epilogue
「夕陽が綺麗だよな」
潮田昇は陽の光を一身に浴びながら呟いた。傾いてきた陽が差し込んで、オレンジ色に染まった廊下に足を擦るようにして歩く。いつだって靴をきちんと履かない彼に染みついた癖だ。
「俺さ、このぐらいの時間が一日の中で一番好き」
「どうして?」
「放課後ってさ、楽しいし。それに俺、夕陽好きなんだよな。なんかさ……」
言葉を切って、彼は目を細めて笑う。
「やっぱ秘密」
「なんでよ」
「恥ずかしいから」
何が、と聞く前に「志賀ちゃんは?」と問われる。彼しか用いない愛称で呼ばれて、志賀弥太郎は首を傾げた。
「一日の中でいつが一番好き?」
「俺は……朝かな」
「朝か。なんで?」
「寂しくないからね」
その答えに、潮田の大きな瞳が志賀を射る。志賀は彼の視線を誤魔化すように、目元まで伸びた前髪を軽く払った。
「まあ、それだけじゃないよ」
「他の理由は?」
「秘密」
仕返しするみたいに志賀は笑って見せる。どうして、と潮田が問うてくる前に「恥ずかしいからね」と答えてしまう。ずるいな、と潮田が笑うのを見て、志賀は目を細めた。
もしかしたら、彼の理由の一端は自分と同じなんじゃないか、とそう思った。幻想だろうか。それでも、なんだかその考えは確信に近い思いがした。
並んで歩くオレンジ色の校舎がやけに視界に焼き付いて見える。彼の踵を擦り減らすような歩き方が、いつまで経っても忘れられそうにない。