第89話
俺たちは再構成した部隊とともに前進する。
濃厚な土と緑の芳香に包まれること数時間。景観が荒れ果てた広場に出た。
人型が転がっている。防具が黒く焼け焦げて、中には部位を欠損している体もある。
俺は駆け寄って呼びかけたものの、彼らはすでに事切れていた。
「ひどいですね」
俺の口を突いたのはそれだけ。ずいぶんと薄情になったものだと内心自嘲する。
魔王国でもっとすごいものを見たからだろうか。
「ああ、そうだな」
アストレイカーさんが目を閉じる。
黙とうだったのだろう。アストレイカーさんが目を開けて踏み出した。一番近い骸の前でひざを曲げる。
軍用手袋に隠れた指先が防具に触れる。
「まだ熱が残っているな」
「ついさっきまで生きていたってことですか?」
「違う。焦げ具合からして炎に焼かれた残熱だな。瓦礫の量からして相当腕の立つ魔法師がいるらしい」
「六幻征ですか」
「おそらくはな」
意図せず杖を握る指に力がこもる。
俺の体を守る万能反射装甲は魔力がある限り鉄壁だ。
その一方で複合魔法を受けた際には魔喰いが発動する。教会と密接な関係にある勇者に闇属性の魔法を見られるのはまずい。
死ぬよりはいいと考えて設定はそのままにしてある。相手が闇属性の魔法にこだわることを祈るばかりだ。
アストレイカーさんが腰を浮かせる。
その直後だった。爆音がとどろいて地面が揺れる。
「総員得物を抜け! 今の爆発は近いぞ!」
仲間の兵士が慌てて剣や杖を構える。
我が我がと立候補した積極性は見る影もない。俺が前進したのを機に同僚も歩を進める。
俺たちは重力に逆らって坂を上る。
まだ左胸の奧がうるさい。驚きに混じって緊張が心拍数を跳ね上げている。
体が久しく覚えのない恐怖に打ち震えている。俺の本能がこの先に行くなと警笛を鳴らしているんだ。
俺は深く空気を吸って吐く作業を繰り返す。
坂を上り切った末に視界が開けた。
正面に丘が映った。樹木に飾られた頂上に何かが立っている。
そう思った次の瞬間に大きな氷のかたまりが飛来した。
「ふッ!」
勇者の気合とともに金色を帯びた剣が振るわれる。
破砕音が鳴り響いた。俺に迫る半透明の破片が眼前で紅蓮にのまれる。
他の仲間が臆病でよかった。もし彼らが俺の前を歩いていたら、万能反応装甲が発動する前に氷の破片でズタズタに引き裂かれていたところだ。
「敵だ。俺に続け」
アストレイカーさんが先陣を切った。連続して放たれる氷塊を斬り砕きながら疾走する。
俺は走りながら丘の上にある人型に視線を振る。
人型はフードをかぶっているが、杖を握る手は骨そのものだ。相手はリッチと見て間違いない。
リッチなら戦った経験がある。光属性の魔法に弱いはずだ。
自分が有効打を持っている。実績から来る自信で安堵がわき上がる。
氷塊が散る。破片が突き刺さった地面から氷が伸びて、のどかな草原を見る見るうちに銀世界へと変貌させる。
魔法の威力はすさまじいけど、放たれる氷の全てはアストレイカーさんがさばいている。
またたく間に有効射程に入った。
俺は後方支援をするべく杖を構える。
「全員動くなァァッ!」
リッチが樹幹の陰に腕を突っ込んで引く。
女性が怯えた表情でリッチの腕の中に収まった。
「民間人だ! 止まれ!」
俺たちは息をのんで足を止める。
「助けてください! お願いします!」
女性が瞳をうるませながら声を張り上げる。
どうして民間人がいるんだ。
ここは人の住む場所から遠く離れている。とても散歩で立ち寄るような所じゃない。
人里からさらってきたってことか? オイデイン兄さんは、気づ……かなかったのか。
いや……重要なのは、そこじゃない。
助けなければならない。俺たちの、命に代えても。
頭がもやもやするけど、関係ない。
あの絶世の美女を、こんな所で絶やしてはいけない、気がする。
「人質か。姑息なことだ、六幻征とは名前だけか」
「何とでも言え。勇者! 人質を殺されたくなかったらお前一人前に出ろ」
「いいだろう」
逡巡すらなかった。
軍靴が土の地面を離れる。
「アスト、レイカー……さん」
「信じろ。誰も死なせん」
勇者がそれだけ告げて歩みを進める。
「止まれ」
アストレイカーさんが足を止める。
俺たちとリッチからも離れた場所。近くには大きな岩が鎮座している。
「動くなよ勇者、後ろの連中もだ。動いたら人質を殺すからな」
大岩がえぐれた。
否、それは生き物だった。岩に擬態していた何かがアストレイカーさんを殴りつけた。
二メートル近い体が石ころのように吹っ飛ぶ。
「ハッハァーッ!」
岩もどきが愉快気な声を上げて追跡した。度を越して大きな腕が勇者の体を地面に叩き落とす。
「ヴァラン!」
「動くなって言ってんだろうが!」
リッチの警告を耳にしてシークランドさんが足を止める。
肉を打つ鈍い音が鳴り響く。連続する打撃音に遅れて地面が揺れる。
舞い上がった砂ぼこりが視界を濁らせても止まらない。俺も含めて全員が呆然と立ち尽くす。
どれだけの時間が経っただろう。
十秒、一分、それ以上か。
永遠とも思える時間が巨体の跳躍によって終わりを告げた。岩もどきがリッチの近くに着地して地面を踏み均す。
シークランドさんがくちびるをわななかせる。
「ば、バカな。何故城喰らいのグラークがここにいる」
俺はシークランドさんに視線を向ける。
「城喰らいのグラークって何ですか」
「六幻征だ」
俺は目を見開いて岩もどきを見る。
ゴツゴツした巨大な体。拳に付着した赤い液体が指を伝ってしたたり落ちる。
胴体にパックリと空いた口が不格好だが、やはり生物ではあるらしい。大きな口がバクバクしてリッチと作戦成功を祝い合う。
うかつだった。
拠点で氷界のエルグリムと告げられたから、無意識に二体目が隠れ潜んでいる可能性を排除していた。まさか二体目が岩に擬態していたなんて。
いや、そんなことよりもアストレイカーさんは無事なのか?
景色を濁らせる砂ぼこりのせいで体が見えない。
しかし地面を揺らす威力の拳にあれだけ殴打されたんだ。体がどんな風になっているかなんて考えたくもない。
砂ぼこりの上に大きな影が落ちた。
氷だ。五メートル近いそれが砂ぼこりに突き立った。
「感謝しろ、それは勇者の墓だ。いや、お前たちの墓かな」
「あはッ」
こらえきれなかったと言わんばかりの笑い声が上がった。
一瞬耳を疑った。
奇声を上げたのは人質にされていた民間人だった。
自身を助けようとした勇者がぐちゃぐちゃにされたにもかかわらず、端正な顔立ちは喜悦の情で満たされている。
女性の体が光を帯びる。
秒とせず赤紫の美貌に移り変わった。
肢体を彩る女性的な曲線美が向上する。
頭部を飾る角が悪魔的な様相をかもし出す。
「魅惑の、ビューレ……!」
シークランドさんが目を見張る。
それが何の名前なのか、もはや問うまでもなかった。




