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アプリ『毒の壺』

作者: 幻邏

微ホラーです。

梅雨のじめじめ企画 参加作品。


「あー、もう、また広告!」


 無料のゲームアプリ、ホントに広告が多い。

 まぁ、広告で収益がーとかだから、仕方ないけどさ。

 毎回毎回おなじのばっかなんだよ。

 前世の業が深いであろう、ありとあらゆる場面で殺されにかかる王様の広告とか、長すぎてイライラするし!

 タップしろみたいな絵が出てきても、試しプレイすら出来ない広告もイラッとする。


「あ、初めて見るやつだ。でもこういう広告にあるゲームって、ステージクリアごとに広告入りそう」


 画面に出てきたのは、ツボに何かがしゅるしゅるしゅるっと入り、ツボが成長するものだ。

 テロップが出る。


――言われた通りに仕事したのに上司に怒られた! 上司は虫のいどころが悪かったようだ。そんな日は毒の壺に向かって叫ぼう!

『●ね、クソ上司!』

――マイクに向かって、憂鬱な思いを吐き出そう。



「……グチで成長するって、どうなんだろ」


 早く広告時間終わんないかなぁ……。

 なんて、思っていたけど、次の画面を見た瞬間、広告画面をタップしてアプリをダウンロードしてしまった。


「壺が成長すると、ネコ型になるとか反則……! しかも可愛いにゃんこすぎ」


 広告上は、悪口を吸い込んだツボはレベルが上がると形を変える。そのにゃんこ壺がかわいかった。むしろリアルで欲しい壺だわ。インテリアにしたい。


 まんまとノせられた気がするものの、やってみる事にする。

 広告詐欺なら消せばいい。



「タップ トゥ スタート……。えーとなになに……壺に向かって話しかけてね」


 簡単なチュートリアルを読んで、始めてみる。

 画面に映る壺は、オレンジ色の壺。飾りっ気もない。

 

「もしかして、壺のコーディネートとか、あるのかな。

メニュー……あれ、音量と振動しかない……」


 成長要素はランダムなのだろうか……レベルアップ時に成長の柄を選べるのだろうか……。

 そんな事を考えつつ、何かを言ってみよう……。


「え、えーと……お腹すいた」


 壺がぷるんと震えた。


「……わっ、なんか可愛いぞ、この壺!」


 震える様が私のツボに入る。壺だけに。

 つい、声を上げてしまうと、壺がピタリ止まった。

 そして135度くらいくるりと回って向こう側を向いてしまった。

 壺の一部が赤くなり、ゆらゆら揺れてる。


「え、照れてる?? なにこれ、可愛すぎ!!」


 壺から湯気がぷしゅーっと上がって、コテンと横倒しになってしまった。

 小刻みにコロコロしてる。


「……タップで起こせるかな」


 トン


 コロコロ……


「じゃあ、指ですいっと起こすようになぞると……」


 コトン


「あ、起きた。水とかあげたほうがいいのかな。なんか餌コマンドないかな……」


 悪口を口に出して、ストレスを発散させるアプリのはずだったけど、なんかこれ育成アプリにしか見えなくなってきた。


「画面の中で生きてる感じするから、悪口聞かせるのは良くない気がしてきた」


 そして、私の壺育成生活がスタート。


 1日にあった事を、日記の読み聞かせのような感じで伝えてあげる。

 悪い言葉を使わないように、1日にあったいい事、楽しかった事、面白かった事、気になる新商品などなど、明るい話題をたくさん伝えてあげて、1週間経つ頃には、オレンジ色の壺は下がピンク色に染まって、白いハートマークが浮かんでいた。

