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人間嫌いの転生貴族 ~散々恋破れたので美少女に言い寄られてもなびきません~  作者: 監色共色


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第86話


 俺たちは試射の予定地にたどり着いた。


 ザザァッと波の音が聴覚を刺激する。


 異世界でも潮の香りは海そのものだ。水の中で生きる以上は生態系も似るのだろう。


 俺は石の地面に立って周囲を一瞥する。


「見たところ軍人の方はいないようですが」

「問題ない。試射はヴァラン一人で行うからね」


 は?


そんなつぶやきが俺の口を突いた。


「ちょっと待ってください。本当に一人でやるんですか?」

「ああ。何か問題が?」

「ストラクトは本来数十人単位で発動する術式です。最適化だってできてませんし、術者にかかる魔力的負荷は計り知れません」

「それなら問題ない。可能だ、ヴァランならば」


 これだから信者は。


 俺は噴出しそうになる苛立ちをこらえてロッテンライター教授に視線を送る。


「大丈夫だよニーゲライテ君。彼に任せれば安心だ」


 責任者がそこまで言うなら一学生の俺にできることはない。


 俺は歩を進めて狙撃銃型デバイスを勇者に渡した。


「これで撃つのか」


 平然とした表情をくずさなかったアストレイカーさんがわずかに目を見開く。


 さすがの勇者も驚きを隠せないようだ。


 何せデバイスの形状は、いまだこの世に存在しない狙撃銃だ。


 魔法があることを考えればしばらくは製造されないであろう兵器の一種。目の当たりにするのは今日が初めてだろう。


 それでも一目で使い方を看破したのはさすが勇者と言うべきか。見惚れるほどサマになった姿勢でスコープをのぞき込む。まさに卓越した戦闘センスのなせるわざだ。


 しかし本当に大丈夫なんだろうか。


 惑星魔法が超出力での発動を可能とするのは、重力魔法が大気に漂う魔力をかき集めてエネルギー源とするからだ。おかげで術者が消費する魔力は最少限に済む。


 その一方でストラクトに重力魔法の機構は組み込まれていない。


 ストラクト発動に必要な魔力量は、とても人間一人に賄えるようなものじゃ――。


「……え」


 俺は目を見張った。


 狙撃銃型デバイスに光の線が走る。それらが先端に到達するや銃口に光が集まる。


 それは術式の起動に成功した証だ。数十人集まってようやく発動にこぎつけるはずの魔法が、たった一人の人間によって発動された。


 一筋の光が駆ける。


 それがはるか遠方の海面を大きく隆起させた。


 爆発音とともに噴き上がった白い飛沫が、重力に引かれて海面に落ちる。


 魔法の破壊力には目を見張るものがあるものの、俺の意識は他のことに引かれている。


「本当に規格外ですね」

「だろう? まさしく人類の希望だよ」


 口を開けば強い言葉ばかり。これだから信者はと言いたくなるけど、称えたくなる気持ちは分かる。


 不可能を可能にした。人間はその事象に感嘆を覚える。


 それこそがカリスマ。勇者が人々の希望たるゆえんをかいま見た。


 アストレイカーさんがデバイスを下ろす。


「確かに強力な魔法だが、度し難いほどに燃費が悪いな。改善の目途は立っているのか」

「もちろんだ。何せまだ最適化をしとらんからな。推測ではあと三割ほど消費魔力を抑えられる算段だ」

「三割か。どちらにせよ発動には相当な人数が必要だな」


 その相当な人数が必要な魔法を何故一人で撃てるんだ。


 有機魔力タンクじゃあるまいし、神に祝福されているにも程があるぞ。


 ロッテンライター教授がアストレイカーさんに質問を投げかけてデータ収集を始める。


 ストラクトの術式は正常に機能した。


 できれば重力魔法への反応も知りたいところだが、こればかりは人類領の外に出ないと難しい。それも高出力の重力魔法をあつかえる存在に遭遇しなければならない。


 偶然に任せるのは楽観的がすぎる。重力魔法の方も内緒で組み上げるか。

 

