両親の種で、二人の耕す地に根を張り育ったから、引き抜いて別の大地に根を下ろそうと、変わるものはなかった。
父は平民だから母を愛した。
母は貴族だから父を愛した。
そして私という曖昧な存在に二人の隠した想いは吐き出された。
私が勝手に王家と近付いたこと。
父はこれを娘の裏切りと捉え、私が公爵位を継がないことに同意した。
大反対したのは母の方だ。
絶対に認めないと言っていた母は、最後にはもう娘に会わないと宣言した。
そんな子に育てた覚えはないから、私は知らない娘になった。
王城に通うようになったのは、学園在学中の早いうちだ。
はじめて王城に召喚された日、私は自分の視野の狭さと経験不足を思い知った。
学園など可愛い子どもの遊び場だったということも合わせて知った。
私はあのときまで責任を取るべきは父であり公爵家だけだと思ってきた。
だが王族はそんな狭さでものを考えていなかったのだ。
公爵家嫡男の結婚を世に露呈する前に阻止できなかったこと、この責任を取る算段で長い間動いていたことを、私ははじめての陛下との謁見で知ることになる。
償いのため生まれた存在がアラン殿下と、末の王女殿下だった。
両親の元に生まれたのが娘だけだったことで、王女殿下は救われた形だ。アラン殿下一人が割を食った。
アラン殿下に自由な未来を与えること、それははじめから無理な話だったのだ。
はじめての謁見が終わると、私は私を嫌う貴族たちの前へと放り出された。
罪の意識に何度も胸を痛めたし、己の無知に吐き気を覚える日は数えきれず。
悔しい想いも重ねていった。
人と会話をする経験が圧倒的に足りていなかった私は、貴族たちと話すだけでも苦労した。
アラン殿下がいてくれなかったら、まともに意思の疎通も出来なかったのではないか。
王城での会議中は、あの歴史の講義の先生に助けられることも多かった。
最後にお会いしたとき、よく頑張っているなと声掛けしてくださったことはいつまでも忘れられない。
こんな私は、身に余るいい思い出を沢山抱えている。
見識を広げようと、皆と一緒に視察と称し、市井を散策することもあった。
市場を見て物を買うこともあれば、料理屋で食事を取る日もあった。
商店や工房、田畑、牧場など、民らの働く場所を次から次へと見学し、時に作業を体験させて貰った。
どこでも弁えず私たちはよく笑い楽しい時間を過ごしていたと思う。
訪問した孤児院でさえ、遊びを教えてくれた子どもたちより私たちの方がずっと楽しそうだと、子どもに言われてしまったくらいだ。
卒業すると立場が変わって、エヴァリーナ様たちとの交流の機会は減ってしまった。
それでも皆が私的に私邸に呼んでくださり、たまには顔を合わせた。
それもそれぞれが結婚すれば、ぐんと機会は減ってしまったけれど。
お手紙のやり取りが途絶えたことはない。
今でも変わらず親友と語ってくれるエヴァリーナ様、カトリーヌ様のお二人にはいくら感謝しても足りることはないだろう。
お二人、そしてオーウェン様、アドルファス様には、私たちが実行する施策の件で随分と助けていただいたし、今も様々なところで支えられていることを実感し感謝する毎日だ。
最近両親の話をまたよく聞くようになった。
父はまだ公爵位に留まり相変わらずのようだが、母が少し変わったらしい。
らしいというのは、本当に長く二人には会っていないから。
母は今さら学びはじめたそう。
それはかつての家庭教師の一人がこっそりと教えてくれた。
王妃様のお茶会に参加したというのは、カトリーヌ様から聞いた話。
マナーに関してはとても美しかったとはカトリーヌ様にも言えない様子だったが、最低限のマナーは出来ていたと言っていた。
公爵夫人という立場でそれでは、母は大変に嫌な想いを重ねているだろうと思ったが、貴族特有の遠回しな嫌味が彼女には通じていない可能性もある。
だから度々参加しているのだろうか?
『あなたも愛を知れば分かるわ』
何度も繰り返し聞いた言葉を、懐かしく思い出した。
母は今も同じ言葉を私に掛けるだろうか?
私は今も、母の言葉が理解出来ない。
それでもあの二人の娘なのだと、それは嫌というほどに何度も何度も、しみじみと感じ入る瞬間がやって来た。
今なら分かる最適解。
それを私はまだ選ばない。
これはこの世に生まれたことに匹敵する私の大罪。
秘密にしてきたことを実行すれば、夢はいつでも完結させられることが分かっている。
志半ばで倒れた元公爵令嬢の物語は、この意思を引き継ぎ見事に国を良くした王家の物語として、美しく紡がれていくことだろう。
そしてあなたは自由になる。
生まれてきてごめんなさい。
いつまでも罪を重ねてごめんなさい。
あなたを自由にさせられなくてごめんなさい。
これにて完結です。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました♡