 ボコボコなデザインだった壺は、つるんと丸くなり、成長をしているような気がする。


「今日は、スーパーで半額の牛丼弁当を見つけました! 久々の牛肉ーっ!」


 スマホスタンドに立てかけて、アプリ『毒の壺』を起動して、スマホに向かって話しかける私。

 なんか、最近はリアクションの返し方が大きくて、ますます可愛さが増している壺ちゃん。

 牛丼弁当に、くるくる回って喜びのダンスを送ってくれる。

 きっとなんかしらのAIでも搭載されていて、学習してるんだろうなぁ。



 壺の飼育をして、1ヶ月。


「わー! 壺ちゃん、どうしたの!」


 私はアプリを開く時間を、家に帰ってきてからと決めている。

 ゲームのやり過ぎはよくないので、日中は何があっても開かない。

 通勤中は電車の中ではニュースを読むか、小説を読むという、文字を読む時間にあてている。

 そのため、帰宅して風呂に入り、ご飯を食べる時にテーブルに置いてあるスタンドへ、スマホを立てかけてから、ようやく壺ちゃんと会えるのだ。


 壺ちゃんも私の行動を理解しているのか、最初の頃は壺から漏水していたが、諦めてくれた。

 そんな壺ちゃんは、また目に見える変化が起きている。


 壺ちゃんはひょうたん型になり、猫耳が生えた。

 ひょうたんの上側に点の目、弧の口がある、顔としてはシンプルなものだが、にっこりわらって可愛らしさが増えた。


「お顔できたね、可愛いよ!」


 褒めると目の下が少し赤らんで照れている。ゴトリと音を立てて回転したら、後ろには尻尾のような持ち手も出来ていた。


「しっぽな取っ手も可愛い!」


 黒いひょうたん型のネコ壺は、可愛いコールをたくさんもらって、周りにハートを浮かべてゆらゆら揺れる。


 もともとが毒を吐いて成長させるゲームであった事も忘れて、私は壺にゃんこを愛でて育てた。

 そうこうしているうちに、季節は梅雨。


 じめじめな空気が憂鬱な気持ちにさせる時期で、会社の人たちもどことなく陰を落としじめじめしていた。


「あー……課長のミスなのに、なんで俺が怒られなきゃなんないんだろ……」


 隣のデスクにいる後輩が、ジトっとした顔でブツブツ文句を言う。

 課長のだらし無さと理不尽さの被害に遭った人たちは、後輩にエールを送る。


「あー、帰ったら毒吐こう。あ、先輩知ってます? 毒の壺ってアプリ」

「え、あー……なにそれ?」


 後輩に振られた話のアプリ、毎日欠かさず壺ちゃんに話しかけているけれど、そういえばグチをいうアプリだった事を思い出して、とっさに知らないふりをしてしまった。


「愚痴ってどこから漏れるかわかんないから、会社の人には言わないで、スマホアプリに向かって話しかけているんですよ、愚痴れば愚痴るほど、成長してくれるんです。もとは、ただのなんの変哲もないただの壺だったんですけど、レベルが上がって、こんな風になりました」


 後輩がアプリを開いて見せてくれた、彼の壺ちゃんは、禍々しくおどろおどろしい妖怪のような風貌をしていた。

 彼がアプリを閉じたのを確認してから、私はポツリと言う。


「愚痴られると、その毒をもらって、残念な方向に育つんじゃないの? すごく恐ろしいよソレ……」


 出来ればうちの壺にゃんこみたいに可愛い子になって欲しいなと思いながら、いい言葉を渡してくれる事を期待してみるも、彼の中では毒吐きの壺でしかないアプリ。

 なので、彼は汚い言葉で八つ当たりをする事はやめないと言っていた。

 壺ちゃん、可哀想……。



 今日も帰ってから壺ちゃんを起動する。


「梅雨でじめじめしてるけど、壺ちゃんは大丈夫? お部屋から見える外の天気雨だよね。壺は湿気に強い材質かな?」


 壺ちゃんの背景はお家の窓が見えて、雨が降っていた。

 背景画像と今の季節がリンクしてて、アップデートの対応もきちんとしてるのかな、と感心する。

 壺ちゃんはちょっとじめじめが苦手らしく、口の弧がにっこりとは真逆に向いて、点の目の上にハの字の眉っぽいものが浮かんだ。


「お煎餅に入っていた乾燥剤とかでも、壺ちゃんのそばに置きたいなぁ……」


 しょんぼりしたマイナスな言葉を言ってしまったが、壺ちゃんを心配しての事、多分大丈夫……だよね……。


 翌日、まだ雨が降っていた。今日は1日中雨の予報だ。

 レインブーツを履いて出勤すると、隣のデスク……後輩くんは出勤していなかった。

 その次の日も、次の日も……。


 出勤時は気にかけるものの、帰宅後は壺ちゃんとの癒し時間を過ごすので、いつもすっかり忘れ果てる。


「あれ、壺ちゃんの足? 足元にある四角いのって、乾燥剤??」


 四角くて小さいけれどスワイプして拡大表示すると、『食べられません』の文字がたくさん並んでいた。

 あげたい、と思ったものがあげられるのか??