「使用した感じはどうだ? 体に不調はないか」

「問題ない。反動も比較的抑えられている。気を抜かない限りは肩が外れることもないだろう」

「それはよかった。他に気になる点はあるかね」

「しいて言うならばサイズだな。このデバイスの形状は特殊だ。あつかいには並々ならぬ練度が必要だろう」

「ふむふむ」

「それとサイトの性能も気になる。爆風があるから多少は許容できるが、長距離砲撃前提ゆえに距離が開けば開くほど誤差は広がる。強力な個体相手だと手痛いカウンターを受けかねん」

「ふみふみ、と。他には」

「敵に接近された場合の迎撃手段が懸念される。ストラクトの発動には数十人単位が必要だが、発射後に残るのは魔力を使い果たした連中だ。敵の接近を許したらなすすべもなく殲滅されるだろう」

「サイトをのぞき込んでいる間は無防備だしな。護衛の部隊をつけてはどうだ?」

「それだと余計に人員を取られる。狙撃手とは別に観測手をつけるべきだ。そうすれば接近する敵に気づけるだけでなく狙撃のサポートもできる」


 えらく具体的な指摘が並ぶ。


 狙撃銃なんてこの世界にはない。たった一回使っただけでデバイスの特性を把握したというのか。


 一体どんな戦闘センスをしているんだ。いっそ最初から知っていたと言われた方がしっくりくる。


 それとも、まさかそうなのか?


 可能性としてはある。


 シークランドさんから聞いた子供らしからぬエピソード。


 初陣での六幻征撃破。


 ジマルベスで目の当たりにした超出力の光属性魔法。疑念を抱くに足る証拠はそろっている。


 でもそんなことがあり得るのか。

 

 シークランドさんが靴裏を浮かせた。俺たちから遠ざって耳元に手を当てる。


 十秒ほどして俺たちの方に向き直った。


「ヴァラン。ニーゲライテ領だ」

「了解した。ただちに向かおう」


 アストレイカーさんが身をひるがえして足を前に出す。


 話についていけないのは俺と教授だ。


「どうした、何があった」

「急ぎの用だ。詳しくは馬車の中で話す」


 有無を言わせぬ迫力に圧されて、俺はロッテンライター教授と馬車内に戻った。


 俺たちを乗せた車両がガタッと揺れて、海面が視界の隅に流れる。


「そろそろ聞かせてくれ。何があった」

「ついさっきニーゲライテ領で魔族との交戦が始まった」

「ニーゲライテ領って」

「そう、君の故郷だ」


 胸の奥が微かに締めつけられる感覚があった。


 あの場所には何もない。少なくとも命を張ってまで守りたいものは皆無だ。


 それでも思うところがあるのはニーゲライテの血が通っているからか。


「我々は戦の地へおもむかねばならん。悪いが今日はここまでにしてもらいたい」

「わしは構わんよ。データは取れたからな」


 次いで青い瞳が俺を見すえる。


「ニーゲライテ、君はどうする」

「どうするとは」

「カムル・ニーゲライテといえば冒険者としても名が通っているだろう。故郷のために戦う気概があるならば王認勇者の権限で連れていくが」

「俺は……」


 認めよう、ニーゲライテ領のことは気掛かりだ。


 でもこれから勇者が向かおうとしている。俺が同行しなくても故郷は守られるだろう。アストレイカーさんとは知り合って間もないが、そんな確信がある。


 今さらニーゲライテの地を踏んだところで仲のいい人はいない。むしろ家を捨てた裏切り者として父や兄に糾弾される未来が見える。


 命を張って救援に行ったあげく嫌な思いをするなんて、そんなバカなことはない。


「行きます」


 俺はそれら全ての理屈をのみ込んでそう告げた。


 救える命は一つでも多く救う。それが惑星魔法を作り出した俺の責務だと信じる。


「君の判断に敬意を払おう。装備はどこにある」

「大学の寮です」

「了解した。教授、馬車を大学前に走らせて構わないか?」

「無論だ。この状況で屋敷まで送れとは言えんよ」

 

 話が一段落して、俺は窓の向こう側に視線を向ける。


 馬車のスピードではニーゲライテ領まで一週間ほどかかる。移動する間も魔族はニーゲライテ領で人の命を奪う。


 俺は何人救えるだろうか。


 あと何人魔族を殺すことになるんだろうか。


 俺は目を閉じて思考の中断を試みる。

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