 そんな疑問を持ちながら、訊ねると壺ちゃんは遠慮がちに頷いた。


「じゃあ、このクッション、壺ちゃんの部屋に飾れるかな? お揃いになるよ!」


 座椅子の後ろにある、にゃんこ柄パターンのクッションを見せると、壺ちゃんの部屋にクッションが現れた。

 カメラも連動してるアプリなのだろうか、大丈夫か、これ。そんな風に思いつつも、壺ちゃんがクルクル回って喜んでいるので、不安は吹き飛んだ。

 にゃんこで可愛いは思考力を低下させる。


 

 そして、その翌日も帰宅後アプリを開くと、画面には粉々になった壺の残骸が映し出されていた。


「壺ちゃーーーーん!!!!」


 慌てて声を掛けるも、ぴくりとすら動かない残骸。

 お部屋は声を掛けてクッションフロアにしたし、ベッドは飛び込んでも割れなさそうな、フッカフカな物にした。

 ネコ柄のクッションにコテンと横になって、ちまちま転がる、猫耳が生えたひょうたん型のツボをした壺ちゃんは、もう、いなかった。


△ATTENTION△

善の気を吸って成長した壺は

我々には必要ありません。

よって、廃棄します。


 ゲームとしてはダメな方向で育成したんだろう、私の遊び方。

 これは、ゲームオーバーという事だろうな。

 アプリやスマホを再起動しても、画面が変わる事は無かった。


「アプリのレビュー、文句書いておこ……」



 次の日出勤すると、社内が変な空気になっている。

 憂鬱な気分を割増させるような雰囲気に、ため息がこぼれ落ちる。

 ペットロスというには、烏滸がましいかもしれないけれど、壺ちゃんの喪失は、心に少なからずダメージを与えた。

 けれど、そんな私よりも、さらに陰のある雰囲気だ。


「おはようございます。なんかあったんですか?」


 とりあえず近くにいた人に声をかけると、憂鬱そうな顔をして、答えてくれた。


「あいつ、行方不明だってさ……。来なくなった日から無断欠勤が続いていて、連絡も取れなくて、家に行ってみたら、内側から鍵とチェーンが掛かっていたし、窓も開いていない、靴もあるしカバンやスマホも部屋にあったのに……」


 隣の席の後輩くんが、行方不明になったらしい。

 彼の住むマンションはオートロックで、変な人の侵入もなく、エレベーターやフロアごとの防犯カメラにも、怪しい人影はない。

 後輩くんが家に入ったのは、カメラに記録されているが、出てきた映像はどこにもなかった。


「……まさか、ね」


 数日前に見たおどろおどろしい、後輩くんのアプリ『毒の壺』にいた壺ちゃん……。偏見の目だとは思うけれど、今にも人を食いそうな顔をしていた。

 こちらに画面を見せてくれた時、中にいたカビた妖怪みたいな奴は、後輩くんがいる方向に視線を向けて、舌なめずりをしていたのは、きっと、気のせいだ。

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― 新着の感想 ―
∀・)おぉ~なんとも「世にも奇妙な物語」で出てきて欲しい作品ですね。 ∀・)この手の作品だと主人公がその壺にやられてしまうっていうパターンが多いかと思うのですが、彼女はそのツボに嵌らなかったのですよ…
壊された壺ちゃん可哀想……
うわあぁ…………il||li (OдO`) il||li ネコ壷で人寄せしておいて、可愛いネコ壷はぶち壊すとか、ヒドいわっ! 我々には必要ありません、って、我々何者だろう? 後輩くんはどうなってし…
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